第626話 正義って何

【視点:レイ】


 ―――次の日の朝。


「……朝を迎えてしまった」

「そうね」


 僕の呟きに隣に座っていたノルンは短く頷いた。


「エミリア達、寝坊したのかなぁ……?」

「……そうね」


 ノルンは何故かさっきよりも呆れたような声で答えた。


「え、どうしたの、ノルン?」


「別に……聡いように思えて、意外と鈍いところあるのね、貴方」


「え、え?」


「……もういいわ、何でもない」


「???」


 結局、エミリア達がテントに戻って来たのは、それから30分後のことだった。


「ごめんなさい……寝坊してしまいました」

「ごめんねぇ、レイくん」

「わ、私もごめんなさい」


 エミリアと姉さんとルナは、僕達二人に申し訳なさそうに謝る。ルナに関しては元々交代の予定が無かったから良いんだけどなぁ。


「いや、気にしないで。ちょっと僕達が眠いだけだよ」

「……そうね、私も少し眠いわ」


 ノルンは僕の隣で小さく欠伸を噛み殺す。こうしてると本当に猫っぽい。


「闇ギルドの連中は大丈夫でした?」


「うん、特に来なかったよ。……ただ、エミリアの作った結界に数か所綻びがあったんだけど……」


「え、それじゃあ?」


「いや、でもちゃんと修復された跡があったし、もしかしたらレベッカ達が何かしたのかもね」


「そうですか……」


 その後、朝食の準備は三人に任せ、僕達はその間だけテントに戻って休むことにした。そして一時間ほどして声を掛けられると、レベッカ達も起床しており、朝食の準備も整っていた。


 全員で朝食を食べた後、キャンプの後片付けをして再び捜索を始めた。


 それから数時間程経過し、僕達は時折出現する魔物達を追い払いながら確実に進んでいた。しかし、昨日執拗に邪魔に来た闇ギルドと何故か遭遇しなくなった。


「来ないわね……」

「昨日、あれだけ追い払ったんですし、もう諦めたんじゃないですかー?」

「そうかもしれないけど……」


 ノルンの疑問にサクラちゃんが答えるが、それでもノルンは納得していない様子だった。


「まぁ、油断は禁物だけど、とりあえずこのまま進んでみようか」

「そうですね」


 僕はそう言って皆を落ち着かせる。


「レイ、あそこを見て」

「?」


 ノルンが指を指したのは、今までよりも開けた場所にある綺麗な湖だった。


「綺麗な所だね……」


「神依木はこの湖を超えたところある。セレナもそこにいるわ」


「……姉さんが」


 ノルンの言葉にエミリアが反応する。


「……なら早く行きましょう」

 と、エミリアは言い、早足で湖の方へと向かっていく。

 久しぶりに姉に会えると思い、気持ちが急いでいるのだろう。


 彼女の気持ちを考慮して、僕達もエミリアと同じように早足で向かっていく。


 と、その時―――


 ―――ガサガサガサガサ!!!!


「!!」

 突如、森の奥や木の影から多数の黒装束を身に纏った影が突然こちらに向かってくる。


「これは……!!」

「ちっ、やっぱり隠れていましたか……!!」


 エミリアはその正体を見極めると舌打ちをし、杖を構える。

 影の正体は闇ギルドの黒装束だった。


 彼らは湖の傍にいる僕達をぐるりと囲んで、追い詰めたと言わんばかりに圧力を掛けてくる。


 敵の総数は不明だ。今までは多くても一部隊二十人前後だったけど、今回は複数の部隊が集まってるのか総勢百人程度居てもおかしくない。


「まさかこんなに大勢出てくるなんて……」

「……ここで待ち構えてたって事かしら。招かれざる客の癖に随分と失礼な態度ね」


 ノルンは目の前の黒装束達をキッと睨み付ける。

 すると、黒装束達はノルンを見てコソコソを話し始める。


「は……何だこのガキ? こいつらもこの勇者一行の仲間なのか?」

「さぁ……ロイドから得た情報にそんな話は無かったが」

「何でいいだろ。どのみちこいつらは全員生きて帰すなって命令だ」

「ああ、そうだな」


 彼らの会話を聞き、ノルンの顔色が変わる。今までは無表情だったが、今は眉を吊り上げて明確に怒ったような表情になり、一歩前へ出る。


「ノルン?」

「少しだけ話をさせて……ねぇ、あなた達に聞きたいことがあるのだけど」


 ノルンは黒装束達を睨み付けながら、静かに問い質す。


「あ? 何だ?」

「……あなた達、【闇ギルド】は、【フォレス王国】建国の際に、意見が対立したことで分裂した。所謂、反政府組織として、【闇ギルド】という組織が生まれた。 その認識でいいのかしら?」


「あん、それがどうしたよ?」


「では、あなた達は今何をやってるのかしら?

 今の闇ギルドは、フォレス国家に反抗しているというより、無差別にテロ破壊活動、旅行者への暴力と恐喝、殺人を行ってるだけで、フォレス王国に何か要求するでもなく、ただ無差別な暴力を行うだけの荒くれ集団にしか思えないわ」


「ははっ、何を言うかと思えば……!! それら全て、我らがこの腐った国を正すために行っていることだと分からんのか!」


「そうそう! 俺達の正義の行いを邪魔しようっていうのなら、お前も容赦しねぇぜ!?」


「今のあなた達の何処に正義があるというの? 少なくとも、【闇ギルド】が設立された時は、無用な暴力を振うような存在じゃなくて、むしろ国のためになる仕事を行っていたはずよ。フォレス王国賛成派と意見こそ対立してたけど、それは『誰が王になるべきか?』という論争の末の結果であって、決して戦争を起こすことでは無かった」


「……あん、何言ってるんだお前は?」

 黒装束達は、ノルンの言葉の意味も理解も出来ておらず顔を見合わせる。


「でも、今は違う。ただの犯罪者集団へと成り下がってしまった。一体いつからこうなってしまったの? あの時、力を合わせて生き抜こうと心に誓った信念は何処に行ってしまったというの?」


「あーあ、面倒くさいガキだ……」


「おい、もういい。さっさと殺そう」


「何故無関係な彼らにまで手を出そうとするの。彼らは国同士の紛争と何ら関係のない旅行者よ。それなのにどうして……!!」


「はんっ、そりゃあ決まってるだろう。そいつらがフォレス王国側に付いて俺達の敵に回ったら面倒だからだよ。だが俺たちの味方になってくれるなら、見逃してやってもも構わねぇぜ。

 ……そうだな、フォレス国王の首でも持って来いよ。魔王を倒した勇者様ご一行なら簡単だろ?」


「なっ……!!」


「この国は、ただ治安の維持と戦争を否定するだけの堅物共の集まりだ。秩序さえ守っていれば未来永劫平和だと思い込んでやがる。だが、俺達は違う。真の平和というのは、無能な統治者を排除して、真に能力のある者が支配することで生まれるのだ。

 だからこそ、俺達はこの国に革命を起こしてやるんだよ!! そして、俺達が王となって国を支配してやるのさ!!」


 黒装束の男は声高に叫び、自分の主張を述べる。彼の言葉に同調するように周りの黒装束達も好き放題自身の勝手な理想を語り出し、挙句は現国王や国そのものの罵倒を始める。


 もはや彼らに正義など無く、それはただの自分勝手な欲望だった。


「…………」

 ノルンは何も言えず黙り込む。

 彼女は、目の前にいる黒装束達の事を哀れむような目で見つめていた。


「……それがあなた達の本音ね」

 ノルンは興味を失ったかのように表情を失う。


「はっ、ガキの癖に見てきたように語りやがって……死ね!」

 黒装束達は一斉に武器を構える。


「……ごめんなさい、サクライ・レイ。私なりに対話を試みたのだけど、失敗してしまったわ……」

「……うん、ありがとう。ノルン」


 僕は彼女に優しく微笑み、彼女の小さな体を僕の背後に移動させる。

 そして、僕は目の前の黒装束達に言い放つ。


「……あなた達に正義なんか無い。あるのは、ただの自己中心的な悪意だけだ」

「何だと……?」

「はぁ?」

「こいつ、いきなり何を言って――」


 僕の言葉を侮辱と受け取ったのか、黒装束達はこちらを睨み付ける。


「ノルン、聞いて。こいつらは1000年前の人達と違う。

 こいつらは自分達が反政府組織の闇ギルドという肩書きを利用して己の快楽のために他人を傷つけている。そこに正義なんて一つもない」


「……っ」

 ノルンは何も言わないが、微かに彼女の心が揺さぶられたように感じた。


「はっ、我らが崇高なる考えを理解できないとは」


「余所者が俺達に『正義』を語るつもりか? 正義の味方気取りかよ、こりゃ笑えるぜ。流石勇者ご一行様だ!!」


 黒装束の男達は僕を構えながら、僕に対して侮蔑の視線と嘲笑を始める。


「正義の味方……そうだね、たまにはそれも良いかもしれない」


「あん?」


「分からない? つまり、こういうことだよ」


 僕は、鞘から剣を抜いて、剣を黒装束達に向ける。


「今から僕達は、あなた達【闇ギルド】と戦う。あなた達の言う通り、正義の名の下に。その戦いに勝った方が『正義の味方』で、負けた方は『悪の敵役』だ」


「は……?」

「こういう言葉を知らない? 『正義は必ず勝つ』……ってさ。サクラちゃんは知ってるでしょ?」


「えへへ~、もちろんです! 正義が必ず勝つ! これこそこの世界の常識ですよ!」


 サクラちゃんは満面の笑顔を浮かべて答える。その言葉に呼応するかのように、背後に控える仲間達もそれぞれの武器を取り出し、戦闘態勢を取る。


 そして、エミリアはノリノリな雰囲気で言った。


「なるほど、レイはこう言いたいわけですね。『どちらが正義に相応しいか勝負しようじゃないか』と」


「うん、まぁそういう事」

 正義名乗るのは恥ずかしいけど、こいつらが正義を名乗るのは許せない。


「はははははっ! これは傑作だ!!」


「いいぜぇ! 勇者ご一行様は、我々闇ギルドに逆らったことを後悔させてやるよ!!」


「おい、お前ら! あいつらをぶっ殺すぞ!!」


 黒装束達は殺気立ち、僕達に襲い掛かってきた。


「では、レイ様、正義の名のもとに―――」

 レベッカは、いつもの凛とした表情で僕に向かって告げる。


「行きましょう」

 僕は、彼女のその一言を聞いて、小さく笑って答えた。


「……うん、行こう」


「「「うおおおぉーーー!!!」」」

 僕達は、黒装束達との交戦を開始した―――!!

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