第875話 異性を意識しない魔法

 エミリアとアカメが外でドンパチやっている丁度その頃。


「……なんか、外がうるさい気がする……」


 外から聞こえる爆音や妙な振動を感じ取っていたレイだが、特に気にする事なく湯船に浸かってゆっくりと身体を温めていた。


「ま、いっか……ふぁ……」


 そしてレイは欠伸をして湯船の中に顔を埋めていく。そしてブクブクと泡音を立てて遊んでいると……。


『レイよ、聴こえておるか!?』「(ビクッ)」


 突然脳内に響いてきた声に驚いて、レイは湯船からガバッと立ち上がる。声が聞こえるが姿は見えない。レイは下半身を手で隠しながら周囲をキョロキョロを見渡す。


「え、え、何の声……!? ……ってもしかして、ミリク様?」


『うむ、偉大な神にして、お主にとって最愛の女神であるミリク様であるぞ!!』


「いや……特に最愛ってわけでは……」


『……というか……お主全裸ではないか!! もしや、儂を誘惑する為にそんな姿を……!』


「お風呂に入ってただけです。ミリク様と一緒にしないでください」


『いかん、鼻血が……!!』


 この人は本当に女神様なのだろうか。僕はそんな事を考えながら湯船に浸かって身体を隠す。


「それで、ミリク様。人がゆっくり湯船に浸かって休んでいる時に何の用ですか?」


『お、おう……そうじゃったの。明日、アカメを含めた皆を儂の所に連れてきてほしい。以前の話の続きをしたい』


「以前の話……僕とアカメに頼みたい事があるっていう?」


『うむ。お主の願いを聞き届けてアカメの罪を帳消しにして人間に戻してやったのじゃ。当然、引き受けてくれるのだろう?』


「勿論、約束しましたし」


『では明日、いつもの洞窟に来てくれ。お主らの気配を感じたらすぐにこちらの領域に招くようにしよう』


「分かりました」


『うむ』


 ミリク様が頷くと、それ以降静まり返る。どうやらミリク様の交信は終わったようだ。


「さて……話も終わったし、そろそろお風呂から出ようかな……」


 そう思ってレイは湯船から出ようとするのだが……。風呂場の外から扉が開く音がして誰かが入ってくる。その後、絹が擦れるような音が聞こえて浴場の扉が開かれる。


 入ってきたのは、バスタオルを身に纏った姉さんだった。


「きゃっ♪ レイくんってば入ってたんだ~♪ お姉ちゃん、困っちゃう~」


「……」


 自称17歳を名乗る元女神。今のレイの姉である。相変わらず肌が綺麗で可愛くて目のやり場に困ってしまうレイだったが、なるべく表情に出さないように心掛ける。


「姉さん、絶対僕が入ってるの分かってたよね?」

「ええ~? 何の事かしら~♪」


 何だその口調……普段と全然違うじゃないか……。


「折角だし、一緒に入りましょ♪」


「(今から出ようと思ったのに……)」


 とはいえ、二人きりで話をする機会が最近だと少なくなっていたとレイは考える。最近は自身将来の事やアカメの事もあって姉に構う時間も減っていたことだし、たまにはゆっくりお風呂で話をするのも悪くはない。


 彼女を直視しないようにしながら、レイは姉と向かい合う形で湯船に浸かる。


【視点:レイ】


「レイくん、最近学校の方はどう?」


 いきなりお母さんみたいな質問してきた。学校と言っても、僕は先生側の立場なのだけどね。


「まだまだ勉強不足だよ。ハイネリア先生の下で生徒たちへの指導方法や教員資格の為の勉強をさせてもらっているけど……正直、毎日が大変かなぁ」


「帰ってきても夜遅くまで勉強してるもんね……大変よね?」


「まぁね、……でも、生徒たちがいい子だからいつも励まされてるよ。まぁ、ハイネリア先生以外の他の先生にはちょっと疎ましく思われてるみたいだけどね……」


 僕は苦笑しながら話す。


「え、疎まれて? ……なんで?」


「なんでだろうね……教員資格を持ってない若造の僕が、職員室や学校の中を自由に歩き回っているのが気に入らない……って陰口を聞いたことがある。まぁ、直接言ってくることは少ないけどね」


「……レイくん、もしかして辛い?」


「……大丈夫。昔の僕ならともかく、今ならこれくらい平気」


 多少強がってる自覚はあるが、異世界生活を始めてもう三年に近い時間が経とうとしている。


 大変さのベクトルは違うが、今までも冒険者として魔物と戦ったり、騎士として街の治安維持と防衛を、そして勇者の責務として魔王との戦いも完遂したのだ。


 ここまでやって学校の先生の仕事で挫けそうなんて……恥ずかしくて言えたものではない。


「……レイくん」


「大丈夫だよ、姉さん。今の僕には姉さんや仲間の皆、それにこの世界で会えたアカメも居る。辛いことがあっても皆が僕を支えてくれているし、僕も皆の事を支えてあげたい」


「そう……」


 姉さんは僕に優しく微笑んでくれた後、僕に近付いてくる。


「……姉さん……?」


 そして姉さんは僕を優しく抱きしめてくれ、僕がミーアにするように頭をポンポンしながら撫でてくれた。


「……お疲れ様。いつも頑張ってて偉いね」


「姉さん……」


 女神としてではなく姉として自分に接してくれるベルフラウ様の優しさに、僕は身を委ねるのだった。


 ……それから、いつまでも姉の胸に抱かれているのが恥ずかしくなった僕は、先にお風呂から出るとそそくさと脱衣所に向かう。


「姉さん、先に出てるからね」


「うん、お姉ちゃんも少ししたら出るからね」


 姉さんの返事を聞いた僕は脱衣所から出ようとするのだが、以前に姉さんから「話したいことがある」と告げられて、それ以降音沙汰が無かったことを思い出す。


「あのさ、姉さん」


「なにー?」


 扉越しで姉のベルフラウは明るい声で返事をする。


「前に魔王城でさ、僕に話したい事があるって言ってなかった?」


 バッシャーン!!!!


「!?」


 突然、まるで姉さんが湯船にダイブしたような水音が聞こえた。


「姉さんっ!?」


 僕は慌てて脱衣所から浴場の方へ向かう。

 扉を開けると、姉さんが湯船の中で顔を赤らめて横たわっていた。


「……どうしたの?」


「……うぅ……レイくん……その話は今の私でもする勇気がないのぉ……」


「ゆ、勇気……?」


 一体、何の話をするつもりだったのだろうか?


「のぼせてるみたいだし、もうお風呂出よう?」


「うー……」


 僕は姉に肩を貸して浴場から出る。そして、バスタオルで軽く身体を拭いてから、姉さんに新しいバスタオルを纏わせて脱衣所にあるベンチに姉さんを寝かせる。


 そして、僕は団扇を持ってきて姉さんの頭を僕の膝の上に乗せて仰ぐ。


「姉さん、大丈夫?」


「……うん……ごめんね……」


 姉さんは力無く返事をする。まだ顔が赤いので熱が治まっていないのかもしれない。


「さっきの話だけど……僕に言い辛いことなの?」


「そ、それはね……言わなきゃ駄目な事って分かってるんだけど、まだ私の方に勇気が必要っていうか……」


 その言葉に、一抹の不安を覚えた僕は、


「……分かった、それなら無理に聞かない。でも、一つだけ教えてほしいんだけど」


「?」


「……姉さん、何処にも行かないよね?」


「行かないよ。レイくんが私と一緒に居るのが嫌になっても絶対に離れない」


「そっか……」


 僕は安心して、今度は僕が姉さんの頭を優しく撫で続ける。


「……レイくん」


「何?」


「私ね、レイくんの事が大好きだよ」


「うん、僕も姉さんの事が大好きだよ」


 突然の姉の告白に少し戸惑うが、僕も姉さんと同じ言葉で返す。

 そして僕も姉さんも互いに微笑むのだった。

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