第874話 浮気するレイくん③

「みゃ~ん」

「あ、また来たんだね、ミーア」 


 それから、たまに猫が僕の部屋に遊びに来るようになった。


 どういうわけかその猫は僕の目の前にしか現れず、他の人が部屋に居るとすぐに隠れてしまう。不思議ではあったが、その猫とのひと時は勉強で疲れた僕の心を癒してくれた。


「みゃう」

「あはは、くすぐったいよミーア……」


 猫の舌はザラザラしているので舐められるとちょっと痛い。


 いつまでも名前が無いと呼び辛かったので”ミーア”と名前を付ける事にした。


 最初にその名前で呼んでみた時、反応がかなり鈍かったが、今では呼んで1秒くらい経つと反応してくれるようになった。しかし、不思議な事に僕がミーアの前でエミリアの名を口にすると、肩をビクンと震わせる。


 何か理由があるのだろうか。そして、今日も勉強が終わった後に遊びに来たミーアとベッドの上でじゃれ合っていると……。


 ――トントン。


 僕の部屋の扉を手で叩く音が聞こえた。ミーアが僕の腕の中でビクンと反応して扉を睨みつけているが、僕は気にせずに返事を返す。


「どーぞ」


 僕が返事をすると、扉が少し開いてアカメが入ってきた。


「ん、お兄ちゃん……お風呂空いた……」


「うん、分かった」


 僕はアカメに返事をして膝に乗せたミーアを横に退かす。


「……お兄ちゃん、その猫……何?」


「ん? うん、たまに僕の部屋に遊びにくる子なんだ。可愛いでしょ?」


 僕はミーアの頭を撫でながらアカメに言う。


「……ふーん」


 アカメはミーアを興味なさげに見つめていたのだが……。


「お兄ちゃん……その猫借りても良い?」


「えっ?」


「……!!」


 ミーアがまるでアカメの言葉が分かっているようにびくりと反応する。そして、警戒する様に小さく唸り声を上げる。


「別に構わないけど。アカメって猫が好きだったの?」


「そういうわけじゃない……その猫に用がある」


 言いながらアカメは近付いてミーアに近付こうとするのだが、ミーアは俊敏に動いてアカメの横をすり抜けて、空いたままの扉から廊下に出て走り去ってしまった。


「あ、ミーア! ……もう」


 僕はベッドから降りてミーアを追いかけようとするが、アカメに肩を掴まれて止められてしまう。


「お兄ちゃん、私が追いかける……」


「え? でも……」


「……大丈夫。すぐに捕まえてくる。お兄ちゃんはゆっくりお風呂にでも入ってきて」


 そう言ってアカメも部屋から出て行ってしまう。そして、部屋に残されたのは僕一人になってしまった。


「うーん……まぁ良いか」


 別にミーアを盗られたわけじゃないし、多分そのうちまたミーアに会えるだろう。それにしても、ミーアは僕以外に懐かないなぁ……。


 レイはそんな事を考えながら、着替えを手に取ってお風呂に向かった。


 ◆◇◆


 そして、ミーアを追っているアカメはというと……。


「……居た!!」


 廊下を走り去ろうとしていたミーアに向かってアカメは叫ぶ。するとミーアはその声に反応して速度を上げるとそのまま廊下の風で開きかかっていた窓から飛び出そうとする。


「させない……!<施錠封印>マジックロック

 アカメから紫の光が放たれて、ミーアが飛び出そうとした窓ががっちり固定されて、突っ込もうとしたミーアの身体が弾き飛ばされる。


「……!!」


 ミーアはそのまま廊下を転がり、壁に激突して動かなくなる。アカメはそれを見てミーアに近付こうとするのだが……。


<施錠解除>アンチロック


 動かなくなったと思っていたミーアから魔法の光が放たれ、アカメが窓に仕掛けた魔法が解除されて窓が強制的に開かれる。そしてミーアは勢いよくジャンプしてそのまま窓の外に飛び去ってしまう。


「……私の魔法を解除した……? やっぱりあの猫は……」


 ミーアの正体を看破したアカメは、自身の背中に天使の翼を生やしてそのままミーアを追いかけて外に飛び出す。


 時間は既に深夜帯。外は街灯の光もほとんど消えていて、月明かりだけが大地を照らしていた。そんな薄暗い街並みをアカメは翼を広げて飛びながらミーアを探す。


「居た……!」


 アカメが上空から地上を見下ろすと……そこにはミーアが屋根の上からこちらを見上げていた。


「……いつまでその姿で居るつもり? ……エミリア」

「……」


 アカメの言葉にミーアは何も答えない。


「……何故その姿で彼に近付いた理由は知らないけど……黙っているのならこちらも考えがある」


 アカメはそう言いながら手を伸ばして魔力を集中させる。そして、掌から黒い魔力の塊を出現させてそれをミーア目掛けて解き放つ。


 放たれた魔力の塊は数秒でミーアの目の前まで飛んでいくのだが、


<魔法の矢>マジックアロー


 ミーアの身体から魔力の矢が解き放たれアカメの放った魔力の塊を相殺する。


「躊躇なく攻撃してきますね……私の正体を看破してるなら、少しくらい手心を加えてくださいよ」


 するとミーアの姿が光に包まれて、一瞬の輝きの後。そこに居たのは猫の姿ではなくとんがり帽子を被った黒髪の少女……エミリアの姿に変わっていた。


「エミリア、何故あんな姿で私のレイに近付いた?」


「いや、私のって……。彼は別にあなたのモノじゃないでしょう。少し前まで敵だったクセに独占欲が強すぎますよ」


「答えて」


「……答える必要あります?」


 エミリアは軽く挑発する様に言うが、アカメは彼女の言葉を無視して威圧を放ちながら、彼女を睨み付ける。


「……」


「……分かりましたよ。ちょっとレイを揶揄いたかったです。それじゃ駄目ですか?」


「……嘘。それなら普段通り彼に接すればいいだけ。わざわざ猫の姿になって彼に近付く理由にならない」


「深堀りしてきますねぇ……。最近、彼は仕事と勉強でいつも疲れた顔をしているでしょう? 私たちが気遣っても、笑顔で大丈夫って答えてくれますけど、やっぱりちょっと心配なんですよ」


「それで?」


「だから、私が猫になって癒してあげようかと……」


「……本当は、普段の自分だと彼に素直に接することが出来ないから、猫になって彼に甘えようとしたんじゃないの……?」


「違いますよっ!! ふざけた事言ってるとあの時の続き始めますよっ!」


「上等。魔法使いのあなたが<破邪の魔眼>を持つ私に勝てるとでも?」


「そんなちっぽけな魔眼にいつまでも私が後れを取るとは思わない事ですねっ!!」


 二人は挑発しながら、いつでも飛び掛かれるように構える。そして特に大した理由もないのに、彼女達の熱い戦いが始まったのだった……。

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