第623話 鎧袖一触
【三人称視点:レベッカ、サクラ】
――父上、母上、御爺様、お元気でしょうか。
わたくしレベッカは今、フォレス大陸という島国に来ております。この大陸には、神が遣わした神依木があり、わたくし達は使命の為にどうしても神依木を見つける必要があるのですが、運悪く国同士の紛争に巻き込まれてしまいました。
ですが、ご安心くださいまし。今のわたくしには頼もしくも愛おしい仲間達と、かけがえのない友人がおります。皆様と力を合わせればきっと困難も乗り越えられるはずです。
話は変わりますが、この国にはわたくしの親友であるエミリア様のお姉様のセレナ様が滞在しているそうです。少し前までフォレス大陸の城下町に滞在しておられたようですが、今は所用で外出しているようで残念ながら今はまだお会いできておりません。
しかし、セレナ様がおられる場所はわたくし達の目的地と一致しているらしく、近いうちに再会できると思います。その時は是非とも、ご友人になって頂けたらと願っております。
では、今日はこの辺りで……。
「………ふぅ」
レベッカは切り倒した丸太の上で自分の書いた手紙をしたため、それを折り畳んで封筒に入れる。
「これでよし、と……」
レベッカが一息つくと、周囲の見張りを行っていたサクラが戻ってきた。
「ただいまですー。レベッカさん、お手紙ですか?」
「サクラ様。ええ、今書き終えたところでございます」
レベッカは今しがた封筒に包んだ手紙に視線を落として、自身の懐に仕舞う。
「誰に宛てた手紙なんですか?」
「故郷で待つ両親と御爺様にでございます。旅に出て早二年……随分と遠いところに来たと、少し懐かしんでおりました」
レベッカは目を瞑って懐かしむように言う。
「わたしも、サクラタウンを出て結構経つけど元気かな?」
「おや、もしやしばらく会っておられないのですか?」
「えへへ……騎士とか冒険とかとか忙しくて……でも、帰ったら今までの冒険の話をママにいっぱい聴かせてあげたいなぁ……」
「では、サクラ様も一筆したためてみては如何でしょうか?」
「あはは、文章書くのが苦手で……レベッカさんみたいに達筆じゃないし、よく先輩に『子供みたいに丸っこい字ね』とか言われちゃう……」
「ふふ、それは可愛らしいです」
レベッカはクスリと笑う。
「ですが、カレン様も貶したわけではないと思いますし、サクラ様のご両親もそんな些細なことよりもサクラ様が無事でいることを何より喜ばれることでしょう。ですので、サクラ様のお手紙が届けばきっとお喜びになると思いますよ?」
「うーん、そっかなぁ……?」
「はい♪ ……もし、お手紙の書き方が分からないと仰られるならわたくしがお手伝い致します」
レベッカは微笑んでサクラにそう提案する。
「本当!?」
「ええ、勿論でございます」
「じゃあ、今度お願いしますねー♪ それにしても、レベッカさんってやっぱり大人ですよねー」
「はて、わたくしはまだ十四にもなっておりませんが?」
レベッカは可愛らしく首を傾げる。
「ううー、私はもう十五歳なのにぃ……レベッカさんと話をすると、自分が子供に見えちゃいますよぉ」
サクラは頬を膨らませる。その様子に、レベッカは微笑ましいものを見るかのように笑みを浮かべる。
二人がそんな風に話していると……。
―――トーン、カキーン!!
「―――っ!」
「今のは……っ!」
先程まで和気藹々としていた二人だったが、突如響いた音に反応して表情を強張らせる。
「今の音……結界の外かな?」
「ふむ……恐らく、今の物音は何者か結界に弾かれたのと……」
「多分、それに攻撃を加えて破ろうとした……って感じかなぁ……」
レベッカは考える。魔物であれば、結界を力任せに破ろうとするだろう。しかしこの結界を張ったのは、絶大な癒しの力を持つベルフラウと、規格外の魔力を持つエミリアだ。
強力な魔物であっても力任せに破壊することは不可能に近い。魔王か魔王軍幹部級の魔物なら別だろうが、それほどの力の持ち主であれば近くに来るだけで圧倒的な魔力を感じるはず……。
「(……ですが、大した魔力は感じ取れませんね……)」
少し前にサクラが見回りに出て何事もなく帰ってきたのだから、近くにはそんな強い魔物はいないはずだ。となると……。
――カーン、パリーーーーン!
「……っ!!」
「ま、また音が……!」
今のガラスが割れる様な音……恐らく、誰かが結界の一部を破壊した音だ。
だが、そこまで強力な魔力を感じ取れなかった。ならば、犯人は……。
「(人間……おそらく、闇ギルドの手の者でございますね)」
わたくし達が堂々と野営をしていることに、向こうも感づいているでしょうから、こちらの動きを探る為に刺客を送り込んできたのかもしれません。レベッカはそう考える。
「……サクラ様、敵の数はおおよそ掴めるでしょうか?」
「待って……ちょっと集中してみる!」
サクラはそう言って目を閉じる。
そして、彼女はブツブツと小さな声で何かを話す。
「分かった。敵は南西の方角に8人、北東に7人で合計15人に囲まれてる」
「なるほど……ならば」
レベッカは彼女の言葉に頷き、何処からともなく己の武器である槍を取り出す。
「レベッカさん、わたしは南西に行きます」
「では、わたくしは北東へ」
二人は向かい合って言葉を交わし、それぞれ背中を向ける。
「ご武運を」「レベッカさんも!」
そう言い残し、レベッカとサクラはその場を離れた。
決断を下した二人の行動は迅速だった。南西と北東の角度の二カ所から敵が侵入したことさえ分かってしまえば、空間把握能力の高い二人ならすぐに場所を突き止められる。
二人は突風のように駆け抜けて、あっという間に敵が潜んでいる場所に辿り着く。そして、レベッカとサクラは、別々の場所で、同時に敵を発見する。
「そこまでです、悪党。ここから先は、わたくし達の聖域です」「ダメだよ、闇ギルドさん。ここから先は通行止め♪」
同時刻、離れた場所で二人の美少女の凛とした声が夜空に響く。
「なっ!? 何故、見つかった!?」「こ、こんな子供に俺達の忍びの術が看破されるとは……!!」
そして、同じように、別々の場所から、闇の存在の動揺の声が同時に上がる。二人の美しい少女達は、年齢にそぐわない妖艶な笑みを浮かべ、再び闇の者へと言葉を投げかける。
「選びなさい、悪党ども。この場で逃げおおせるか―――」「わたし、悪い人嫌いなんです。でも今ならまだ許してあげます。それが無理なら―――」
夜空の下で、黒装束の闇の集団は、目の前の美しい少女の次の言葉に戦慄を覚える。
「――あるいは、ここでその生涯を終わらせるか」「――次に生まれ変わった時には、良い人になってくださいね♪」
次の瞬間、二人の少女は闇の者達に真正面に突っ込んで通り過ぎる。だが、その数秒後に、その場に居た全ての闇の者達の身体に無数の血飛沫が上がった。
「ぐふっ………!!」「うお………あ………!!」
奇しくも、最初に地に伏せて倒れた黒装束の闇の者は、各々の頭(かしら)だった。
そして数秒遅れて、他の構成員の者達もバタバタと倒れていく。
「―――ふぅ」「―――ま、こんな所かな……」
二人の少女は仕事を終えたとばかりに、それぞれの獲物である槍と双剣を納める。
「多少、加減はしました。動けるのであれば這ってでもこの場から立ち去りなさい」「もう悪さしないならトドメは刺さないよ。さ、今回はこのくらいで見逃してあげますね♪」
「ぐ……て、撤退だ……! 動ける者がいれば撤退するぞ!!」「くそ……逃げるぞ!!」
二人の少女の勧告を受けて、辛うじて意識を保っていた男達のリーダー格の頭が号令を出す。
リーダー格の男と数人の部下は懐から煙玉を取り出して地面に叩きつける。辺りに白い煙が立ち込め、十数秒後にはまるで煙になったかのように黒装束の集団は消え失せていた。
「……逃げるのだけは超一流でございますね」「わぁ……弱いわりに、しぶといんだねぇ……」
残された二人の少女は、呆れたように溜息をついて、それぞれ背中を向けて元の場所へ戻っていった。
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