第481話 本当は凄いミリク様
僕達が転移した場所は、観客の居ない闘技場のような場所だった。
時が止まったような全ての景色がセピア色に染まっている不思議空間だ。
『久しぶりにきたのう、この場所は』
ミリク様は懐かしそうな顔でコロシアムの石床に座る。
『ふむ、お主が作った場所にしては随分と凝った闘技場であるな』
『そうじゃろう、そうじゃろう!
下界でかつて滅びた王国の施設を参考にした場所であるからな』
ミリク様は褒められて機嫌が良さそうである。
一方、人間である僕達は―――
「またこの場所ね……」
「ふむ、エニーサイドの時以来でございますね」
「もう二度と来ることが無い場所だと思っていましたが……」
「わたしはここに来るの初めてですねー」
女の子4人は慣れた様子で観客席に移動する。
その最中、姉さんが僕に話しかけてきた。
「レイくん、成り行きでこうなっちゃったけど大丈夫?」
「まあ、仕方ないよ。今回はイリスティリア様に頼まれちゃったし」
続いて、レベッカが僕に声を掛けてきた。
「レイ様、強化魔法は必要ですか?」
「……今回は自分の力だけでやってみる。厳しそうだったら、お願いするね」
「では、そうさせていただきます。レイ様、頑張ってくださいまし」
「うん、行ってくるよ」
僕は四人に声を掛けてもらってから女神様達の元へ向かう。
『ではレイよ、壇上に上がってくるが良い!!』
「………」
『……って、露骨に不満そうな顔するな!!』
ミリク様は怒ったように言った。
「だって……」
仕方ないとはいえ、正直戦うのはしんどい。
『神である儂に人間である其方が挑めるのだ。むしろ光栄なことだと思うがよいぞ』
「でも、挑んできたのはミリク様ですよね」
何だったら今回はミリク様の我儘に付き合ってるだけである。
『……レイよ、ミリクに正論で反論するのは無駄であるぞ』
イリスティリア様は、僕に同情するような目線で語る。
僕はため息を吐きながら、鞘から剣を抜く。
『ふむ、不満そうな割にやる気満々ではないか♪』
「(……だって、勝負しないと帰らせてくれないじゃん……)」
僕は口にはせずに、心の中で不満を愚痴る。
『さぁ、準備は良いか?
二人ともリングの中央まで歩け、そこから距離を取って開始とする』
「はい」
『うむ』
僕とミリク様は、イリスティリア様の指示に従い、歩き出す。
『では、ルールを決めさせてもらうぞ。
コロシアムのリングから出たらその段階で失格とする。
基本的にはこれくらいじゃな、残りはミリクの側だけであるが……』
それを聞いたミリク様はその場で立ち止まり、
『何故、儂だけ自由に戦わせてくれないのじゃ?』と、不満を漏らす。
『人間相手に、神であるお主を全力で戦わせてどうする』
『嫌じゃ、儂は自由に戦いたいのじゃ!』
『(イラッ……!!)』
駄々をこねるミリク様にイリスティリア様は拳をプルプルと震えている。
また喧嘩しそうなので、僕は言った。
「あのイリスティリア様。
一度、ミリク様の好きにやらせてあげるのはどうなんですか?
まだ全盛期ほど力が戻ってる訳じゃないんですよね?』
『まぁ、そうであるが……おい、絶対にレイを殺す様な真似をするなよ』
『分かっておるわ。そんなことをしたら、主神様が黙っておらぬからな。神器も使わんから安心せい』
『……ならばいいが』
イリスティリア様は納得したのか、腕組みをしてミリク様から視線を外す。
ミリク様は自信満々に言った。
『というわけじゃ、レイよ。安心して掛かってくるが良い。
其方の今の力量、余が直々に見極めてやるぞ!!』
「はぁ……」
僕は大きなため息をつく。
そして、闘技場の中央にたどり着く。
『よし、ではこれよりレイ対ミリクの戦いを始める』
イリスティリア様は、そう宣言する。
すると、観客席の皆から一斉に声が掛かる。
「レイくんー! そのアホ女神を叩き潰してあげなさーい!!」
「レイに何かあったら全員でミリクをぶっ○しますから覚悟してくださいね」
「レイさーん、迷惑な神様にはおしおきです!!」
「み、皆様がた……お気持ちは分かりますが、抑えてくださいまし……!」
僕を応援する皆の声援だ。
しかし、実情はミリク様に対するお叱りの言葉である。
唯一、レベッカだけはミリク様を気遣っている。
『ぐぬぬ……!』
『お主の自業自得じゃろうが……では、余も見物に回るとしよう』
イリスティリア様はコロシアムから瞬間移動し、姉さん達のいる観客席に戻っていった。
ミリク様は、疎外感を感じて落ち込んでいたが、
『ま、まぁ良い、遠慮なく来い』と気を取り直して僕に声を掛けてくる。
「分かりました……」
僕は、剣を構えて、集中する。
そして、次の瞬間に僕は<初速>の技能をフル活用して接近する。
『ぬっ!?』
約10歩程度の直線距離を1秒以下の時間で詰め寄り、ミリク様の懐へと入り込む。
速攻で勝負を終わらせるつもりで、僕は彼女の胴体の真ん中辺りに突きを放つ。しかし、彼女に剣を突き入れようとした瞬間に、ミリク様の白刃取りでギリギリ止められてしまう。
『あ、危なかったのう……!!』
間一髪だったのか、ミリク様は冷や汗を掻きながら、呟く。
防がれはしたが、僕はミリク様のガードを突破しようと腕に力を込める。対するミリク様も阻止しようと、僕の剣を押し返そうと必死になっている。
「ぜ、前回みたいに一撃当てれば勝ちとは言わないんですか……?」
『そ、それを言ってしまうと、あっという間に、儂が負けてしまいそうじゃから……の!!』
ミリク様が台詞を喋りきったと同時に、その姿が搔き消えて、次の瞬間に彼女は20メートル後方に転移する。ミリク様が得意とする<空間転移>だろう。
『どうやら、手を抜いてる場合じゃなさそうじゃ!!
レイよ悪く思うな、一気に勝負を付けさせてもらうぞ!!』
ミリク様は宣言しながら、右手を振るう。
すると彼女の掌から、エミリアの倍程度の大きさの<火球>を出現させこちらに解き放つ。
横幅にして約3メートル、強烈な風を起こしつつ高速で眼前に迫ってくる。
はっきり言って避けられるような代物じゃない。
『馬鹿者、やり過ぎだ!!』
観客席で見物していたイリスティリア様のヤジが飛ぶ。
しかし、僕は焦ることなく次の行動にでる。
「
『ん、了解』
聖剣に一言声を掛けて指示を出す。すぐに意図を察してくれた蒼い星は期待に応えて、聖剣の力の一端を解放させる。
僕は、目の前の火球を見据えてタイミングを合わせて、聖剣を袈裟に振るい技を発動させる。
「聖剣技、蒼炎波!!」
蒼い星としての能力と聖剣技を併用したオリジナル技だ。刀身から放たれた青い炎の衝撃波は、数秒間の間、連続的に発生し続け、ミリク様の放った魔法とぶつかり炎を切り裂いていく。
次の瞬間、ミリク様の火球は真っ二つに切り裂かれ、霧散した。
『な、なんとっ!!』
ミリク様が驚いている間に、僕は無詠唱で魔法を唱える。
「
ミリク様の頭上から雷鳴が轟き、巨大な落雷が落ちる。
『ぬおおおぉ!!?』
ミリク様はそれを紙一重で飛びながら回避するが、その表情は驚きに満ちていた。
『お主、今詠唱してなかったじゃろ!!』
「無詠唱の技能持ちなので」
『人間が詠唱破棄すな!!』
「いや、でもミリク様だってやってるじゃないですか」
『それとこれとは違うじゃろうが!!』
ミリク様は声を荒げる。
出来るものは仕方ないじゃんか……。
『……あやつ、普通に押されとるの』
観客席で見守っていたイリスティリア様がポツリと漏らした。
『むぅーーー!!!』
ミリク様は頬を膨らませ、怒り心頭のご様子。
さっきから、彼女は感情表現豊かで神らしくない気がするけど、
きっとこれがミリク様の持ち味なんだろうね。
『レイよ! 今度はこっちから行くぞ!!』
そう宣言して、ミリク様は地面を降り立ち、コロシアムの石床に向かって拳を叩き込む。
「一体何を……って!」
理解不能の行動だったが、すぐに察した。ミリク様の拳の一撃で周囲が揺れ始めて、それが地震のように激しくなっていく。
『大地の女神の一撃を味わうが良い!』
「……っ!!」
僕は咄嵯にジャンプして、地面に足をつかないように離れる。
直後、激しい振動と共に、闘技場の石畳に亀裂が入り、そこから地割れが発生する。
『勝機!!』
ミリク様は僕がジャンプしたところでニヤリと笑い、
拳を構えながら飛翔の魔法で僕に飛び掛かってくる。
『加減はしてやるが、これでおしまいじゃ!!』
ミリク様は拳にパワーを込めて、そのまま僕の腹部にめり込ませようとする。
しかし、負けじと僕は声を出す。
「まだだよっ!!」『む!』
僕は空中で体を捻り、なんとか聖剣の刀身でその攻撃をガードする。
しかし、勢いを殺すことが出来ずに、僕は上空に吹っ飛ばされる。
「レイ様!!」
「レイくん!」
「危ない!!」
吹っ飛ばされる最中、観客席の仲間たちの声援が届く。
「大丈夫……!!」
僕は聖剣を握りしめて、空中で体勢を立て直す。
そして、不慣れな魔法を発動させる。
「
風の魔法を応用した飛行魔法だ。完璧な操作は出来ないけど、一瞬発動を繰り返すことで身体を瞬時に浮き上がらせる。そうして、高度を落としながら着地の衝撃を抑えて地面に降り立つ。
そんな僕を見て、ミリク様は感心したような声を出す。
『ほほう、器用なものじゃのう』
「まだ、使いこなせていないですけどね……」
元々苦手な魔法だ。
今の所、常時飛び続けるような事が出来ない。
『……しかし、粘られておるのう。
素手で無ければさっきので勝負は付いたはずなのじゃが……。
やはり神器を――――』
『それは使わぬと自身で言ったであろう』
イリスティリア様がまたもや、会話に割って入ってくる。
『ぐぬぬ……』
ミリク様は悔しそうな顔でイリスティリア様を睨みつける。
その会話を聞いていたサクラちゃんは、不思議そうに質問する。
「イリスティリア様、神器ってなんです?」
『うむ、神様専用の聖剣と言ったところか。聖剣よりも遥かに強い力を持っておるが、影響の規模が大きいため早々使うわけにはいかぬ。故に、この戦いでは使用は禁ずることとする』
「へー」
「影響……とは、イリスティリア様、具体的にどれほどの力なのでしょう?」
今度はレベッカが質問する。
『そうさのぅ……無論武器として使えば強力無比なのは想像に難くないであろうが……』
と、イリスティリア様は一旦言葉を区切る。
そして、ミリク様の本質を見るかのように、目を細めてこう語った。
『かつて、海の真っ只中で、ミリクは大地と新たな生命を生み出した。あの時使ったのが奴の神器であり、その時に、生まれたのがお主の故郷であるぞ。レベッカよ』
「わ、わたくしの故郷が……?
……確かに、そのような言い伝えを長老様に聞き及んでおりますが……」
「その話、以前にレベッカに聞いたことありますね。てっきり作り話かと思っていたのですが……」
レベッカとエミリアはイリスティリア様の話を聞いて、半信半疑のようだ。
『作り話では無い……だが、滅多に使えぬ能力である。神器はやろうと思えば普通の武器として使うことも可能じゃが、そもそも神は緊急時以外戦わんからの。故に、神器は易々と使ってはならんものだ。加減を間違えれば世界に多大な影響を及ぼしかねん』
外野でとんでもない話をしてる。つまり、ミリク様が本気で神器を力を行使すれば、世界地図を作り替えることも可能という事だ。ここまで来ると自分の想像力では追いつかない。
しかし、イリスティリア様は笑って、こう補足する。
『……まぁ、信仰が足りぬ今のあやつでは不可能であるがな』
「あはは、それはそのとおりね」
イリスティリア様に釣られるように姉さんも笑いながら同意する。
ミリク様は『おい! 聞こえとるぞ!!』と二人に向かって怒鳴るが、二人は平然と無視していた。
二人は初対面だというのに、気が合ったのか楽しそうに話している。
しかし、こちらの戦いはまだ終わっていない。もう少し長引きそうだ。
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