第904話 カレンさん、バグる
前回までのあらすじ。
ハイネリア先生に見識を広めて来いと言われて半年間の休暇を貰ったレイは、これを期に以前から計画していた旅行を前倒しすることになった。
その事をカレンさんに伝えて協力を仰いだ結果、彼女の伯爵令嬢としての立場を活かして船を出してくれることになり、レイ達は彼女の用意してくれた遊覧船に乗ってレベッカの故郷へ向かう。
そして、レイが自分に割り当てられた部屋でのんびりと過ごしていると、いつも彼の部屋に遊びに来る猫のミーアが現れた。
突然のミーアとの再会に戸惑うレイ。
もしかしたら、仲間の誰かが自分に気を利かしてミーアをこっそりと連れてきてくれたのかも?と考えて、その人物を探すことにしたのだが……。
僕の部屋にミーアが入ってくる直前、部屋のドアをノックする音がした。
ミーアが自分でノック出来るわけがないし、仲間の誰かが僕の部屋にミーアを送り届けてくれたということだ。
自室を出た僕は猫のミーアを抱っこしながら、ミーアを自分の部屋に届けてくれた仲間を探すことにした。
「それで、ミーアは誰に連れて来られたの?」
「みゃぁぁ……」
僕が尋ねてみても、ミーアは『ごめんね』と言う様にか細く鳴くだけだ。この子は、凄く賢い子なのだけど、流石に人の言葉を話せるわけもなく、返ってくる言葉は可愛らしい鳴き声。
「まぁミーアに聞いても答えてくれるわけないよねー」
僕はそう言いながら抱っこしたミーアの頭を指でクリクリ撫でる。
「みゃっみゃっ」
ミーアはそれをうっとおしそうに前足をジタバタさせて頭を僕の手から避けるように首を振る。
猫に聞いても分かるわけないと分かっているが、可愛らしいこの猫とコミュニケーションを取るためにこうやって話している。
傍から見れば、猫に向かって猫なで声で話しかける不審人物でしかないだろう。でも誰も見てないから気にしてはいえない。
……なお。
「ふふふ、ねこ様と戯れるレイ様のお姿……とても可愛らしゅうございます」
「……レイくん……最近、お姉ちゃんより猫の方に夢中よね……」
そんな僕の様子は、いつの間にか後ろにいたレベッカと姉さんにバッチリ見られていた。
「二人とも…… いつの間に!?」
「レイ君が猫と遊んでる所からよ」
「まぁ丁度良いか。姉さん、レベッカ、二人がこの子を僕の部屋に連れてきたの?」
「ううん、お姉ちゃんは知らないけど……」
「そっか……レベッカは?」
僕はレベッカにそう質問を投げかけるのだが、彼女は笑みを浮かべたままミーアに視線を合わせて「ふふふ」と意味深に笑った。
「……もしかしてレベッカ、何か知ってる?」
「みゃう」
「いえ、わたくしは何も」
「本当?」
「本人が直接語るまで、わたくしからは何も語るつもりはございません」
「……みゃ」
「絶対知ってるじゃん! レベッカがこの子を連れてきたんじゃないの?」
「レイ様、わたくしが嘘を付いている目に見えますか?」
そう言ってレベッカは大きな赤い瞳を涙で潤ませながら、上目遣いで僕を見てくる。
「うっ……それは……」
その仕草は反則だ……。僕は思わず言葉に詰まってしまった。
「分かったよ……それじゃあ自分で探すことにする」
「はい。ではレイ様、頑張って下さいまし」
そう言ってレベッカは優しい表情で僕に向かって微笑んで見せた。絶対何か企んでるのに、何も言えない自分が悲しくなってくる。
レイは明らかに怪しいレベッカに何も言えずに二人の前から立ち去るのだった。
「レベッカちゃん、あれじゃあレイくん可哀想じゃない。何を隠してるの?」
「実は……ごにょごにょ」
レベッカはベルウラウの耳元で何かを囁いた。すると、それを聞いたベルウラウの目が大きく見開かれる。
「レベッカちゃん、それ本当?」
「ええ」
「だったら、早くレイくんにも教えないと」
「悪気があるわけではないと思いますし、いずれ自ら正体を明かすと思われます。それまでわたくし達は温かい目で見守っていましょう。それに、猫様を抱いて幸せそうなレイ様をもう少し見ていたい気持ちもございますので」
「それは……そうね!」
そしてレベッカとベルウラウの二人は揃って「ふふふ」と含み笑いをした。
◆◇◆
一方、その頃レイは一番可能性ありそうなカレンの元を訪ねていた。
「カレンさーん」
僕はカレンさんの部屋のドアをトントンと叩いて彼女の名前を呼んだ。すると中から返事の代わりに足音が近付いてきてドアが開かれると、そこには私服に着替えたカレンさんが居た。
「あら、レイ君。遊びに来てくれたの? 嬉しいわ」
「カレンさん、この猫の事なんだけど……」
僕は抱っこしてるミーアを両手で持ち上げてカレンさんの目の前で見せてみる。
「みゃーん」
「あら、確かミーアちゃんじゃない。相変わらず可愛いわね」
「うん。でも僕が連れてきたわけじゃないんだよ。カレンさん、知らない?」
「いえ、私は知らないわ」
「そっか……」
「この船は不審者が入らない様に厳重に見張らせたのだけど、もしかしたら昨日の夜の内に入り込んじゃったのかしらね?」
「そんな偶然あるかなぁ……?」
まるで、僕達がここに来るのを知っていて先回りしたかのようだ。ミーアは賢くて、いつも僕の言葉を理解しているような動作を見せてくれる子だ。猫の気まぐれと言われればそれまでなのだが……。
「ミーア、僕達がここに来ること知ってた?」
「みゃぁーん」
質問をしてみるが、ミーアは恍けたように鳴くだけだ。
僕は頭をぽりぽりと掻いた。
「……ねぇ、レイ君。ちょっと良い?」
「え?」
僕が返事をする前に、カレンさんは猫の顔の前に自分の掌を向ける。そして……。
「
カレンさんがそう呟くと、彼女が発動する<能力透視>の青いオーラがミーアに向かって伸びていき、ミーアの体を半分程度通過していく。
しかし、次の瞬間、ミーアが突然カレンさんの腕をすり抜けてするりと僕の腕の中から飛び出てその場から離れてしまった。
「あっ」
僕は突然の事に驚きながら、カレンさんに「ごめんね、カレンさん」と謝ってからすぐにミーアの後を追った。
「……私が能力透視を使おうとしたら逃げたわね……」
カレンが使った魔法は、対象の人物のステータスや状態変化を視ることが出来る魔法だ。
ミーアは、カレンがミーアに対して疑念を持って<能力透視>をかけようとしていることを察知して逃げ出してしまったのだ。
「……魔法の気配を感知した? ただの猫が……? もしかして、あの猫、私たちの敵……!? レイ君に付きまとったのも、まさかレイ君の命を狙うためとか……!?」
カレンは思い詰めたように、少々早とちりした推察を独り呟いた。
「こうしちゃいられないわ。あの猫を捕まえて正体を吐かせないと……!!」
カレンはレイの事が心配のあまり、壮大な勘違いをしたままレイの後を追いかけるのであった。
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