第768話 不貞寝するレイくん
エミリアの話が終わった直後の話……。
「……さ、エミリアちゃん。夕食も終わったことだし、今から夕食の片付けをするから手伝ってくれる?」
姉さんは温かい言葉でエミリアにそう話しかける。
「あ、はい……私で良ければ……」
先程まで泣いていたエミリアも、姉さんが気を遣って誘ってくれていることを察してすぐに頷く。
「じゃあ、私達は食器の片付けをしましょうか。皆はまだゆっくりしてていいからねー」
エミリアを誘った姉さんは笑顔でそう言って、テーブルに残っている食べ終えた食器を揃えて持って行こうとする。
「あ、待ってください。実は、もう一つ言わなきゃいけないことがあるのを忘れてました!」
が、突然エミリアが何かを思い出して姉さんにストップをかけた。
「ん? 何?」
姉さんが笑顔でそう尋ねると、エミリアは何故か僕を見た。
「……どうしたの?」
なんだか、ちょっと嫌な予感がする。さっきの話でエミリアが伝えたいことは全部言ったと思ったんだけど、まだ何かあるのだろうか。
「いえ、貴方にちゃんと言わなきゃいけないと思って……」
エミリアはそう言いながら、深呼吸する。エミリアのそんな雰囲気を察して、皆も動きを止めてエミリアを再び注視する。
そして、覚悟を決めたエミリアは言った。
「……レイ、改めて、私はあなたの事が好きになりました」
「!!」
エミリアに何を言われるかと、内心ビクビクしていたのだが、突然そんな頬の緩む様な事を言われて僕は顔が赤くなる。
だが、次のエミリアの言葉で僕を含めた全員の反応が一変することになる。
「……ですが、私が貴方の好意を利用してしまったのは事実です。その件に関して、ちゃんと私は責任を取らないといけないと思います」
さっきの話で丸く収まったと思ったのに、エミリアはそんな事を言う。先程に弛緩したばかりの空気が再びピリつく。
「エミリアちゃん……レイくんはそんな事気にする子じゃないって分かってるでしょ?」
彼女のその言葉に、姉さんの表情が再び曇る。
「……なので、私とレイの関係はここで一度、仕切り直さないといけないと思います」
「……ん?」
エミリアの言葉に、僕は思わず首を傾げる。
彼女の言葉の意図を理解できなかったのは、僕だけでは無いらしく、皆も僕と同様に不思議そうな表情を浮かべていた。
「えと、つまり……?」
「エミリア様、それは一体どういう意味でございますか?」
僕の言葉に重ねるようにレベッカは彼女に問いかけた。
「……つまり」
エミリアは、足元に転がっていたとんがり帽子を拾い上げてとんでもないことを言った。
「私、エミリアは、レイとの恋人関係を解消します!!」
「「!!?」」
「…………は?」
エミリアの言葉に、全員が驚きの声を上げる。
なお、僕は驚きとかそういう次元じゃなくて、完全に固まっていた。
「え、マジですか。エミリアさん?」
驚く皆を尻目に、サクラちゃんが若干引いたように呟く。
「……ちょっと、本気なの?」
他に皆よりも冷静だったカレンさんですらエミリアにそう問いかける。
そんな彼女の問いかけにエミリアは頷いた。
「流石にこんなことやらかして皆の優しさに甘えるわけにはいきません。少し考えて私なりにケジメを付けた結果、こうすることを決めました。
レイの感情に付け込んでしまいましたし、自身にとっても何の処罰を受けずに同じ立場に甘んじるのは耐えられません。
……ですが、レイの事を嫌いになったわけじゃありません。好きなままなのでその点だけは安心してください」
「安心て……あのねぇ……」
エミリアの言葉にカレンさんは呆れたように溜息を付くと、エミリアの頭に軽くチョップを入れる。
「痛っ……! 何するんですかっ、カレン!」
「レイ君、コイツの言葉気にすることないわよ。この子、捻くれてるから」
「どういう意味ですか……私、これでも真面目に考えて出した結論なんですからねっ!!」
「真面目に考えてそれって……アンタねぇ……レイ君の気持ちをちょっとは……レイ君、大丈夫……?」
「……部屋に戻るね」
カレンさんにそう言われてエミリアは怒っていたが、僕はその件に関して完全に思考停止して食堂を出た。
◆◆◆
【三人称視点】
――レイが部屋を出た後、
「ちょっ、レイくん!?」
明らかに落ち込んだ様子のレイを見て思わず、駆け出すベルフラウだったが、夕食の片付けを終えてないことに気付いて彼の背中を追うのを止めた。
「ど、どうしよう……レイくん、かなりショックを受けてたみたいだけど……」
「……放っておいてあげなさいよ」
あたふたするベルフラウをノルンが冷静に窘める。
「嫌われたわけじゃないのは分かってるわけだし、あの子も少し落ち着けばすぐに戻ってくるわよ。むしろ、私達が変に気を使う方が逆効果かもしれないわ」
「それは……まぁ……そうかもしれないけどね……」
ベルフラウはレイの事が気になって仕方のないようだ。
「ベルフラウ様、ひとまず食事の片付けをしましょう。わたくしもお手伝い致します」
「あ、じゃあわたしもー」
「二人とも、ありがとうね……じゃあとっとと終わらせましょう」
レベッカとサクラの協力を得て、ベルフラウは先に片付けを始めてしまう。
「あ、あの……私、ちょっとサクライくんの様子を見てきます!」
すると、ルナは仲間達にそう言って、慌てて彼を追っていった……。
「……あの子に任せておきましょうか」
カレンはため息を付きながらそう言い、エミリアの頭をさっきよりも気持ちに強めに叩く。
「痛い、痛い、ごめんなさいって……!」
被ったとんがり帽子の上から、カレンに何度も叩かれるエミリア。彼女のそのチョップはさっきよりも力が入っていた。
「本当に反省してる? アンタが自分のやったことに責任を感じるのは良いけどね。あの場で一番ショックを受けるのはどう考えもレイ君なことくらい分かりなさいよね……鈍感」
「なっ……!」
「ほら、アンタは早くベルフラウさんと片付けを済ませなさい。もう三人共、部屋を出ていっちゃったわよ」
「いたっ! ……はい」
カレンに窘められて、エミリアは大人しく頷いた。
◆◆◆
――一方、レイの方はというと……。
【視点:レイ】
「はぁぁぁ……………」
レイは自室に戻ってベッドでうつ伏せになって、深いため息を吐いていた。
「まさか、あの流れで振られちゃうなんて……」
エミリアとの恋人関係は、元々自分から告白して始まったものだ。告白してから結構時間が経つ割に、中々関係性が進まず、最近ようやく良い雰囲気になっていた気がしたのだが、こんな形で終局に向かうとは思わなかった。
「エミリアは僕の事が嫌いになったわけじゃないって言ってたけど……」
実際の所、どうなのだろうか?
エミリアは、結果的に僕を利用したという罪悪感からの反省と、彼女自身の感情の整理ということで恋人関係を解消したいと言っていた。
だが、自身に何の落ち度が無かったかというと別の話だ。
「今思うと僕がダメダメだったからこういう結果になったんじゃ……」
そもそも最初に告白した時点で、僕はエミリアとレベッカの両方に感情が散っていてエミリアを呆れさせていた気がする。
それだけじゃなくて、カレンさんと旅をするようになってからはカレンさんと仲良くなろうとしてカレンさんとばかり話をしていたり、その後はルナやノルンとだって色々あったと思う。
更に、最近は色んな人にアプローチを受けて、僕もはっきりとエミリアが一番好きだって言えなかったし……。
「……冷静に考えたら、やっぱ一番問題あったの僕じゃん……!」
結局、僕がエミリアを一番に考えなかったことが一番の問題だろう。
エミリアが怒ったり悲しんだりするのだって当然だ。
「うわー……最低だな……僕って」
こんなの振られて当然だ。エミリアも僕が傷付かないよう、遠回しにああいう言い方をしたのだろう。
「ちょっと引きこもりたくなってきた……」
よし、今日はもうこのまま部屋を出ずに不貞寝しよう。そう思い、レイは頭まで布団を被って無理矢理眠りに入ろうとする。のだが……。
――トントントン。
レイの部屋の扉を外から叩く音が聞こえる。
無視するわけにもいかず、レイは布団を出て扉の施錠を解く。
すると、扉が少しだけ開き、そこからルナが遠慮気味に顔を出した。
「……サクライくん。大丈夫……?」
「大丈夫だよ。もしかして、心配させちゃった……?」
「だって、サクライくんったら、エミリアちゃんにああ言われて、顔を真っ青にしてたんだもん。そりゃあ心配するよぉ……」
「はは……ありがとう……」
僕はエミリアの事がショックで落ち込んでいたけど、ルナや皆は僕を見て心配してくれたようだ。
「とりあえず、部屋入る? もう今日は何もしたくない気分だから、話し相手になってくれれば嬉しい」
僕の部屋に招き入れる。正直、誰かと話した方が気が紛れるかもしれないし。ルナは頷いて部屋に入ると、そのまま扉を閉めた。
そして、自分ベッドに腰掛ける。
ルナはレイの勉強机から椅子だけ持ってきて僕と向かい合わせに座る。
「エミリアの様子はどうだった?」
「カレンさんに何度も頭をチョップで叩かれて反省を促されてたよ。サクライくんの気持ちを考えずに言っちゃった事を反省しなさいって」
ルナは、再現するように自分の頭を叩くフリをしながらそう言った。
「それよりも、サクライくんだよ。突然、あんなこと言われてショックだったよね。ベルフラウさんは特に心配してたよ。本当に平気?」
「んー、まぁ……ショックはショックだけど……結局、自分が悪い部分もあったかなぁって思って反省してる。……で、反省した結果、どうしようもないので不貞寝しようとしてた」
「あはは、サクライくんたら……」
僕の言葉に、ルナが笑う。
良かった、冗談と受け取ってくれたようだ。
あんまり深刻に取られて心配かけても仕方ないもんね。
「でも、エミリアちゃんは絶対サクライくんを嫌いになったりしないと思う。
それはサクライくんの責任というよりも、多分、私達の事を考えて身を引いたのが理由じゃないかなって思ってるよ」
ルナの言葉に、レイは首を傾げる。これは僕とエミリアの問題だと思っていたのだけど、”私達が理由じゃないか”という彼女の言葉の真意が分からなかったのだ。
「それはどういうこと?」
「……多分、エミリアちゃんはこう思ってる。『今回、皆に迷惑を掛けたので私は一旦自分の立場を降りる』……みたいな?」
「自分の立場?」
「うん……多分、私達に遠慮したんだよ」
「遠慮って?」
僕がそう質問すると、ルナは不満そうに口を膨らませながら言った。
「……サクライくんのバカ」
「え」
「分かんないかなぁ……? エミリアさんは、私やレベッカさん、それにカレンさんやノルンちゃん……は、よく分かんないけど、少なからずその……サクライくんに想いを伝えたでしょ?それなのに、私達が遠慮しているのに……その……」
「あー……それって、つまり……」
そこまで言われてようやく僕も気付く。つまり、エミリアは皆に気を使った……と?
「多分ね。要約すると『私に遠慮しないで欲しい』って、私達やサクライくんって言いたかったんじゃないかなぁ」
「……」
……なんとなくだが、そっちがエミリアの本心なのかもしれない、と思った。彼女は、何処か引け目を感じていたように見えたから……。
「だからね、サクライくんはそんなに今回の件は気にすることは無いと思うよ」
ルナはそう言うと、椅子から立ち上がる。
「少しは元気出た?」
「うん、ルナと話したお陰で随分と気持ちが落ち着いたよ」
僕がそう言うと、ルナは「よかった」と言って扉に向かう。
「それじゃ、私行くね。エミリアちゃんも今日は顔合わせ辛いと思うけど、明日は普通に接してあげて」
「うん」
ルナの言葉に僕は頷く。彼女は僕の言葉を聞いて安心したように微笑むと、そのまま部屋を出ていった。
そして、部屋に一人残された僕は……。
「……女の子の気持ちが判んないよぉ……お父さん……」
僕は、少し前に別れを告げた両親の顔を浮かべながら、そのままベッドにダイブするのだった。
――レイ、お父さんも女の子の気持ちはよく分からなかったぞ!だから頑張れ!!
……何故か、お父さんから謎のテレパシーが届いた気がした。
「(お父さん、何の励ましにもなってないよ、それ……)」
僕はため息を吐きながら、そのまま瞼を閉じるのだった。
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