第479話 久々の登場で距離感が掴めない女神様

 これまでのあらすじ。

 レイは騎士団の仕事の途中、突然見知らぬ場所に転移されてしまった。

 レイを転移させたのは、他でもない女神イリスティリアだった。

 しかし、レイを助けるために、仲間達は次元の門の前でアピールを行い、

 イリスティリア様が仕方なく彼女達を招き入れることにした。


 そして、ようやくレイと仲間達は再び巡り合う事が出来た。


【視点:桜井鈴】


「久しぶりですね、イリスティリア様」

『ふむ……相変わらず礼儀知らずであるが、よくぞ来た、余の勇者よ』


 そう言って、サクラちゃんとイリスティリアさんは挨拶を交わした。


「余の勇者って……という事は、この人は」

 ようやく正気に戻ったのか、姉さんは会話を交わす二人を見て言った。


「つまり、この方が……」


「この世界における二柱の神の一人。

 風の神・イリスティリア……ということでしょうね」


「なるほど、大地の神ミリクの方かと思ってましたが、こっちでしたか」


 僕を勇者に認定したのは、大地の女神であるミリク様だが、

 サクラちゃんは、風の女神イリスティリア様に選ばれた勇者である。


 この世界は危機に陥ると、二柱の神の各々が優れた人間を選出して、世界を救う為の勇者とするのだそうだ。結果、今期で選ばれたのが僕とサクラちゃんという事になる。


「それで、イリスティリア様。なんでこんなことをしたんですか?」

『さて、こんなこととは何のことじゃのう?』

 イリスティリア様はサクラと目を合わせずとぼけたような事を言った。


「って、誤魔化さないでください!

 わたしならまだしも、初対面のレイさんを神隠しして何が目的なんですか!

 いくらわたしでも迷惑を掛ける神様は嫌いですよ、プンプン!」


 珍しく怒った様子で話すサクラちゃんに対して、

 しかし、イリスティリア様は特に動じる事もなく答えた。


『そう怒るでない、サクラよ。

 大地の女神が選んだ勇者を間近で見たかったというだけよ。

 可愛い女神様のちょっとしたイタズラではないか、のう?』


 イリスティリア様は僕にウィンクしてくる。

 僕に助けを求めているようだ。

 仕方ないので、サクラちゃんに声を掛ける。 


「サクラちゃん、僕はそんなに怒ってないから」


 しかし、サクラちゃんは僕に対してもムッとした態度で言い返してくる。


「レイさんはそうかもしれないけど、わたし達は、レイさんが急に居なくなってずっと心配してたんですよ。レベッカちゃんはずっと泣きそうな顔してたし、エミリアさんはイライラしてるみたいだったし、ベルフラウさんなんて闇落ちしかかってたし大変でした」


 サクラちゃんは、指折り数えて、今までの様子を語る。

 彼女の言葉を聞いて、他の皆はちょっと恥ずかしそうに頷いていた。


「それは……ごめん」


「レイさんは悪くないですよ。気紛れでレイさんをここに導いたイリスティリア様に責任があるんですから」


『むむ……』

 サクラちゃんの言葉に、イリスティリア様は不満そうに唸る。


『ふん……余も全く理由なくここに連れてきたわけでは無い。たまたま次元の門の傍まで来たので、顔合わせするのも悪くないと思ったのと……』


 イリスティリア様は、そこで一拍置いて言う。


『……あとは、一応……小童に会いたがってる阿呆がいてな……』

 と、イリスティリアはあらぬ方向を眺めて言った。


「さっきも言ってましたが……それって一体?」

 そう僕が質問すると同時に、イリスティリア様の視線の先に衝撃が走った。

 そして、その空間がガラスのようにヒビが入っていく。


「な、なんですか!?」

「何者かが、この空間に入ろうとしているようでございます!」


 エミリアとレベッカが警戒して武器を構える。

 しかし、イリスティリア様は特に警戒する様子もなく言った。


『ふむ……小童、どうやらお主に会いたがってる奴の登場のようじゃ。

 歓迎してやると良いぞ。しばらくぶりであろ?』


「え?」

 僕が疑問を口にする前に、空間の割れ目から、一人の女性が飛び出してくる。

 その姿を見た瞬間、僕はようやくその人物に思い当たった。


『会いたかったぞ、レイよぉぉぉぉぉ!!』

「って、うわあああああっ!!!」


 叫びながら割れ目から落ちてきた女性は、

 僕のいる場所に飛んできて、そのまま抱きついてきた。


『久しぶりじゃのう、レイ!!

 しかし、最後に会った時と比べて随分と立派な身なりになったではないか!

 だが相変わらず女子おなごのように可愛らしい顔立ちじゃのう、うりうり!!』


「ちょ……ちょっと……! や、やめてくださいよ……」


 相手の立場が立場なので、強くは言えないけど、

 こんなベタベタ遠慮なく引っ付かれると流石に我慢できなくなる。


「も、もう、いい加減にしてくださいよ――――ミリク様!!」

 僕は大きな声を出して、その女性を突き飛ばす。


『ぬわぁぁぁあ!!』

 その女性……ミリク様は、ゴロンゴロンと転がっていった。


「あ、ごめんなさい……」

 思わず全力で突き飛ばしてしまった。


 ◆


 大地の女神ミリク。

 彼女は風の神イリスティリアと対になる存在であり、

 この世界における二柱の神の一人だ。


 以前、僕達はとある村のダンジョンに挑戦したことがあったのだが、そのダンジョンを管理・運営していたのが、女神であるミリク様である。


 僕達はそこで魔王軍の妨害を受けながらも、彼女の元に辿り着いた。そして、彼女によって僕は勇者として認定されたのだった。


 実際のところ、僕は協力するとは言ったけど勇者になるつもりはなかったのだけど、どうやら僕に自由意志は無かったらしい。


 ちなみに、僕を転生させたベルフラウ姉さんも女神であるため、実際の所は、僕はベルフラウ姉さんに選ばれた上でミリク様にも選ばれたという形になる。


 ミリク様のその風貌は、イリスティリア様と同じく20代前半くらいの美女であるが、イリスティリア様が白い肌で和服が似合いそうな和風美女であるのに対し、ミリク様は褐色で胸が大きく、露出の多い大胆な衣装に身を包んでいる。


 どちらも魅力的な女性には間違いないが、容姿も雰囲気も対極だ。


 ミリク様の性格の方は、自由奔放かつ、マイペースだ。

 掴みどころがない人だが、以前に会った時から妙に人懐っこい印象を受けた。

 良くも悪くも、神様らしい威厳を感じない人である。


『あいたたたた……いきなり挨拶ではないか、レイよ』

 僕に突き飛ばされたミリク様は、立ち上がりながら言った。


「いえ、いきなりだったもので……」


『まぁよいわ……それよりも、皆の衆、久しぶりじゃの!!』

 ミリク様は、そう言って皆に声を掛けるが、 皆の反応は薄かった。


「はい、お久しぶりでございます。ミリク様」

 真面目に丁寧な答えたのはレベッカだけだった。


 他の皆は、僕も含めて微妙な表情を浮かべているが、ミリク様は気にせず返事をしたレベッカの元へ歩いていき、彼女の小柄な体を抱きしめて撫でまわす。


『おうおう、レベッカは相変わらず可愛くて良い子じゃの~♪』


「わぷっ……! み、ミリク様、息苦しいです……」


『おおっと、これはすまなんだ』

 ミリク様はそう言いながら、レベッカを解放して解放する。


「……相変わらずね、ミリク」


 姉さんは、以前と何ら変わらない雰囲気のミリク様に呆れて言った。

 ミリク様はレベッカから視線をベルフラウ姉さんに移し、二人は対峙する。


 別に喧嘩してるわけじゃないけど、

 この二人が会話すると何故かピリピリした雰囲気になる。


 レベッカは二人の間に入らないように僕の傍に来て引っ付いてくる。


『なんじゃ、ベルフラウ。お主、相変わらず上から目線じゃのう』


「少しは信仰を集められたのかしら?」


『ふふん♪ 以前の儂と同じと思うなよ、ベルフラウ。

 あの時の儂は信仰が殆ど無かったが、今は当時の10倍以上の信仰を集められたからのぅ。やはりダンジョン経営と、ゼロタウンに自ら宣伝しに行った甲斐があったわ、はっはっはっはっ♪』


 ミリク様は、機嫌良さそうに笑う。


「貴女、私達が離れている間にそんなことしてたのね……」


『うむ! おかげで、儂への信仰の力は凄まじく増大しておる!

 今なら全盛の頃のように力を振るえるかもしれん……ふふ、楽しみじゃ♪』


 姉さんはその言葉に呆れて忠告する。


「いくら神様だからって、好きに行動するのは止めなさいよね。

 知ってると思うけど、神が下界に干渉すると世界が乱れてしまうかもしれないの。

 主神様の目に余る行動をしてしまうと、そのうち討伐されるわよ」


『そんな事、他所の神であるお主に言われずとも分かっとるわい!!』


「本当に分かっているのかしらねぇ……」


『ふん! 小言の多い奴め!!』


「あら? 何か文句でも?」


『べぇーつぅーにぃ?』


 ……神様同士なせいか、話の規模が大きい。

 僕とレベッカが二人の様子を見ていると、エミリアが僕の隣に歩いてくる。


「エミリア」

 僕が彼女に声を掛けると、エミリアは彼女達を横目で見ながら言った。


「あの二人は放っておいて……。

 レイが無事が良かったです、何か変な事されませんでしたか?」


「ううん、大丈夫」

「……なら良かった」


 そう言うと、彼女は安堵の溜息を吐いた。

 僕を心配してくれていたみたいだ。


 姉さんとミリク様が盛り上がってぎゃぎゃー話していると、

『……おい、阿呆ミリク、随分と機嫌が良さそうだが、余に挨拶もなしか』

 と、蚊帳の外になっていたイリスティリア様が不機嫌そうに声を掛ける。


 ミリク様はイリスティリア様の方を向いて、機嫌良く返事を返す。


『……お? イリスティリアではないか、久しぶりじゃのう! 

 以前にも増して老けたか? いつも険しい顔ばかりしてからそうなるのじゃぞ。

 もっと儂を見習って、人間の様に喜怒哀楽を心がけよ!』


『そもそも神の外見は変化せぬわ、相変わらず口ばかり達者なものよ。

 折角、お前の勇者を見つけたと教えてやったというのに、挨拶どころか余への感謝の言葉もなしか?』


『なーにぃが、感謝の言葉じゃ!!

 たまたま見つけて、儂に嫌がらせのつもりで言ってきただけじゃろ!

 映像魔法で連絡を送ってきた時のお主のしたり顔、はっきり覚えとるぞ!』


『気のせいであろう、余はいつもこんな顔である』


『常日頃からしたり顔してるということか。

 眷属に任せきりの引きこもり生活は止めた方がよいのではないか?

 少しは人前に出て、顔の筋肉を動かさんと不健全になるぞ?』


 ミリク様のその悪意のない失言に、イリスティリア様の肩がピクッと動いた。

 あ、あれ……? ……なんか雲行きが怪しいような……?


『……久しぶりに会ったと思ったら……この、阿呆が……!』

『なんじゃとぉ!?』


 ヤバい、本当に喧嘩が始まってしまいそうだ。

 さっきまで会話してた姉さんは、仲裁せずに呆れてこっちへ戻ってきた。


「おかえり姉さん」

「ただいま……現地の神同士の会話には流石に付いて行けないわね」


 姉さんは、手をひらひらさせて言った。

 そこにサクラちゃんもこっちに戻ってきて、心配そうに姉さんに声を掛けてきた。


「っていうか、ベルフラウさん大丈夫です?」


「え、何が? サクラちゃん」


「さっきまで、壊れた記録魔法装置みたいに『レイくんレイくんレイくん』って連呼してたので、ちょっと心配になって……」


「あはは、大丈夫よ。いつもとそんなに変わらないから」


「それならいいんですけど……」

 姉さんは笑って答えたが、むしろそっちの方が怖い。


 結局、神同士の言い争いの喧嘩はその後、十分程続いた。

 後で聞いた話だが、彼女らが喧嘩してた間、下界は軽度の地震が起こっていた。

 本当に傍迷惑な神様たちである。

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