第624話 子供には甘くなるレイくん
【???】
『――』
…………?
『―――――』
……誰かが僕を呼ぶ声が聞こえる。
『……あら、どうやらまた時間が来てしまったみたいね』
……そうだね。
『そんな顔しないで、きっとまた会えるから……』
……うん。
『……不満そうな顔ね……それじゃあ、目覚める前に、私になにかしてほしいことある?』
……それじゃあ。
『……あ、貴方……夢の中の方が大胆よね……前だって……』
……それを言うなら………さんだって……。
『あ、あの時は、今生の別れかもしれないって思ったから………まぁいいわ、じゃあこっちに来なさい』
……うん。
『……い、いくわよ…………っ……!』
……。
『……これでいいかしら……? え、満足……? 良かった……それじゃあ、行ってらっしゃい』
……うん、行ってくるよ。
―――そして、そこでようやく彼の意識が覚醒する。
【視点:レイ】
「――おきなさい。サクライ・レイ」
俺は誰かに呼ばれているような気がして目を覚ました。
「……ん?……おはよう……ふぁぁぁぁ……」
寝ぼけ眼を擦りながら、首を横に動かすと僕の枕元すぐ近くに、無表情のノルンの顔があった。
「………」「………」
僕が目覚めたことを確認すると、ノルンはスッとから離れて、テントから出ていった。
「……変な子」
僕はボソっと呟いて、上半身を起こす。
「……なんかすごく良い夢見てた気もするけど……忘れちゃったな」
胸が熱くなるくらい嬉しくて、なにに切ない気持ちだけが心に残っている。
だけど、どんな内容だったのかまでは思い出せない。
……ただ、夢の中の人に、凄く甘えてしまった気がする……。
「……誰だろう、お母さんかな…………」
だとしたら恥ずかしいなぁ。なんて思いつつ、とりあえず起き上がって伸びをする。
「ノルンが起こしに来たって事なら、見張りの時間って事かな」
テントを出ると外はまだ暗く周囲は森の中だった。そして焚き木の近くにノルンはちょこんと座っており、その隣にはレベッカとサクラちゃんの姿があった。
「三人共、おはよう」
「レイ様、よくお眠りになられていたようで何よりでございます」
「すっごくスヤスヤと寝てましたねー、どんな夢見てたんです?」
「え、寝顔見られてたの?」
女の子三人に自分の寝顔を見られるのは流石に恥ずかしい。
「よ、涎とか垂れてなかった?」
「ふふ……」
僕の質問にレベッカは笑顔で返答してきた。
それはどういう意味の笑いなんですかね……。
「ま、まぁ……それは良いとして、僕達が眠ってた間に何かあった?」
「いえ、これといって大事は起こりませんでした」
「皆がスヤスヤしている間に全部終わらせましたので♪」
「そうか……」
……ん?皆がスヤスヤしている間に……?
「ふふふ……♪」「ニコニコ……♪」
「……」
二人の美少女の満面の笑みに、何か背中に寒いものが走った気がしたが、深入りするのは止めておいた。
「と、とにかくお疲れ様、この後は僕達二人が見張りをするよ」
「では、お言葉に甘えて……」
「おっやすみー♪」
二人は僕達に挨拶をして、二人は用意された他のテントに入っていった。
「さて、じゃあ見回りを始めましょうか」
ノルンは立ち上がって、森の奥へ歩いていく。
「ちょっと待って、ノルン」
「?」
僕は彼女を呼び止めると彼女の隣まで移動して、彼女の手を握る。
「どうして私の手を握るの?」
「手を繋いだ方が、何かあった時に護りやすいし」
「……ふーん」
「なんだよその目は」
「別に」
ノルンは少し目を細めてプイッと僕から視線を逸らす。
「(猫みたいだな、この子……)」
なんて思っていると、ノルンはまたこちらを向いてくる。
「貴方は私に触れていたいのでしょう? だから好きにすればいいじゃない」
「その言い方は語弊がある」
「でも、これだと逆に歩き辛いわ、私にいい考えがあるのだけど―――」
「……?」
ノルンは僕の耳元に口を寄せて囁いてくる。
「――」
「……別に良いけど」
そして、僕は彼女の提案通りに行動する。
「なんでコレなの?」
僕は自分の肩の上に乗っているノルンに問いかける。彼女が僕に提案したのは『肩車』だった。説明など不要だろうが、肩車とは、肩の上に人を乗せる行為である。主に子供が大人の肩に乗って遊んだりするアレである。
「私が楽に歩ける方法を考えたら、これが一番良いと思っただけ」
「ノルンは楽をしたいんだ……まぁ、ノルンは子供だから良いけど……」
僕はちょっと呆れながら、やや意地悪成分をプラスして言った。
「む……私は子供じゃないわよ」
「いやいや、どうみても外見は子供そのものじゃん」
「人を外見だけで判断するものじゃないわ。こう見えても私はあなた達よりずっと年上よ」
「ふーん……」
僕は半信半疑のまま、ノルンが嘘をつく理由も無いし、一応納得しておく事にした。
「じゃあ、とりあえず森を一周してきますかね」
「ええ」
こうして僕とノルンは夜の森の中を散歩する事にした。今の森はマナ不足で弱ってるのもあって、動物の鳴き声や鳥の声は殆ど聞こえない。警戒していた闇ギルドの連中の気配も今の所無さそうだ。
「静かね……」
「でも、不安になる静かさだ……」
ノルンがこの森は死んでると評していたが、それもあながち間違いじゃない。無数に感じるはずの生命の息吹がここには無く、まるで死んでいるかのように感じられる。
「この森の何処かにセレナさんが……」
「彼女がいなければとうにこの森は終わってた。多分、私自身も……」
ノルンは自分の胸を抑えながら言った。
僕は、少し思うところがあって足を止める。
「……どうして足を止めるの?」
「……ねぇ、ノルン、そろそろ教えてくれてもいいんじゃない」
「何が?」
ノルンはまるで何も知らない子供のような反応をする。
「……キミの正体だよ。キミがただの子供じゃないのは分かってる。以前、セレナさんが私の本体を守ってると言ってたよね。それはどういう意味なの?」
「……」
「他にも気になることがある。ロウさんと話している時、キミは『人間が戦争を始めるようであれば、我はその国の民を見限る』って事を口走ってた。あの言葉、何処かで聞いたことがあると思ってたんだけど、王都イディアルシークに秘蔵されてた歴史書の一文なんだよ」
「……さて、私はそんな事言ったかしら」
ノルンは僕の言った言葉をすっとぼけてみせた。
「あの言葉が出たのは、この大陸で戦争が起こって滅んだ後、その当時の巫女が神託を得た時に残した言葉なんだ。年月で言えばそれこそ数百年じゃ済まない」
「……」
「もしかして、君は……」
「……ふぅ」
ノルンは僕が言い切る前に溜め息を吐いて、僕の肩から降りて地面に着地する。
「……冴えてるわね。それで、貴方は私を何者だと思ったのかしら?」
「キミは、現代の人間じゃないよね。戦争時の生き残り……当時の巫女さんじゃないのかな。自分で言ってて嘘みたいな話だけど」
「……ふふ、正解よ……」
ノルンはクスッと笑ってみせて、僕に右手を差し出す。
「改めて自己紹介をしましょう。サクライ・レイ。私の本当の名前は、ノルジニア・フォレス・リンカーネイン……だったかしらね。何せ、1000年も昔の話だもの。大半の時間は寝て過ごしてたし、当時の記憶なんて殆ど無いわ」
「……ノルジニア・フォレス………フォレス?」
その『フォレス』という名前は、この国の王様と同じミドルネームだ。
「勘が良いわね。私は、フォレス王国の初代国王フレガロス・フォレス・スレイの親族だったのよ。私は彼と違って武勇は優れていないけど、それ以外が得意でね、結果、私が巫女として選ばれたの」
「どうして、1000年も生きていられるの?」
「それは……まぁ……アレよ………アレ……」
ノルンは何かバツが悪そうに頬を掻く。
「あまり言いたくないけど、私はもう人間じゃない。この体も本体の分身。本体が危うい状態になってるから、精神だけ分離してこの身体に留まっているのよ」
「ノルンの本体って何なの?」
「セレナが私の本体を守ってるはずだから、彼女の所に行けば分かる事よ」
「……まぁ、僕一人だけ知ってても仕方ないか」
僕は頷いて、その場での追及を止めることにした。
「っていうことは、ノルンは子供じゃなくて本当はお婆ちゃんなんだね」
「……貴方、デリカシーが無いわね」
ノルンは僕の発言に目を細めて睨んでくる。
「ご、ごめん……」
「言っておくけど、私がちゃんと意識があった期間はせいぜい50年くらいのものよ。あなた達とそんなに変わらないんだから、勘違いしないで」
「それでも僕の三倍生きてるんだけど……」
「……」
ノルンは無言で、また僕の肩に飛び乗ってきた。
「じゃあ、行きましょうか」
「……もしかして、本当は子供扱いされたいの?」
「違うわ。外見が子供だからそういう振る舞いもいいかと思って合わせてるだけよ。決して、子供扱いされて良い気分に浸ってるわけじゃないし、ましてや童心に帰りたいだなんてそんな……」
「思ってるんだね……」
いつも淡々としてて感情が欠落してるように見えたけど、これが本来の性格なのだろうか。こうして見ると、意外と普通の女の子だったのかもしれない。
「今、失礼な事考えなかった?」
「気のせいじゃないかな」
「……あなた、意外と人の心を読むのが上手いのね」
「いや、今のは誰でもわかると思う」
「……」
ノルンはむぅっと不満そうな表情をして黙り込む。僕はそんなノルンを見て、思わず笑ってしまった。こうして、僕らは見回りを終えて戻っていった。
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