第977話 あるじさまにアドバイスする聖剣ちゃん

 それから1時間程。


 僕は自分に割り当てられた小さな部屋で持ってきた衣服の中から、デートに相応しい恰好を自分なりに選んで着替える。


「こんな感じかな……」


 目の前の姿見で自分の恰好がおかしくないか確認を行う。そして髪や裾の乱れを直してから背後を振り向いて、抜身で壁に立ててある僕の愛剣に声を掛ける。


「ね、蒼い星ブルースフィア。どう思う?」


 僕がそう質問すると彼女は刀身をキラリと光らせて反応する。


『どうって?』

「カッコいい?」

『普通』

「………」


 普通て。もうちょっと何か反応してくれてもいいだろうに。


「せめてどこが悪いとか言ってくれないかな?」


『剣の私に何を期待しているの……?』


 彼女は呆れたように呟くと、今度は少し間を置いて答えてくれる。


『……服装は乱れていないけど大人し過ぎる。もう少し刺激を付けても良い。髪の毛もわざと若干跳ねさせてワイルドな感じで少し遊ばせた方がオシャレかも。普段の貴方は大人し過ぎるから、こういう時くらい男を見せるのが良い』


「うむうむ、なるほど」


『剣の私に質問なんて普通はしない』とぶつぶつ文句を言いながら真面目に答えてくれる。


 見た目は固いが、仲間達には相談出来ない事も彼女には気軽に相談できる。こうしてアドバイスを聞きながら準備をするのは今回が初めてではなく、陰で何度か意見を貰ってたりする。


『あと身長が足りない、なんとかして』

「無茶言うな」


 人が気にしているところも平然と指摘してくれるのも彼女の長所短所だ。


『……それで、そんな恰好するってことはデートでしょ? 相手は誰?』


「レベッカだよ」


 彼女の質問に答えながら、アドバイス通りに髪や服装を少し乱してみる。


『レベッカ? 珍しいわ……彼女、普段距離が近いわりにデートなんてハイカラな誘いはしないと思ってたのに……』


「ううん、僕から誘った」


『嘘よね?』

「本当だけど」


『……』


 僕が即答すると、蒼い星ブルースフィアが沈黙する。


『……どういう心境の変化?』


「……別に。自分の気持ちにちゃんと向き合おうと思っただけだよ」


『レベッカに対して以前から貴方が好意を持っているのは知ってる。だけど他にも好意を向けてくれている女の子が沢山居るでしょう?

 貴自称姉のベルフラウ、積極的にデートに誘ってくれるお嬢様のカレン。ひたむきに貴方を想い続けてくれているルナに、いつの間にか仲良しになってるノルン。あと……エミリアも』


「……」


『デートに誘うって事はその先も考えてるんでしょ?

 今まで考えて結局行動に起こせなかった貴方が自分から誘うって事はそういうことよね?』


「……」


『貴方の感情に偽りがある思わないけど、何か理由があるんじゃない? 臆病で慎重な貴方にしては急すぎると思う。一体何をそんなに焦ってるの? 何か私に隠しているでしょ』


 蒼い星ブルースフィアは矢継ぎ早に質問を投げかけてくる。


「……何故そう思うの?」


『普段の貴方を見ていれば分かる。普段恋愛絡みの貴方はもっと悩んで悩んで……一度決めたとしてもまた悩んで答えを出す。だけど今の貴方は悩む時間を与えずに決めてしまっている。それは急いで答えを出そうとしているようにしか見えない』


「……」


『貴方らしくない』


「……蒼い星ブルースフィアに僕の何が分かるのさ」


『私に貴方の全てが分かるわけないじゃない』


「……ゴメン、変な事を言った」


『ただ』


「……?」


『私も貴方の人格の一部だから、違和感だけははっきり感じる』


 人格の一部……?


「……どういうこと? キミは聖剣の人格じゃないのか? 霧の塔でキミの意識が戻って、それからこうして話せるようになっただけで、キミ自身はずっと昔から存在したはずじゃ――」


『――それは間違い。私の意識は貴方と同調シンクロして初めて宿った。以前の私の所有者の人格は確かにあったけどそれは今の私とは別物。今の私を構成するのは貴方……信じられない?』


「……」


『少し前にあの緑の女魔道士に飲まされた薬で女の子になったことあるでしょう? 覚えてる?』


「そ、それは……」


 折角忘れかけてたのに……数百話前の人の黒歴史を……。


『あの時、男の時は私とこうして”対話”出来ていた。でも女になった時は全く声が届かなくなった。理由は分かる?』


「それは聖剣の使い手の人格と変わっていたから、キミと話せなくなったんじゃ……?」


『違う』


「え」


『そもそも、女性の姿になった貴方の人格は一体何処から出てきた?

 いえ、最初は貴方自身の人格だったのは間違いない。でも、私の使い手になってから女に変身した時の貴方の人格に変異が無かった?

 例えば、今までと比べて自身の感情が不安定になったり――』


「……」


『――女になっていた時の記憶の一部が抜けていた。なんてことは無かった?』


「……それは……」


『思い当たる節があったのね』


「……確かに、闘技大会に出ている最中。それにグラン陛下に命令されて魔王軍の拠点に攻撃を仕掛けた時。その時に自身の感情がおかしくなっていたり、記憶が抜けていた事があった……」


『その時に限って、貴方は私と”対話”が不可能になっていた。理由は推測できる?』


「……」


『貴方が女性の姿になった時、貴方自身の人格は”私”が入り込んでいた。だから私は貴方の声を聴くことが出来なかった』


「……!?」


『他ならぬレベッカには口止めしていたから気付かなかったでしょうね。

 これで分かったでしょう。貴方と私は表裏一体。男の人格が貴方だとするなら、女の人格は私ということ。だからこそ、貴方に対しての考えが他の仲間達よりも正確に読める』


「……っ」


『私が口にする言葉は、全て”貴方の知識と思考”に基づくもの。貴方の違和感には人一倍気付きやすい理由も納得できるわよね。……貴方、誰かにレベッカの事を頼まれたんじゃないの?』


「……」


『……図星ね』


「……違うよ。僕の意思で彼女を誘ったんだ」


『……頑固ね。まぁ本当の理由はさておき、自分の意思で行動しているのは分かったわ』


「……」


『さてと、そろそろ時間じゃない? 貴方は今からデート。それなのにこんな所で私と無駄話をしている場合じゃないと思うのだけど?』


「……だね」


 僕は蒼い星ブルースフィアの柄を掴みながら彼女に答える。

 そして、鞘に納める寸前で彼女は言った。


『……貴方の本意がどうあれ彼女を悲しませちゃダメ。勿論、他の女の子達もね』


「そんな事は絶対しない」


『そ……。なら早く行ってあげなさい。デートでお姫様プリンセスを待たせるのはマナー違反よ。頑張りなさい。王子様プリンスさん?』


「もう、キミまでカレンさんみたいな事言うんだね」


『彼女の影響を受けているのは貴方のせいよ。……それじゃあ今度こそ行ってらっしゃい。気を付けてね』


「うん、ありがとう」


 僕は彼女を鞘に納めて腰に佩き直し、部屋の扉を開いたのだった。

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