第81話 全裸会議

「今日はもうゆっくり休もう」

「そうねーお姉ちゃんも疲れちゃったわ」

 ここ最近依頼ばかりで戦闘も多かった。剣に慣れたり鍛錬の為とはいえ正直キツイ。

 戻ったら戻ったでダンジョン探索にドラゴン退治だ。地獄か。


 そこでレベッカが神妙な顔で尋ねてきた。

「ところでレイ様、ご存知ですか?」

「何が?」

「この宿、個室にお風呂があるのですが――」

 それは知ってる。だって一週間は泊まってたし。


「一階には大風呂の混浴があるとのことです」


「……マジ?」

「はい。どうします?」


「大風呂!? 入りたいかも?レイくんはどうする?」

 姉さんは乗り気のようだ。え、姉さんが混浴………!?

「……入ります」


 別に姉さんが入るから乗ったわけじゃないから!

 勘違いしないでよね!?


「……私は遠慮しておきます」

 エミリアが拒否してきた。

「えっ!?」

「何ガッカリしてるんですか!この馬鹿!」

 思いっきり腹パンされました。痛い……。

「だ、だってぇ……」


 エミリア可愛いし、歳の割に胸も大きいし……。

 さっきあんな艶っぽい目で甘えてきて胸の感触がまだ残っている。


「…………」

 エミリアが軽蔑の目で見てきた。許して……。


「レイ様、それならレベッカと入られますか……?」

 レベッカが上目遣いで頬を赤らめてこちらをじっと見つめてきた。

 くそぅ、その手があったか……!!

 で、でも告白された手前、そんなことしてしまったら――!


「お姉ちゃんと入るんだよね!?」「うごっ!」

 姉さんに首を捻られて強引に姉さんに視線を向けられた。

 姉さんの笑顔の圧力が強いです。怖いです……。


「……はい」

 僕は屈した。


 といっても姉さんと一緒に入るのか……。これはこれで緊張する。

 そして三人は先に部屋へ戻っていった。

 僕はというとまずは荷物を置いて、それから浴場へ向かった。

 脱衣所には誰もいない。

 服を脱いで浴室へ入る。


「うわぁ……」

 思わず声が出た。

 とても広くて綺麗だ。これならゆったりできそうだ。

 さっさと体を洗おう。

 シャワーを浴びてから湯船に浸かる。あぁ……気持ちいい……!


「失礼しまーす」「!?」

 突然後ろから声をかけられた。振り返るとタオル一枚巻いただけのほぼ全裸の姉さんがいた。


「ね、姉さん!?」

「ふふん、驚きました?」

 悪戯っぽい笑みを浮かべている。……駄目だ、直視できない。目のやり場に困る。

 僕は目を逸らすために湯船の縁に頭を乗せた。


「大丈夫?」

「うん……ちょっと色々あって」

 色々っていうのは直視すると色々ヤバイって意味である。


「困ったことがあったらお姉ちゃんに言って?」

「え、いや……それは……」言えるわけがないじゃないか。


 ついチラッと姉さんの方を見てしまった。

 僕の視線に気付いたのか、姉さんは顔を赤くしながら慌てて前を隠した。


「レイくんってエッチだよね……前だって……」

(前の事?それって――)

 姉さんにマッサージされた時にアレが大きくなったことを思いだした。


「あれはその……生理現象というか」

 そもそも実の姉弟じゃないんだからあんなことされたら……ねぇ?


「あの時は私もびっくりしちゃったけど、嫌じゃなかったよ?」

「そ、そうなんだ」


 僕はどう答えていいか分からず曖昧な返事をした。


「でも、今はまだダメ」

「え?」

「私たち、今は普通の姉弟だから――」

 そう言うと姉さんは自分の体を抱き締めるように腕を組んだ。

 タオル越しとはいえ姉さんの体がはっきりと分かる。


「それはどういう意味?」

「うん、内緒♪」

 姉さんはお風呂の熱気に充てられたのか顔を赤らめていた。


 その後、少し無言の時間が続いた。

 居心地が悪いわけじゃない、信頼している仲だから。

 何も話さなくても安らぐ時間だ。


「――ふぅ」

 とても落ち着く……最近ずっと激戦だったからなぁ……。

 そんなことを考えていた時、姉さんが口を開いた。


「ねえ、レイくんはミリクの事どう思う?」

「ミリクさん?」

 レベッカの信仰してるこの世界の女神、エニーサイドのダンジョンを運営していると思われる。目的は未だに不明だ。冒険者を使って何かをやらせようとしてるのは理解できるが……。


「私と同じ女神だから信用してる?」

 姉さんと一緒か、言われてみれば確かにそうだけど。


「正直分からないかな……」

 姉さんと同じと言っても性格も全然違う。

 姉さんは裏表のない優しい性格だけど、ミリクさんは天真爛漫のようで腹黒い感じもする。

 ただ、それでも僕は一度彼女に命を救ってもらっている。


「姉さんはミリクさんを悪神ではないと言ってたよね?」

「うん、生物に危害を加えたり、世界にとって悪影響な場合は他の神が派遣されて討伐されるの。

 討伐された女神は人間に生まれ変わることも出来ず、輪廻の輪にも入らず魂も消されてしまうわ」

「まだ討伐されてないだけって可能性は?」

「あり得ない話ではないけど……やっぱりそこまで悪い神とは思えないわ」


 少なくとも昔から信仰されていた神だ。

 悪影響ならとっくに討伐されていてもおかしくないだろう。


「レイくんはミリクの目的は何だと思う?」


 目的か……。月並みだけど、何となく察する部分はある。


「ミリクさん、初めて出会った時デーモンを見て魔王とかどうの言ってた気がする」

 あの時は声だけだったから見てたというのは語弊があるかもしれない。


「僕を見て勇者がどうとか言ってたし――」


 要するに――


『勇者として魔王を討伐せよ――』


 とか言いたいんじゃないかと思う。そしてその可能性は限りなく高い。


 僕のその考えを聞いて姉さんはため息を付いた。

「レイくんを異世界転生させたとき、確かに先輩から似たような事を聞いた気がする」

「何て言われたの?」

 ちなみに姉さんの先輩も女神らしい。


「何だったかしら?この世界は危機に瀕していてーとか、

 転生者を送り込んでどうとかーみたいな?」

 大分アバウトな覚え方してた。


「私はレイくんと異世界で暮らしたかったから、どうでもよかったんだけど」

 大分ぶっちゃけたな。

 姉さんって女神として大分駄目な神なんじゃないかと思う。


「もし本当にミリクさんの目的が本当に魔王と戦うことだったら、……レイくんは戦う覚悟はあるの?」


 真剣な表情で姉さんは聞いてきた。

 戦う、つまり魔王と戦うということだろう。


「……そもそも魔王ってどんな奴なのかも分からないし」

 確かに、今の所ロクな存在では無さそうだけど実害らしい実害も被っていない気がする。


「そうだね……ただ、それっぽい敵はいなかった?」

 それっぽい敵?

「アークデーモンとかその下位種のデーモン?」

「ううん、そうじゃなくて、先日レイくんが倒した得体の知れない敵――」


 先日?それって――


『我に恐怖せよ――――――<悪夢>』

『終焉を迎えよ――<死>』


 あの、全身が真っ黒に染まり、顔の無い魔物―――


「――まさか、あれが魔王?」


 強敵とかいうレベルの魔物では無い。存在そのものが不快。

 そして、この上もなく危険な存在だった。犠牲無く勝てたのは奇跡に等しい。


「分からない。でも確かにあの力は魔王と呼ばれるに等しいほどの存在だった」


 もし、そいつが魔王だとしたら、この世界の魔王は既に居ないことになるが――


「まあ、あくまで私の予想だけどね」

 そう言うと姉さんは苦笑いを浮かべながら肩まで湯に浸かる。


「仮に本当に魔王を倒せって言われたら――」

 もし、それが姉さんやエミリア、レベッカを傷つける存在だったとしたら――

 そいつが、もし姉さん達を襲うような事があるなら――


「――そんなの、決まってる」「え?」

 思わず口に出していたようだ。


「いや、何でも無いよ」

 僕は誤魔化すように頭を掻いた。


「まぁ、私もここで訊いておいて何だけどねーー」

 姉さんはお風呂で手足をバタバタしながら、言葉を続けた。


「――別にミリクの命令なんて聞かなくていいんじゃないかな?」「へ?」


 姉さんの予想外の発言に変な声が出た。


「だって私もレイくんも、別に魔王を倒すために来たわけじゃない。

 ミリクの言う通りに動く必要もないじゃない?」

「それはそうだけど……」

 でも仮に神様に逆らいでもしたらどうなるか……。


「大丈夫よ、確かに神罰――なんて言葉もあったりするけど、普通の女神にそこまでの力は無い」

「そうなの?」

「うん♪ というより、直接手出しなんて出来ないと言っていいの」


 直接手を出すような神はそれこそ討伐対象となってしまう。

 仮に力があっても思いのままに力を振るうのは悪神だけということだ。


「自分で手出しが出来るなら、そもそも自分で魔王倒しなさいって話です」

 ……言われてみれば、わざわざ勇者に行かせるのも随分と回りくどいやり方となってしまう。


「それに私たちは冒険者だし」

「……そうだね」


 確かに姉さんの言葉通りだ。

 僕達は冒険者だ。パーティを組んでいる以上、誰かの指示に従う必要はない。

 冒険者は誰かの指示に従うような存在じゃない。


「だから、レイくんがミリクの言うことを聞く理由はないわ」「……」

 確かにその通りかもしれない。


「でも、万が一魔王と戦えと言われたら?」

「その時は―――」

 姉さんは怪しげに笑う。


「全力でミリクをボコボコにしましょう!」

 その笑顔は満面の笑みだったが、何故か背筋に寒気が走った。


「……善処します」「よろしい、うふふ」

 姉さんは満足げに肯くのだった。


「ミリクが怒って私たちに挑んできたとしたらの話だけどね」

「それはまあ……」

 流石に魔王討伐命令された瞬間に殴りに行くのは人としてヤバい。


「その場合、ミリクは多分<分身体>を使って挑んでくるんじゃないかしら?」

「分身体?」

「地下三階で私たちは白い獣の魔物と戦ったでしょ?

 あの時、私レベッカちゃんの来ている服と似た気配を感じました」

「レベッカと?」

「うん、レベッカちゃんの服はミリクの力が込められてる。

 そしてあの白い獣の正体はミリク――の操る分身体だったと思うの」


 あの魔物が……?確かに、今思うと声や言動が似ていたような……。


「私が妙に似た気配を感じたのはそれが理由。要するに分身体ってのはミリクの力を使ったコピーってこと。本人が戦うわけにはいかないから、仮に戦闘するなら自身の劣化品である分身体を向かわせるしかない」


 なるほど、そういうことか。


「だけど安心して。仮に本体と戦うことになったとしても――」

 姉さんは悪戯っぽく笑う。

「――私達が負けることは無い。私も元女神だから、彼女の対策は取れるはずですよ」

 姉さんの自信たっぷりな表情を見て、僕は自然と笑みがこぼれた。


「ありがとう、姉さん」

「ふふん♪お姉ちゃんは凄いんだから!」


 姉さんは胸を張る。

 すっごい揺れた。というか丸見えです……。


「私たちはこの異世界で幸せな生活を送るの。

 だから女神や魔王なんかに邪魔なんてさせないんだから!」

 そう言って姉さんは僕の腕を取った。

「そうと決まれば、明日からの予定を考えないとね♪」

「そうだね」


 僕は姉さんの方に体を向ける。


「ところでさ、姉さん」

「え?」

「姉さんの胸当たってるんだけど……」

 しかもここは浴場だ、要するに二人とも全裸だ。当然、お互い肌を密着させているわけで……。


「――っ!?」

 そこでようやく自分の状況に気付いたのか、顔を真っ赤にした。

 そして、叫び声をあげて逃げるのかと思いきや――


「お、お……お姉ちゃんだから……!

 だ、だから見られても平気だから………!」

 平気そうに見えません。


 結局、姉さんはそのままのぼせてしまって僕は姉さんを担いで混浴を出る羽目になった。

 姉さんの裸は(ちょっとしか)見てない。断じて見ていない。本当だ。

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