第903話 皆で行こう、海の旅路へ

 それから二週間ほどの時間が流れた。


 レイ達はその間、旅行の準備と定期的に感知する魔王の討伐に勤しんで本人たちにとっては慌ただしい日々を送っていた。そして、遂に旅立つ時が来て……。


 ――王都近くの港町にて。


「準備に手間取ってごめんね、これが今回の旅でお世話になる船よ」


 そう言ってカレンは目の前に鎮座する大きな船を手で指し示す。


「お父様が昔使ってた遊覧船で、特別に魔法を使ってくれたから最大20人の人が一ヶ月くらいかけて気ままに船旅が楽しめる仕様になっているわ。食料の十分に積んであるし、一流のシェフやコックも乗船させてあるし、ゆっくり船旅を楽しみましょうね」


「「「(うわぁ……)」」」


 想像以上の豪華仕様に、レイ達一同は皆苦笑する。


「カレンさん、これ本当に僕達が使ってもいいの?」


「大丈夫よ。お父様とお母様にはちゃんと許可取ってあるし、今回の旅にはリーサも同行してくれてるから、ね?」


 そう言いながらカレンさんは後ろに控えていたおリーサさんに声を掛ける。リーサさんはこちらに深々と頭を下げてこちらに歩いてくる。


「皆様、お久しぶりでございます。今回はこのリーサも皆様の旅に同行し、影ながらサポートさせてもらいます」


「ありがとうございます、リーサさん」


「しばらく王都で顔を見なかったけど、何処かに行ってたんですか?」


 姉さんがそう質問すると、リーサさんは言った。


「レイ様達が魔王を討伐して以降、一度サイドの方に帰省しておりまして……。ですが、今回皆様が遠い地に旅するとカレンお嬢様にお聞きして、是非にということで乗船させて頂くことになりました。数ヶ月間の旅となるかと思いますが、どうぞよしなに」


「こちらこそ宜しくお願いします」


 そうして、レイ達は船に乗り込んだ。


 ◆◇◆


「凄い眺めですねー」


「この船の一番良いところはこの甲板から見える景色よ。海がどこまでも広がっていて、潮風も気持ちいいし、何より開放感があるわ」


 カレンはそう言いながら手すりの所まで行って両手を広げて言った。


「うぅ……」


「……で、レイは相変わらず船が苦手と……」


 僕が手すりに掴まって項垂れてると、エミリアはジト目でこちらを見ていた。


「サクライくん、平気……?」


 そう言いながらルナは僕の視点に合わせて姿勢を低くして僕の背中を摩ってくれる。


「ありがとう……」


「レイ様、少し船内で休まれては如何ですか?」


「いや、大丈夫です……。僕も皆と一緒に景色を眺めて楽しみたいので……」


 僕の言葉にサポータさんが近付こうとするのをやんわりと断って、手すりに摑まったまま目を閉じる。


 背中にルナの手の温かさを感じていると、少しずつ船酔いの気持ち悪さも薄れてくる。そして、ある程度マシになったところで目を開けて見る。


 するとそこには、美しい海の景色が広がっていた。


「……綺麗」

「……だよね、私もこんな海の景色初めてだよ~」


 思わず二人揃って海に見惚れる。その僕たち二人のやり取りが周りの目を引いているみたいで、他の皆もこちらの方を見に集まってきていた。


「レイ君、慣れた?」

「あ、カレンさん。うん、もう平気」


 どうやら思ったよりも心配を掛けてしまったようだ。皆、一様に僕に向けて心配そうな表情をしてくれている。


「私達、そろそろ船内に行こうと思うんだけど、二人はどうする?」


「僕も行くよ」


「私もー。これだけ豪華な遊覧船なんだから楽しみだねー」


 ◆◇◆


 それから船内を案内された後は、僕達それぞれに割り当てられた部屋で自由に過ごすことになった。レベッカの故郷は遥か遠い地にある。それまでこの船で各地の港に寄って補給を行いながら行く予定らしい。


 というわけで、客室のベッドの上にドサリと仰向けに寝転がって天井を見ている。


「暇だ……」


 ベッドでゴロゴロしながら僕は呟く。今までなら自室で過ごす時は勉強しているか、猫のミーアとじゃれて過ごしていたのだが……。


「……一応、勉強道具は持ってきてるけど、今は旅を楽しみたいよなぁ……」


 そして猫のミーアもこの度に連れて行きたかったのだが、あの子は神出鬼没で肝心な時に全然姿を現さなかった。


 ―――トントン。


 僕がベッドで横になってあれやこれやとこれからの事を考えてると、ドアがノックされる音が聞こえてきた。


「誰? 姉さん?」

「……」


 しかし、僕が返事をしても何故か声が返ってこない。


 不審に思って、僕はベッドから飛び起きてドアを小さく開けて隙間から覗きこもうとするのだが……。


 その時、何かが外から僕の足元を通り抜けて部屋の中に入り込んでいった。


「え!?」


 僕は慌てて振り返って部屋の中を確認すると、僕が先程まで横になっていたベッドに灰色のモフモフとした毛の猫がいた。


「ミーア!?」


 その猫は、間違いなく僕の部屋によく遊びに来ていた猫だった。慌ててドアの外を確認するが誰も居ない。さっきドアを誰かがノックしたはずなのに……。


 少々不可思議な出来事だったので困惑したが、ひとまずドアを閉めてミーアの座るベッドに戻る。


「みゃあ~」


「ミーア、キミは一体何処から……? 誰かがここに連れてきたんだよね?」


「みゃあぁん……?」

「はぁ……かわいいよぉ……」


 僕は近寄って、手を伸ばして撫でてみる。ふわふわした毛並みが手にとても気持ちいい。


 すると、ミーアの方から頭をこちらに摺り寄せてきて擦り寄せてくる。その行動の一つ一つにキュンキュンしてしまう。いつもの事だが、この子はなんて可愛いのだろう。


 僕はミーアを抱っこしてドアの方に向かう。


「多分、仲間の誰かが僕に気を利かせたんだと思うんだけど……ちょっと皆に聞きに行ってみようか」


 わざわざ僕の部屋に来てノックだけして猫を置いていくのはあまりにも不自然だ。もしかすると何か事情があるのかもしれない。


「よし、ミーア。僕と一緒に皆の所に行こう」

「みゃあ!」


 僕は猫を抱っこした状態で部屋の外に出ることにした。

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