第771話 逃げ場が無くなってきたレイくん

 

 唐突に始まったベルフラウの主催する『第一回 レイくんは私のモノ! 絶対渡さない!!』会議だったが、その実態はベルフラウが今まで秘めてきたレイへの独占欲を爆発させて、レイを自分に依存させるために他の皆を近づけないようにするというものだった。


 これでは話の収拾が付かないと見かねたレベッカは、打開策として自身の故郷の話を始める。


 ベルフラウの話に飽きていた皆はそちらの話に集中するのだった。なお、その間、ベルフラウは居た堪れない気持ちで皆の様子を手持ち無沙汰で窺っていた。


「……というわけでございまして、わたくしの故郷”ヒストリア”では、一夫多妻制が認められております。

 もし、レイ様が皆様の事を想いながらも一人に決められないのであれば……という話を、実は以前にレイ様に少しお話をしてみました」


 レベッカがそうやって自身の故郷の文化を語る中、ノルンは疲れ顔でため息を吐く。


「……なるほどね。以前彼からそれとなく聞いていたことだけど、実際に話を聞いてみると、随分と不味い状況になってるのね、貴女の故郷……」


「おや、レイ様から聞いてらしたのですね。……ええ、そこまでしないと血筋が完全に途絶えてしまう状況でして……」


 レベッカは故郷の景色を思い返すように目を瞑り、やや曇った表情で返事を返す。


「私の意見としてはそれも一つの解決策だとは思うわよ。問題は彼自身がどうしたいか……そして、私達のその意思があるかどうかだけど……ね」


 ノルンは他のメンバーに軽く視線を合わせて呟く。


「確認だけどレベッカちゃん。レイ君にそれを伝えた時、彼は何て言ってた?」


「『考えてみる』……と仰ってくださいました。

 拒否されてしまうかもと内心思っていたのですが……わたくしとしてはそのお言葉だけでも嬉しいものです。

 しかし、まだ彼のお気持ちが定まっていらっしゃらないのでしたら、わたくしは答えが出るまでレイ様に寄り添って見守りたいと思っております」


「そう……」


 レベッカの真っ直ぐな瞳に見つめられて、カレンはそう短く返して押し黙る。


「(私としては複雑ね……もし彼と結ばれるなら、私一人だけを見てほしいと思うし……)」


 口には出来ないが、カレンのレイに対する想いは日増しに強くなっていた。元々はただの保護対象だった彼だが、彼の人柄を知って交流するほど彼の事を放っておけなくなっていった。


 だが、彼を支えるつもりでいた自分が彼に支えられていたことに気付くと、その想いの感情は自分では抑えきれなくなっていた。


「……エミリア、貴女はどう思う?」


 カレンはそう言って押し黙っていたエミリアに質問を投げかける。


「……以前の私なら『二股なんて論外、他の女との関係を清算して出直してきなさい。』……と辛辣に返す所だったのですが……今の私は『家族』として皆と居られるならそれでもいいかなって思いつつあります」


「……家族………そういう考え方もあるわね」


 カレンは目を瞑って三人の人物を脳裏に浮かび上がらせる。

 

 黙り込んだカレンをジッと見て、エミリアはルナに視線を合わせる。


「……ルナはどうですか?」


「え、私?」


 突然自分に質問されたルナは少し慌てたような顔をした後、自身の控えめな胸を手で押さえて気持ちを落ち着かせていた。


「……私はね、レベッカちゃんの話を聞かなければ、自分なんか選んでくれるわけないと思って告白する勇気も出せなかったの。だから、私は反対どころか大賛成だよ」


「……ルナ……あなたはそれでいいんですか?」


「エミリアちゃん。私は二度と会うことが出来ないと思ってたのにこの世界であの人と再会出来たの。それだけで十分な奇跡だと思うのに、その上でもしかしたら彼とこの先もずっと一緒に居られるかもしれない。

 私にとってこれが最後で最大のチャンスじゃないかって思ってるの。もしここで欲を出して、『私以外を見ないでー!』……なんて事を感情任せに口走ってサクライくんを困らせるのは違うかなって……」


「……う」


 ルナのその言葉を聞いて、思いに耽っていたカレンが突然不意を打たれたような声を出す。


「ど、どうしたんですか、カレン?」


「カレンさん、もしかして調子悪いの……?」


「違うの……ルナちゃんの考えが自分と全然違う事に驚いて……そうね……確かに、我儘言って困らせるのは本意じゃないわよね……」


「カレンさん、顔が真っ赤だよ?」


 ルナの指摘通り、カレンは顔を真っ赤にしていた。彼女はどうやら先程のルナの言葉から自身の葛藤を突かれて恥ずかしがっているようだ。


「だ、大丈夫よ……。ええと、あと意見を聞いていないのは……ノルンとベルフラウさんかしらね?」


 カレンは気を取り直して、残る二人に視線を移す。


「カレン様、実は私が語った先程の話はベルフラウ様には承諾済みでございます」


「え、そうなの? でも、さっきまで独占欲ダダ漏れにしてたような……?」


「そ、それはそうだけどね……!

 実際、私はお姉ちゃんとして、レイくんにはおはようからお休みまで、揺り籠から棺桶までずっとずっとずっとレイくんと依存し合って、誰にも邪魔されずにラブラブで過ごしていたいと思ってるけど……」


「「「「「(お、重い……)」」」」」


 ベルフラウを除いた全員が心の中で声を揃えてベルフラウにツッコミを入れる。


「……だけど、レイくんが望んだ場合、話は別……。元々、私は彼と家族になるためにこの異世界に一緒に来たのだから……彼を束縛するつもりなんて毛頭ないわ……」


 先程のテンションと変わってベルフラウは静かにそう答える。


「……ベルフラウさん、そこまで自分を抑えて……」


「……あ、でも機会があれば夜這いして、彼の初めて貰えるといいかなって、ごく偶に思ったりしたりはするけど……」


「「……」」


 ベルフラウの欲望に忠実な言葉にエミリアとカレンは頭を抱える。


「(……カレン、もしベルフラウが何かしそうになったら……)」


「(ええ、その時は全力で彼女を止めましょう……)」


「((レイ(君)の貞操を守るために!!))」


 二人は目で通じ合い、そう固く誓うのだった。


「……ところで、ノルンちゃんの話は聞かないの?」


「……ん」


 ベルフラウに話を振られて、ノルンは小さく声を出す。


「いや、そもそもノルンは別にレイに告白したわけじゃないのでは……?」


「そうね……仲は良さそうだったけど、そんな感じ雰囲気では無かったように思えたのだけど……」


 エミリアとカレンはそう考える。


 だが、ノルンは全く表情を変えずにこう言った。


「私、一昨日彼に告白したわよ」


「え……」


「そ、そうだったの……?」


 衝撃の告白にエミリアとカレンは絶句する。


「何なら、既にデートもした後よ。彼と色々な場所に行ってエスコートしてもらったし、支払いも全部彼が済ませてくれたわ……正直ちょっと申し訳なかったくらい」


 ノルンは無表情ながら若干のドヤ顔を滲ませていった。


「(ね、ねぇ……中身はともかくノルンって外見10歳くらいよね。それなのにレイ君は……)」


「(……だ、大丈夫です。多分、見た目がロリで中身が大人っていうのがレイにドストライクだっただけでしょう……多分……)」


 再びカレンとエミリアは視線だけ交えて会話を交わす。


 エミリアは自分で言っておいて「それはそれで問題なのでは……」と内心思っていたが、それを口にするのは躊躇われた。


「……ええと、それでここまで全員の意見を聞いたわけだけど……」


 ベルフラウは「こほん」と咳払いをしてから、もう一度全員の顔を見渡して発言する。


「皆の話を聞いて私が出した結論としては……」


「……?」


 全員が固唾を飲んで見守る中、ベルフラウはニコッと笑ってこう言った。


「皆レイくんの事が好き過ぎるわね」


「……それ、今更よね」


 ベルフラウの出した結論にカレンは苦笑いで答える。


「結局、レイくんが決断してくれないとどうにもならない話ではあるのだけど……皆はレベッカちゃんの案には賛成って事で良いのかしら?」


 改めてそう質問をすると、まず真っ先に手を挙げて賛成を示したのはノルンとルナだった。続いてレベッカとエミリアが彼女達に遅れて手を挙げる。


 そしてカレンだけは頭の中で自問自答を繰り返して、最終的に彼女の中で色々と妥協した形で手を挙げた。


 ……こうして、レイが居ない間に、彼を取り巻く包囲網が敷かれていったのだった。


「あ、それとね。もう一つ相談があって―――」


 ……だが、お姉ちゃん会議はまだまだ長引きそうだ……。

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