第66話 地下九階 苦戦

 

 僕達は魔法の効果範囲時間の間になるべく動いて先に進む。

 しかし、今度はまた別の魔物が居た。

(……翼が生えてて、尻尾があって、鱗に包まれていて…)

 大きさは二メートル強だろう。リザードマンより二回り大きいくらいだ。


 ただ―――

「ねぇ――エミリア、これって――」

 嫌な予感して僕はレミリアの方を見る。エミリアはこの暑いのに顔を少し青くしていた。


「レイの予想通りですよ。この魔物はドラゴンキッズです」

 ドラゴンキッズ、つまりそれって、ドラゴンの子供!?


「あ、あれが子供なのですか?!」

「はい、あれが成体になると竜族として認められます」

「え、じゃあコイツまだ子供の方なんだ……」

「ええ、まあそういう事になります」


「えっと、じゃあ…ここのボスって…?」

「ええ、間違いなくアレでしょうね……多分、火龍サラマンダー

「……」


「レイさま……?」

 ヤバいぞ……どう考えても勝てるわけがない。そもそも相手は空を飛ぶのだ。

 噂だとブレス吐いて来るらしいし、そんなの喰らったら一溜りもない。


「レイさま、大丈夫ですか?」

「あ、うん……」

「レイ、怖いなら無理しないで引き返しますか?」

「ええっと…」

 エミリアは流石に僕の動揺に気付いたらしい。

 正直怖い、引き返したい。


「あのレイくん達?ちっちゃなドラゴンさんに気付かれちゃったみたいだけど…」

「「「え?」」」


 見るとドラゴンキッズがこちらを睨みつけていた。

 その瞳には敵意しか感じられない。

 そして、口からは赤い炎が見え隠れしている。……これ詰んだんじゃなかろうか?


「レイ、下がってて下さい!」「ちょ!待って!」


「あーもう、とりあえずあの小さいドラゴンは倒しますよ!<中級爆風魔法>ブラスト

 エミリア風魔法と同時に敵のドラゴンキッズから炎のブレスが放たれる。

 力は最初拮抗していたが、徐々にエミリアの風魔法が押していき、敵のブレスを完全に吹き飛ばした。


「はぁ…長時間魔法を撃つのは結構辛いですね……」

 エミリアのおかげで何とかブレスを押し戻すことが出来た。

 しかし通常の数倍の魔法力MPを消費したようだ。


「今のうちに!」

 レベッカが弓を使いドラゴンキッズに向かって矢を複数放つ。

「う…流石に、迷ってるわけにはいかないか」


 僕は動揺を抑えて、剣を抜いて魔力を籠める。

 相手は炎のブレスを吐く、炎はまず効かないだろう。

 ドラゴンキッズを手のツメでレベッカの矢を弾き、翼で空を飛んで迫ってきた。


「っ!こちらに飛んで来ますよ!」

<魔法の矢>マジックアロー!」

 姉さんの攻撃魔法を連発して迎撃、しかしやはり鱗が固いのかダメージをあまり受けて無いようだ。

 ドラゴンキッズは構わずこちらに襲ってきた。


<剣技・雷魔法>ソードライトニング!!」

 僕は前に出て、敵のツメ攻撃に合わせて剣を振る。同時に雷魔法を発動させる。

 一瞬、剣と爪がスパークを起こし、ドラゴンキッズはたまらずツメを剣から離して距離を取った。


「……よし、いけるか?」

 敵は怯んでいる、このまま一気に畳みかけるべきか……。


「悩むより攻撃です!<氷の槍>アイスランス!」

 後方にいたエミリアの周囲に八本の氷の槍が浮かび上がりドラゴンキッズに向かっていく。

 しかし、相手は空に逃げることで回避した。


「むぅ……やっぱりダメですか……」

「ああなると厄介ですね!――はぁっ!」

 レベッカが空に逃げたドラゴンキッズに矢を放つ、狙いは胴体ではなく翼の部分だ。


「もう一度!<魔法の矢>マジックアロー乱れうち!」

 更にレベッカに続いて姉さんも魔法で応戦する。姉さんの場合いつも乱れうちだから……。

 二人の攻撃を受けたドラゴンキッズはバランスを崩し地面に落下していく。


「レイ!」「分かってる!――はあっ!」

 僕は地面に向けて飛び、魔法を発動させそのまま敵の脳天に剣を振り下ろす。

<剣技・雷魔法Ⅱ>雷光斬

 脳天に当たったと同時に雷撃魔法が剣に伝わり、ドラゴンキッズに直撃する。


「グギャアァッ!」

 敵の悲鳴と共にドラゴンは動きを鈍くして、そのまま倒れて動かなくなった。

「……やった?」

「多分……」

 僕達は油断せずに倒れたまま動かない敵に近づき、様子を確認する。…………


「死んでますね」

「ええ……」

「はあ~……」

 僕らは安堵のため息をつく。危なかった……死ぬかと思った。

 しかし、少し待っても扉が現れる様子もなく魔法陣も出てこなかった。


「少なくとも、このドラゴンはボスでは無いようですね……」

「ああ、やっぱり…」

 こいつがボスなら良かったんだけどなぁ…。


「レイさま、折角ドラゴンを倒したので剥ぎ取りませんか?」

 え?いきなり何言ってるのレベッカ?


「いや、流石に…」

 いくらなんでも、ここで時間を食うわけにはいかないだろう。

 それに、こんなデカい生物解体なんて出来る気がしない。


「ですがドラゴンの素材はとても希少でして、武器や防具の素材にもなるとか」

「そ、そうなの……?」

「あー…確かに、それにドラゴンは鱗枚でもそこそこ高額で取引されるらしいですね」

「…………」


 僕は倒れたドラゴンをじっと見る。

 通常の魔物なら死体になると消えてしまうのだが消える様子はない。

 つまりこのドラゴンは魔物という分別ではないのだろう。要するに野生動物に近い。


(……動物の肉とか普通に食べるし、可哀想に感じるけど…良いよね?)


「レイさまが不慣れならばわたくしが。レイさま、予備の剣をお貸しください」

「え!?」

 僕はもう一本のマジックソードを鞘から抜いてレベッカに手渡す。


「わたくし、これでも狩猟の経験がございまして…」

 そう言いながらレベッカは、器用に剥ぎ取っていく。

「おお~、凄いな」

「ふふん♪お任せ下さいませ!」……なんかレベッカが頼もしく見える。


 ただ、レベッカは見た目130cm程度の幼い女の子だ。その光景は傍から見たらかなりシュールである。


「ん、どうしました?」

「いえ、何でもないです……」


 そうしているうちにレベッカはみるみる皮を剥ぎ取り、ツメ、鱗、牙、皮、骨などを次々に剥ぎ取っていった。その間、姉さんは防御結界を敷いて僕とエミリアは周囲に敵が来ないか見張っている。


「終わりましたよ、これで故郷への仕送りが増やせますね♪」

「う、うん…良かったね」


 レベッカは滅茶苦茶可愛い笑顔なんだけど、ちょっとドラゴンの返り血を浴びてて怖い。

 この絵面だけ見るとホラーアニメみたい。


「しかし、どうやってこれを持って帰りますか?」

「あー、確かに」

 僕の鞄は女神さまお手製のどれだけでも入れられる鞄だが、骨とかツメとか皮は入りきらない。


「あ、それならわたくしに考えがございます。大きな包みはございますか?」

「ん?えーっと、あった」

 僕は鞄の中からレジャーシートを出してレベッカに渡した。


「ありがとうございます、それでは…」

 レベッカは剥ぎ取った骨や鱗など全てをレジャーシートの上に乗せて強引に丸めた。

 その後―――今しがた包んだレジャーシートごと何処かへ消えてしまった。


「「「えっ!?」」」

「皆さま、どうかされましたか?」


 そんなキョトンとした無垢な顔されても……


「レベッカちゃん、今のって?」

「はい?いつもの槍や盾を出し入れしているのと同じやり方ですが…?」

 忘れてた…レベッカは限定的でも『空間転移』が使用できるんだった。


「ミリクさまにお会いした際にわたくしの力を引き上げてくださったおかげで、

 以前より少しだけ大きいものを移動させることが出来るようになりました」

 相変わらず人や生き物は転移出来ないらしいが、大きさや許容量は以前よりも増えたとのことだ。


「便利になったね……」

「はい!これもレイさまのおかげです」

「あー、ありがと」

 それ僕のおかげじゃないよ、普通にミリクさんだよ。

 まあ、喜んでくれてるしいっか。


「よし、じゃあ先に進もうか」

「ええ」「はい」

 僕達はダンジョンの奥へと足を運ぶ。


「前から聞きたかったんだけど、レベッカの転移させたモノってどこに運ばれてるの?」

「わたくしの故郷の倉庫の中でございます、仕送りの際も直接そこへ」


 レベッカの故郷って……。


「あのさ、レベッカの故郷ってどこにあるの?」

「ええっと、ゼロタウンよりもずっと北に行った所ですが……」

 ……ここより寒そうなところかな。


「そ、そうか……」

 レベッカの故郷が気になるけど、まずはこのダンジョンを踏破しよう。

 そう思いながら歩いていると、さっきのドラゴンキッズにそっくりな魔物が居た。

 しかも二体も。


「「「「……………」」」」

 僕達は無言で洞窟の陰に隠れた。


「いや‥…無理、無理、無理!」

 子供のドラゴンとはいえ二体を同時に相手に出来るとは思えない。

 さっきのドラゴンキッズだって結構な強敵だったのに。


「落ち着いてくださいレイさま!」

「そうですよ!こんな時こそ深呼吸です!」

「スーハー……ってなんにも変わらないじゃん!」


 そもそも子供相手ですらビビッてるのに大人のドラゴンを相手にするなんて絶対無理だ!!


「ね、姉さん!前使った<大浄化>で倒せない!?」

「うーん、ドラゴンは別に悪い魔物ってわけでもアンデッドでも無いし…」

 そもそも浄化の対象にならないらしい。


「ど、どうすればいい?」

「仕方ないですね……ここは私が――」

 そう言ってエミリアは洞窟の陰から出ていき―――


「ひゃうっ!?」

 エミリアは直ぐに逃げてきた。


「ちょっ!一匹こっちに来てました!」「えっ!?」

 陰から覗くと、確かに二匹のうち片方と離れてこっちにドラゴンキッズが向かってきている。

「ええいっ!!」

 僕は剣を抜いて迎え撃とうとしたが――

「危なっ!?」

 咄嵯に避けたおかげで物陰に伏せてギリギリ炎のブレスを避けられた。

 危うく火だるまになるところだった。完全にこっちロックオンされてるよ!


「レイさま、でも今なら片方を仕留められるのでは?」

「いや、流石にあれは無理だよ!」

 あんなのに攻撃したら一瞬で丸焦げにされるよ。


「でもね、もしもう一匹の方まで襲ってきたらもっと不味いんじゃないかな?」

「う…」

 姉さんとレベッカの言う通り、確かに今なら各個撃破出来るチャンスだ。


「―――分かった。やろう」

 僕は覚悟を決めて、『魔力食いの剣』を抜いて魔力を強く込めて刃を紫色に変える。

 この剣は通常の剣の状態から魔力を籠めることで、紫→青と刃の色が変わっていく。

 最大状態ならまだ色が変わるかもしれないが、

 今回はこの後まだ戦闘が続くのでここまでで止めておく。

「姉さん、オーロラバリアをお願い」

「うん、<極光の守護>オーロラバリア!」

 姉さんのオーロラの魔法が再び僕達に付与される。これで少しは大丈夫なはずだ。


「エミリア、レベッカ、僕が前に出るから援護お願いね!」

 僕はそのまま物陰から飛び出し、目の前のドラゴンに掛けていく。


『グアアアアアアアアアアアッ』

 目の前のドラゴンは子供なのに凄まじい咆哮を上げる。

 不味い。時間を掛けるともう一匹が飛んでくる!


 早急に目の前のこのドラゴンを倒さないと勝ち目がない!

 しかし、目の前のドラゴンは再び炎のブレスを吐いてきた。

 横に避けようと思ったが、扇状にブレスが吐かれているために回避できない!


<氷の息>コールドブレス!」

僕がブレスをまともに食らう直前にエミリアの魔法が発動する。

 <中級爆風魔法>ブラスト<中級氷結魔法>ダイアモンドダストの複合魔法だ。

エミリアから直線に冷気魔法が放出され、ドラゴンの炎と拮抗する。

「レイさま!<速度強化Lv9>韋駄天の力を<筋力強化Lv9>力を与えよ

 更にレベッカの強化魔法が一気に掛かる。ありがたい!


 その瞬間、力比べをしていた両者の攻撃が砕け散った。

「よし、行ける!!」

 僕はそのままドラゴンキッズに向かって走る。

 ドラゴンキッズは尻尾を振り回してけん制してきた。

「くうぅ!」

 それを後ろに下がって避ける。

「レイさま、左です!」後ろの方でレベッカの声が聞こえる。

 見ると今度は左側から尻尾が迫っていた。

「うわあっ!?」

 慌てて横に転んで何とか避けられたが、これはマズイ。

「うぐぐ……」

 転んだまま立ち上がれなくなる。これじゃあ一方的に殴られるだけだ。


「レイ!もうその体勢で良いから攻撃してください!<中級爆風魔法>ブラスト!」

「ちょっ?」

 エミリアはあろうことか僕に風魔法を向けてきた。

 そのせいで僕は倒れたままの態勢でドラゴンキッズの目前までふっ飛ばされ―――


「ああああああああ!!」

 もう破れかぶれでそのままドラゴンに思いっきり斬りかかった。

 偶然か、上手いこと懐に潜り込めたお陰で僕の剣はドラゴンを切り裂き、ドラゴンはうめき声を上げながら倒れた。


 どうも、やけくそで攻撃した際、

 無意識に更に魔力を籠めていたようで一撃で倒せてしまったようだ。


 僕はよろよろと立ち上がり―――

 目の前にもう一体のドラゴンキッズが迫っていた。


「レイくん!横に避けて!」「っ!」

 姉さんの声で状況を飲み込めた僕は即座に横に逃げてブレスをなんとか回避出来た。


<重圧>グラビティ!!!」

 レベッカの重力魔法が残ったドラゴンキッズに発動し、周囲の重力を十数倍にする。

 あの魔法は強力だ。子供といえどドラゴンキッズの体重は相当なもので、

 空を飛んでいたドラゴンは重力で地上に引きずり降ろされる。


「魔力強化<上級電撃魔法>ギガスパーク!!」

 そこにエミリアの魔法陣を伴った強力な電撃魔法が炸裂した。

 ドラゴンキッズはその威力に耐え切れずに黒焦げになって動かなくなった。


「ふう……危なかった……」

「ご無事ですか?レイ様」

「うん、助かったよ。ありがとう」


 あ、危なかった…

 姉さんに声を掛けられなかったらそのままアウトだったかもしれない。

 防御魔法はブレスが寸前まで迫っても熱さをほぼ感じなかったから間違いなく効果はある。

 ただ、それでも直撃は厳しかっただろう。


 これは正直、かなりキツイ相手かもしれない…。

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