第755話 ゆっくり休んでルナちゃん

【視点:レイ】


「ただいまー」

「あ、おかえりなさい、レイくん!!」


 僕が背中にルナを抱えて宿に戻ると、姉さん達が慌ててこちらに入ってくる。


「レイ様、ルナ様は……っと」

「見ての通りだよ。ちゃんと連れて帰ってきたから安心して」


 そして、僕の背に背負われているルナの姿を見たレベッカが安堵したように息を吐く。


「でもルナちゃん、どうしてこんな状態になってるの?」


「まぁ色々あって……ずっと寒空の下にいたせいで身体が冷えちゃったんだと思うよ……ね、ルナ?」


 僕は軽く背中を揺すってルナに呼びかける。


 すると、「きゅうぅ……」とルナはウサギのような鳴き声?で答えた。


「あらら……それならすぐに休めるようにしないとね」


「うん、僕はこのままルナの部屋に連れていくよ。……ところで、エミリアとノルンは何処に行ったの?」


「ノルンちゃんは部屋で寝てるんじゃないかしら。エミリアちゃんはレイくんが彼女の探しに行ってからすぐに自分も宿を出て探しに行ったんだけど……って、あら、どうやら帰ってきたみたい」


 姉さんがそういうと同時に、宿の扉が音を立てて開く。


「レイがこっちに戻ってくる姿を遠くから見つけたので戻ってきたんですが……ルナは見つかったみたいですね。良かったです」


 帰ってきたエミリアは、僕の背中に乗っかってるルナを見て安心した様子だった。


「エミリアも探しに行ってくれてたんだね」


「流石に少し心配だったので……それにしても、ルナの具合ちょっと悪そうですね」


 エミリアの指摘を聞いて背中の彼女の様子を伺うと、ルナは目を瞑って眠っているようだった。ただ、顔が少し赤い。熱があるのかもしれない。


「今から休ませてくるよ」


 僕は彼女達にそう告げて、ルナを背負ったまま宿の三階にある彼女の部屋に向かう。


 部屋の中に入ると、可愛らしいぬいぐるみや女の子らしい家具が目に入る。


 彼女の性格そのままの可愛らしい部屋だ。僕は意識が朦朧としているルナをベッドの上に寝かせてから、彼女が身に付けていた靴や少し湿っていた上着を脱がせて布団をかぶせる。


「……これで良し……でもちゃんとパジャマに着替えさせた方が良いかな……」


 流石に男の自分が彼女を着替えさせるのは抵抗がある。後で誰かを呼んで代わりにやってもらおう。


「……んぅ」

「……ルナ、目を覚ました?」


 ルナの微かな声を聞いて、僕はベッドで横になる彼女の傍に寄って声を掛ける。


「私、なんで……?」


「覚えてないの……?」


「頭クラクラしちゃって……えっと、何があったんだっけ……?」


 ルナはボーっとした表情で、顔だけこちらに向けて言った。


「橋の上で座ってたルナを僕が見つけて少し話した後、ルナは安心したのかそのまま眠っちゃったんだよ。きっと、緊張し過ぎて疲れたんだと思う」


「緊張……話……えっと………あ」


 それまでボーっとした表情だったルナだったが、ようやく思い出したのか、ただえさえ赤くなっていた顔がさらに真っ赤に染まっていく。


「思い出した?」

「あ、あの……そ、その……」


 ルナは頭から湯気が上がりそうな程顔を真っ赤にして、頭から布団を被ってしまった。


「さ、サクライくん、恥ずかしいからこっち見ないで……」

「気持ちは分かるけど……」


 僕もさっき告白された相手とこんな風に二人きりで居るとすごく恥ずかしい。だけど、今の彼女を一人にしておくわけにもいかないだろう。


「あ、あのね……サクライくん」


「なに?」


「……私の、何処が好きだったの……?」


「……」


 ドキリ、と心臓が跳ねた気がする。


「告白した時、言ってくれたよね……『好きだよ』って……。でも、今、冷静に考えるとなんでそう言ってくれたのか自分でも分からなくて……」


 ルナは、以前から自分にあまり自信がないようだった。彼女は近くにいる女性と自身を比較して劣等感を抱いているのかもしれない。


 外見だけ見ればルナは可愛いけど特段美人というわけじゃない。髪色や目の色だって日本人の自分からすると見慣れたものだ。


 また、彼女は長い間ドラゴンとして生活していたせいで、僕と違って人間としての外見は成長してない。彼女の肉体年齢は中学校時代から止まっており、今の僕よりも幼い状態だ。


ただ、そんな彼女に魅力がないなんてことは絶対ない。


「好きになった部分はいっぱいあるよ」

「え、そうなの!?」


 ルナは驚いたのか、布団から頭を出してこっちを伺ってきた。相変わらず顔は真っ赤だった。


「僕をずっと慕ってくれていた事とか、僕がしたくない事を理解して止めてくれた事や、今でも僕をサクライくんと呼んでくれることとか……」


「……そんなことが?」


「僕からすると、凄く大切な事なんだ」


 彼女の存在が、”桜井鈴”という転生前の僕を強く認識させてくれる。彼女が居なかったら僕は以前の自分を見失って全く別人になってた可能性さえある。


「そうなんだ……」


「……それに今考えると元の世界に居た時、僕もキミの事が気になっていた気がする。あの時、キミを守ろうとしたのは少なからずそういう感情もあったかも……他にも例を挙げるなら―――」


「あ、待って待って……。それ以上言われたら顔から火が出そう……もう降参です、こうさん……」


 ルナは手の平を見せて、降参のポーズを取る。


「……で、でも私が一番ってわけじゃないよね。サクライくん、一応、エミリアちゃんと付き合ってるわけだし……。その、レベッカちゃんにだって……こく……はく……されたんだよ、ね?」


「……知ってたの?」


「あ、ごめん、ごめんなさい、盗み聞きするつもりは全然無かったんだけど!」


 ルナは手をバタバタして必死に言い訳をする。


「大丈夫だよ、別に怒ってないから。というかあんまり暴れちゃ駄目、熱あるかもしれないし」


「うう、ごめぇん……なんか身体が熱っぽいかも」


「今日、かなり寒かったし、多分風邪引いちゃったんだと思うよ。……今、着ている服を早く着替えた方が良いかも……待ってて、誰か呼んでくる」


「え、なんで?」


「僕が脱がせるわけにはいかないし……」


「……そんな事されたら、わたししんじゃう……」


 ルナは、また頭から布団を被ってしまった。そういう素直な反応、凄く可愛いとおもう。


 そんな事を話していると、廊下からスタスタとこちらに誰かが向かってくる足音が聞こえてきた。数秒後、部屋の扉からトントンと叩く音が聞こえた。


「入っていーい?」


 姉さんの声だ。僕が「良いよ」と答えてから、部屋の扉を開ける。扉の前に居た姉さんは、「ありがと」と僕に言ってから部屋の中に入ってきた。


 姉さんは銀色のトレイを両手に持っており、トレイの上には熱を冷ますための氷が入った水差しと、薬の入った陶器のコップ、それに小さな土鍋が乗っていて、彼女はそれをベッドの近くに置いてあった小さい机の上に置いた。


「ほらルナちゃん。とりあえずお薬持ってきたから飲みましょ」


「……はぃ……」


 姉さんに促されて、ルナが布団から顔を出して起き上がる。そして、姉さんは水差しで水を汲んでそれをルナに手渡した。ルナはそれを受け取ってこくこくと少しずつ飲んでいく。


「姉さん、ルナを着替えさせてあげてくれる?

 寒いところにずっと居たみたいだから、服が冷えてると思うんだ」


「分かった。お姉ちゃんが代わりに着替えさせてあげるね」


「よろしくね」


 僕はそう言って部屋を退出しようとする。が、姉さんに「待って」と言われて立ち止まる。


「レイくんも外探し回って身体が冷えてるでしょ?

 すっごい汗かいてるみたいだし……今なら1階の大浴場は誰も居ないと思うから、身体を温めて着替えた方がいいよ」


「そうだね……じゃあ、ルナ。僕は行くね」


「……あ、うん」


 僕は姉さんとルナに軽く手を振ってから部屋の扉を閉めて、宿の大風呂に向かうのだった。


「それじゃあ、ルナちゃん。脱がしちゃうから起き上がってバンザーイして?」


「(完全にお母さんだ……)」


 内心、目の前の女神様にママみを感じながら、ルナは言う通りに従うのだった。

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