第995話 我儘をいう主人公

「フローネ様、何故ここに……?」


 結界の内部に囚われていたレイとエミリアを助けるために、皆の力を借りて結界を破壊したベルフラウ達。しかし、レイ達と対峙する人物はベルフラウのよく知る人物であることに気付く。


「……念を入れて村全体に別の結界を張ってから彼ら二人を誘導したつもりなのだけど………こういう時だけ優秀さを発揮しないで頂戴、ベルフラウ」


「ええっ……!?」 


 突然、以前世話になった先輩女神にダメ出しされるベルフラウ。だがレイとエミリアはフローネに対して武器を構えて敵対する様に対峙していることにベルフラウは気付く。


「この結界を張ったのはまさか……!?」


「ええ、私よ」


「一体何のために……彼らを解放してください!」


「それがそうもいかないのよ、ベルフラウ。私も仕事にここに来ているのだから……ね!」


 フローネはベルフラウとの会話を途中で打ち切ると、自信の掌を下に降ろして周囲の重力を増加させる。


「くっ……!」


 突然の重圧に思わず膝をついてしまう一同。


 事前に彼女の攻撃に備えていたレイとエミリアと聖剣を構えていたカレンは何とかその攻撃に耐えきるが、それ以外の仲間達はいきなりの攻撃で膝を崩してその場から動けなくなってしまう。


「うぅ……っ!」


「くっ……ふ、フローネ様……何故……?」


「恨まないで頂戴ね。主神様の命に女神は逆らえない……貴女もそれは知っているでしょう? 主神様はそこの『桜井鈴』を連れて来いと仰せよ。だから、私はその命に従って彼を連れて行くだけ」


「そんな……っ!」


 フローネの言葉に、ベルフラウは絶望の表情を浮かべてレイの方を見る。しかしレイはフローネの攻撃に耐えながらもベルフラウの不安を打ち払う。


「僕は行くつもりはないよ」


「レイくん……!」


「だけど、フローネ様が諦めてくれなくて……」


 レイはそう言ってエミリアに目配せをする。


 彼女はそれだけで理解したようで、フローネに向かって杖を向けて攻撃魔法を放つ。しかし、フローネがその魔法に手で触れると呆気なく消し去ってしまう。


「私の魔法が……!」


「参ったわね。こういう状況を避けたくて彼一人だけを狙うつもりだったのに……。

 ……桜井鈴くん。もう一度聞くけど一緒に付いてくる気は本当に無いのかしら。このままここで戦えば、仲間だけじゃなくて村の人達を巻き込むことになるかもしれないわよ?」


 フローネはレイの方を向いてそう語る。


 どうやら彼女はレイの意思を強引に捻じ曲げるために周囲を人質に取るつもりのようだ。


 こういう脅しにレイは弱い。


 そう思ったベルフラウは自分が彼女を説得しようとするのだが――


「それでも断ります」


 その前に、レイが迷わずに彼女に返答する。


「貴方は勇者でしょう? 誰かが被害を受けるかもしれないと理解してて、それでもなお自分を優先出来ると言うの?」


「確かに僕は今もまだ勇者ですけど、既に魔王を倒すという役割は終えてます。ならそろそろ自分の我儘を通してもいいかなって思ってます。これ以上、仲間達に心配を掛けるわけにもいきませんし」


「自分の我儘……ね……」


 フローネはレイの言葉を聞いて少々呆れてしまう。彼が何を考えてそんな事を口にしているか……いざ自分がこの村に手を出しても彼は同じ事を言うつもりなのだろうか。


 そう思ってフローネは彼を動揺させる言葉を考えるのだが……。


「それに」その前に、彼はこう言った。


「フローネ様はさっき『村の人達を巻き込むかもしれない』と言いましたが、神様である貴女がそんな事をするとは思えません」


「……っ!」


 ……確かにレイの言う通り、フローネにそのつもりは微塵もない。


 普段、ベルフラウと行動している彼は、神が下手に地上の人間に干渉する事を良しとしない事を理解していた。下手に手を出してしまうと、神は文字通りに天罰を受ける罰則が存在しているためだ。


「それに、今の僕には家族がいます。家族を置いて『神様』だなんて偉そうな立場になれませんよ。普通の家庭に生まれた一般人ですから」


「お兄ちゃん……」


 フローネの力で地面に押し込まれていたアカメもレイの言葉で奮起して立ち上がる。そして彼の前に出てフローネを睨みつける。


「……これ以上、私から家族を奪うのなら許さない」


「……」


 アカメに睨まれて、フローネは気圧されたのか無言で彼女を睨み返す。


「(形勢不利ね……彼は頑なだし、これだけの数を同時に相手にするのも……)」


 フローネは今戦っても目的は達成できないと考えて、作戦を変更する。


「……ふぅ」「?」


 こちらでも分かるくらい深いため息をついたフローラを見て、レイは諦めてくれたのかと期待したが……。


 次の瞬間、彼女の手元に何処かで見たような先の尖った黒い帽子が現れる。


「あ、私の帽子!」


 すぐにエミリアが反応し、あれが彼女の帽子だったと理解する。


「……今回は引いておくわ、桜井鈴くん。後日、また話し合いましょう」


「まだ話し合えると思ってるんですか! ていうか私の帽子返してください! 撃っていいですか、レイ!」


 エミリアが怒った声と表情でレイに訴える。

 彼女の帽子は大事なものなようなので、無理もない。


「この帽子はその時まで預かるわ。人質ならぬ物質ね」


「っ! この、神様の癖に!」


 エミリアは怒って杖を向けるが、フローネはその前に姿を消してしまった。


 そして彼女の声だけが響き渡る。


 ――また会いましょう。今度は二人きりでね。


「……行っちゃったね」


 フローネが撤退したのを見て、武器を構えていたレイ、エミリア、カレンの三人は武装解除して武器を収める。


 すると、レイの身を案じていたレベッカがレイに後ろから飛び掛かって彼に抱き付く。


「うわっ!」


「レイ様っ!! お怪我はございませんか!」


「……レベッカ。うん、僕は平気だよ」


 レイは抱き付いてきたレベッカを抱きしめてから彼女を地面に降ろす。そして彼女の髪を軽く撫でる。



「レイ様の帰りが遅くて心配で迎えに行こうと思ったのです。

 ですが村の中が妙に静まり返っておりまして、広場の方に結界が張られていることに気付いたのでございます。わたくし一人の力ではどうしようもなかったので、皆様の力を借りて突破することが出来ました」


「レベッカが皆を呼んでくれたんだね。皆もありがとう」


 レイはそう言って仲間達にお礼を口にする。


「それで、結局あの女は誰だったの? 以前見た不審者と同一人物っぽいけど……」


 レイとレベッカのやり取りを眺めて少し気が緩んだカレンだったが、再び表情を引き締め直してベルフラウに視線を移して質問をする。


 ベルフラウはフローネが居た場所を遠い目で眺めながらカレンの質問に答える。


「……あの人は、私が以前にお世話になってた女神フローネ様」

「神様? あの女が……?」


 カレンは十数秒前までフローネが立っていた場所を訝し気に見つめる。


「でも、どうしてその女神がレイ君を……? どうも連れて行きたがっていたように見えたけど……」


「……話によると、ベルフラウの代わりにレイを神様にしたがっているみたいです。『主神様』とかいう上司の命令っぽいですが……」


「……私が女神を辞めたから……? それに、主神様がレイくんを選ぶなんて……」


 ベルフラウがそう呟くと、レイは彼女の元まで歩いて安心させるように言う。


「姉さん僕の為に残ってくれたんだから悪くないよ。さっき言ったように僕は神様になんてなる気はない。あの調子だとすぐに諦めてくれなさそうだけどね……」


「レイくん……」


 彼の言葉に安心したベルフラウは胸を撫で下ろして体の緊張を解く。


「……あいたたた……手加減してくれたみたいだけど、凄い魔法だったね、今の……」


「……あれが上位神……見た目に反して手荒な事をしてくれるわ……」


 重力の権能が解けて自由になったルナとノルンも、立ち上がってこちらに寄ってくる。


「大丈夫、二人共?」


「うん、平気だよ」


「ちょっと腰が痛いくらいね。寝起きであれはちょっと辛いわ」


 ノルンは軽く腰を抑えながら言った。


「でも、あの人。またすぐに現れそうよね」


「私の帽子も取られましたし、こっちから出向きたいくらいですが肝心居場所が分かりませんね」


 ノルンの言葉にエミリアは少しイラついた口調で言う。だが彼女の言う通り、空間転移でこの場から離脱したフローネを追うのは難しい。


「ベルフラウさんに色々訊きたい事も出来たし……。

レイ君、レベッカちゃん。新婚生活早々申し訳ないのだけど、今日の所は長老様の家に泊まった方が安全だと思うわ。また何か仕掛けてきた時に私達も一緒に居た方が安全でしょう?」


「そうですね……レイ様もそれで構わないでしょうか?」


「僕は構わないよ」


 カレンの提案にレベッカとレイは顔を見合わせて頷き合う。そしてその場に居た皆は長老の家まで戻って行くのだった。

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