第十二章 僕の望む平穏

第527話 夜の街1

 魔王討伐から一ヶ月の時が経った。

 あれからは特に大きな事件も無く、近隣の街や村が以前のように魔物の軍に襲われるようなことも無くなり王都も平和そのものである。以前の襲撃に受けた王都の惨状から時間も経過し、街並みは完全に元通りになっている。


 今日は魔王撃破から一月が経ち、記念として盛大な式典が行われていた。

 グラン国王陛下を始め、多くの貴族、騎士も参加し、王都はお祭り騒ぎになっていた。

 そして、僕も例に漏れず、仲間と共に参加している。


 式典のセレモニーが終わり、陛下や貴族たちの長い長い祝辞が終わると、いよいよ宴だ。会場は王宮の大広間。普段は舞踏会などが行われる場所らしく、今回も立食式のパーティーが行われていた。料理はとても豪華で美味しかった。さすがに宮廷料理人が腕を振るっただけある。


 この世界の料理は、僕が生まれた世界とは異なるものであるけど、一般に想像する異世界と比較すると僕の世界の料理と似たようなものが多かった。


 一般的な食事にライスはなく、基本的にパンや麺類、または海や川から取れる魚介系が多い。また、肉は動物の肉が主流であり、牛、豚、鶏のような家畜の類は数が少ない故か滅多に出てこない。


 何故少ないかというと、それは魔物の影響である。

 この世界で最も数の多い魔物は、『ゴブリン種』や『スライム種』、それに『オーク種』や『コボルト種』などである。この系統の魔物たちは主に肉食で、手近な人間の村などを襲って、人間が飼育している家畜などを掻っ攫うためだ。


 村に家畜がいるというだけで魔物に襲われる頻度が上がることに気付いた村人たちは、次第に自分たちの生活圏を守る為に魔物の目に留まらないように、家畜の数を厳選して数を減らしていった。


 また、野生の動物たちも魔物に住処を奪われ、または魔物の影響で魔獣と化して凶暴になってしまった。そのせいで人々は安易に畜産を営むことが出来ず、結果として人口に対して家畜の数が少なくなってしまい、必然的に肉類の流通量が減ってしまうのだ。


 その結果、こういった祭典や貴族同士のパーティなどでないと、家畜の料理は滅多に並ばないようになった。とはいえ王宮で開かれたパーティだけあって、様々な種類の肉料理が並んでおり、その質も最高級のものばかりだ。


 当然、味も美味で、口にするだけで舌の中で蕩ける様な、そんな極上の味わいである。


「――というわけで、この立食パーティは有数の貴族が複数人投資してるからこれだけ豪華なのよ」

「へぇ~」

 カレンさんの解説を訊いて僕は感心する。ちなみに今の解説は、異世界部分を除いて、全部カレンさんの説明の内容を僕がかみ砕いた形だ。


「いやぁ、こんな豪華な食事は久々ですねぇ。普段食べているものよりもずっと良い素材を使っているんでしょうねぇ。あ、レイもそう思いますよね?」


「うん、魔物料理と大違いだよ」

 僕はエミリアの言葉に同意しながら、テーブルに並んだ食べ物を片っ端から口にする。普段、安いからという理由で魔物料理ばかり食べているが、やはりその味は別物だ。

 魔物料理はなんというか、味は美味しいのだけど油分が多すぎたり臭みが強いものが多くて、その臭みを消すために大量の香草を使って味付けをしているから、どうしても全体的に重い感じになってしまう。

 その点、家畜の肉は全然違う。肉の本来の味とそれを活かすための調理を加えられており、口の中に含むとまるで溶けるように消えていく。


 これならいくらでも食べられそうだ。

 僕達は、次々と運ばれてくる料理に手を出して平らげていた。


「ん~♪」

「ほっぺが落ちそうなほど美味しいわね!」

 レベッカも姉さんもご機嫌なようで、

 僕達以上に料理を運んできては口の中に入れて顔を緩ませている。


 僕はそれを見て、思わず―――

「……姉さん、太るよ?」と言ってしまった。


「っ!?」

 姉さんの表情が一瞬で凍り付いた。

 余りにも料理がおいし過ぎて、食べ過ぎていたことも気付かなかったのだろう。

 自身のお腹をプニプニ触ると、姉さんが震えだして無言になった。


「えっと……冗談だよ?」


 もしかして、僕、地雷を踏んでしまったのだろうか?


「……レイくん、私ってそんなにふくよかに見えるかしら?」

「……」

「見えないわよねっ!?」


 僕が黙ると、姉さんが焦り出す。今、女性陣の皆は、それぞれ王宮の職人が仕立てたドレスを着ている。つまり、身体のラインがはっきり見える状態だ。


 姉さんは胸も大きくて腰回りも太いわけじゃないためスタイルはいい方である。が、女性として魅力的な肉体と美貌が災いしてか、若干太く見えてしまうのも事実。特に、細身でスレンダーなレベッカと姉さんが並んでしまうと、サイズ差が余計に強調されてしまっているのだ。


 ちなみに比較対象のレベッカは、姉さんの焦りとは正反対に、特に体重など気にせずフォークとナイフを使ってお肉ばかり食べ続けている。レベッカは成長期だから問題ないのだけど、その小さな体でよくそこまで食べられるものだ。


「こらこら、レイ君、女の子にそんな事言っちゃダメよ」

「カレンさんっ! そうよ、レイくん、おねえちゃんに謝って!!」

「はいはい、わかったから。悪かったよ、姉さん」


 二人のお姉ちゃんに言われては僕も謝るしかない。


「ところでカレンさん、サクラちゃん何処に行ったの?」

「あー、サクラ? 最初私と二人で会場を回ってたんだけど、サクラの冒険者友達と遭遇して、話が弾んで私だけ置いて行かれちゃったのよ。それで、今はその辺で―――」


 そう言いながらカレンさんは視線を動かして、指を差す。

 しかし、そこにサクラちゃんは居なかった。


「あ、あれ……?」

「ふむ、サクラ様はいらっしゃらないようですが……」

 一旦、食事の休憩を挟んでいたレベッカがこちらに来て言った。


「レベッカ、すごい食べっぷりだったね……」

「故郷では中々味わえないような料理ばかりでしたのでつい……。それより、サクラ様はどちらへ?」

「さっきまでここにいたはずなんだけどねー、何処行ったのかしら?」

 カレンさんは困ったような笑みを浮かべる。


 すると――

「サクラなら、複数の冒険者を連れて会場から出ていきましたよ」

 と、食事を終えたばかりのエミリアがやってきて言った。


「そうだったの、エミリア? 私、全然気付かなかったわ」

「随分と楽しそうに会話してて盛り上がってたようです。それで、お堅い貴族達が多いこの会場では物足りず、どっかで二次会に行こうとしてたみたいですが……」


 エミリアは思い出しながら語る。


「二次会……例えば、冒険者ギルドなどでしょうか?」

「ふむ、あちらにも食事処がありますし、ここと違って騒いでも怒られないからあり得ますね」


 そう言いながらレベッカとエミリアは笑う。


「サクラちゃんって、割と誰とでも仲良くなるから、そういうのに誘われたら行きそうだよね」

「うん、分かる気がする」


 僕の言葉に姉さんも同意する。


「しかし、それはそれで不安な気がしません?」

 エミリアは意味深に言った。


「え、どゆこと?」

「サクラが人懐っこいのは分かりきってますが、男女問わずというのがちょっとばかり不味いと思うんですよ」


 エミリアは真顔で言った。


「そ、それって……」

「ふむ、エミリア様の言いたいのはつまりこういう事でしょうか……?

『お酒に酔った複数の男性と、一人の美少女……何も起こらないわけがなく……』……という感じの?」

「うわぁ~、何それぇ、やらしいわねぇ~♪」


 顔を赤らめた姉さんが頬に手を当ててニヤリと笑って言う。


「(いや、そんな事より誰かレベッカの発言に突っ込んでほしい)」

 レベッカはまだ13歳でこの中で一番幼い少女だ。

 彼女は一体、何処でそんな如何わしい知識を得たというのだろうか。

 色んな意味でサクラちゃんより心配になってきた。


 僕の心配を他所に、女性陣は盛り上がる。三人共お酒を飲んでたため、いつもよりも色々と出来ないような弾けた話をしているのだろう。実は僕も、ほんの少しだけ飲んでたりするが、酔いが浅いため三人と比べるといくらか冷静だ。


 だけど、三人のやや猥談染みた話を聞いたカレンさんは顔を青くしていた。

 そして声を震わしながら、やや感情的な声で言う。


「ちょ、ちょっと待ちなさい……? それって、サクラが何処かの冒険者と×××な行為をするかもって言いたいの!?」


「(いや、×××ってカレンさん!?)」

 普段、クールな彼女がとんでもない発言を言い出した。


(※×××に入る言葉はご想像にお任せします(汗))


 カレンさんが三人の会話を真に受けて、

 露骨に不安がっているとエミリアが笑いながら言った。


「いや、まだそこまでは言ってないですよ。っていうか冗談ですし」


「申し訳ございません、わたくしなりの『ジョーク』のつもりだったのですが……」


「そうよー、サクラちゃんだってまだ若いし、お相手も流石にそんな……ねぇ?」


 そう言いながら、姉さんは僕に同意を求める。


「……うーん、まぁ、多分?」

 僕は曖昧な返事をする。実を言うと僕はサクラちゃんがそんな事をするなんて全く思ってない。そもそもあの子、恋愛に凄く疎い感じだし、男女がどうとかあんまり考えてないと思う。


 ただ、相手の方はまた別だ。

 サクラちゃんは今15歳だけど、年齢的にはまだ子供のはずだ。だから、お酒を飲んだ大人達がどういう行動を取るのか、その危険性は理解しているとは思えない。


 それに、サクラちゃんは可愛いから、その気のある男なら放っておかないだろう。普段なら理性が働いてそういう事はしないとは思うんだけど、こういうめでたい席だとお酒の勢いで気分が大きくなっちゃうてきな事もあるかもしれない。


 僕が異世界に転生する前に、そういう話を何度かニュースで聞いた覚えがある。


「あー、なんだか心配になってきた……。サクラの奴、変な人に絡まれてなければいいけど……」


 カレンさんはそう呟いて、溜息を吐いた。

 そして、何かを決意したのか、カレンさんはキリッと表情を変えていった。


「よし、私達も行きましょう!」

「え、何処に?」

「勿論サクラの所よ! 万一、男に言い寄られてたら、私達が護ってあげないと!!」


 カレンさんは、どういうわけか戦闘に赴くときよりも気合いが入っていた。


「いやいや、流石に大丈夫でしょう。万一そんなことがあったとしても、サクラなら相手が冒険者だろうと返り討ちに出来ますし……」


 エミリアはカレンの言葉を笑いながらも否定する。


「何言ってるのよ。もしサクラが酒に酔った勢いでよく分からず×××な行為を了承したらどうするつもりなの!?」

(※再度言いますが、×××に入る言葉はry)


「いやいやいやいや、いくらなんでもそれは無いと思いますって!! ていうか、仮にサクラがお酒で酔ってたとして、なんで×××な行為になるんですかっ!?」


「分からないじゃない!! そこまで行かなくても、男が△△を求めたりしちゃったら、優しいサクラはオッケーしちゃうかもしれないわ!!」

(※再三言いますが、△△に入る言葉はry)


「いや、カレンさん? いくらなんでもそれは……」


 姉さんはヒートアップしたカレンさんを宥めるように言うが、カレンさんの耳には届いていないようだった。多分、彼女もお酒を飲み過ぎたのだろう、そうだと言ってほしい。


「とにかく行くのよ! 皆、ついて来てちょうだい!!」

「……これは、もう行くしかなさそうですね……申し訳ありません、わたくし余計な事を言ってしまいました」


 カレンさんの決意の固さを見て、レベッカは苦笑しながら言った。


「仕方ないか……」

 僕達は苦笑して、皿に残っていた料理だけ平らげて会場から出ることにした。

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