第772話 愛情の裏返し

【視点:レイ】

 ベルフラウ達が謎の会議をしている頃、レイは―――


「……ん、なんか悪寒がする」


 ここ最近の女難続きで妙な危険を感じる勘が養われたのか、言い様のない悪寒を覚えていた。


「……大丈夫、この悪寒はきっと気のせいだ」


 その寒気を払拭するように、レイは前を向いて子供達の稽古の様子を見守るのだった。


 ちなみに、稽古の場所はフゥリ君のお屋敷の外である。


 以前、この屋敷の中で大立ち回りしたレイがこの屋敷を再び訪れた際は、屋敷の他の人達から敵意の視線を浴びたものだが、フゥリ君が僕に懐いてくれて彼が間に入ってくれたおかげで今は普通にこの屋敷の中をうろつけるようになっていた。


 ただ、ネィル君と遭遇すると大体逃げられてしまう。今だに皆の前で説教したことを根に持たれているのだろうか。


「(……うーん、言い過ぎたかなぁ……でも、あの時はああしないとダメだったし……)」


 今思えばイジメを阻止するにしてももうちょっとやりようがあった気がする。僕が派手に動いたせいで注目を浴びることになってしまったし、ネィル君もそれで自分に視線が集中して羞恥と怒りで逃げ出す結果になってしまった。


 流石にその件に関してはもう和解してるはずなのだけど、未だに顔を合わせると驚かれてしまう。


「(こういう稽古の時にも全く顔を出してくれないし……ちょっとこっちからアプローチを掛けてみようか)」


 僕はそう考えると立ち上がり、手をパンパンと叩く。


「皆、手を止めて。もう1時間続けてるからそろそろ休憩にしても良いよ」


 僕がそう声を掛けると、僕子供達は手に持った木刀を地面に落として、その場で尻餅を付く。


「つっかれたぁ~!」


 体力の限界が近かったフゥリ君はそう大声で言って、同じく疲労が限界近くまで達していたルウ君は無言で何度も頷いていた。


 だが、残る一人のグラット君は立ったまま汗を拭いて二人を見つめて言った。


「二人ともだらしないなぁ、たかが素振りなのに……」


「む、無茶言わないで……グラット君……」


「いや、素振りって滅茶苦茶疲れるだろ……大体、なんでお前はそんな平気そうなんだよ」


「そりゃあ毎日特訓してるからなぁ……」


 この三人、体力に大きな開きがあり、偉大な父と同じく騎士を目指すグラット君は意識的に自主練を繰り返していて、僕が教えていた頃よりも随分と体力が付いているようだ。


 フゥリ君も、魔法学校の身体を使った授業は真面目に受けており、他の生徒たちよりも好成績を出しているとハイネリア先生から聞いている。


 しかしルウ君に関しては授業は真面目に受けていても身体能力はそこまで高くないようだ。三人の中で最も消耗が早かった。


「(最初の頃はそこまで能力差が無かったんだけど、時間が経てばやっぱり差は出来てくるよね……)」


 グラット君もフゥリ君も出会った頃に比べたら体力も付いているし技術も上がっている。ルウ君も彼らには及ばないが一応素振りが出来る程度には力が付いた。以前なら50回振ったところで筋肉痛で動けなくなっていたところなのだから十分な成長と言えるだろう。


「(で、肝心なネィル君はどんな感じなのかな)」


 あの子に関しては、授業に不真面目な態度だったし、運動能力もかなり悪かったはずだ。


「三人はしばらくお屋敷の中で休憩してていいよ。水分補給するなりおやつの時間にするなり自由。ただ、この後もまだ稽古を続けるつもりだから昼食はもうちょっと後にしてね」


 僕はそう三人に言い聞かせる。すると、フゥリ君が立ち上がって近くのメイドから水の入ったボトルを受け取ると一気に飲み干す。


 そして、少しだけ元気が戻ったのか、こちらに振り向いて言った。


「せんせー、オレ、一度外に出てみたいよー! こんな基礎訓練ばっかじゃなくて実戦やりたい!」


 フゥリ君の言葉に同調する様に、まだ体力に余裕がありそうなグラット君は頷きながら言う。


「あ、それは俺もかな。そろそろゴブリンくらいは倒せそうな気がする」


 グラット君は確かに剣の筋がいいし体力も同年代の子供達と比較してもかなりのものだ。自信があるのも仕方ない。


 だが――


「皆に実戦は早すぎる。許可は出来ないよ」

「えー……」


 僕があっさり却下すると、フゥリ君は不満そうに唇を尖らせる。


「そんなに焦らなくても三人共十分に成長してるよ。

 だけど、魔物と戦うのと練習は全く違う。……特にグラット君は能力的な話なら弱い魔物相手ならいい勝負出来るかもだけど、いざ魔物を目の前にして戦えるとは思えない」


 その言葉にムッと来たのかフゥリ君は言い放つ。


「そんなことねぇよ! ゴブリンくらいオレにだって……」


「本当に? フゥリ君は剣の稽古をしてるから自信が付いてるかもだけど、いざ自分と全く姿の異なる異形と対峙して怯まずいられる?」


「う、それは……」


「グラット君にも質問、キミはゴブリンを相手取って100%勝てると思う?」


 僕は会話を聞いていたグラット君に視線を向けて質問する。


「か、勝てるとは思う。だけど……」


「まだ一度も戦ったことが無い……から、自信がないって感じかな?」


「そう、だな」


 僕の言葉にグラット君は肯定する。


「ルウ君も実戦はまだだよね?」


「……はぁ……はぁ……あ、あの……僕にはとても……」


 ルウ君は訊くまでも無かったようだ。


「三人ともよく聞いてほしい。身体能力が上がっても魔法力が上がって魔法が使えるようになっても、三人は魔物に立ち向かえる勇気も経験も足りてない。

 まずキミ達は魔物と戦うという状況に対しての危機感が無い。何の知識もない状態で魔物と戦えば恐怖が勝ってあっけなく殺されてしまう。そうなるのが分かっててキミ達を外に出す事は出来ない」


「「「……」」」


 脅かし過ぎたかもしれないが、これは事実だ。しっかり伝えないといけない。僕が普段よりも厳しく諭すと、三人は俯いて黙り込んでしまう。


「大丈夫、今はまだ肉体も精神もまだ未成熟なだけで、今後鍛錬を続ければ今以上に強くなる。僕が保証するよ」


「……先生」


 僕は三人を励まそうとそう声を掛ける。すると、フゥリ君が顔を上げ、他の二人も顔を上げた。僕は三人に近付いて、三人の頭に手を乗せて頭を撫でる。


「わっ……」


「今はまだ基礎訓練ばかりでつまらないかもだけど、実力が伴ってくれば色んな経験をすることになる。今は先生の言う事を聞いてくれると嬉しいな」


「う、うん……」

「分かった!」

「俺も……」


 僕の言葉に三人はそれぞれ頷いてくれる。僕はそれを見て満足げに頷くのだった。その後、三人は晴れやかな顔で屋敷の外で仲良く日向ぼっこして休憩を始めた。


「……さて、僕は」


 未だに顔を出さないネィル君の所に行こうと考え、屋敷の中に入っていった。


 ◆◆◆


 ――ネィルの部屋にて……。


「フゥリ兄さんたち、あんなところで寝転がって馬鹿みたいに笑って何やってんだろ……」


 僕がこっそりネィル君の部屋に入ると、彼は部屋の窓から外の様子を覗きこんでいた。どうやら、日向ぼっこしているネィル君達を見ているようだ。


「あー、馬鹿馬鹿しい。ボクは二度寝でもしてよ……レイ先生と顔合わせるとどうせロクな事にならないだろうし……」


 そう言ってネィル君は振り向いて自室の大きなベッドに向かおうとする。


「(相変わらずサボり癖が付いてるなぁネィル君……)」


 僕はそう思いながら苦笑いしネィル君を様子を見守っている。


 ……ちなみに、僕もネィル君の部屋の中に居るのだが魔法で隠れてずっと彼の背後に立っている。今、僕と顔を合わすとどうのとか言ってたが、そんなの知った事ではない。


「(さて、どうやって連れ出そうかな……)」


 僕がネィル君の今後について考えていると、彼はふと窓の外を再び見始めた。そして、外ではフゥリ君達が立ちあがって木刀を立ち上がってチャンバラを始めていた。


 どうやらネィル君にもその光景が視界に映ったようだ。


「……皆頑張ってるな……すごい……ルウまで……」

「(おや?)」


 少し意外だった。てっきりネィル君はそっぽを向いて寝てしまうのだろうと思っていたが……どうやらそうでも無いようだ。もしかして興味を持ってくれたのかな?


「ボクももうちょっと才能があれば……」


「いや、才能なんか無くても全然やれると思うけど」


「ひえっ!」


 後ろから声を掛けた僕に、ネィル君はビクッと震えて恐る恐る振り返る。僕は声を掛けた時点で魔法を解いていたので、彼にも姿がちゃんと見えているはずだ。


「れ、レイ先生……!?」


 怯えた様子で後退って、窓に頭をぶつけるネィル君。そんな様子の彼に僕は笑顔を向ける。


「こんにちわ、ネィル君。興味があるなら一緒に参加しない?」


「い、いや……ボクはこの後、社交ダンスの練習と食事のマナーの勉強と、あと色々予定が詰まってて……」


「あっはっは、執事さんにネィル君のこの後の予定もちゃーんと聞いてるよ。今日は特に何もないんだよねー」


「うぐ……っ」


 僕の予定もしっかり把握されてるとは思いもしなかったのだろう。ネィル君は露骨に狼狽えている。おかしい、笑顔なのに何故か怖がられてしまった。


「さ、ネィル君。僕達と一緒に稽古しよう。大丈夫、優しくするから!!」


「う、嘘だ。最初だけ優しくして、後から絶対厳しい事言うつもりだ!! うわーん、誰か助けてー!!!」


 助けを求めて部屋を飛び出そうとするネィル君だが、僕は彼の肩をがっしり手で掴んでそれを阻止する。そして部屋の窓を開けて僕はネィル君の肩を掴んだまま魔法で宙に浮かび空に飛び出す。


「ぎゃああああああああああ!!!」


「みんなー、ネィル君も参加させるつもりだからよろしくねー!!」


「先生の鬼ーー!!!」


 ネィル君の絶叫が空に響き渡る。

 こうして、ネィル君を強制的に参加させることに成功した。


 僕は空中でフゥリ君達に声を掛けると、皆快く受け入れてくれたが、ルウ君だけはネィル君に同情の目線を向けていた。

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