第480話 我儘女神様

 これまでのあらすじ

 主人公レイは、騎士の任務の最中、突然異空間に転移する。

 そして、そこでレイは三人目の女神様と対面することとなる。


 一方、他の仲間はレイが行方不明になったことに気付き捜索することに。レイを助けるために、仲間達は知恵とごり押しでどうにかレイを合流することに成功した。


 しかし、何故か別の神が乱入して来て僕達を放置して喧嘩を始めた。

 僕達は、いつになったら帰れるのだろうか……?


「あのーちょっといいですか」

 僕は、いつまでも終わりそうにない神様口喧嘩に割り込んで声を掛ける。


『ん?』

『なんじゃ、レイ。儂らは今忙しいのじゃが』


 神様二人に同時に視線を向けられ、

 一瞬怯みそうになるが、気を取り直して話を続ける。


「い、いえ、そろそろ僕達は帰りたいなーって……」

 と、僕が怯えながら言うと、後ろの仲間達が僕の発言に同意する。


「そうよ、私達はレイくんを探してここまで来たんだから」

「私達の要件は終わりましたし、早く帰りたいというのは同意ですね」


 と、姉さんとエミリアは僕の言葉に同意してくれた。


 すると、ミリク様が不満そうに叫ぶ。

『なんじゃなんじゃ、儂が来たばかりというのに!!

 お主らはそんなに儂といるのが嫌なのか、この薄情者どもめ!!』


「いえ、ミリク様そういうわけではございません」

「でも、そろそろ帰らないと僕達も困るというか」


 イリスティリア様はここと下界の時間の流れが違うと言っていた。

 今、下界ではどの程度の時間を要しているか分からない。


「イリスティリア様、僕が来て下界の時間ってどれくらい経ってるんですか?」

 僕の質問にイリスティリア様は答える。


『ふむ、安心せい。さっきのは誇張を入れておったからのぅ。

 時の流れが違うのは事実であるが、下界とそこまで大きくは変わらぬよ。

 ここに居る間、肉体の方は時間が進まぬから歳も取らんしな』


「あ、そうなんですか」

 それを聞いて少しホッとする。

 しかし、ミリク様が不満そうに叫んだ。


『えぇい、そんなことはどうでもよい! 儂はもっとみんなと一緒に遊びたいのじゃ。儂の勇者のレイや可愛いレベッカともっと触れ合いたいんじゃあ~!!』


『おい、いい年したババアが何を子供みたいな駄々をこねておるのだ。恥ずかしくないのか?』


『うっさいわ、黙れ! お主だって大して変わらんじゃろうが!』

 イリスティリア様に指摘され、ミリク様が癇癪を起こしだす。


「あはは……レイさんの所の女神様も個性的ですねー」

「うう、サクラちゃんが羨ましくなってきた……」

 僕はサクラちゃんの気を遣った発言に対して、恥ずかしさを感じてきた。ミリク様も決して悪い人じゃないけど、どちらが神らしく威厳があると言われたら間違いなくイリスティリア様だ。


 と、僕達が話していると、不意にミリク様がこっちを向いた。

『……ん? もしや、そこにおるレイの新しいガールフレンドはイリスティリアの勇者か?』

「ミリク様、誤解を招く発言はやめて」

 僕は真顔で言い返した。


『ふふん、そうかそうか、やはりそうか。

 儂の勇者のレイの方が全然凛々しくて可愛らしいの!!』


『なんじゃと、うちのサクラの方が可愛いに決まっとるだろうが!』


 なんか、喧嘩の火種が僕達に向き始めた……。


『大体、主の勇者は見た目可愛くても腹黒そうで好みじゃないわ!!』


「は、腹黒……? れ、レイさん、わたしそんな風に見えますか……?」

「いや、全然そんなことはない」

 むしろ、僕と比べて思考が幾分か直球な子だと思う。


『はぁ!? それ言い出したら、お前など好みで選んだだけじゃろうが!! 

 余は知っておるぞ、貴様、年下の可愛い男児を侍らすのが好きだったのをな!!』


『ぐぬぬ……、それは昔であって今は違うわ!』


「昔はそうだったんですか……」

 僕はポツリと言葉を漏らした。


『い、いや、違うのだ、レイよ!! 

 儂はお主の勇者としての素質を見抜いたのじゃ、信じてくれ!』

 ミリク様は慌てて僕に弁解する。


「……はぁぁぁぁ。

 どうでもいいけど、私達、早く帰りたいのよね。

 喧嘩は私達が帰った後やってくれないかしら?」

 姉さんは、ほとほと呆れた様子で盛大にため息を付きながら言った。


『ぐぐ……ベルフラウ、相変わらずお主はそういう態度を……』

 と、姉さんに喰って掛かろうとするミリク様だったが、イリスティリア様に制止される。


『落ち着けミリク。

 ベルフラウと言ったか、貴様……もしや、異世界の神だった存在か』


「ええ、そうだけど……?

 別にあなた達を討伐しに来たわけじゃないし信仰を奪うつもりもないわよ?

 今は、レイくんの『姉』だから、それ以上でもそれ以下になるつもりはない」


『お主、神の身で人間に再転生したというのか?』

「……何か、問題でも?」


 イリスティリア様の言葉に、一瞬不機嫌そうな表情を見せた姉さん。

 しかし、イリスティリア様は興味深そうに姉さんに視線を送る。


『いや何も、ただ物好きな奴と思っただけよ。

 神が人間に身を落とすとき、その身に相当な消耗があったろうに』


「え?」

 僕は、二人の会話に思わず声を出す。

 姉さんは、今までそんな事一度も言わなかったのに……。


「初耳でございます」

「ベルフラウ、本当なんですか?」

 エミリア達も驚き、姉さんに声を掛けるが、姉さんは無言を貫く。


『人間に再転生する際、女神の能力の大半を奪われるばかりか、一心同体と化していた女神の衣を剥ぎ取られ、人間に例えるとするなら全身の皮を引き剥がされるほどの苦痛があったはず。お主は、そこまでしてそこの小童と一緒に居たかったのか?』


「……貴女に私の気持ちなんて分からないわ」

 ……姉さん。


『ふむ、確かに分からぬ。分かることと言えば、お主が小娘なりに苦労してきたという事だ。そして、今のお主が幸せだということもな。

 だが、お主が人間になったところで、小童との時間は限られておるぞ?』


「……それがどうしたというの」

『分かっておろう、いくら再転生したとしてももはやその身は半神と化しておる。

 寿命も人間と比べたら遥かに長い。

 故に、如何に勇者であっても人間と一緒に過ごせる時間は短かろう。半ば不老不死となった身で、お主が愛する小童……レイが死んだあと、どうするつもりじゃ?』


「…………」

 イリスティリア様の言葉を聞き、姉さんは無言のまま僕を見る。


「姉さん、僕は……」

 僕は、そんな酷いことを姉さんに強要してしまったの……?


 そう言い掛けたのだが、姉さんは僕の口に手を当てて、優しく微笑む。


「――ううん、それは違う。私はね、レイくん。

 初めからあなたと一緒に過ごすことを決めていたから、この選択をしたのよ。

 もし、あなたが死んでも、転生したあなたと再び巡り合う。どういう形であっても、私はあなたの側に居るの……これは私が決めたこと」


「姉さん……」

「……それにね、レイくん」


 姉さんは、そのまま僕を抱き寄せた。


「そんな悲しい顔しないで……。

 たとえ短くても、私にとっては凄く幸せな時間なんだよ?

 だって、こうしてまたあなたと触れ合えるのだもの……」


「……うん、僕も姉さんと一緒にいられて幸せだよ」

 僕がそう言うと、姉さんは満足げに笑みを浮かべる。



 そんな僕達をレベッカ達は静かに見守っていた。


「ベルフラウ様……」


「レイに対して、些か過剰に愛を注いでるように思えてましたが、まさかここまでとは……」


「でも、素敵です。わたしには真似できないほどに……」


「……ええ、サクラ様の言う通りでございますね」

「……」


『お主の気持ちはよう分かった。そこまでの想いなら何も言うまい。

 そなたたちが末永く幸福でいられるよう、余も見守っておくことを約束しよう。

 ……それでだ、ミリク。貴様、このような尊き二人の時間を奪うつもりか? これなら、悪神と呼ばれても文句は言えんのう……?』


 イリスティリア様はミリク様に鋭い視線を送る。


『ぐぬぬ……』

 ミリク様は、悔しそうに歯噛みしながらイリスティリア様を睨んでいた。


『わ、分かった。なら条件がある!!』

 ミリク様は、周囲の視線に耐えられなかったのか、そんなことを言い出した。


「条件?」

『うむ、……一言で言えば、「ここを出たければ、儂を倒して、その愛を証明してみせよ!!」……じゃ!!』


『……ド阿呆か、お前は』

 イリスティリア様が呆れ果てながら呟いた。


「なんでそんな話に……」

 僕は姉さんに抱かれたまま、頭を抱える。


「……まぁ、良いじゃないですか、レイ」

 エミリアは前に出て、杖を構える。


「エミリア?」

「あそこまで言うなら嘘は付かないでしょう。

 この場であの駄女神ミリクをコテンパンにするくらい難しい話じゃありません」


 エミリアは大胆な発言を言う。しかし、ミリク様はエミリアのその発言を気に入ったのか、ニヤリと笑って言った。


『ほう……言うではないか、エミリアよ。

 この、大地の神にして創造の女神と呼ばれた儂をコテンパンにすると?

 いくらお主が優れた魔法使いといえ、出来ると思うか?』


 ミリク様は、飛翔の魔法で上空に浮かびあがっていく。

 エミリアは、フッと笑いながら、首を横に振る。


「いえ、私一人では無理でしょう、ですが……」

 エミリアは、僕達の方を向いて言った。


「私達全員、今すぐにでもここから帰りたいと願っています。

 つまり、私達は一切手加減しませんよ。勇者であるレイやサクラを含めた、私達5人で容赦なく攻撃します。あなたは神なのですからこの程度のハンデ問題ありませんよね?」


 エミリアは、挑発的に言った。


『………』

 ミリク様は、そのエミリアの大胆不敵な発言にニヤリと笑い、

 ……その後、大量の汗水を垂らし始めて、絞り出すように言った。


『……いや、その……』

『おい』

 突然弱気になったミリク様にイリスティリア様の鋭い突っ込みが入る。


『い、いや……冷静に考えてみよ、イリスティリアよ。そもそも、まだ完全な状態に戻っておらぬ今の儂では、こやつら相手にちぃーと不利だと思わぬか!?』


『さっき発言は何だったのだ』


『う……うむ……その……そう!! やはり、公平に勝負するべきであろう』

 ミリク様が苦し紛れにそんなことを言う。


『そ、そうじゃ、以前と同じように、レイと儂の一対一の勝負としよう!! これならレイの成長度合いを確かめられるし、一石二鳥ではないか!!』


『……ふむ』

 イリスティリア様は、顎に手を当てて考え込む。

 ……あれ、イリスティリア様なら止めてくれると思ったんだけど……。


 僕は姉さんから一歩離れて、女神様の方へ向き直る。


『さぁ、どうするレイよ!!』

「そんなの断るに決まってるじゃないですか」

『なっ!?』

 僕の即答に、ミリク様は驚愕した。


 しかし、イリスティリア様は僕にこう言った。


『いや、小童……レイよ、丁度良い機会だ。

 その挑戦、受けてやってほしい、余からもお願いする』


「イリスティリア様まで……」


『これも修行だと思うがよい。それに、この増長したアホ丸出しの馬鹿女神も、己が勇者に負けるという屈辱を与えねば、今後とも調子に乗るだろう。

 余が代わってやりたいところだが、神同士が争うと仲違いを起こしたと思われ、主神様から悪神として裁かれてしまう。

 だから、今回はお主の手で奴を懲らしめてやってほしい。心配するな、仮に負けたとしても余がきっちり下界に送り返してやる』


 イリスティリア様は真剣な表情で言った。

 ……イリスティリア様なりに、ミリク様のことを思ってのことだったんだね。


『ぐぬぬ、好き放題言いおって……』

『レイ、頼む』


 イリスティリア様は、ミリク様の恨み言を無視して、少し頭を下げて言った。

 神様が僕に頭を下げるとは……。


「分かりました……。

 でも、僕も帰りたいから、本当に全力で戦いますよ?」


『望むところじゃ!!

 では行くぞ、二度目の、決戦のバトルフィールドへ!!!』


 イリスティリア様がそう叫ぶと同時に、周囲の風景が一変した。

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