第528話 夜の街2

 ――同時刻、王都の街の一角にて。


 サクラと複数の冒険者達は王宮で開かれていたパーティを抜け出して、夜の街へと繰り出していた。夜の街で、花も恥じらう美少女と、それに同行し騒がしく闊歩する、傍から見るとお姫様とそれに続く従者のようにも見えなくない。


 当然、実情は全く違うわけだが……。

 男どもの視線といえば野獣のそれで、彼らは、この後どうサクラをお持ち帰りするか、そればかりを考えている。まさかのカレンの不安が敵中である。


 当然だが、サクラにそんなつもりは毛頭ない。彼女からすれば、気の合う男友達と別の場所で飲みに行こうとしているくらいにしか思っていないのだから。


 だが、男どもは別。目の前の美少女は、彼らから見ても高嶺の花だ。

 彼女は女神イリスティリアに選ばれた、レイと同じく『真の勇者』であり、自由騎士団でも一目置かれている人物でもある。その割には、貞操観念が薄そうで、しかも子供っぽく、それでいて体つきは年齢の割に色気を感じさせる。


 思春期真っ盛りの彼等にとっては、まさにドストライクな存在なのだ。特に、女性とまともに交際をしたことがない若者にとって、彼女の人懐っこい接し方には堪らないものがある。


 職務中は騎士の鎧を着ているせいで分かりづらいが、こうしてドレス姿の彼女を見ていると、とても華奢な身体をしているのがよく分かる。こんな子が自分の腕の中にいたらと妄想すると、もう止まれない。そんな下心満載の視線に晒されながらも、サクラはまるで気付いていなかった。


「それで、勢いよく会場を出ちゃいましたけど、この後どうします、皆さん?」


「そうだねぇ、とりあえずお酒飲もうか♪」


「えぇーっ、またですかぁー?」


「いいじゃん、サクラちゃんだってお酒好きなんでしょ?」


「そりゃ好きですよぉー? でも、私、前に騎士団の会合で飲みすぎちゃった時、ちょーっと意識が飛んじゃってて迷惑掛けちゃったんですよぉ。だからみんなにも迷惑掛けちゃうかも……?」


「大丈夫だって、俺達もいるからさ」


「うん! サクラちゃんの事は僕達がしっかり面倒見てあげるよ!」


「えへへー、ありがとうございますー♪」


 サクラは男達に礼を言うと、嬉しそうに微笑んだ。

 人を疑う事を知らないサクラは、彼らの邪な感情に一切気付かない。



【視点:桜井鈴】


「……居たね」

「……ええ、サクラよ」

 僕の呟きに、隣で様子を見ていたカレンさんが同意する。


 パーティ会場を抜けた僕達は、サクラちゃんの行方を捜していた。

 すると、王都の裏通りを酔っぱらいながら闊歩する一団を発見した。そして、その先頭を歩いているのは紛れもなくサクラちゃんだ。


 その後ろに、何人かの男性冒険者の姿があった。

 僕達はサクラちゃん達に見つからないように後ろからこっそり後をつける。


 彼らは最近、王都で活動を始めた一団のようである。歳は比較的若そうで、大体十代後半から二十代前半くらいの男ばかりのパーティだ。


 どうやら、王都に来たばかりで困ってた彼らをサクラちゃんが親切に案内してあげたのが切っ掛けのようだった。それ以降サクラちゃんが時々パーティに加わって手助けしてあげたり、冒険者ギルドでクエストをこなしたりしていたようだ。


 まぁ、サクラちゃんの行動は親切心から出たものなので何も問題は無い。


 問題は男たちの方だ。

 冒険者なのは間違いないようだけど、サクラちゃんを見る目が怪しい。

 なんか嫌な予感がビンビン伝わってくる。


「……あ、あいつら、サクラの事を何処に連れていくつもりなの……?」

 カレンさんは心配そうな表情を浮かべる。


「方向的に、彼女らは冒険ギルドに向かうように思えましたが、途中で行き先を変えたみたいですね」

「エミリア、この先に何の建物があるか分かる?」


 僕は地図を見ながら進むエミリアに質問した。


「ええと、この先は―――」と、エミリアは口にしようとするが一瞬固まった。


「……エミリア様、どうされたのですか?」

「……もしかして、本当にアレな場所に行こうとしてるの?」


 姉さんは嫌な予感がしたのか、頬をひくつかせている。


「……ちょっと確認してみますね」

 エミリアはそう言いながら、杖を取り出して魔法を唱える。

 すると、エミリアの耳と口元に小さな魔法陣が浮かび上がった。


 <通信魔法>と呼ばれるものだ。高位の魔法使い同士であれば、こうやって魔法を介することで離れた相手でも話すことが出来る。欠点があるとすれば、互いに通信魔法を習得していないと通信が不可能な事だが、エミリアとサクラならどちらも問題なく習得済だ。


 エミリアは、通信魔法を通じてサクラに話しかける。


「もしもし、サクラですか? 今どちらにいらっしゃいますか?

 ……はい、分かりました。いえ、なんでもありません。それでは失礼します」


 エミリアは何かを確認すると、通信魔法を解除する。


「……どうやら間違いなさそうです。男たちの案内という事で、冒険者ギルドとは別の酒場に行こうとしているみたいです」


「これは面倒な事になりました……」とエミリアは小さく呟く。


「エミリア、その酒場って?」

 僕がそう質問すると、エミリアは若干顔を赤くして言った。


「……その、男性向けのそういうお店が集まる場所……らしいのですが……」

「やっぱりか……」


 僕は額に手を当てて溜息をつく。つまり、今から行こうとしている場所は裏通りにある如何わしいお店の集まりなのだ。恐らく、サクラちゃんを酔い潰した後で、どこか人気の無いところに連れ込んで×××するつもりなんだろう。(※×××は以下略)


 冒険者ギルドだと知名度の高いサクラちゃんが目立ってしまうし、彼女のファンが黙っていない。それを見越して、人目のつかない場所に連れて行くつもりのようだ。


「どうしよう、すぐに止めに行く?」

「もちろんそうすべきよ、行くわよ!!」


 僕がそう質問すると、カレンさんが前に出ようとするが、即座に姉さんがカレンさんの手を掴んで静止する。


「待って、カレンさん。ここは人通りが多いわ、下手に手を出そうとすると人目についてしまう可能性がある。今の所、手を出す様子はないし、まず証拠を掴むまで泳がせておきましょう」


「で、でもサクラが……!!」


「カレンがサクラを心配する気は、まぁ分かるんですが……」


 エミリアは頬を掻きながら言う。


「一応、ただ飲みに行くだけって可能性もありますからね。こっちから突っかかっていって、シラを切られてしまうと彼らを尾行するのが難しくなる。今は、ベルフラウの言うように、様子見が無難かもしれませんね」


「う、うぅ……分かったわ……、我慢する」


 カレンさんは渋々納得してくれたようだ。


「大丈夫だよ、カレンさん。もしサクラちゃんに手を出そうとするなら僕が即座に出て彼らを抑えるから」


 僕はカレンさんの手に軽く触れて、安心させるように言った。手荒な真似はしたくないけど、サクラちゃんの身の安全が最優先だ。


 もし彼らがゴネるようなら恨まれるだろうけど、そのまま彼女だけ引き取って帰宅する。向かってくるのであれば、無力化して制圧する。あとで団長に叱られそうだけど、それはそれだ。


「れ、レイ君……!」

 カレンさんは僕の手を握ると、そのまま僕の腕に抱きついた。


「!?」

 突然カレンさんに抱きつかれた僕は何が起こったか理解できず、しばし固まる。


「ど、どうしたの……?」

「……その、凄く頼りがいがあって、つい……」


 そう言って、彼女は少し恥ずかしそうに俯いた。


「……ふむ、どうやら私達はお邪魔虫のようですね」

「わたくし達、もしかしていない方がよろしいでしょうか?」

「レイくん……」


 三人がジト目で僕を見ている。何故だ。


「ごめんなさいね、私ったら……。

 大丈夫よ、ちょっと弱気になっちゃってるだけ、気にしないで」


 カレンさんはそう言いながら僕の腕から手を放す。


「そ、そう……」

 僕はドキドキしてた胸を抑えて深呼吸する。


「……とりあえず、サクラちゃんを見失わないに追うよ」

 僕はそう言って歩き出す。


「ええ、行きましょう」

「はい」

「うん」

「ええ」

 4人は小声で返事を返すと、その後を追った。

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