第753話 乙女なルナちゃん
レイとレベッカの話を密かに聞いてた者がいた。
「(き、聞いちゃった……二人の話……!)」
ルナである。飛行魔法の練習で王都の中を飛び回っていたルナは、レイ達二人を見つけて興味本位で近くの建物の屋根から様子を伺っていた。
しかし、最初は盗み聞きなどするつもりはなく、期を見て話しかけるつもりでいた。しかし……。
――わたくしと婚姻を結んでくださいませ、レイ様。
レベッカのその一言が、彼女が安易に介入することを躊躇わせた。
「(レベッカちゃん、やっぱりサクライくんの事が……!)」
ルナは以前から彼女がレイに好意を寄せていることは気付いていた。しかし、彼女の方が彼にプロポーズ同然の言葉を贈るなんて誰が想像しただろうか。
だが、二人の話が進むごとに少しだけ風向きが変わってきた。
――ヒストリアは、血を絶やさないために重婚が認められております。
――わたくしの故郷でレイ様は全員と婚姻を結ぶことが可能でございます。
この言葉を聞いて、ルナは閃いた。
「(これ、私にもワンチャンあるんじゃ……?)」
ヒストリアの詳しい文化までは知らなかったルナは、二人の話を聞いて単純に一夫多妻制だと思った。そして、それならば自分もサクライくんのお嫁さんになれるかもしれないと……。
「(いやでも、サクライくんの性格上、複数の女の子と結婚なんてありえないし……)」
そもそもの話、彼は複数の女性と結婚するという考えは持っていないだろう。
彼が他の女性に対してアプローチを受けて戸惑ってる場面は今までも何度か目撃している。もし、最初からハーレム上等な性格ならあんな態度を取らないし、そもそも自分も彼に好意を抱く様な事は無かったと思う。
なので、彼はこれを断るだろう。そう考えていた。が、
「レベッカの話、少し考えてみようと思う」
「うえっ!?!?!?」
彼女の提案を受け入れるとは夢にも思わず、ルナは一瞬驚きで声を上げる。すぐ口を閉じてその場から離れた為、二人に存在を知られることは無かった。
「(ど、どうしよう!? サクライくん、本当に全員と結婚するつもり!? それに、レベッカちゃんの告白も受け入れるって事!?)」
まさかの展開にルナは動揺した。このまま二人の様子を隠れて見ているべきか、それとも一度引くべきか。ルナは焦りながら考える。そして、少し考えて再び二人の傍まで近づいて二人の様子を見守る事した。
すると、レベッカは泣いていて、彼はそんな彼女を優しい目で見つめて抱きしめていた。
――大丈夫だよ、泣かないで。
彼はそう何度も彼女に優しく呟く。そこでルナは気付いたのだ。
「(サクライくん……もしかして、彼女の為に……?)」
彼自身、きっと選択が辛かったのもあるだろう。だけどルナには、彼がレベッカの為にその提案を決断したのではないかと思えた。
「(そっか……サクライくんは優しい人だもんね……)」
そこでルナは確信した。彼は決して悪い人間じゃないと。そして、同時にそんな人間に惹かれてしまう自分もいた。
「(……私、どうしたらいいんだろう……)」
今、彼に告白すれば、自分も受け入れてもらえるかもしれない。だけどもし、彼にとって自分がそこまでの存在じゃなかったら……私は……。
……結局、ルナはこの場で彼に切り出す勇気が無かった。
ルナはその場から飛行魔法で静かに立ち去り、広場の近くの大橋で空を眺めて思いに耽る。
「(サクライくん、レベッカちゃん……私、どうすればいいの?)」
夜になっても悩み続けるルナは、結局答えを出すことが出来なかった。
――ツンツン。
「!!」
そこに、突然背後から背中を指で突かれて肩をビクンと震わせるルナ。
「どうしたの、お嬢さん、こんな所で一人で……お茶でもしない?」
その言葉を聞いて、ルナはナンパだと思った。ルナは慌てて振り向いて叫んだ。
「あ、あの、私そういうのは―――!!」
「あら、残念、ね……」
「え……」
振り返ると、そこには見覚えのある顔があった。
「……み、ミントさん……?」
「うふ、こんばんわ……ルナちゃん?」
ルナに声を掛けたのは、エアリアルの四賢者の唯一の紅一点、ミント・ブリリアントだった。
◆◆◆
【三人称視点】
買い出しを終えて宿に帰ってきたレイとレベッカ。
「帰るの随分遅れちゃったね。姉さん怒ってないかなぁ……?」
レイは意図して明るい声を出してレベッカに声を掛ける。レベッカの目元は涙を流したせいか少しだけ赤くなっていた。
「わたくしの話が長くて申し訳ありません……」
「いいよいいよ、そんなの気にしなくて。でも夕食に間に合うと良いんだけどね」
今回、レイ達が頼まれたのは、今夜の夕食の材料、それと明日の朝食の食材と普段着用の衣服や、エミリアが事前に姉さん頼んでいた調合素材だ。どれもそれなりの量があり、買い物に時間がかかってしまったので、間に合わない可能性があった。
レイ達は足早に宿の門の中に入ってロビーに向かう。すると、そこには心配そうなベルフラウとエミリアの姿があり、僕達が帰ってくると急いでこちらに駆け寄ってきた。
「二人とも、帰ってきたのね!」
ベルフラウはちょっと慌て気味に二人にそう言った。
「ただいま姉さん、もしかして帰ってくるの遅かったかな……?」
「申し訳ありません、ベルフラウ様。夕食の支度であれば、わたくし達もお手伝いいたします」
二人はベルフラウに申し訳なさそうにそう告げる。しかし、ベルフラウと一緒に駆け寄ってきたエミリアは、少し不安げな表情でこう言った。
「二人とも、ルナを見掛けませんでしたか?」
「あの子、あなた達が買い出しに出る前から出掛けてたんだけど、まだ帰ってこないの。ちょっと心配で……」
ベルフラウはそう語る。それを聞いて、僕とレベッカは顔を見合わせた。
「僕は見てないけど……レベッカは?」
「いえ、わたくしも……」
僕達がそう返事をすると、二人はより心配そうな表情をする。
「何処に行ったのかしら……普段は日が沈む前には帰ってくるんだけどね」
「夕方前にはいつも部屋で魔法の勉強をさせてるんですよ。ちゃんと時間を守ってくれる良い子だからこんなの初めてで……」
「もしかして、何か事件にでも巻き込まれたのでしょうか……?」
レベッカの言葉に、一同は沈黙する。
「そうだ。近くに常駐してる兵士さんにお願いして捜索願いを出しましょう」
「……ですね、何かあった時に遅いですから」
二人はそう言って外に出ようとする。レイは少し考えて二人を止める。
「待って二人とも、心配する気持ちは分かるけどもう少し待てば帰ってくるかもしれないよ」
「ですが……」
「僕が外に戻って探してくる。誰かここに残らないとルナが帰ってきた時にすれ違いになっちゃうから皆は宿で待ってて」
レイはベルフラウに買い物袋を手渡して、急いで外に出ていった。残された三人は顔を見合わせて、不安そうな表情でレイが出ていった宿の扉を見つめた。
「私も空の方から捜索してみます。二人はレイの言った通りここで待っててください」
「よろしくね、エミリアちゃん」
「もし事件性があればすぐに戻ってきてくださいまし、エミリア様」
「了解です」
エミリアは二人に返事し、レイに続いて宿を飛び出して行った。残された二人は顔を見合わせる。
「……ルナ様、何処に行かれたのでしょうか……」
「うーん、あの子自身変わった様子無かったし、たまたま帰るのが遅れてるだけだと良いのだけど……」
二人はそんな心配事を呟きながら、不安そうに窓の外を見つめる。暫くして、レベッカは上目遣いでベルフラウにこう言った。
「あ、あの……ベルフラウ様、今日はありがとうございます」
「ん……どうしたの?」
「ベルフラウ様のお陰で、レイ様とゆっくりお話をする機会を得られました」
レベッカのその言葉を聞いて、ベルフラウは目を瞑って口元を緩める。
「……そう。ちゃんと言いたい事、言えた?」
「……はい」
「……それなら良かったわ」
ベルフラウは目を開いて笑みを浮かべる。
そして、二人は静かにルナが戻ってくるのを待つのだった。
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