第905話 ねこまっしぐら

 カレンがとんでもない勘違いを起こしている時。

 レイは逃げていったミーアを探して船内を彷徨っていた。


「ミーア、どーーこーーー?」


 僕は船内で猫のミーアの名前を叫びながら探す。叫ぶのは少し恥ずかしかったが、あの子は賢いから僕が自分の名前を呼んでいる事が判れば戻ってきてくれるはずだ。


「みゃーお?」

「ミーア?」


 そんな時、僕の後ろから猫の鳴き声がした。

 後ろを振り返るとそこに居たのは思った通りミーアだった。


「やっと見つけたよ、ほらおいで……」

「みゃあぁ」


 僕が膝を降ろしてミーアにおいでおいでと手をこまねくと、ミーアは分かったというように鳴きながら僕の方にやって来た。


「こら、勝手にいなくなっちゃだめじゃないか」


 僕はミーアを抱きしめるとそのまま優しく頭を撫でる。

 ミーアは気持ちよさそうに目を細めてゴロゴロと喉を鳴らした。


「ふふ……ミーア、他の人には懐かないのに僕にはべったりだよね」


 以前、認定試験前にミーアが遊びに来てくれた時にはノルンにこの子を預けたりしたのだが、今のように鳴き声を上げることも殆ど無かったらしい。


 それ以降、ミーアは僕の試験が終わるまで一度も遊びに来なかった。そして試験が終わって、ようやく肩の荷が降りてからこうしてまた会いに来てくれたわけだが……。


「(まるで僕の事情を全部分かってくれてるみたいだ……)」


 僕はミーアを抱っこしながら、そんな不思議な猫に漠然とした親近感を抱くのだった。


「じゃあ次は……エミリアに聞きに行こうかな?」


「(ビクッ)」


「ん?」


 今、僕がエミリアの名前を出した途端、ミーアのしなやかな身体が硬直したような……?


「どうしたの、ミーア?」


「……」


 話しかけてみるが、ミーアは僕から視線を逸らして尻尾を立てる。

 僕は気にせずにエミリアの部屋に向かうことにした。


 ◆◇◆


「エミリアー、いるー?」


 僕はエミリアに割り当てられた部屋のドアの軽くノックして、部屋の中に居るであろうエミリアに声を掛ける。


 だが数十秒立っても物音すらせずエミリアが部屋から出てくる気配が無かった。


「居ないのかな……?」


 僕はそう言いながら無造作にエミリアの部屋のドアのノブを回した。すると、鍵が掛かっていなかったようで、ドアはすんなりと開いてしまった。


 不用心だなと思いながら中を覗いてみるがそこにエミリアの姿は無く、それどころか今日の為に用意しておいたエミリアの私物が大きな鞄に入れっぱなしのまま部屋のベッドの隣に放置されていた。


「荷造りした荷物がそのままって事は、置いてすぐに部屋を出たんだろうけど……何処に行ったのかな……?」


 そう疑問に思いながら、僕は部屋を出てドアを閉め直す。


「エミリア居なかったよ、ミーア」

「……みゃ」


「そういえば、ミーアってエミリアと会った事ある?」

「……」


「ミーア?」


 僕はまた変な事に気が付いた。

 さっきからミーアが全然僕と目を合わせてくれない。訊かれたくない質問をされて、あからさまにバツの悪い顔をしてる様子に感じた僕は、ミーアの様子に若干の不自然さを感じた。


「ねぇ、ミーア。何か僕に隠してない?」

「みゃう……」


 そう言って僕が顔を近づけると、ミーアは気まずそうに視線を僕から背けて項垂れてしまった。


「(んー……変な子……?)」


 だが猫は気紛れなものだし、と僕は気を取り直して次の容疑者を訪ねることにする。


「じゃあ次はノルンの所に行こうかな。ノルンの事は知ってるよね、ミーア」

「みゃ!」


「よし、じゃあ行こうか」

「みゃう」


 ◆◇◆


「ノルンいるー?」


 ノルンの部屋に着いた僕は先程と同じようにドアをノックする。

 すると、少し間を置いて返事があった。


「……ん……その声は……待ってて……」


 部屋の奥から眠そうな女の子の声がして、少しすると寝間着姿のノルンが目をこすりながら欠伸をして現れた。


「レイ……」


「起こしちゃった?」


「ん……気にしないで……入って……」


 そう言いながらノルンは部屋に戻っていき、僕はミーアを抱っこしたまま部屋にお邪魔する。そして、テーブルの周りに腰を下ろすとミーアを僕の隣に座らせる。


「みゃー」


「ごめんねノルン。眠そうにしているところにお邪魔しちゃって」


「気にしないで……貴方が来ないと、ずっと惰眠を貪っているだけだから……」

 ノルンはそう言いながら両手をあげて伸びをする。


「……ところで、その子……」


 ノルンは眠そうな目でいつの間にかテーブルの真ん中に異動して身体を丸めていたミーアに視線を移す。


「お腹空いてそうね……ご飯食べる?」


「え、ミーアのご飯あるの?」


「うん……前も食べてくれたから多分……」


 そう言いながらノルンはこちらに小さなお尻を向けて、ベッドの下からゴソゴソと何かを取り出す。そしてそれを丁寧にテーブルの上に置いた。


「これって……」


「カ○リーメイトよ」


 前も思ったけど、異世界に何故カ○リーメイトが……。


「ノルン、これどうしたの?」


「ん……私の非常食」


「いや、それは分かるんだけど……」


「船で遠出することが決まって、念の為に箱買いしておいたの。もし途中で遭難したりしてもこれで多少は凌げると思って」


 ノルンは寝ぼけた目でそんな事を言いながら、カ○リーメイトの袋を剥いて、中身を皿に乗せてミーアの傍に置く。


 すると、ミーアは「待ってました」と言わんばかりにそれにパクつき始める。


「みゃっ、みゃっ、みゃ!」


 本当にお腹が空いていたようで、ミーアは夢中で用意されたご飯を食べ続ける。


「お水も用意するわね」


 ノルンはそう言って小さなコップに水を注いでミーアの前に置く。


 すると、ミーアは水を飲み始めた。


 ちっちゃな舌をぺろぺろ出して飲むミーアの姿はとても可愛らしくて癒された。


「ん……良かった……」


 そんなミーアの様子を見て、ノルンは優しく微笑んだ。


「ノルン、ありがとう」


 そんなノルンの優しさが嬉しかった僕は、彼女にお礼を言ってから本題に入ることにする。


「ところで、ノルン」


「……ん……?」


「ミーアの事なんだけど、この子、いつの間にかこの船に紛れ込んじゃったみたいなんだ。何か知らない?」


「レイが連れてきたんじゃないの?」


「ううん。というより、ここ二週間以上ミーアの姿を見てなくて、さっき僕が部屋で休んでいたら……」


「突然、この子が現れたってこと?」


「うん。だけどミーアが僕の部屋に入ってくる前に部屋のドアをノックする音が聞こえたから、誰かが連れてきてくれたはずなんだよね。その連れてきた人物を今探してる所なんだ」


 僕がそう説明するとノルンは不思議そうな顔で僕とカ○リーメイトにかじりついているミーアに視線を往復させる。


「……もしかして、それが私じゃないかってこと?」


「そのつもりでお邪魔したんだけど……その様子だと違うっぽいね」


「私じゃないわ」


「だよね……じゃあ誰? ……レベッカと姉さん、それにカレンさんも違うっぽいし」


「ん……なら後はエミリアかアカメかルナ……? それとも、乗船してる乗組員の人達が連れてきてくれた……とか?」


「だと思うんだけど……何も言わずにノックだけしてこの子を置いていくって変だと思わない?」


「……確かに。乗組員やカレンのお世話係のリーサもそんな失礼な事はしないだろうし……」


 僕とノルンがそう悩んでいると、カ○リーメイトを食べ終えたミーアが舌で口周りを舐め終わった後、テーブルから僕の膝まで降りて来た。そして「話は終わった?」と言いたげな顔で僕を上目づかいに見上げた。


「みゃう……」


 その仕草がとても可愛く見えた僕はミーアを抱き上げてギュッと抱きしめる。


 それに気をよくしたミーアはすりすりと僕の胸に顔を擦りつける。


 そんな僕達の様子を見ていたノルンも、感極まったようにギュッと両胸を抑えて小さく呟く。


「……とても愛らしいわね。私の時にはツンとした感じでそんなに懐いてくれてなかったのに」


 そんな彼女の呟きに若干の嫉妬が感じられた。

 僕に嫉妬する普段の大人びた態度の彼女にしては珍しい。


「この子、僕の事を理解してくれているのか、いつもこうやって僕が好きそうな仕草をするんだよねー」


「よっぽどレイの事が好きなのかしら」


「そうだと嬉しいな……僕もミーアの事が大好きだよ」


 僕がそんな事を言いながらミーアの喉元を指で軽く摩ると、ミーアは「みゃ」と短く応えてくれた。その返事に、僕とノルンは小さく声を出して微笑んでしまうのだった。

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