第625話 揺れる恋心

【三人称視点:エミリア、ベルフラウ、ルナ】


「………ん」

 おそらく深夜の明け方と思われる時間帯、エミリアはふと目を醒ました。彼女は寝ぼけ眼を擦りながら上半身を起こして、テントの入り口の布を捲って外の様子を見る。


 まだ少し肌寒い空気が心地よく、火照った頭を冷やしてくれるような気がした。そして、空を見上げると、そこには満天の星が広がっていた。


「……そっか、今は森の中でしたね」

 彼女は、横に置かれていた愛用のとんがり帽子を頭に被って立ち上がる。そしてそろそろ頃合いだろうと思い、隣で眠ってるベルフラウに小さく声を掛ける。


「ベルフラウ、起きてください。そろそろ見張りの交代の時間ですよ」

 エミリアがベルフラウの肩を軽く揺する。ベルフラウの隣にはルナも寝ているため、彼女を起こさないようになるべく小さな声を意識して話す。


 すると、ベルフラウは眠ったまま少し眉に皺を寄せて寝言を言い始める。


「……んー……フローネ様ぁ……それはダメ……私が地球で買ってきたどら焼き……食べちゃダメですよ………」


「……」

 フローネ様って誰ですか……。

 エミリアはそう思いながらも、もう一度、今度は強めに肩を揺らす。


「ベルフラウ、楽しそうな夢見てますけど現実に戻る時間ですよ……」


「……現実なんていやぁ……私はずっと夢を見てるの……うふふ………」


「……この駄女神様は……」

 どうしようもない女神に呆れつつも、エミリアは仕方なく彼女の頬を軽くつねってみる。


「むぎゅ!?」


「べーるーふーらーうーーー? いい加減起きないと、内緒でダイエット薬を毎日飲んでる事をレイにバラしますよー?」


「と、突然何言ってるのフローネ様!? 私そんなこと知らない――!」

 ようやく目を覚ましたのか、ベルフラウは勢い良く上体を起こした。


「……あれ、ここ何処?」

 飛び起きたベルフラウは自体を飲み込めずに、首をキョロキョロさせてから正面にいるエミリアの視線を戻す。


「おはようございます、そろそろ見張り交代の時間ですよ」


「………二度寝していい?」


「駄目です」


「ちぇっ」


 残念そうにするベルフラウを見ながら、エミリアはルナの方に視線を移す。

 すると、ルナが薄目を開けてこちらを見ていた。


「あ、起こしちゃいましたか」


「……お、おはよう二人とも……朝から楽しそうだねぇ……」


 ルナはまだ眠そうにして欠伸をしながら起き上がる。


「ルナは良いですよ、見張りは私達二人で良いですから……」


「あ、でもルナちゃんが行ってくれるなら、私は二度寝を……」


「二度寝したらレイに言いますよ」


「許して」


「よろしい」


「……」


 ルナは、二人が本当に仲が良いなぁとしみじみ思う。


「では、私とベルフラウはちょっと出ていきますね」


「あ、待って。エミリアさん、わたしも行く」


「ルナ……ですが……」


 ルナは戦えないでしょう?とエミリアは言い掛けたのだが、ルナは首を振る。


「大丈夫、私もいざとなったら竜になって戦う。……いつまでも守られてたら皆の仲間を名乗れないし……」


「そ、そうですか……」

 エミリアはちょっと感動していた。ルナは他の仲間と違って竜に変身できる以外は普通の女の子だ。

 だから、いざとなればレイが彼女を守るように動くのと同じ、自分も彼女の周囲から離れないように気を付けていた。だが、その心配は無用だったらしい。


「分かりました、では行きましょう。ベルフラウも一緒に行きますよ」


「……うぅ……眠い……」


「相変わらず寝ぼすけ女神様ですね……さ、行きますよ」

 ベルフラウの手を掴んで引っ張りながら、エミリアはテントの外に出る。彼女達が外に出ると、少しだけ朝日が出始めており、さっきよりは少し明るくなっていた。


 エミリア達は、近くにレイのノルンの姿が無いことに気付いて、彼らを探すためにキャンプ地から少し離れて彼らを探す。


 そして間もなく彼ら二人を見つけた。


「あ、レイくん達発見!」

 ベルフラウが真っ先に彼を発見し、声を掛けようとする。ノルンはレイに肩車されており、レイは休んでいるのか丸太の上に腰を下ろしていた。


 何故ノルンを肩から降ろさないのかという突っ込みを入れたくなった。しかし、二人は何かを話しているようで突っ込むタイミングを逃してしまった。


「――サクライ・レイ。少し聞きたいことがあるのだけど」

「何、ノルン?」


 レイは比較的リラックスした様子でノルンと話す。

 いつの間にか二人は打ち解けていたようだ。


「貴方たちの助けたいカレンって人の事なのだけど、女性の名前よね?」

「うん、そうだよ」


「貴方、もしかしてその人の事が好きなの?」

「……っ!」


 その言葉を聞いた途端、エミリアは衝動的に『私が聞いてはならない話』だと思い、ベルフラウとルナの手を引っ張って木の影に隠れた。


「ちょっ、エミリアちゃん?」

「……どうしたの?」

「……あ、いえ」


 エミリアは慌てて誤魔化す。


「……」

 彼女は、自分の心臓の鼓動が速くなってるのを感じた。どうしてなのかは分からない。


「(何故でしょう……レイがカレンの事を話す時、心がざわついて……)」

 エミリアは、自身の胸を抑えて自問する。彼女が自分でも分からない複雑な気持ちを自覚するのは、もう少し先の事になる。



「……」

 レイは、突然のノルンの質問に戸惑っている様子だった。


「突然何を……」

「良いじゃない、興味があったのよ」


 ノルンは普段の無表情と打って変わって、興味げに聞いてきた。


「……そうだね。出会った時から綺麗な人だな、とは思ったよ」

「そんなに綺麗な人なの?」


「うん、宝石みたいな綺麗な瞳と海のように透き通った青色の長い髪で、スタイル抜群で凄く美人だよ。それに、何よりもカッコよかった」


 レイは目を瞑って彼女の事を思い出しているのか、とても嬉しそうな表情で語る。


「格好良かったって?」


「戦いの時になるとキリッとした表情になって雰囲気が変わるんだ。戦乙女みたいな鎧を着て、片手で長剣をまるで小枝みたいに軽々と振り回して敵をバッタバッタと薙ぎ倒すだけじゃなくて、躍るみたいに優雅で……本当に綺麗で……とにかくカッコいいんだ」


「へぇ~」

 ノルンは興味深そうに聞いていた。


「僕は、カレンさんと出会ってから、ずっとあの人みたいに戦えるよう目指してたんだけど……中々上手くいかなくてね……。

 でもあの人と同じ聖剣を扱えるようになって、見様見真似で彼女の使う『聖剣技』を模倣して……そうやって頑張ってたら自分でも驚くくらい強くなれた。……それでも、僕はまだあの人に届いていないと思ってる」


「憧れ……なのね」


「うん……」

 レイは、懐かしむように目を細めて遠くを見つめて言う。


「でもね、ノルン。カレンさんは戦うことは好きじゃないんだ。

 本当は静かで女性的で温和な人なんだけど、自分が強い力を持っちゃったから戦うことが使命だとカレンさんは思って、誰にも弱みを吐かないように気丈に振る舞ってた。だけど、カレンさんは僕には話してくれたんだ。『本当は、私は心が弱い』って……」


「……」

「……」

 レイの語る言葉には、何処か悲壮感が漂っていた。


 ノルンも、ベルフラウも、ルナも、そして、エミリアも。

 彼の言葉に口を挟むことが出来ずに、彼の話を黙って聞いている。


「僕も同じくらい弱かったから彼女の気持ちが痛いほど分かった。

 これ以上、彼女に戦いを押し付けるなんて出来ない。僕は彼女の力になりたくて、それまで以上に強くなろうとしたんだ。だけど……ようやく戦いなんてしなくても良い世界にした……つもりだったのに………カレンさんは………」


 レイの声が震えている。彼は思い出していた。彼女の泣いていた姿を、病に伏せて倒れていた彼女の姿を。レイは、彼女にそんな辛い思いをさせたくなくて、本当は戦いが怖かったのに、我慢して戦い続けていたのだ。


「……」

 すると、ノルンは彼の肩から降りて、彼の隣にちょこんと座る。


「ごめん、辛いこと思い出せちゃったわね……」

「……ノルン」


 ノルンが謝ると、レイは彼女を見て微笑んで首を振った。


「……大丈夫。ノルンのお陰で少し元気出たよ。ありがとう」


「……もう少しだけ頑張りましょう、サクライ・レイ。彼女を助けたくて、神依木を探しに来たのでしょう? 大丈夫よ、神依木の力が元に戻れば、そうすれば、カレンは必ず目覚めるはず」


「……だけど、それだけじゃカレンさんに掛けられた魔王の呪いが……」


「なら、今度こそ魔王を消滅させればいいじゃない。そうすれば、彼女は本当の意味で救われるのだから。……だから、もうひと頑張り、出来る?」


「ノルン……そうだよね。その為にも、今は頑張らないと……」

 レイは決意を新たにする。すると、ノルンは彼の頭に小さな手の平を乗せてポンポンと軽く叩いた。


「うん、偉いわサクライ・レイ。貴方は本当に立派よ」


「あはは、なんか恥ずかしいかも……小さい子だから余計に……」


「だから、私は大人よ。サクライ・レイ」


「そうだった……」


「ふふ……」

 ノルンはクスリと笑う。レイもつられて笑った。

 知らない間に、彼とノルンの間には、確かな絆が生まれつつあった。


「……レイ」

 エミリアは陰で二人の会話を盗み聞きしてて、思った。


「(カレンの事、そこまで……駄目ですね、これ以上盗み聞きするのは悪い……)」

 そう思い、同じく影で見守っていた二人に小さく声を掛ける。


「……ベルフラウ、ルナ、行きましょう」

「そうね……」

「サクライくん……やっぱり優しいね……うん、エミリアさんの言う通り、戻ろう」


 エミリアの言葉に二人は同意し、三人はキャンプ地に戻ろうとする。


「……で、話は戻るのだけど」


「?」


「結局、カレンの事を愛してるの? 今の話を聞いた限り、とても大切に思っているのは分かるけど」


「えっ!?」


「(……あっ)」

 レイは顔を真っ赤にして驚き、エミリアは慌てて隠れた。ついでに、ベルフラウやルナも巻き添えなって、三人は再び木の陰で隠れることになった。


「(え、エミリアさん、帰るんじゃないの!?)」

「(結局盗み聞きしてるじゃない……)」

「(し、静かに……ちょっとだけ気になったので……もう少し……!!)」


 エミリアは唇に人差し指を上に立てて、二人にちょっとだけ我儘を言った。


 その間にも、レイとノルンの話は続いていた。


「ど、どうしてそんな事聞くのさ!」


「だって、とても大切な人なんでしょ?」


「う……」


「ちなみにカレンの歳は?」


「今は、19歳かな」


「年上のお姉さんと……。普段はどういうシチュエーションで話してるの?」


「えと、カレンさんと話す時は何故か二人っきりが多かった気がする……」


「なるほど……で、どんな事を話してるの?」


「い、いや……日常であったことを話したりとか、ちょっと愚痴を聞いてもらったりとか……」


「なるほど……それで、彼女はどういう風に返してくれたの?」


「そ、それは……」


「うんうん……」


「……まぁ、こんな感じに……」

 レイは照れくさそうにしながら、頭の中にカレンの姿を思い浮かべて、エミリア達にも聴こえない程度の声量で返事をした。


 すると、ノルンはとても満足そうな顔でうんうんと何度も首を縦に振る。


「やっぱりラブラブじゃない」


「……!」


「うん、それなら私も納得できるわ」


「ち、違うよ! 別に僕はカレンさんとはそういう関係じゃなくて……!!」


「あら、そうかしら? でも、優しく頭を撫でてもらったり、ハグとかしてもらったんでしょ。時折、お互いに顔を赤らめてモジモジしたりとかしちゃったり……」


「あ……う……」


「ねぇ、どうなの?」

「…………」


 レイは何も言えずに俯くしかなかった。

 しかし、その態度が肯定の証であることは明らかだった。


「の、ノルンみたいな子供に何が分かるのさ!」


「だから私は大人だと……」

「そ、そうだった……うぅ……恥ずかしい……」

 レイは顔を俯かせて顔を隠すが、朝日が昇ってきたせいで彼の顔が真っ赤に染まっていることは明白だった。


「だ、大体ね……僕はエミリアと付き合ってるから!」

「!!」

 レイの突然の言葉に、隠れていたエミリアの心臓がビクンと跳ねる。ベルフラウやルナも、レイから直接出た言葉という事で、知ってはいても僅かに驚きの感情があった。


「あら、そうなの? つまり二股?」


「二股じゃないから!」


「いいじゃない、若いんだから。恋に悩むのも青春よ」


「僕にとっては全然良くないよ……」


「それにしてもエミリアねぇ……そんな風には見えなかったけど……」


「エミリアはクールだから……普段そういう雰囲気にならないだけだよ……」


「なるほどねぇ……恥ずかしくて感情を表に出さない子なのかしら? あなたとはある意味逆ね」


「余計なお世話だよ……」


「ふぅん……」

 ノルンは少し考えるような仕草をする。

 そして、彼女はチラリを何故かあらぬ方を見た。


「?」

 レイはノルンの行動の意図が掴めず頭を傾げるのだった。


【視点:エミリア】


「……で、エミリアちゃん、実際のところどうなの?」


「わ、私もちょっと気になるかな………」


「……うぅ」


 何故か、今度は私が質問される立場に……。


「わ、私……ちょっと、用事を思い出しました。……二度寝してきます」


「あ、逃げた」


「エミリアさん、待って~」

 そのまま私達はキャンプ地に戻り、再び眠りについた。

 結局、朝になるまで殆ど眠れませんでした。


「(……やっぱり、レイはカレンの事が……)」

 カレンの事を助けたい。その感情は私もレイも同じです。

 ですが、彼がカレンの事を気に掛けてることに複雑な感情を抱いていました。


 これが嫉妬という感情……なのでしょうね……。


「(前にレイに告白された時は、ここまで胸が苦しくならなかったのに……)」

 今になって、ようやく自分の気持ちに気づき始めてきたのでしょうか。

 私は、いつの間にか、彼に強く好意を抱いていた事に。


「(私は、どうすればいいのでしょうか……)」

 今のレイは私じゃなくてカレンに気持ちが向いている。私はこれからもなんだかんだで彼が隣に居て、ずっと一緒に旅をしていけると漠然と思っていた。


 ……その根拠のない自信が、今は酷く恨めしい。

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