第754話 小さな一歩
【視点:レイ】
僕は遅くなっても帰ってこないルナを探すために外に出た。もし彼女が事件に巻き込まれてたら……考えると焦ってしまい足取りも自然と早くなる。
そして、どこを探し回っても見つからず僕は全力で王都を走り回る。
「……っ……ルナ、どこー!!」
大声を出すは得意じゃないけど今はそんな場合じゃない。僕は自身に周囲から奇異の目を向けられる事も構わず、ルナを探して町中を走り回る。
「……ルナ、本当に何処にいるんだろう」
まさか、本当に何か事件に巻き込まれたのではないだろうか。僕の中で徐々に不安と焦りが増大していく。
「……?」
ふと、背後を見ると遠くの空が一瞬煌めいた。その後、地上から空に光を照らすように炎の球が空に飛んでいき、小さな花火のように弾け飛んだ。
「……あれは」
ルナの魔法……というわけじゃないだろう。彼女はあそこまでの魔法を習得していない。
しかし、妙に気になってしまう。何か悪意があるようには見えないが、まるで誰かが何かを伝えようとしているような―――そんな予感を僕は覚えた。
「……他にアテもないし行ってみようか……」
そう思い、僕はその魔法が放たれた場所を目指して走り出した。
◆◆◆
【視点:ルナ】
「……み、ミントさん……?」
「うふ、こんばんわ……ルナちゃん?」
思い悩んでいた私に声を掛けてきたのは、以前魔法都市で知り合った女性。
名前は確か……ミント・ブリリアントさん。
「こんな所で、どうしたの? 随分と……落ち込んでた、みたい、だけど?」
ミントさんは相変わらず独特なイントネーションで私にそう問いかけてきました。
「それは、その……」
「………」
ごにょごにょとはっきりとしない私をジッと見つめていたミントさんは、スッとロッドを取り出し上空に掲げる。
「……ミントさん?」
私が問いかけると、ミントさんは優雅な動作でロッドを横に薙ぐように振るう。
ロッドから温かな光が溢れ、それが炎となって上空へ飛んでいき―――少ししてから花火のように弾けて、静かになった。
すると、私とミントさんの周囲がまるで暖房の効いた部屋の中のように居心地の良い温かさに変化した。
「もう、寒いから……ボーっとしてたら、風邪引いちゃう……わ」
ミントさんのその言葉を聞いて、震えている私の身体を温めてくれたのだと、鈍感な私でも気付きました。
「あ、あの……ありがとうございます!」
私は素直にお礼を言う。すると、ミントさんは私の頭をポンポンと優しく撫でてくれた。
「どういたしまして……ルナちゃん、色々悩んでる……?」
「……はい」
私が小さくそう答える。ミントさんは顎に指をあてて考える仕草をしました。そして、私に再びこう問いかけてくれました。
「もしかして”恋”の悩み?」
「な、なんで分かるんですかっ!?」
「……ふふ、恋する乙女って、女の子同士だと、すぐ分かっちゃうもの、なのよ……」
私は顔を真っ赤にして俯く。そんな私の様子を見てミントさんは、女の私から見ても色っぽさを感じるような妖艶な笑みを浮かべた。
「私で、良ければ、相談に乗らせてもらうけど……どう?」
「……う、うぅ……」
言ってもいいのかな……? 正直、私も誰かに悩みを聞いてほしかった……。
「あの、相談……お願いしても、良いですか?」
「ふふ、どうぞ……」
ミントさんはそう言って、橋の上に浮き上がりそこにちょこんと腰を乗せる。彼女の行動を見て、私は慌てて橋に登り、ミントさんの隣に座る。
「じゃあ……まずは、どうして悩んでるか……教えてもらっても、いい?」
「はい、えっと……」
相談したのは、彼……サクライ・レイ君の事でした。流石に彼が複数の女性と婚姻をするかもとは言えず、一部を伏せた形で語ることにしました。
「実は、私の好きな人には、何人も彼に好意を寄せる女性が居て……」
「……うん」
「……その人達は、私なんかよりもずっと綺麗で性格も良くて……、私では全然太刀打ちできなくて……正直、諦めてたんです……」
「……うん」
「だけど、もしかしたら、私にもチャンスが巡ってくるかもしれない……そんな出来事があったんです……」
「そうなんだ……」
「でも……彼は誰を選ぶかずっと悩んでて……あの人は……誰かが自分のせいで傷付くのが嫌だって、聞いたわけじゃないけど、何となく私はそう確信したんです……そんな彼の悩みに気付いてて、私、彼に告白しても良いのかなって思って……」
「……うん」
「……私、そんな優しいあの人の事が、ずっと好きだったんです……だけど、私なんかがあの人に告白して……サクライくんに負担を掛けちゃうのは……そう思ったら、私、何も言えなくて………っ」
話しているうちに、私の目から涙が零れていきます。私はそれを手で拭うが、それでも涙が止まる気配はありませんでした。すると、ミントさんが再び私の頭を撫でてくれました。
「優しい子ね……あなたは……」
「……優しいのは私じゃなくて、あの人です……」
「ううん、優しいのはあなた……。彼の悩みに気付いて、彼を気遣って、自分を押し殺そうとしてる……。そんな事が出来るのは、心の優しい人だけ……。あなたに愛されてるその人は、幸せ者ね……」
そう言って、ミントさんは私にハンカチを渡してくれました。私は渡されたハンカチで涙を拭います。
それでも涙が止まらなくて……でも、ミントさんはそんな私は優しく抱きしめてくれました。
「(……花の良い匂い……)」
香水でも付けているのだろうか。ミントさんの周囲は不思議と甘い花の香りがする……。
「あなたに足りないのは、ほんの僅かな勇気、なら私が、あなたの後押しをしてあげる」
「……え?」
ミントさんは私の身体をそっと離して言いました。
「あ、あの……」
「彼に、ちゃんと想いを伝えましょう……まずはそこから、どう……?」
ミントさんはそう言って笑顔を浮かべる。私は彼女に釣られるように少しだけ笑みを浮かべました。
「……はいっ!」
私はその笑顔に不思議と勇気が湧いてきました。そして私は橋から降りて立ち上がります。そして、宿に戻ろうと足を踏み出そうとしました。
だけど、私の目を向けた先に誰かがここにやってくることに気付いたんです。
「……サクライ、くん」
「……はぁ……はぁ……はぁっ………やっと、見つけた……」
彼……サクライくんでした。
彼は、汗だくで、息を切らしていて、誰かを必死で探していたようです。
一体、誰の事を……。
「もしかして、私……?」
「はぁ……はぁ……キミの事をずっと探してた……」
彼は私に構わず私の手を握ります。
「……帰ろうよ、ルナ」
「……サクライくん」
私の手を握る彼の手は汗だくで……とても震えていました。私の事をそれだけ心配してくれてたんだ。でも、それだけじゃないような気がします。
彼の表情は追い詰められたように不安そうで……まるでお母さんを見失って泣きそうな迷子の子供のような目でした。
「(……そっか、サクライくん。そういう事だったんだね……)」
――私は、彼の心の闇を少しだけ垣間見た気がしました。
「(この人は自分の傍から誰かが居なくなる事を酷く怯えてる……)」
それは、きっと彼がこの世界に転生する切っ掛けとなったことが理由……。最愛の両親と死に別れた事を今もずっと後悔してる。それが彼の
多分、彼自身、それに気付いてないけど……。
「私の事を、その人達と同じように想ってくれてたんだね……」
「え……?」
……頑張れ、椿楓……今、ここで勇気を出さないでどうするの……?
「私、いつもあなたの事ばかり見ていたのに、今まで勇気が無くてちゃんと告白出来ませんでした……。でも、ミントさんに……レベッカちゃんに、ほんの少しだけ勇気を貰いました。……だから、ここで言います」
「……ルナ?」
「……私、あなたの事が好きです。大好きです。ずっとずっと前から……」
言った。心臓が爆発しそう、顔が熱い……恥ずかしい……!
だけど、言えた。
サクライくんが他の誰かと結ばれたとしても、今ここで勇気を出さないと一生後悔すると思ったから……!
「あ……」
私がそう言うと、彼は大きく目を見開いて無言になってしまいました。
「………っ」
二人で居るのに、沈黙が怖い。
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、何か言ってよ……!
彼に拒絶されるかもと思うと、目眩がして、動悸がして、息切れがして……。
でも、告白しないと、私はずっと時が止まったまま、動き出せない。
……おそらく、サクライくんはどう答えようか迷ってるんだ。
「(もし、拒否されたら……)」
……彼に拒否されたら、それでも私は笑顔でいよう。
そして、「冗談だよ」って言って、いつも通り彼に接して、それから……。
……それから?
……彼に想いが届かなかった私は、この先、どうすればいいの?
「……僕も」
「…………そうだよね。私なんか……」
「……ルナの事が好きだよ」
「……だ、だよね。ごめんね、サクライくん」
私は考えてた通り、笑顔を作ります。
私がサクライくんと結ばれるわけなんか無かったんだ。
あんな綺麗な人達が周りに沢山いるのに、私なんか目に入るわけ……。
「……え?」
私は思わずそんな声を出していました。
「え……今、なんて……」
「好きだよ」
サクライくんは再度そう言い直しました。聞き間違いじゃない……?
「……ほ、本当?」
私が尋ねると、サクライくんは真っ赤な顔で頷いた。
「そ、そっか……あ、ありがと、サクライくん!!」
「え、あ……うん……」
まさかの告白成功にショックで頭が混乱した私は、目をグルグル回してそのまま……。
「ちょっ、ルナ!?」
あわやそのまま倒れてしまいそうになった私をサクライくんは支えてくれました。
「……サクライくん、私、結婚する時は……ウェディングドレス着たいの……」
「気が早くない!?」
あれ……何で私、結婚の話なんてしてるんだろう?
もう告白が成功するとは思わなくて、なんか頭の中がお花畑に……。
「あの、ルナ……? 好きとは言ったけど、その……僕自身、まだそこまで考えてないというか……他の人にも同じ事言われて……」
「…………」
そうだった。よく考えたら、サクライくんはレベッカちゃんにも告白されてたんだった。
なのに、なんで私は好きと言われたくらいで結婚する段階まで飛躍しちゃったんだろう。じ、自分が恥ずかしい……!!
「あ、あの……ごめん」
「……うぅ」
私が恥ずかしさで悶絶していると、サクライくんは気まずそうに謝ってきた。そんな彼の声を聞いて私はさらに恥ずかしくなって思わずその場にしゃがみ込んでしまう。
「ルナ、外は寒いし帰ろう?……なんか、ここは温かい気がするけど」
「そ、そうだね……!! あ、でもその前にミントさんにお礼言わないと……」
私は自分で立ち上がって、後ろに居るはずのミントさんの方に振り返りました。だけど……。
「あれ、居ない……?」
そこに居たはずのミントさんの姿は何処にもなく―――
「ミントさん……? 僕がここに来た時には、ルナ以外誰も居なかったけど……?」
「え、でも……私、あの人に励まされて……あれぇ……?」
まさかと思うけど、私が不安になり過ぎて誰かに話を聞いてほしくて、私が勝手に生み出したイマジナリーフレンドだった可能性が……?
「そ、そんなことある……?」
あ、駄目、サクライくんへの告白で気力全部使い果たしてギリギリの状態なのに、これ以上、頭に負荷が掛かったら知恵熱が……!!
「ルナ、本当に大丈夫? さっきも真っ赤だったけど、今はもっと顔赤いんだけど……」
「う、うぅ……サクライくん、私……色々……限界……」
私はサクライくんにもたれ掛かり、そのまま彼に身を委ねることにしました。
「た、大変だ……早く連れて帰らないと……!」
サクライくんは、そう言って慌てて私の身体を自分の背に背負います。
「ごめんねぇ……サクライくん……」
「ううん……それじゃあ、帰ろう……ルナ」
「……うん」
サクライくんの背中の温もりに、私は安堵感を覚えつつ、そのまま意識を落としていくのでした。
『……あなたの恋が実りますように……頑張ってね……』
……そんな優しい女性の声を、夢の中で聞きながら。
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