第770話 お姉ちゃん会議

 次の日―――


 微妙に気まずい朝食事を終えたレイ達一行。

 そこに、彼らを尋ねて可愛らしいお客さんが訪ねてきた。


「せんせー、いるー!!」

「レイ先生ー!!」


 宿の外から何人かの子供の大声が聞こえてくる。


「この声は……」


 レイはその声に聞き覚えがあった。


「あの声、もしかしてあの子達じゃないですか?」


 微妙に話しかけづらい雰囲気だったエミリアが僕にそう質問してくる。


「ちょっと見てくるよ」


 エミリアにそう告げて宿の外に出ると、予想通りの顔がありレイを見ると声を掛けてくる。


「お、先生、ようやく出てきた!」


「やっぱり……声で気付いてたけど、グラット君達だったか」


 宿の外からレイを呼んでたのは、彼の教え子である魔法学校の生徒たちだった。


 彼が受け持った”特別新生学科”の男子生徒の三人だった。


 その内の一人の生徒、フゥリは言った。


「先生、今から俺達だけで剣術の稽古をしようと思ってるんだけど、先生付き合ってくれない?」


「実は内緒でやろうと思ってたんだけど、ルウが『ボク達だけじゃ危ないから先生に頼もう』って言ってさー」


 グラットは手に持った竹刀で自身の肩をトントンと叩きながら、ルウを見る。


「あ、あはは……あの、レイ先生、もしお時間があれば…………」


 ルウは遠慮気味に問いかけてくる。

 レイはこういう頼み方をされるとあまり断らない性格だ。


「うん、どうせ今日は暇だから構わないよ。ちょっと準備するから三人共待ってて」


「やった!!」


「良かったねー」


 子供達は大喜びで喜んでいる。その光景を見てレイは嬉しそうな顔をして宿の中に戻っていく。


 そして一旦自分の部屋に戻って着替えて、鞘に納めた聖剣を腰掛けてから姉のベルフラウの部屋に入る。


「姉さん、ちょっと子供達と出掛けてくるね」


「ん、出ていくの? 昼ごはんをどうする?」


「外で何か買って食べるよ。そんなに時間掛からないと思うけど、遅くなるようだったら先に食べてて」


「うん。気を付けて行ってらっしゃい」


「ありがと、じゃあ行ってくるね」


 レイはベルフラウに手を振って部屋を出て、ベルフラウはそれを見送る。


 その後、ベルフラウは自室に戻って窓から宿の外を眺めていると、レイが子供達を連れて町の中に出ていく姿があり、それを微笑みながら見ていた。


「……さて、レイくんが出ていったタイミング……丁度良いわね」


 ベルフラウは何か思いついたようで、部屋を出て正面のエミリアの部屋にノックだけして入る。


 彼女が部屋に入ると、エミリアは椅子に座って古びた分厚い本を読んでいたが、ベルフラウの姿を確認すると本を閉じて言った。


「どうしたんですか?」


「昨日はごめんね、勢いで頬を叩いちゃって……」


「いえ、私が悪かったことですし気にしないでください……貴女に叩かれたお陰で目が醒めた気がしますし……」


「……」


「……それで、要件はそれだけなのですか?」


「あ、いえ他にも要件があるの。通信魔法を使ってカレンさんを呼び出して欲しいんだけど……今、時間大丈夫?」


「構いませんが、何の用事で?」


「後で説明するつもりだけど、カレンさんには”レイくんの事で話がある”って伝えてくれる?」


 ベルフラウはちょっと強調した声でエミリアに言う。


「? 分かりました」


 エミリアは言われた通りに通信魔法を使用してカレンに連絡を取る。そして、ベルフラウの前で通話を行い、了解を得てこの後カレンが来ることになった。


「言われた通りに、カレンを呼びましたが……」


 エミリアは自身の通信魔法を遮断してからベルフラウにそう言った。


「ありがとう。私は今から他の皆を集めるから、1時間後に1階の談話室に集まりましょう」


「え、何をするつもりですか?」


「それはその時に話すわ……じゃ、お姉ちゃん行ってくるわ!!」


 ベルフラウは手を振ってそのままエミリアの部屋を出ていった。


「……何でしょう、ロクな話じゃない気が……」


 残されたエミリアは、少し不安になりつつ、先程外出したばかりのレイが早く帰ってこないだろうかと頭を悩ませるのだった。


 ◆◆◆


 ―――そして、1時間後。談話室にて。


 そこには、ベルフラウを含むいつものメンバーであるエミリア、レベッカ、ルナ、ノルン、カレンの総勢6名の女子が談話室の椅子に座ってテーブルを囲んでいた。


 彼女達はレベッカに用意してもらった紅茶とケーキを和気藹々と食べ終え、そのタイミングでベルフラウが満を持して立ち上がる。


 そして、片手でテーブルをドンと軽く叩き、片手で拡張機型魔道具を掴んで自身の口元に当ててベルフラウは言った。


「では今から、『第一回 レイくんは私のモノ! 絶対渡さない!!』会議を行います!!」


 遠慮なく叫んだため、拡張機型魔道具に大声が反響する。女子たちは耳元を抑えてそのハウリングが終わるまでジッと耐える。


「第一回……会議……で、ございますか」


「……それ、どういう集まりよ……」


「何それ、こわい……」


「………」


 そしてハウリングが終わった後に、ベルフラウの宣言に、各々の反応を示す女の子達。


 エミリアは小声で『やっぱりロクな話じゃなかった……』と呟いていた。



「というわけで、今から会議をするわけですが―――」


 と、ベルフラウは場の空気を読まずに話を続けようとする。しかし、それにカレンがストップを掛ける。


「いや、ちょっと待ってくださるベルフラウさん。そんな事言われても、私達は特に何も聞かされていないのだけど?」


 普段優しい対応をするカレンも、ベルフラウの行動には流石に困惑していた。


「あ、ごめんカレンさん。これから説明するわ」


 しかし、会議は始める気満々なベルフラウ。彼女はカレンに対してこう説明した。


「私はレイくんの事が好き」


「……それは日頃の彼に対してのベタベタな態度で分かりますが、それがこの会議と何の関係が……?」


 カレンは優しく対応するも、それでも疑問符が浮かんでいた。


「つまり、私がレイくんと結婚するのを皆に認めてもらお――」


「解散、みんな解散よ!!」


 ベルフラウが言い切る前に、皆の反応は早かった。


「ちょっと皆!? お姉ちゃんまだちょっとしか言ってないよ!?」


「それだけ言いきったら、大体察せるわよ!!」


 先程までの遠慮がちの口調は何処へやら、カレンは怒り気味に言い返す。そこに、ルナが弱気な表情で手を挙げて小さく質問をする。


「えと、あの……そもそもベルフラウさんとサクライくんは一応、『姉弟』という事になってるんですよね。なら、そもそも結婚とか出来ないんじゃ……」


「義理だからオッケーなのよルナちゃん。そもそもこの世界は地球とルールが違うし地域によって余裕で踏み倒せるわ♪」


「踏み倒しちゃダメだよ!?」


 ベルフラウのぶっちゃけた発言に、ルナもすかさずツッコミを入れる。


「まぁ、そこの所はちょっと置いておいて」


「……置くのね……」


 ノルンはベルフラウの言葉に、何とも言えない表情でそう呟いていた。そんな二人に構わず、ベルフラウは会議を進める。


「実は昨日レイくんと話をしたのよ。その時に、レイくんはしばらく誰とも付き合わないって言ってたの。……多分、昨日のエミリアちゃんとの一件で色々と考えたんでしょうね……」


「……そう、ですか」


 エミリアはそう言いながら、トレードマークのとんがり帽子を深く被って目元を隠す。

 

 ベルフラウは彼女に気を遣ってこう言った。


「エミリアちゃんあくまでこれは私の推測よ。それに他にも皆に告白を受けたことも多分レイくんにとって悩ましいことだったんでしょう。

 彼、元々惚れっぽい性格だし、みんなに告白を受けて時間が欲しくなったんだと思うの。だから、あなた一人が責任を感じる事はないと思うわ」


「……ベルフラウ様の仰る通りでございます、エミリア様」


 エミリアが責任を感じているとベルフラウとレベッカが彼女にそう言って励ます。エミリアは軽く頷いてから、顔を上げた。


「ありがとうございます、ベルフラウ、レベッカ」


「……でも、レイ君はそんな事言ってたのね。私もちょっと焦り過ぎてアプローチが積極的すぎたかしら……」


 カレンはそう言って今までの自分の行いを少し改める。


「……もしかしたら、私の告白が重かったのかな……」


 同じく、ルナは小さく呟く。


「……それで、ベルフラウは私達にこの話をしてどうしたいの?」


 ノルンはベルフラウにそう質問する。


「ひとまず、私がレイくんを全力で励まして私に依存させるようにするから、皆は私に任せてほしいの!!」


「全力で逆方向を行ってるわ!? ちょっと落ち着きなさいよ!」


 カレンはベルフラウの暴走にストップを掛ける。しかし、彼女は止まらない。


「私は落ち着いてるよ!! レイくんはね、私みたいに母性が強くて優しくて慈愛に溢れてて、そして女神な私がピッタリだと思うの。それにレイくんが私一人に対象を絞ってくれたら皆パッピーよね? ね?」


「多分、それでハッピーになるのはベルフラウさんだけだと思いますぅ……」


「……というか、それは本気で言ってるの?」


 ノルンはベルフラウを睨み付けながらそう問いかける。ベルフラウはニッコリと微笑むだけでその問いには答えない。


「……」


 が、ノルンの威圧に耐えられずに、ベルフラウは汗を掻きながら視線を逸らす。


「……はぁぁ……とりあえずベルフラウが私達の誰よりもレイに自分をアピールしたいのは分かりました」


 エミリアはとんがり帽子を元の高さに被り直し、そう言った。


「……なるほど、アナタが妙にテンション上げて私達を無理矢理納得させて押し切ろうとしたのは、最近自分だけ彼に女性としてあまり意識されてないのに、色んな女の子に告白されてる姿を見て焦ったのね」


「……っ!!」


 ノルンに的確な指摘をされてしまい、ベルフラウは椅子から立ち上がって狼狽する。


「ベベベ別に私はそんなつもりじゃなくて……!!」


「……ふむ、ベルフラウ様らしからぬ奇奇怪怪な行動だと疑っておりましたが、ノルン様の指摘でストンと胸の中に落ちました。流石ノルン様、年の功とも呼べる推察力でございます」


「どうも……というか、その言い方はやめて。自分が年寄りだと自覚してしまうわ……」


 レベッカは純粋にノルンの推察力に感心しているのだろうが、ノルンは複雑な心境だった。


「……ふむ、しかしこうなると、やはり例の策を取るしかないのかもしれませんね……」


 レベッカは「ううむ」と年齢に見合わない難しい表情を作ってそう言った。


「例の策……? あ、もしかして……」


 ルナはその”策”の件について思い当たる節があったようで、レベッカに問いかける。


「おや、ルナ様。もしや、レイ様にお聞きしたのでございますか?」


「あ、違う違うの、私、たまたま聞いちゃって……」


「ふむ、そうでございましたか……。……今は、レイ様は不在でございますし、そろそろ皆様に話す時が来たのかもしれませんね……」


 レベッカは、キリッとした顔をして皆の顔を見る。


「……レベッカ、もしやそれは……」


「……はい、エミリア様、お察しの通りございます……」


 エミリアは何かを察したような顔をする。


「皆様、今からわたくしの話を聞いてくださいますか」


 レベッカは最初にそう言って話し始めた。そして、いつの間にか話の主導を取られていたベルフラウは口を挟めずに彼女の話を大人しく聞くことにした。


「これは、わたくしの故郷である”ヒストリア”の独自の文化の話でございますが……」


 レベッカは回想するように目を瞑って、以前レイに話した内容をより詳細に語り始めた。

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