第994話 好ましくない再会

「フローネ様……?」


 僕は目の前に現れたローブを羽織った女性を見て呟く。


「……フローネ?レイの知り合いですか?」


「うん、姉さんの元同僚の人」


 エミリアの質問に、僕は構えていた聖剣を鞘に納めながらそう答える。


「ベルフラウの同僚って……え、もしかしてこの人、神様!?」


 目の前の人物の正体を教えられて、エミリアは驚いた表情でその人物を見る。その女性、フローネ様はエミリアに対して笑みを浮かべて再び僕に視線を向ける。しかし、どうしてこの人がここに……。


「フローネ様、どうしてこんなところに……? いや、それ以上にこの結界は……」


 貴女がやったんですか?と、言葉にはしなかったが僕は視線でそう問いかける。


 フローネ様は僕の質問に答えずに、頭に被っていたフードを外して美しい金髪を露わにする。そして、眼鏡を外すと僕の目をじっと見る。


 彼女のその視線は、まるで僕を値踏みするかのようだった。


「……っ」


 その視線を浴びて、僕は得体の知れない感覚を覚える。以前に会った時のこの人はもう少し優し気な印象があったのだが……。


  僕が彼女の雰囲気に呑まれかけていると、エミリアは不快そうに言った。


「……黙ってないで何か言ったらどうですか?貴女がこの結界を張ったんですよね?」


「……ええ、その通りです。私がここに居るとバレると面倒そうな人が何人かいますからね」


 フローネ様の言葉に、僕とエミリアは困惑する。


「それはどういう……」


「単刀直入に言いましょうか……桜井鈴くん。貴方を天界に連れて行きたいの。私と一緒に来てくれないかしら?」


 フローネ様は僕の言葉を遮ると、予想外な事を言ってきた。


「はぁ!?」


「天界って……神様の世界ですか?」


 エミリアは彼女の言葉に驚愕し、僕は言ってる事がよく理解出来ずにフローネ様に尋ねる。


「ええ、貴女の大好きなベルフラウが以前まで働いてた場所よ」


 そう言われるとまるで会社の職場みたいに聞こえてしまって、厳かさが半減してしまう。


「なんで僕なんですか……?」


 僕は困惑しながら彼女に質問する。すると、彼女は少し考える素振りを見せてから答えた。


「主神様が貴方に会いたがっているの。この世界に転生してからの貴方の働きには目を見張るものがある。今の貴方はまだ若いけど、将来的な事も踏まえて天界で働いてみない?」


「働いてって……まさか、レイを神様にするつもりですか!?」


「……冗談、ですよね?」


「本気よ」


 フローネ様は間髪入れずに即答する。


「人間が神になる条件は貴方は知ってるわよね?」


「……高位の神様から直接加護を得て眷属として生まれ変わる……という話ですか?」


 以前、レベッカのお父さんのウィンターさんに聞いたことだ。


「ええ、それも方法の一つね。貴方の場合はもう一つの条件、生前に多大な功績を残しているというのが理由。この世界に出現した魔王を何度も倒したばかりか、将来的に脅威となる悪の根を悉く潰しているのが最大の評価ポイントね。加えて、貴方は人間の中でも高い能力を持っている。

 本来であれば、貴方の寿命が尽きるまで待ってその時にスカウトする予定だったのだけど……」


 そこでフローネ様は言葉を止める。僕はなんとなく、その先の答えを察してしまった。


「……まさか、姉さんの代わりにと言いたいんですか?」


「……ふふ、物分かりの良い子ね。そういう所も私からすれば評価ポイントよ」


 フローネ様は僕の言葉を否定しない。つまり、そういう事なのだろう。


「……レイ、どういうことです?」


「……姉さん。つまり”元”女神ベルフラウ様は、僕と一緒に居るために神様の座を降りたのは知ってるよね、エミリア」


「……ええと、随分前にそんな事を聞かされたことがありますね。それが一体どういう理由でレイが神様をやることに繋がるんですか?」


 エミリアは今一つ納得しかねるのか僕にそう質問をする。


 しかし、質問に答えたのはフローネ様だった。


「女神はね、世界のバランスを保つためにあるの。簡単に言えば”世界を管理する人”ね」


「管理……」


「この世界の存在する二柱の神が良い例ね。

 ”大地の女神ミリク”はこの星の大地と生命を司り、”風の神イリスティリア”はこの星の天候と気候を司っている。二柱とも、その役目を果たすために世界の維持に努めているの。他にも多数の”神”も居て、他の神も各々の役割と分割して世界そのものを動かしている。

 でも、私達がいる”天界”は更なる上位世界。そこは数多の星を管理し、その星の行く末を決めるのが天界の役目。そして、人間の運命を定める事が出来る場所でもあるわ」


「つまり、貴女はそこで神様をやっていて……」


「そ。私はそこのトップである主神様に使える神ということ。

 そして、あなた達がよく知っている女神ベルフラウは私にとっての後輩の立場だった。でもあなた達が今話していたように、あの子ってば女神の役割を投げだして人間堕ちしてしまったのよ。見習いだけど見所はあったし将来的には私の仕事を引き継いでもらうつもりだったのにね……」


「だから彼女が辞めた原因を作ったレイをスカウトしようと言う訳ですか……」


「ええ、そういうこと。……どう、桜井鈴くん?私と一緒に”神様”やってみない?」


「……」


 僕はフローネ様の言葉に、しばし考える。


「(そもそも姉さんが女神を止めてしまったのは僕が原因だ……。そうなると結果的に僕のせいでこの人の負担が増えていることになる……)」


 別に神様になりたいわけじゃない。でも誰かの助けになれるのなら……。


「レイ、頷いちゃダメですよ」


 僕がそう考えていると、突然エミリアが僕の腕を掴んでそう言った。


「え?」


「レイはベルフラウが女神を辞めた事に責任を感じてるんでしょうけど、彼女が自分の意思で判断したことですからそれはお門違いですよ。もしレイが自分のせいで神様になったと知ったらベルフラウが悲しみますよ?」


「……でも」


「大体、折角結婚したのにレベッカや私達を置いて天界に行っちゃうんですか? 結婚してすぐに離婚とか、いくらレイでも無責任すぎますよ」


 エミリアは僕の目をじっと見て言う。


 僕は彼女の視線を受けてその目から視線を逸らせなくなる。


 彼女の視線は真剣だ。絶対に僕を何処にも行かせないという力強い意思を感じる。


「あら良い仲間を持ったわね。でも私としては是非貴方をスカウトしたいのよ。一度くらい来てくれないかしら」


「ダメです」


 エミリアが間髪入れずに即答する。


「何なら特例として貴女も付いて来ても良いのよ?」


「……それでも駄目です」


「貴女の大好きな彼を独り占め出来るかもしれないのに?」


「……」


 フローネ様の言葉に、エミリアは口を閉じる。


「エミリア?」


「……ち、違いますよ? 別に貴方なんか好きじゃないんですから!」


「ツンデレか!!」


 僕はエミリアの反応に思わず突っ込んでしまう。


「とにかく、私はレイを天界なんかには行かせませんから! どうしても連れて行きたいのなら、私を倒してからにしてもらいます!」


 そう言ってエミリアが杖を構えると、フローネ様もやれやれと言った感じで眼鏡を付け直す。そして胸元から髪留めを取り出して、自身の長い髪をそれで結い上げた。


「……仕方ないわね、なら力づくで連れて行かせてもらいましょうか」


 フローネ様がそう言うと、周囲の空気が一変した。


「っ!?」

「これは……」


 突然、僕とエミリアは地面に膝を付いてしまう。まるで重りでも乗せられたかのように身体が重く感じる。


「「ぐっ……!」」


「あなた達の仲間の一人が使う魔法……<重圧>グラビティだったかしら? それと似たような権能があるのよ。さ、今の間に桜井鈴くんだけ連れて行きましょうか」


 フローネ様はそう言って僕の方を見て手を伸ばす。だが。


「そうは……させません!」


 エミリアが地面に這いつくばりながら、杖を地面に立てて杖に魔力を込める。すると、杖の先端の宝石部分から極大の火の球が飛び出して、フローネ様目掛けて勢いよく飛んでいく。


「っ!」


 まさか自分の権能下で抵抗されるとは思わなかったのか、フローネ様は余裕を無くした表情でそれをギリギリ回避するが、彼女の眼鏡が熱で変形してしまう。


 それと同時に僕達の重力束縛が緩和されて自由に動けるようになった。


「……ああ、お気に入りの眼鏡だったのに……」


 フローネ様は変形した眼鏡を手に取って、仕方なくそれを地面に捨てる。そして解放されて立ち上がった僕達に視線を戻す。


「……エミリアだったかしら。現地人と思って侮ってしまったわ」


「それはどうも。神様に褒められるのであれば、そろそろ最強の魔法使い名乗っても良いかもしれませんね、レイ」


「いやもう勝手に名乗ればいいんじゃないかな……」


 僕はエミリアの言葉に呆れつつ、フローネ様に相対する。


「周囲の重力を増したくらいじゃあなた達を止められないか……なら、直接時間に干渉して―――」


 フローネ様はそう言って僕達の方に手を翳す。

 僕は嫌な予感がして、聖剣の柄に手を掛けるのだが――。


<時間停止>タイムストップ


 彼女がそう言葉を発した直後、周囲が真っ白に染まり――


『――駄目、起きて、レイ!』


 次の瞬間、聖剣から聞こえてきた僕の分身の声で意識が覚醒する。


「――っ!!」

 そして視界が戻った瞬間に身体が動いて、僕はフローネ様に向かって駆け出す。


「嘘……!? 権能を使った時間干渉に抵抗するなんて……!」


 驚いた様子のフローネ様に肉薄した僕は、勢いそのままに聖剣の刃をフローネ様の首元に当てて寸止めする。


「……う」


 僕とフローネ様は顔に冷や汗を流しながら、互いの動きを止める。


「すみませんが神様の件は遠慮させて頂きます。このまま引いてくれませんか……?」


「……素晴らしいわ。人間の状態でこれだけの力があるなんて……。貴方がもし”神”になれば、私すら超えてしまうかも……」


 フローネ様はどこか熱っぽい表情で僕を見る。その視線がなんだか怖く感じて、僕は思わず視線を外した。


 そして僕が視線を外した瞬間に、フローネ様は僕達から距離を取る。すると、さっきまで完全に動きが止まっていたエミリアが僕に駆け寄ってきた。


「エミリア、平気!?」


「だ、大丈夫ですけど……身体が全く動きませんでした……。神様を名乗るだけありますね……」


 エミリアは肩で息をしながらそう言う。


「……これはちょっと予定外ね。力づくで連れていくのも骨が折れそうだわ……さて、どうするか……」


「フローネ様、引く気はないんですね」


 僕とエミリアは彼女から少し距離を取って武器を構え直す。


「当然。私は主神様の命でここに来たの。人間に力負けして逃げ帰ったんじゃ、どんな罰則を受けるか想像も付かないわ」


 フローネ様は肩を竦めてそう語る。

 彼女が諦めないのなら、僕達も抵抗するしかなくなる。

 僕達は対峙した状態で互いの動向を探り合って膠着状態になってしまう。


 だが、膠着状態になって数秒経過した時。


 突然、僕達の周囲から何かが外部から圧力を掛けられて周囲が軋むような音が聞こえてくる。


 そして、次の瞬間。


 フローネ様が張った結界がガラスのように粉々に砕かれる。


「結界が砕かれた……? 何者……!?」


「レイ君、無事!?」


 結界が砕かれて最初に姿を現したのは、聖剣アロンダイトを構えたカレンさん。そしてその周りには姉さんとレベッカ、他の仲間達が揃っていた。


「レイくん!」

「レイ様、ご無事ですか!?」


 姉さんとレベッカは僕達を心配して僕達に駆け寄ってくるが、目の前に対峙する女性を見て驚愕の表情を浮かべる。


「ふ、フローネ様!?」


「……予想外も予想外ね。私の結界を砕く存在が彼以外にもいるなんて………久しぶりね、ベルフラウ」


 バツの悪そうな表情で、フローネ様は元後輩のベルフラウと見つめ合う事になった。

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