第478話 次元の裂け目

【視点:桜井鈴】


『む……』

 僕と話していたら、目の前のイリスティリアさまが突然渋い表情をし始めた。


「どうしたんですか、イリスティリア様」

『先ほどから下界で騒いでる者達が居ての……五月蠅くてかなわんわ』


 騒いでる?

 耳を澄ましてみるが、僕には何も聞こえなかった。

 だけど、イリスティリア様の様子を見るに、何かしらあったようだ。


『まったく、あの小娘どもめ……。

 せっかく人が心地よく過ごしているというのに、無粋な真似をする』

 そう言って不機嫌そうな顔を浮かべた。


「一体何があったんですか?」

『なに、力の強い人間たちが【次元の門】の前で騒いでいるようさの。

 放っておけば、そのうち帰るであろう』

 イリスティリア様は何でもないような顔をしてそう言った。


『さて、話の続きを聞こうではないか、何の話をしていたのだったかのう?』


「魔王の話ですよ。既に復活して活動してるって話ですが、事実ですか?」


『……ふむ、真実であるな。

 既に、長き眠りから解き放たれて、現世へと解き放たれてしまっておる。

 その影響で野生の魔物達の大半は魔王の支配下に置かれた状況にある。結果的には、野生の魔物が少なくなり遭遇率は減ったかもしれぬが、今まで好き勝手に動いていた魔物が徒党を組んで行動するようになり、 更には統率が取れているおかげで、脅威度が数段上がったことになる。

 今になって王都に攻め込んできたのは、それが理由であろうな。今後、いきなり人間の街が魔物の集団に襲われる事態が多発することになるぞえ』


 マジですか……。確かに、野生の魔物は減っていたように見えたけど、魔王の元に魔物が集まっていたのが理由だったのか。


「その、神様の力でどうにか出来ないんですか?」


『そこはお主ら人間の仕事であろう?

 済まぬが、神は下界に過干渉は出来ぬ、力を貸すことは出来ても、直接手は下せん。だから人間を勇者として選定し、力を与えるのじゃ……小童のようにな』


「……でも、僕の力じゃ……」

 グラン陛下には、今、僕達が魔王に挑んでも、確実に死ぬと言われている。


 今の僕の力は並の人間よりも少々上程度で、そこまで強いわけじゃない。

 何なら、僕よりも強い人たちが沢山いるくらいだ。


『案ずるな、元より勇者の力は段階的に開放されていくものよ。最初から全ての力を与えると耐え切れずに肉体と精神が崩壊しかねん。あの阿呆ミリクも気付いておったようだ。

 小童は、七割程度の状態と言ったところか……。聖剣を扱うことになったことで、随分と解放が進んでおるようだ』


「聖剣が?」

 僕は、自分の鞘に入ってる剣に視線を向ける。


『その剣、一度見せてくれぬか?』

 イリスティリア様にそう言われたので、僕は鞘から剣を抜く。

 剣は蒼い光を放っており、これが普通の剣で無いことがよく分かる。


『その剣の名は?』

蒼い星ブルースフィアです」

『ほう、小童が名付けたのか? 名の由来はなんじゃ?』

「僕が元々住んでいた世界……【地球】っていうんですが、それをモチーフにしました。太陽の周りを回る天体の一つで、青く輝く綺麗な星なんですが、この剣を見たときにその青い光がとても印象的だったので、この名前にしました」


 僕が説明すると、剣が光り輝く。


『……初耳なんだけど』

「まぁ、名前の意味は言ったことなかったね」

 僕は苦笑して言った。


 今、僕に話しかけてきたのはイリスティリア様じゃなくて剣の意思の方だ。

 僕はたまにこうやって、蒼い星と言葉を交わすことがある。

 どうも、周囲に剣の声は聞こえていないようだけど……。


 僕が蒼い星と話をしていると、イリスティリア様は言った。


『ほー、聖剣と言葉を交わせるのか。

 しかも……なるほど、過去の聖剣を修理して鍛え直したというわけか。

 随分と懐かしいものを持っておるではないか』


「この剣の事を知っているんですか?」


『ミリクが選定した数世代前の勇者が使っていた物であろうな。その勇者は、志半ばで死んだと聞いていたのだが、現代の勇者の手によって復活していたとは』


「そんなに古い剣なんですね」


『数世代前とはいっても、それでも百年そこそこ前の話よ。だが、その聖剣のお陰でお主の成長度合いが上がっておるのは幸いと言ったところ。焦らずとも次第に力が高まってくるであろう。今の段階でも、人間では最上位の強さはあるのではないか?』


「いえ、全然そんなことは」

 僕は、蒼い星ブルースフィアに一言告げてから剣を鞘に納める。


『謙遜か……それか、その言葉が真実なら、お主が恐ろしく才能が無いのかのどっちかであるな』


「もしかして貶されてます?」


『どちらかというと小童の性格の問題な気がするがのぅ……まぁ、それは良いとして……』

 イリスティリア様はコホンと咳払いをする。


『――勇者よ、魔王との戦いの時は近い。

 しかし、まだ猶予はある。魔王自身、本人が動き出さないところを見ると完全に力を発揮できる状況ではないのであろう。故に、魔王自身ではなく手下どもを動かしておるのだ。

 だからこそ、今は己の研鑽に力を注ぐが良い。いずれ、その時が来たならば、余か……あの阿呆が力を貸すだろう』


「分かりました。ありがとうございます……。

 そうだ、最後に聞きたかったことがあったんですが……」


『ん?』


「……結局、魔王って何者なんですか?」


『そこか……魔王とは、一言で言えば、亡霊のようなものよ』


「……幽霊ですか?」


あたらずといえどとおからず……かのぅ。

 過去、良くも悪くも偉業を為したものの、しかし、世界に否定されてしまった存在よ。それが死してなお世界を恨み、その負の念が現世に蘇った存在といえる。

 蘇ったその存在は、もはや全くの別の存在に成り代わっておる。故に、魔王とまともな対話は通じぬ、奴と会話など交わしてはならぬ』


「……魔王は、何が目的で世界を襲うんですか?

 それに、過去にも同じようなことが何度もあったみたいな言い方でしたが……」


『さて、それは魔王の元となった人格によって変わるのう』


 元の存在人格があるということは、もしかして魔王って……。


「……あの、もしかして、魔王って、元々は人間だったりするんですか……?」


『……小童、お主は勘が鋭いな。ほぼ正解じゃ』


「ほぼ?」


『例外もあるということじゃ。

 現に、今期の魔王は、元々は余と同じような存在であったからな』


「え!?」


『ま、その話はまたの機会にでもするとしよう。

 それよりも、いい加減五月蠅くなってきたのぅ、一度文句を言ってやらねば』


「???」

 僕が何のことか分からずにいると、

 イリスティリア様は僕を通り過ぎて歩いていく。


 そして――


『―――仕方あるまい、余が道を開いてやろう』

 そう言って、イリスティリア様は何処からともなく、

 二メートルはあろうという長い刀を出現させる。


『―――開け、次元の扉』

 そう言いながらイリスティリア様は長い刀を振るう。

 すると、刀が触れた部分から数メートル先に斬撃が飛んでいき、

 空間を切り裂くかのように、異質な黒い穴が開いた。


 そして、そこから凄まじい勢いで突風が流れ込んできた。

 僕は慌てて両手で顔を覆う。


「ちょっ、イリスティリア様! 一体何を!!」

『いつまでも、人の庭で騒がれていては敵わんからな。それに見るが良い』

「え?」


 イリスティリア様が指差した方向を見る。

 そこは、イリスティリア様がさっき空間に開いた黒い穴から物凄い風と、

 そこから何かが飛んでくる。


「一体何が…………って、えええぇぇぇぇっ!?」

 僕は驚きの声を上げた。何故なら、こちらに向かって飛んできているものが、 僕のよく知る人物達であったからだ。


 そして、彼女達は、黒い穴からこちらの領域に飛び込んできて―――


「わぁぁぁぁぁぁ!!」

「わぷっ!」

「きゃあああああああ!!」

「れ、レイ!! って、いったあああああ!!」


 ――盛大に地面に落下した。


「み、皆、大丈夫!?」

 僕は、黒い穴から飛んできた仲間達四人。

 姉さん、エミリア、レベッカ、サクラちゃんの元へ駆け寄った。


 とりあえず、一番盛大に頭をぶつけていたエミリアを起こす。


「エミリア、大丈夫? 滅茶苦茶酷い音がしたけど……」

「痛いです、治してください……」

 エミリアは目に涙を溜めて頭を抑えながら言った。


「よしよし、<中級回復>キュア……と」

 大きなたんこぶが出来ていたエミリアの頭を撫でながら回復魔法を唱える。


「もう大丈夫だよ、エミリア」

「助かりました……」

 エミリアは、自分の頭のたんこぶが消えたのを確認して、下に落ちた帽子を被り直す。


「ところで、ここはなんですか? 上も下も横も暗くて、小さな光がいっぱい……」

「神の領域って場所らしいよ」


 宇宙という表現が一番分かりやすいだろうか。

 ただ、エミリアは宇宙という言葉を知らないためその表現は使わない。


「へー……ここがですか……」


「ひとまずエミリアは大丈夫そうだね。他の皆は大丈夫かな?」


 ふと、後ろを見ると皆が入ってきた亀裂は塞がっており消えていた。

 イリスティリア様は塞いだのだろうか?

 そのイリスティリア様は、こちらをじっと見てるが何も言ってこない。


 それなら、他の皆の手当てを続けよう。


 まずは姉さんからだ。

 さっきから姉さんが微動だにしない。ちょっと心配だ。


 僕は姉さんの傍に近寄りながら声を掛ける。

「姉さん、だいじょう―――」

「れいくーーーーーーーーん!!!!!!」

「うぐっ!?」

 声を掛けようとした瞬間、物凄いスピードで詰め寄ってきた。

 そのまま姉さんの豊満な胸が僕にぶつかり、おもいっきり抱き付かれる。


「良かった~、無事で本当に良かったよぉ。

 私、レイ君がいなくなったら生きていけないよぉ……」


「ちょっと、落ち着いて……」

 

「もし、レイくんが死んでたら、私、どうでもよくなって魔王になってたかも」


「いや、それは言い過ぎじゃあ……?」


「むぅ~、私の愛を疑うの?」


「疑ってないけど、言ってることが病的すぎる」


「私はレイくんの為なら、魔王でも神様でもヤンデレにもなるよ♪」


「……お願いだから、魔王にはならないで……」


「え? 何で? なんで魔王になるのがダメなの? なんで? ねぇ、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで」


「怖いわっ!!!」

 突然狂ったラジオのように同じ言葉を連呼し始めた姉さん。

 よく見ると、姉さんの目が暗く濁っている。実は闇落ち寸前!?


「冗談だよ♪」

「……本当に冗談なの?」


 姉さんがガチでヤンデレ化してない?

 口元は笑ってるけど、目は笑っていないし軽く恐怖を感じる。

 これも僕が行方不明になったせい?


「っていうか、姉さん大丈夫? 何処か怪我してない?」

「強いて言うなら、レイくんを失っていた私の心かな。もうボロボロ、レイくん、癒して?」


「回復魔法で治るやつだけでお願いします」


「レイくんがベッドで私の身体を癒してくれれば――」

「アウトー!」

 姉さんが変な事を言い始めそうだったので、咄嗟に遮っておく。


「え? まだ最後まで言ってなかったんだけど?」

「言わなくても分かるわっ! ……って、こんなことしている場合じゃない」


 僕は、正気を失ってる姉さんを後回しにしてレベッカの元へ向かう。


「レベッカ、大丈夫?」

「れ、レイ様………」


 彼女は僕の姿を見て呆然としていた。

 姉さんに構ってる時に、その姿を見て僕は傍で支えてあげたくなった。


「レベッカ! 良かった、無事で」

 僕は、レベッカの身体を抱きしめて無事を確認する。


「……レイ様、お会いしとうございました。わたくし、短い時間でありましたが、レイ様が居ない間ずっと、とても寂しかったのです……」


 そんな風に語るレベッカは、大粒の涙を流していた。


「ごめんね、レベッカ……」

 僕は彼女の小さな身体を強く抱きしめる。

 レベッカは、僕に体重を乗せて僕に身を委ねてくる。


「あぁ、レイ様……ずっとそばにいてくださいまし……。

 もうこんな辛い気持ちは耐えられません……」


「レベッカ……」

 そして、僕はそのまま更に深く抱きしめる。

 周囲の事も頭から抜けて、僕とレベッカは二人だけの世界に入る。

 そして、レベッカの唇が僕の唇に近付き――


「あのー」

 ………。


「あのー……レイさんー?」

 ………。


「レイさーん」

「って、なんなのさ、サクラちゃん!!」

 僕はいつの間にか背後にいたサクラちゃんに大声で反応する。


「いや、その、何となく声かけづらくて」

「なら、普通に声をかけてくれればいいじゃん!」

「いえ、なんか感動的なシーンみたいだったので、邪魔したら悪いと思って……」

「逆に雰囲気ぶち壊してんだけど!?」


 しかも、サクラちゃんが変な絡み方したせいで、レベッカが完全に泣き止んで「スン……」みたいな感じになっちゃったじゃないか。サクラちゃんが止めなければ、きっと……。


 ……と、そこで僕もちょっと冷静になった。

 僕はレベッカが冷静になったことを確認して、一旦彼女から離れる。


 そしてサクラちゃんに向き合って言った。


「……まぁ、サクラちゃんも無事で良かったよ、怪我はない?」

「あははーどうもー。

 でも、レイさんの方が心配されてたんですよっ?

 任務の最中で行方不明になっちゃって、大事になったんですからね」


「そ、そうだったんだ……ごめん」


「まー、レイさんのせいっていうよりは……」

 そう言いながら、サクラちゃんは、

 こちらの様子を呆れた目で見ていたイリスティリア様に視線を移す。


「……どっちかというと、神様のせい、かな?」

 と、サクラちゃんは言い、女神様に語り掛ける。


「……久しぶりですね、イリスティリア様」

『ふむ……相変わらず礼儀知らずであるが、よくぞ来た、余の勇者よ』


 そう言って、サクラちゃんとイリスティリアさんは挨拶を交わした。

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