第529話 夜の街3
【視点:桜井鈴】
しばらく後をつけて行くと、目的の酒場に到着した。
「着きましたね」
「うん、今男達がサクラちゃんを連れて入っていこうとしてる所だよ」
僕はその酒場を指差す。酒場の前には客引きの男性が立っており、何人かの若い男女の冒険者が店内に入っていくのが見える。ちなみに店の前の看板に『ラブフェアリー』と書かれている。どうやらこの店の名前のようだ。
「よし、私達も突入しましょう!!」「待った」ガシッ
カレンさんは、真っ先に入ろうとするが、今度は僕が手を掴んで静止する。
「ま、また……? 今度は何よ?」
「カレンさん、入って何するつもりなのさ」
「決まってるじゃない! あのゲス野郎共を懲らしめてやるのよ!!」
「だからダメだってば」
「なんでよー!!」
カレンさんは不満そうに抗議する。
「今、僕達が乗り込んで引き剥がそうとするとこっちが悪者になる。さっきも言ってたと思うけど、彼らが決定的な行動を起こすまで手は出しちゃダメだよ。彼らが行動を起こそうとしたところで僕達が魔法で拘束して押さえ込むから」
「でも、サクラが……」
「そのサクラちゃんを守るために、僕らも潜入するんだよ」
「……ですが、レイ様とカレン様は騎士団の有名人。
下手に酒場に入ると周囲に注目されてしまうのでは?」
「あ、そっか……」
僕はレベッカの指摘に、しまったという表情を浮かべる。今は僕もカレンさんも鎧じゃなくてスーツやドレスの恰好だけど、顔は割れているからすぐ気付かれてしまう。
「なら、顔を隠せばいいんじゃないですか?」
エミリアは言いながら、僕とカレンさんに杖を振りかざして何らかの魔法を発動。
一瞬、周囲の空気がブレた気がしたが、特に何も起こらない。
「エミリア、今何したの?」
「<認識阻害>という魔法がありまして。自分の姿や声を周囲が認識しづらくする効果があります。これを二人に掛けておけば、多少は目立ちにくくなるでしょう」
「おお、すごい。そんな便利な魔法があるんだ」
僕は感心する。しかし、エミリアは首を振って言った。
「あんまり使い勝手の良い魔法じゃないですよ。接点のない他人じゃないと効果を発揮しません。たとえば、二人に認識阻害を掛けましたが、私達には何の影響を及ぼしていません。それに、長時間顔を見られていると看破されてしまいます。なので、サクラにはバレバレだと思ってくださいね」
「なるほど、分かったよ。ありがとう」
「あんまり派手な行動を起こさないようにしてくださいね」
僕はエミリアに礼を言って忠告を受けると、僕達は酒場の入り口に歩いていく。すると客引きをやっていたバニーガールの女性が僕達に声を掛けてきた。
「あら、いらっしゃーい、もしかしてあなた達、ここは初めて?」
「はい、入って大丈夫ですか?」
「問題ないわよー。うちの酒場は会員制で、登録条件は可愛い女の子を連れてくること。貴方は四人も女の子を連れてるから文句なしよ。……なんなら女の子達、うちで働かないかしら?
女の子の場合、普通に仕事するよりも実入りはざっと五倍!どう、興味あるなら是非入って欲しいわ」
女性はそう言って勧誘してくる。
「(なるほど……)」
さっきのガラの悪い連中といい、この怪しさ抜群の店の雰囲気といい、明らかにそういう類の場所だ。女の子の給料が極端に高いのも、おそらくそれが理由だろう。
当然だが、女の子達四人はすぐに断る。
「あらぁ、残念。まぁいいわ。どうぞー、お客さん入りまーす!!」
女性店員は、僕達を通してくれた。店内に入ると、薄暗い照明の中、多くのテーブル席が並び、そこでは大勢の冒険者達が酒を飲み交わしていた。そしてその全てに女性が混じっている。
僕達は、空きテーブルに案内され、席を着く。すぐに店員と思われる女性が現れた。女性は僕達にメニューを渡してから去っていった。もし、注文が決まったらテーブルの中央に置かれている小さなベルを鳴らすシステムのようだ。
「想像していましたが、やっぱり怪しい店ですね」
「メニューをご覧ください、お酒も食べ物も相場の五倍近くの値段でございます」
「なになに……うっわ、高!? こんなの普通の食事代だけで破産しちゃうわ!」
「しかも、これ、何……チャージ料?」
カレンさんはメニューを読んでいるが、よく分からずに困惑している。
「『ここのお店で席に着く際、最初にチャージ料を先に頂かないと、お飲み物もお料理も提供できません。また、支払いの拒否は受け付けておりません。』……と書かれております」
「つまり、入店したら絶対に払わなければならないお金というわけですか」
「そうみたいだね……」
更にメニューを読み進めると、どうやら店員を指名するシステムもあるらしい。
どうやら女の子の店員さんに接待してもらい、仲良くなれば別の部屋に通されてそこでなんやかんやできるという仕組みのようだ。完全にあっち系のお店である。僕ら未成年だけど、異世界的にはオッケーなのだろうか。
「エミリア、ちょっと彼女が何処にいるか調べて来てくれないかな?」
「了解です、お手洗いといえば、お店の中を歩き回っても怪しまれないでしょう」
「うん、お願い」
エミリアは僕の頼みを了承して、席を立つ。
これでサクラちゃんの居場所が分かるだろう。
それから、僕達はチャージ料を先払いし、適当な食事とお酒を頼んでエミリアの帰りを待つ。そして数分後、エミリアは戻ってきた。
「分かりましたよ、左端のテーブルに居ました。今の所、男たちは行動を起こす様子はありませんね、サクラの機嫌を取るために何か話しています」
「よかった……とりあえずは無事みたいだね」
僕はホッと一安心した。
しかし、まだ油断はできない。
――一時間後。
「あははははははっ!!!」
サクラちゃんのご機嫌の声が店内に響く。どうも男達に酒を薦められて酔っているようだけど今の所酔いつぶれる様子はない。
今は男達に薦められて、歌とダンスを披露しているらしい。酔っぱらってフラフラな割にはしっかり声が出ていてダンスもキレッキレである。
流石、勇者……色んな意味でタフだ。
「……気のせいでしょうか。男達の顔に疲れが見え始めているようなのですが」
「……奇遇だね、僕にもそう見えるよ」
レベッカと僕は、男達の様子を見て呟く。さっきまで上機嫌だったはずの彼らは、今や見る影もなく疲弊した表情を浮かべている。
原因は明白。サクラちゃんが酔い潰れないせいで自分達も飲まされているのだ。あまり酒に強くない下戸な人もいるらしく、何度かお手洗いに足を運んではげっそりした顔で戻ってきている。
更にこっそり様子を伺ってると、今回、サクラちゃんは全部男達に奢ってもらうという話が聞こえてきた。だから、彼女は一切遠慮せずに五分に一回は何かしら注文をしている。
少し前に話した通り、ここのメニューは他の店と比べると相場の五倍ある。例えば、つまみを一つ頼むだけで小金貨一枚、少し高いお酒を頼むと金貨三枚程度は飛んでいく。
冒険者として大成してるのであれば、この程度大した出費でもないだろうけど、彼ら全員冒険者としてはまだ名が売れていない。決して裕福とは言えないだろう。
「(……おい、サクラちゃん全然酔いつぶれないぞ)」
「(どうなってんだ、この女、丁度級のキッツい酒三本開けてんだぞ)」
「(このままだと俺らの財布が死ぬぞ。もっと強い酒持ってこい!!)」
男達はサクラちゃんに聴こえない様に、ヒソヒソと声を潜めて話す。
「あっれぇ~、皆さん声が出てないですよぉ~?
ほら、もっと声援送ってくださいよー、あっはっはっ!!」
「「「「「…………」」」」」
サクラちゃんの無邪気な笑いが虚しく響く。
男達は、無理矢理笑顔を作って彼女に相槌を打っていた。
―――更に一時間後
「……これ、もう僕達帰ってもいいんじゃないかな?」
「サクラ、あんなにお酒強かったのね……」
僕達は、すっかり酔っぱらったサクラちゃんを眺めながら話し合う。あれからサクラちゃんは、次々に運ばれてくる酒をどんどん飲んでいるが平気で飲み干している。
反面、男たちは何人か床にうつ伏せになっており、酔いつぶれていた。
そして、他の男たちも、別の意味で限界を迎えているようだった。
「も、もう限界だ、俺は帰るぞっ!!!」
「お、おいっ」
一人の男がそう叫んで、サクラちゃんや他の男達を置いて店を飛び出そうとする。
他の男がそれを止めようとするが、それを振り切って出口まで走り出す。しかしそこで、店の店員に止められてしまう。
「お客様、申し訳ございませんが、……お会計がまだのようです、全額支払っていただけますか……?」
店員は、にっこりと笑顔で言う。
男は、真っ青な顔をしてその場に立ち尽くす。
「え、あ、いや……その……」
男はそう言いながら、後ろに、二、三歩下がって後ろを振り向き、そのまま駆け出す。男の目的は裏口、おそらくそのままお金を払わず逃げ出すつもりだ。
だが、店員はそれを許さない。
「お客様、それは困ります!!」
店員さんが叫ぶと、裏口から何人かスタッフと思われる男が出てくる。男はそれに尻込みし、更に後ずさるが、次の瞬間、背後からも現れたスタッフの男達に羽交い絞めされる。
……しかし、男は腐っても冒険者だった。
「……こ、こうなりゃヤケだ!!!」
男がそう叫ぶと、羽交い絞めにしていたスタッフたちが彼の魔法によって吹き飛ばされて、店内の壁に叩きつけられる。
男は、ポケットの中からナイフを取り出して、入り口の方へ走っていく。そしてさっきの店員さんに脅すようにナイフを突きつけながら走り出す。
「どけぇ!!」
「きゃああああ!?」
さっきまで余裕の表情だった店員さんも、男の行動に驚いて悲鳴を上げる。
「―――っ!!」
そこで、傍観に徹していた僕も流石に動いた。
即座に男と店員さんの間に入り込んで、男のナイフを素手で掴む。
「えっ?」
「な、なんだ、お前っ!?」
「……」
僕は男の質問に答えず、そのナイフを素手で床に叩き落とし、そのまま男に足払いを掛ける。男はそのままバランスを崩してこちらに倒れてきたと同時に、彼の首に手刀を当てる。
「ぐっ……」
男は気絶して倒れる。
僕は、彼を床に寝かせて、店員さんの方に振り返る。
「大丈夫ですか?」
「……あ、はい……ありがとうございます」
「いえ、気にしないでください」
僕はそう言って、周囲を見渡す。すると、男の仲間や他のお店の客たちが動きを止めてこちらを唖然とした様子で見ていた。
「(しまった……目立ち過ぎた?)」
エミリアの認識阻害の魔法のお陰で僕の正体までは気付かれていないようだけど、かなり注目されてしまったみたいだ。
「お騒がせしてごめんなさい、どうぞ、食事を続けてくださいね」
僕は誤魔化すように礼を言って呼びかける。
「お、おう……」
「今の動き、凄かったな……」
彼らは僕の言葉に頷き、何事もなかったかのように食事を再開し始める。
「……どうやら正体はバレなかったみたいですね」
「しかしレイ様、益々動きに磨きが掛かりましたね、レベッカは喜ばしいです」
「……本当、凄かったわね、レイ君……」
「それにしても物騒ねぇ、刺すつもりまでは無かったみたいだけど……」
いざという時、飛び出すつもりだった彼女らはホッとした様子で見守っていた。
「(ふぅ~、これで何とかなったかな)」
僕は、ホッと一安心する。
すると、男に吹き飛ばされた男達が起き上がってこちらにやってきた。
「大丈夫ですか?」
念のために、僕は彼らに回復魔法を使用する。
「わ、悪い……不覚を取っちまった」
「それよりアンタすげえな。どうだ、ここで用心棒として働かないか? アンタほどの実力者が店に居てくれるなら俺たちも安心して商売を続けられるぜ」
「いえ、……それよりもこの人を王都の詰め所に連れていってください。店内での無銭飲食と暴力行為は十分に検挙の対象に入ります。もう遅いですが、詰所には必ず一人残ってるはずなので」
僕は淡々と答える。僕が騎士団所属の騎士だとバレてしまうと色々面倒な事になりそうだ。早いところ会話を打ち切った方がいい。それに、もし騎士の立場だと色々と非合法な商売をしているこの店を放置するわけにもいかなくなる。
「あ、ああ……」
スタッフの彼らは、僕の言う事に納得してくれたようで、気を失った男を抱え上げて外へと出て行った。
「……さて、後はサクラちゃんだけど」
と、僕はサクラちゃんの方に視線を向ける。すると、丁度サクラちゃんもこちらに視線を向けており、僕と目が合った。
「あ」
「……あれ~、レイさん?」
サクラちゃんは目を丸くする。
まだ酔っぱらっているみたいだけど、僕の事は分かるらしい。
「……レイ? 何処かで聞いたことが……」
「あれ、よく見るとあの顔、ちょっと前に……」
「(……やばっ!?)」
サクラちゃんが僕の名前を呼んだことで、僕に掛けられている認識阻害の魔法の効果が薄くなってる。
「……仕方ない、ごめん、サクラちゃん!」
僕は彼女の手を掴んでこっちに引き寄せる。
「へっ!?」
突然引き寄せられて驚いたサクラちゃんは、それで少し酔いが醒めたようでポカンとしている。そして、僕はサクラちゃんをおぶって仲間に呼びかける。
「皆、外に出るよっ」
「あれ、結局強行しちゃうの? 別に構わないけど……」
「認識阻害の魔法が消える前にここを立ち去りたいんだよ……店員さん、僕達の分の会計をおねがいします」
「は、はい、分かりました」
僕は、店員さんにお金を渡す。
「あの、そっちの女の子の分は……?」
「それはそこの酒に酔いつぶれてる男の人達にお願いします」
僕は、サクラちゃんを連れてきた男達をビッと指差す。
「それじゃあ、お邪魔しましたー」
「あ、ちょっ、お客様!?」
店員さんが何か言っていた気がするが、気にせず店を後にした。
◆
そして―――
「もう、サクラ、心配したのよっ!」
「そうだよ、カレンさんなんてサクラちゃんが男の人と夜の街に出たと聞いて、とんでもない事口走ってたんだからね」
「え、えっ!?」
僕達は、お店を出てからサクラちゃんに説教していた。
最初はサクラちゃんは何の事かよく分かっていなかったみたいだけど、
僕達に説教されて徐々に酔いが醒め始めて状況を理解し始めた。
「とりあえず、そうね……サクラは飲酒禁止!」
「あと、しばらく男だけの冒険者一党と組むのも禁止ね」
「なっ、なんでぇぇぇぇ!!」
夜の街にサクラちゃんの悲鳴が木霊する。
後日、サクラちゃんが飲食した分の金額を全て支払わされて、
破綻したパーティが居たとかなんとか……。
――余談
「ところで、何故あいつらはサクラを必死に酔い潰そうとしたのかしら?」
「だって、並の冒険者がサクラちゃんに太刀打ちできるわけないじゃん」
「……なるほどね」
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