第769話 夜這い失敗

【三人称視点】


 ルナがレイの部屋から出ていき、レイがベッドで瞼を閉じた後――


「………」


 レイが眠りに付いたタイミングを見計らうように、彼の部屋に一人の少女?が入ってくる。


 彼の偽姉……もとい、女神ベルフラウ様である。


「寝てるわね……」

「……」


 ベルフラウは起こさない様にゆっくりと扉を閉めて、彼のベッドの傍にほんの少し腰掛ける。そして彼女は小さく呟く。


「ふふ……可愛い寝顔……」

「……」


 ベルフラウはレイの頭を軽く撫でると、徐々に顔を近づけていく。


 ……そして。


「……ん~」


「いや、僕まだ起きてるから……」


「ひっ!?」


 レイが寝たフリを続けながらそう呟くと、ベルフラウは驚いてその場で飛び退いた。


「れ、レイくん!? なんで起きてるの!?」


 慌てて飛び退きながらも、驚いた表情を無理矢理笑顔で誤魔化す。そんな愛嬌のある姉に呆れつつ、ベッドから起き上がってレイはため息を付く。


「まさかこのタイミングで姉さんに夜這いされるとは……」


「違うのよ、レイくん。お姉ちゃん、ちょっと聞きたいことがあって様子を見に来ただけなの。決して、夜這いなんてしてないわ」


「今、顔近付けて何かしようとしてたような……」


「あははっ、お姉ちゃんがそんなことするわけないじゃない」


 あからさまな愛想笑いを浮かべながら、ベルフラウはベッドから離れる。


「……いいけどぉ」


 レイは少し不満そうに声を出してからベッドから降り、少し前までルナが座っていた椅子に腰掛ける。


「ところでレイくんって露骨にお姉ちゃんにだけ冷たくない?」


「そんな事ないよ。で、話って何?」


「や、やっぱり冷たい……」


 ベルフラウが顔を引き攣らせつつ、レイの対面に腰掛ける。


「えっと、話っていうのはね……レイくんとエミリアちゃんが見つけた”願いの樹”の話よ」


「願いの樹……」


「エミリアちゃんは願いの樹に『死んだご両親と会いたい』って願ったのは下で聞いたけど、レイくんが何を願ったのか聞いてないなーって……」


 ベルフラウがそう意味ありげに質問する。


「確かに言いそびれたかも……でもエミリアと同じだよ」


「って事は、元の世界の美鈴さん達と会ったのね」


 美鈴とはレイの母親の名前の事だ。


「うん。僕が死んだ時と比べてちょっとだけ老けてたけど、元気そうだったよ」


 レイがそう答えると、ベルフラウはあからさまにホッとしたような顔をする。


「……良かった。レイくん、思ったよりも平気そうね……。お姉ちゃん、もしかしたらレイくんが元の世界に帰りたいって喚いてそのまま帰っちゃうんじゃないかと……」


「全く考えなかったわけじゃないけどね……。でも、皆を置いて帰るわけにはいかないし、僕は向こうだともう死んだ人間だから……。

 それでも、二人に会えて本当に良かったよ……これからは二人も元気出して幸せに暮らしてほしいな……」


「……。そうね」


 以前と比べて成長したレイのその言葉に、ベルフラウは嬉しさと残念さが混在した複雑な表情で頷く。


「……それで、願いの樹で二人と何を話したの?」


「こっちの世界で頑張ってるよって報告と、僕を生んでくれてありがとうって感謝の言葉。

 それと、元気出して欲しくて子供でも作ったら?みたいな事も言ったけど……あれは、流石に失敗だったかなぁ……」


 そう語るレイは前向きな表情で、明るく笑っていた。それを見たベルフラウは、これ以上自分から聞くのは野暮だろうと悟った。


「……ふふ。レイくんも逞しくなったね」


「いやぁそれ程でも……でもお母さんたちもそう思ってくれてたら嬉しいな」


 レイが照れ臭そうに頭をかく。


 ベルフラウは自身も笑みを浮かべるが、心の中でベルフラウは考える。


「(……なるほど、<次元転移>と同じような波動を感じたのはレイくんの方のお願いが原因だったのね……)」


 エミリアの願った『死んだ両親と会いたい』という願いは、あくまでこの世界の中で循環するモノである。


 だが、レイの願った『異世界に居る両親に会いたい』という願いは、それよりも遥かに規模が大きく叶えるのも困難な願いだったはず。


「(それほどの願いを叶えるなんて……どう考えても、この世界の『神』が関わってるとしか……)」


 ベルフラウの脳裏に移るのは、二人の女神の顔。


 何も考えて無さそうな褐色巨乳のアホそうな女神と、表情筋が固まってそうな仏頂面の和服女神。


 あの二人のどちらか……あるいは両方が共謀して作ったものが”願いの樹”なのだろう。


「(私に力が残っていれば、あんな女神たちの掌に踊らされずにすんだのに……)」


 ぐぬぬ……と、拳を握りしめて、空想の中の女神二人を睨むベルフラウ。


「どうしたの?」


「……なんでもない」


 レイに声を掛けられて、ハッと我に返るベルフラウ。


 そして、一呼吸置いてから話を切り出した。


「ところでレイくん!!」


「えっ、何、突然大きな声出して……」


「レイくんは、もうエミリアちゃんとそういう関係恋人じゃないって認識でオッケーなのよね?」


 ベルフラウがそう質問するとレイは露骨に不機嫌そうな顔をする。


「……人が傷心だったのに蒸し返さないで欲しかった」


「あ、ごめんね。ただ、今のレイくんは完全フリーって事なのかどうかを確認したかったのよ」


「……いや、まぁ……そう……なのかな……?」


 レイは小声でぼそぼそと呟く。


「……でも、エミリアの事は今でも好きだし、その……姉さんには言ってなかったかもしれないけど、前にカレンさんに告白を受けたり、それ以外にもレベッカやルナにも……」


「(……知ってる……知ってるけど……!)」


 その三人の事は事前に把握していたベルフラウ。しかし、いざ本人の口から言われると色々複雑な感情が入り混じってしまう。


「それに、ノルンにも……」


「(……え、ノルンちゃんも……!?)」


 ベルフラウは驚いたような表情で、レイの言葉に耳を傾ける。


「……ただ、エミリアも含めて、今の僕は一人を選ぼうとは思わない。しばらく誰かと恋人とかそういう関係にはならないつもりでいるよ」


 レイはボソッと「レベッカの話も考えないとダメだし……」と呟く。


「……レイくん。ちょっと質問」


「どうしたの?」


「もし、私がここで『レイくんの事好き好きー!! お姉ちゃんと結婚しよっ!?』……って言ったらどうする?」


「姉さんはいつも似たようなこと言ってた気がするんだけど」


「なん……ですって……!?」


 レイにノータイムで返されたベルフラウは驚愕する。

 レイは若干引いた様子だった。


「お姉ちゃんのこの想い……もしかして届いてなかったの……?」


「いや、届き過ぎて大気圏突入して行方不明になってるくらいだと思うよ」


「嬉しいけど、その表現は嬉しくない!」


 ベルフラウはレイの返答にショックを受けている……ようで、実は少し口元が緩んでいた。


「じゃ、じゃあレイくん、私の事、好き?」


「好きだよ」


 またしてもノータイムで即答。今度はベルフラウも照れた顔をしていた。


「そ、そうよね!私もレイくんの事大好きよ!」


「僕、そろそろ寝るね」


「いや、雰囲気考えて、雰囲気!!!今のはお姉ちゃんとイチャイチャして寝る流れでしょ!!」


 ベルフラウが文句を言うと、レイは気にした様子もなくベッドに移動して横になる。


「じゃあ姉さん、お休み」


「あれ、レイくん? お姉ちゃんの事本当に好きなの? ねぇ、本当?」


「好きだけど、睡眠妨害してくる姉さんは嫌い」


「好き!?お姉ちゃん、レイくんに好きって言われた!!今夜は赤飯ね!!」


「何回も言ってるのに……寝させて……」


 レイが寝息を立て始めると、ベルフラウは腕を組んで首を傾げる。


「……ちょっと待って、ここで私がレイくんの寝込みを襲って既成事実を作り上げれば、皆より一歩リードなんじゃ……」


「……」


 レイは返事をせずに寝息を立てているが、実は普通に聞こえていたのだった。


「(……姉さん、最近本当にはっちゃけてるな……)」


 ”そんな姉さんも好きだけど”、とレイは内心考えながらも、万一襲われた時の為に即座に逃げる心構えだけはしておいたのだった。


 なおベルフラウも流石に良心が働いたのか何事もなく朝を迎えた。

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