第530話 学校1

 とある日、僕とエミリアはグラン陛下に呼び出された。

 なんでも僕達に依頼したい仕事があるらしい。


「私が呼ばれるって何の用でしょうね。レイ、何か聞いてます?」


「ううん、エミリアも一緒に連れて来てくれって言われただけだから……」


「……一体何の依頼でしょうかね?」


「まぁ、行ってみればわかるよ」


「それもそうですね」

 そう言って、僕らは王宮へと向かった。


「お待ちしておりました、レイ様、エミリア様」

 城門に着くと、いつも通り門番の兵士が話しかけてきた。


「国王陛下はいらっしゃいますか?」


「ええ、二人をお待ちですよ。そういえば、同じく陛下に召集された方が来てました」


「他にも?」


「はい、その方は地元の魔法学校で講師を務められていたとか……」


「魔法学校の講師ですか、僕達に関係あるのかな……」


「詳しくは陛下が直々にお話になると思いますが」


「分かりました」

 僕達は兵士さんにお礼を言って通してもらった。


「……しかし、魔法学校ですか……」


 僕達は王宮内を二人で話しながら歩く。

 エミリアは数年前まで魔法学校に通っていたらしい。


「エミリアは昔通ってたんだよね、どういう所なの?」


「通常の勉学や一般教養に加えて、魔法も学ぶ場所です。普通の学び舎と大差ないですよ。魔法の素質があれば誰でも入学できますし、ただ、ある程度の成績を出さないと卒業させてくれませんけどね」


「ふ~ん、でもエミリアは優秀だったんでしょ?」


「……いや、それが」

 と、エミリアは被ってる帽子を深々と被り、表情を隠す。


「……どうしたの?」


「実は私、魔法学校に通ってる時はむしろ成績が悪い部類に入ってまして」

「え、本当?」


「座学は得意だったんですけど、実技の方は全然ダメで……。

 卒業までに習得出来た魔法は<初級炎魔法>ファイア<影縛り>シャドウバインドくらいだったかな」


「影縛り……あの足止め専用の?」


「それです。……結局、実技は赤点スレスレで合格を貰って、無事卒業出来たのは良いんですが、実力が足りなさ過ぎて冒険者になっても誰も一緒に組んでもらえず……」


 エミリアは遠い目をし始めた。


「もしかして、僕達と出会うまでソロ活動してた理由って」

「まぁ、そういう事です」


「意外だね。最初に僕と姉さんを助けてくれた時から強力な魔法使ってた気がしたんだけど……」


「一応、ソロになってから経験を積んでましたからね。

 <鼓動する魔導書>のお陰で、魔力不足をカバーできるようになってましたし」


 エミリアはそう言いながら、マントの中に収納している魔導書を取り出す。


「この魔導書も、初めて私が自力で手入れた魔道具なんです。

 懐かしいなぁ……当時、新たに発見されたダンジョンを私が他の冒険者を出し抜いてこっそり侵入して、山盛りに設置されたトラップの中を死に物狂いで避けて、ようやく手に入れたものです……」


「……よく生きてたね」

 僕だったら単独でそんなダンジョンを踏破出来る自信が無い。


「本当に運が良かったです。ですが、私みたいな未熟者が不相応な魔道具を手にしていると、怪しまれてしまいますからね。結局、その後もパーティを組むことなく、別の街を転々として、途中で受けた任務の最中に――」


「……その時に、魔物にやられそうだった僕達を助けてくれたって事か」


「……もうあれから一年半以上経つんですねぇ」


「そうだね。あの頃、僕は異世界転生したばっかりだった」


「そう考えると、随分と時間が経ったんですね」


「その後、エミリアの手伝いをしたり、馬車で首都に向かう最中にレベッカと出会ったり……」


「首都に着いたらレイ達も正式に冒険者として登録して、私はそこで初めてパーティを組むことになりましたね」


「……本当、色々あったよね」


「……ええ、命懸けの戦いと冒険の日々でしたが、楽しかったです」


「まさか、魔王まで討伐しちゃうとは思わなかったけど」


「ふふ、……普通の冒険者として過ごすつもりが、レイ達のお陰で大変な目に遭ってしまいました」


 エミリアは、言葉と裏腹に嬉しそうな笑顔を浮かべている。


「僕はエミリアと一緒に居られて楽しいよ。これからもよろしくね」


「こちらこそ」


 そう言って、互いの拳と拳を合わせて、僕達は笑い合った。


 ◆


 そうこう話している内に、僕らはグラン陛下の待つ玉座の間に到着した。


「やぁ、レイ君、それにエミリア君」

 僕達が玉座の間に入ると、気付いたグラン陛下が朗らかな表情で話しかけてきた。

 

 陛下は、最初に会った時のように子供の姿に戻っていた。

 僕達は一礼をしてから、グラン陛下に近付いて失礼のないように話す。


「陛下、失礼します」 


「ご無沙汰しています、グラン国王陛下」


「うん、久しぶり。……さて、今日二人に来てもらったのは他でもない。君達にお願いしたい仕事があるんだ」


「依頼ですか?」


「うん、魔法学校の学部を新設する事になってね。そこで一人の講師を他所からスカウトしてきたんだよ。キミ達は彼女の助手としてしばらくサポートしてほしい」


「なるほど……」

「ですが、何故僕達に?」


 僕が質問すると、グラン陛下は少し困った顔をしながら答える。


「実は私がスカウトした講師殿の要望でね。

 昔の教え子が王都に居ると知って、是非にとお願いされたんだ」


「教え子、ですか?」

「うん……ハイネリア殿、こちらに来てくれ」

「!!」


 陛下がその講師の名前を呼んだ瞬間、エミリアの肩がピンと跳ねた。


「お待たせしました、グラン様」

 そう言って現れたのは、金髪の美しい女性だった。年齢は20代後半くらいだろうか?

 すらっとした体型で、長い髪と整った容姿をしている。


「彼女が私の依頼した講師だよ」

「初めまして、ハイネリア・フレンスと申します」


 彼女はスカートの端を持ち上げて、軽く会釈をする。


「……」

 エミリアは口元を開けて強張った表情をしていた。


「エミリア、大丈夫?」

「は、ハイネリア先生……」


 エミリアは、その講師の顔を見るなり完全に硬直していた。


「もしかして知り合い?」

「私の、魔法学校時代の恩師です……お久しぶりです、ハイネリア先生」

 

 エミリアは小さな声で言った。

 ハイネリア先生はエミリアのその様子を見てクスッと笑う。


「久しぶりですね、エミリア・カトレット。魔法学校の卒業式以来ですか。貴女の噂は聞いていますよ。

 王都ここでは<暴虐と獄炎の大魔道士>なんて呼ばれてるみたいですね? エミリア・カトレット、何をやらかしたんですか……?」


「あぅ……」

 ハイネリア先生の言葉を聞いて、エミリアは恥ずかしそうに縮こまってしまった。


「(なんでって闘技大会って味方を巻き込んで敵を殲滅してたからだけど)」


 ※暴虐=敵味方無差別に殲滅する戦い方に由来(本人は気付いてない)

 ※獄炎=<上級獄炎魔法>インフェルノを連発してたことが由来(エミリア曰く、得意魔法なので加減しやすいとか)

 ※大魔道士=魔法を行使する魔法使いの最高峰の称号


 それぞれ分割して考えると、中々納得のいく異名だ。


「まぁ、それは置いておきましょう。色々と聞きたいことはありますが、今は国王陛下の御前ですからね……さて」


 ハイネリア先生は今度は僕の方を向いた。


「英雄サクライ・レイ、あなたの噂はかねがね聞いています。その若さにして、魔王軍の幹部たちと対等に渡り合い、先の戦いで復活を果たした魔王を討ち取ったとか。私は、ハイネリア・フレンス。お会いできて光栄ですわ」


 若干厳しめでエミリアを見ていた時とは違い、

 ハイネリア先生は僕に丁寧に挨拶をしてくれて自身の右手をこちらに差し出す。

 握手を求めているのだろう。


「サクライ・レイです。こちらこそ、エミリアの恩師の方に会えて嬉しいです」

 僕は差し出された手を握り返す。


「さて、挨拶は済んだだろうか」


 陛下のよく通る声が玉座に響く。

 僕達三人は陛下の方を振り向いて姿勢を正す。


「改めて、今日は忙しいところ集まってもらって感謝する。本日、ハイネリア殿とキミ達に召集を掛けたのは他でもない、王都の魔法学校に新たな学部を設立するためだ。まずはその第一歩として、ハイネリア殿にはその学部の最初の講師として就任してもらう」


「国王陛下に直々に指名されるとは、光栄の至りでございます。陛下の期待に添えるよう、誠意努力致します」


 ハイネリア先生は、再び恭しく頭を下げる。


「うむ、よろしく頼む。そして、二人にはハイネリア殿の助手としてしばらくキミ達二人にも協力してもらいたいのだ」


「分かりました」「私で良ければ、国王陛下」


 僕とエミリアの声が重なる。


「うむ、二人とも引き受けてくれてありがとう。それでは、ハイネリア殿。早速だが今後の事について話し合おうか。二人も同席して欲しい」


「はい」「承知しました」「畏まりました、国王陛下」


 僕達はグラン陛下とハイネリア先生は玉座から、陛下の私室に移動する。そこでこれからの事を話し合うことになった。


 僕達は陛下に促されてテーブルに着き、陛下定番のお茶とお菓子を振る舞われた。陛下も僕達と同じく席に着いて言った。


「さぁ、どうぞ」


「まぁ……国王陛下直々に、こんなに美味しそうなケーキを頂いてよろしいんでしょうか?」


 ハイネリア先生は目を丸くしながら言う。


「いいんだよ、遠慮なく味わってくれたまえ」


「お気遣いありがとうございます。遠慮なく頂きますね」


 ハイネリア先生は、用意されたフォーク遠慮がちに動かして、目の前の皿に置かれたショートケーキを切り分けて口に運んだ。


 それを見て、陛下はニコッと微笑んだ。


「(……あ、これは)」

「(事情を知ってると、中々アレな場面ですね……)」


 僕とエミリアは心の中でそう思った。今のは、陛下が自作した客人に振る舞う用のケーキだ。その実態は、人間以外のものが食べると、猛毒に冒されてしまうという恐るべきトラップである。陛下は初対面の人物に、必ずこのケーキを振る舞って確認するのである。


「とても美味ですわ。まるで口の中が蕩けてしまいそう……」


 ハイネリア先生は幸せそうに頬に手を当てながら呟く。

 当然、ハイネリア先生は人間なので無害だった。


「では、早速話を進めようか。まずは、学部新設にあたって必要な講師の確保。最初はハイネリア殿に直接教鞭をとってもらうことになるが、ゆくゆくは生徒の数を増やすつもりでいる。その為にも、ハイネリア殿が推薦する講師の方々を数人選出してもらいたい」


「それならば、何人か私に心当たりがございます。後で候補を挙げますので、実際に会っていただいて判断していただければ。ですがその前に、新設する学部の事を詳しくお願いできますか?」


「ふむ、その通りだ、では説明させてもらおう」


 陛下はそう言うと、机に肘を置いて両手を組んでそこに顎を乗せて語り始めた。


「我が王国の現状を鑑みて最も必要だと思う事は、将来を担う若者の育成だ。

 魔王が討伐されたとはいえ、魔物達の脅威が去ったというわけでは無い。今後も、武力面は冒険者ギルドの協力を仰いで、王都周辺の警護を続けて貰うつもりでいる。

 しかし、本質的は別組織の彼らに頼りきりと言うわけにはいかない。今最前線で活躍している兵士たち、それに我が王宮で働く技術者たちの後任も必要だ。

 その為にも、王都で暮らす子供達の為の育児施設を兼ねた、今までより低年齢の子供達を対象とした学部を新設する。そして実戦的な教育を施す事で、将来的には王都で働くための有能な人材を育成し、その中でも優れた者を王宮に迎え入れたいと考えている」


「成程、確かに理に適った考えかと思われます」


「うむ、しかし、長く続いた魔法学校では初めての試みだ。その為に最初は迎え入れる生徒の数を厳選し、上手くいけば少しずつ生徒数を増やしていく予定だ」


「なるほど……では、生徒たちは既に決まっているのでしょうか」


「ああ、今から子供達の資料を取ってくる」


 陛下は立ち上がると、部屋の隅にある本棚から一冊のファイルを取り出して戻ってきた。


「これがその資料だ。まずはこの十人を選定した。その子供たちには、既に入学の意志の確認をしている」


 陛下は、ファイルをテーブルの上に置いて広げる。

 そこには、それぞれの特徴と経歴などが記されていた。


 僕はその内の数人の名を見て驚いた。


「えっ、もしかしてこの子達は……」

「レイ、知り合いでも見つけましたか……って、この名前は」


 エミリアも僕に続いて気付いた。

 そのファイルに書かれていた名前と顔写真に見覚えがあった。


「メアリー・フランメ、コレット・ルフト、リリエル・エルデ……」


 僕がその名前を口にすると、陛下は微笑んだ。


「気付いたかい? その子達は、失踪事件でキミ達が保護した少女達三人だよ。彼女達は、キミ達に助けられたことで感銘を受けて、王都の学園で学びたいと強く希望したのだ。

 それも含めてキミ達を今回の助手に選んだというのも理由の一つさ。尊敬する人物が近くに居れば、彼女達もより一層勉学に励むと思ってね。他の子供達も良い意味で刺激を受けるだろう」


 ハイネリア先生の事関連で、エミリアが選出された理由は納得してた。

 なら、何故僕が?と思っていたけど、これで選ばれた理由が分かった。


「どの子達も裕福な家庭ではあるのだが、中には継承権の無い末弟の子もいる。他にも庶出の子もいて、色々と複雑な家庭環境ではあるが、皆素直な良い子ばかりだ。どうだろうか、引き受けてくれるかね?」


「勿論です、私の今まで魔法学校で培ってきた知識を全て教えて差し上げますわ」


「はい、僕も全力で頑張ります」


「私も、出来るかぎりは」


 こうして、新たな学部の学部長にハイネリア先生が就任して、僕とエミリアは、ハイネリア先生の推薦する講師が来るまでの間、新設される学部の一時的な講師を務めることになった。

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