第767話 "改めて"

「「ただいまー!!!」」


 僕とエミリアは二人は、僕達が暮らす宿へと帰ってきた。


「お帰りなさいませ」


「二人とも……ちゃんと帰って来てくれて良かったわ……」


 僕達が帰るとレベッカと姉さんが出迎えてくれた。しかし、姉さんだけは妙に疲れた顔をしており、僕達の顔を見るなり胸を撫で下ろして安心した表情を浮かべる。


「姉さん、どうかしたの?」


「あー、何でもない……後で問い詰めることにしましょう……それよりも、二人が帰ってきたことだし夕食にしましょうか」


 今、ボソッとなんか不穏な事言われた気がする。


「レベッカちゃん、悪いだけどカレンさんを呼んできてくれない? 夕食の用意を手伝ってほしいのよ」


「畏まりました」


 レベッカは姉さんにお願いされて、部屋の奥の方へと歩いていく。


「あれ、カレンさん居るの?」


「うん、久しぶりにご飯を一緒に食べないかって誘ったのよ。何だか浮かない顔をしてたし……ちなみにサクラちゃんも一緒よ」


「そ、そうなんだ……」


 カレンさんが浮かない顔をしてるのは、僕が自意識過剰じゃなければ、多分僕がデートを断ったのが理由だろう。後日、一人で謝罪しにいくつもりだったのだけど、まさか当日の夜に顔を合わせることになりそうだ……。


「……カレンが居るのですね。丁度良いのかもしれません」


「え、何が?」


 エミリアが何らかの覚悟を決めた顔でそんな事を言うものだから、僕は思わず聞き返してしまう。

 心なしかちょっと不穏な気配が漂う。


「まぁ、大丈夫ですよ……少し驚くかもですが……」


「驚くってカレンさんが?」


「いえ、今回の件は全員が驚くと思います……」


 ……ちょっと嫌な予感がしてきた。


 色々質問したいところだがレベッカがカレンさんを連れてきた。僕をデートに誘ってくれた時は、貴族のお嬢様らしく綺麗なドレス姿だったのだが、今は普通の恰好に着替えていた。


「お待たせ……って何よ、その顔……失礼しちゃうわね……」


 僕達と視線があったカレンさんはちょっと不満そうな顔でジト目で睨む。


「……カレンさん、今日はごめんね」


「……ふーんだ」


 カレンさんはプイッと顔を背けて、拗ねたように口を尖らせる。正直、カレンさんが怒ってる顔も凄く可愛いが、そんな事を口に出そうものならここに居る全員に白い目を向けられそうで僕は口を噤んだ。


「レイ、カレンと何かあったんですか?」


「……えーと」


 流石にこの場で言うべきではないなと思って、僕は曖昧に笑って誤魔化すことにした。


 ――そして、久々にカレンさんとサクラちゃんを交えての八人での夕食の時間となった。


 今日のメニューはトマトベースの野菜スープに、鶏肉とキノコの炒め物、それに塩の味付けを加えたパンと付け合わせのサラダ。


 姉さんは以前にもまして料理の腕を上げており、今は僕達も姉さんの料理を楽しみにしていた。


 まずは皆で、”頂きます”と合掌すると、各々のペースで食べ始める。


 最初、僕のせいでカレンさんの機嫌が少し悪そうだったものの、食事を始めるとカレンさんも姉さんの作った食べ物に興味を示して機嫌を良くしていった。


「ねぇベルフラウさん、この料理のレシピ教えてくれないかしら」


「良いわよー」


 僕の正面左端に居るカレンさんと姉さんは、仲良くお互いにレシピを教えあっていて、思ったよりもカレンさんの機嫌がそこまで悪くなさそうだったので、僕は安心していた。


「レイさん、レイさーん」


 そこに、別のテーブルの椅子に座っていたカレンさん大好きなサクラちゃんがこちらを向いて僕に話しかけてきた。


「なに?」


「先輩に聞いたんですけどぉ、先輩のデートの誘いを断ったって話じゃないですかぁ。本当なんですかぁ?」


 今、その話するの!?皆が見てるんですけど!?


「ダメですよー。先輩は実は寂しがり屋だから断ったりしたらわんわん泣いちゃいますよっ」


「ちょっ、サクラ!? 余計な事言わないでよっ!」


 姉さんと話をしていたカレンさんが真っ赤な顔をしてサクラちゃんを止める。


「えー、事実じゃないですかぁ」


「事実じゃないわよ、別に私泣いてないし!! そしてレイ君、こっち見ないで!!」


「ひ、酷い……」


 本当にただ視線を合わせただけなのに……そして、僕の右隣りにいるエミリアの視線が痛い……。


「……レイ、私以外にカレンともデートの誘いを受けてたんですね……」


「あ、いや……その……」


「……後でゆっくり話しましょう」


 エミリアはそう言うと食事の手を再び進める。


 ……怖い。さっきのエミリアの言葉も気になるし、食事が終わった後が不安だ……。


 レイが軽く怯えている時、ルナとノルンは……。


「……サクライくんとデート……羨ましい……」


「……貴女も誘えばいいじゃない、ルナ」


「え!? わ、私が……はぅ……恥ずかしいよ……」


「大丈夫よ。貴女は可愛いんだから、レイなら絶対断らないわ」


「そ、そう……? ノルンちゃんが言うなら……」


「……ふふ、頑張りなさい」


 ノルンがルナにお節介を焼いていた。


「(ノルン……僕が可愛い子ならなんでもいいみたいな言い方しないで……)」


 そして、永遠に食事を終わらせたくないと心で思いながらも無情にも時間は過ぎていく。



 ――そして夕食が終わると……。



「すみません、皆ちょっと手を止めてもらえますか。大事な話があるので……」


 エミリアがそう言うと、全員の視線がエミリアに集まる。


「……ちょっと報告したいことがありまして……」


 エミリアは最初にそう皆に告げてから一度言葉を区切り話し始めた。


「……今日、私とレイは”願いの樹”に願いを叶えてもらいました」


「願いの樹?」


 エミリアの言葉に、皆が首を傾げる。


「暗闇で青くうっすらと光る花を付ける樹でして……。

 発見例が少ないため知らないのも仕方ないです。一般的には、恋人同士がその樹にお願い事をすると、願い通りの夢を見せてくれるという伝説です」


「願いを叶えるなんて、御伽噺みたいな話ね……それで……?」


 エミリアの言葉に姉さんが反応を示す。


「そこで、私は死んだ両親ともう一度会いたいと願いました」


「……っ!」


 エミリアの言葉に、何人かが息を飲む。


「願いは叶ったのです。私の両親……父と母に再会することができました」


 エミリアは目を瞑ってそう語る。そこでレベッカは彼女に問いかける。


「そのような事が……しかし、夢……なのですよね?」


「『夢』です。ですが、”願いの樹”で見た夢は、現実に干渉すると言われています。例えば、もし私がそこでレベッカに会いたいと願った場合、レベッカは強制的に私の夢へと誘われることになります。つまり、私が会った両親は冥界から魂だけ呼び出されて私の前に現れたということです」


 エミリアの言葉に、皆が言葉を失う。


「そんなことが……」


「……死者の魂を呼び出すというのは、古来の儀式でもあった話よ。私も、死者の魂を自身に憑依させて呼び出すという儀式を一度行った事がある。……だけど、あまりそれが良い方向に繋がることは無いから、半ば禁術のように扱われてたのだけどね……」


 ルナの呟きに、ノルンはそう話す。


「……ノルンの言う通り、本来、死者と会うのは褒められた行為ではありません。……ですが、どうしても両親ともう一度話がしたかったのです……。結果的に私は両親に会いたいと願ってしまいました……」


 エミリアは悲しそうな表情で、皆に向かって頭を下げる。

 その様子に、皆は困惑する。


「エミリア、なんで頭を下げるの?」


「……私は、こうやって大勢の仲間と一緒に過ごしていたにも関わらず、ずっと寂しさを感じていました。セレナ姉と再会して私は心から喜んでいたのですが、それでも両親に二度と会えないんだという感情が心に残ったまま過ごしていたんです。

 そして、私なりに魔導書や歴史の本を調べるうちに、”願いの樹”の事を知り、そこで『死者の魂を呼び出して、再び巡り合う事が出来る』という一文を発見しました」


「……まさか、エミリア様……レイ様をデートに誘ったのは……」


 レベッカが信じられないといった表情でエミリアを見つめる。エミリアも、彼女から向けられた厳しい視線を受けて、表情を固くして、懺悔する様に言った。


「……はい、私は自分の願いを叶えるために……相談もせずに行動に移してしまいました。彼をデートに誘ったように見せて自分の願いの為に利用したんです」


「エミリア……」


 つまり、僕はエミリアに騙されていたということになる。だが、不思議と怒りの感情は沸いてこなかった。


「――っ!!」


 だが、姉さんはそうでもなかったようで、突然エミリアの前に怒りの表情で立ち止まり、彼女のその頬を手で叩いた。


「姉さん!?」


 僕は思わずエミリアの前に出て姉さんに詰め寄ろうとするが、僕の手をカレンさんが掴んで動きを止められてしまった。


「なんで止めるの、カレンさん!?」


 僕は少し興奮気味にカレンさんにそう叫ぶ。だが、カレンさんは苦虫を噛み潰したような苦しそうな表情をして僕を見ていた。


「……ごめんなさい、レイ君。でも、ベルフラウさんの気持ちを分かってあげて……。死者との魂を呼び出す儀式ってのは本当に危険な事なの……下手をすれば、あなた達二人は死者に取り込まれて二度と帰れなくなったかもしれないのよ……!」


「……っ!!」


 カレンさんの言葉の意味を理解した僕は、振りほどこうとした手を下に降ろす。そのまま、カレンさんは僕の手を掴んだまま、辛そうな表情で姉さんとエミリアに視線を戻す。


 僕も抵抗を止めて、カレンさんと同じように彼女達に視線を向けた。


「う、うぅ……」


 エミリアは姉さんの頬を叩かれ、それが痛かったのかは分からないが、叩かれた頬を自身の手で押さえて呻く。そして、目の前の姉さんの剣幕に圧されて怯えたように後退る。


 衝動的にエミリアを叩いてしまったのか、姉さんはそんなエミリアの怯えた表情を見て、ハッとした表情をした後、少しだけ落ち着きを取り戻す。


 そしてエミリアの両肩を手で軽く抑えながら、彼女を諭すように落ち着いた声で話し始める。


「……あなた、自分が何をしようとしたのか理解してる?

 死者の魂を呼び出すという事がどういう事なのか、ちゃんと理解したうえでやったの? 下手をすれば、エミリアちゃん自身と、貴女の願いに巻き込まれたレイくんは死者の怨念を受けてまともな状態で居られなくなることだってあるの……!

 今回は無事で済んだみたいだけど、下手をすればあなた達は良くて廃人……下手をすれば殺されていた可能性だってあるのよ!?」


 声を抑えながら冷静に話す姉さんだが、やはり感情を抑えきれないのか徐々に声が大きくなっていく。


「わ、私は……」


 エミリアは、姉さんに厳しく問い質されて言葉を詰まらせる。そして……。


「……ご、……ごめんなさい……わ……わたし……」


 エミリアは自分のやったことの重さを自覚したのか、声を震わせていた。それを見た姉さんは彼女の肩から手を離すと、今度はその両手を握り始める。


「エミリアちゃん……忘れないで。確かに、あなたの両親は死んで蘇ることはない。だけどね、もし貴女の身に何かあってしまったら……残された私達はどうすればいいの……?

 貴女にとって私達はそこまでの存在にはなれなかったのしれない……。でもね、私達にとって貴女は、かけがえのない”家族”なのよ……! お願い……だから、私達を悲しませるような事はしないで……お願いよ……」


 姉さんのその言葉に、エミリアはその場に崩れるように泣き崩れた。


「エミリア様……」


「エミリアちゃん……」


 レベッカとルナは、エミリアの名前を呼びながら、泣き崩れる彼女に寄り添い、泣き止むまで優しく彼女を慰めていた。


「……っ」


 僕はその光景を見て、複雑な気持ちになる。


 ……確かに、カレンさんや姉さんの言葉は正しいのかもしれない。だけど、エミリアだって理解してないわけじゃなかったと思う。


 それだけの覚悟を背負ったうえで、エミリアは死んだ両親二人と会いたかった。彼女は自身にとっての最愛の家族と死に別れた事を今まで立ち直れていなかったのだろう。


 今までそんな素振りを見せなかったのは彼女の心の強さがそうさせたのだろう。だけど、最愛の家族の一人である姉のセレナさんと再会し、そして偶然、両親ともう一度会えるかもしれないという、”願いの樹”を知ってしまったことで、エミリアは我慢が出来なくなってしまったのだろう。


 ……そして、その気持ちは僕も痛いほど分かってしまう。


「(だって、僕もずっとお母さんとお父さんに会いたかったから……)」


 もし、”願いの樹”を知ったのがエミリアじゃなくて僕だったら……。きっと、僕も彼女と同じように行動に移しただろう。


 ……そう思った時、僕の足は自然とエミリアの元へ歩いていた。


「エミリア」


 僕は彼女に声を掛けて手を差し伸べる。


「……レイ、ごめんなさい……私……」


 エミリアは僕の顔を見ると、僕の手を取らずに、罪悪感に苛まれたように表情を歪める。


「……僕は、エミリアの気持ちが分かるから……だから怒ったりしないよ……」


「……でも」


「質問だけど、エミリアは僕を本当に騙していたの? 僕を好きって言ってくれたのは嘘なの?」


「そ、そんな事は……!!」


「ならいいよ。僕は何も騙されていないし、自分の意思でエミリアと一緒に”願いの樹”にお願いをしたんだ。もし、エミリアが悪いことをしたと思ったのなら僕も同罪だ」


「……レイは何も悪くないじゃないですか」


「エミリアがそう言うなら僕もエミリアは何も悪くないって言うよ。皆に心配させたことが悪いっていうなら、それこそ止めなかった僕に責任がある」


 言いながら僕は、腰を下ろして彼女と同じ視線の高さに顔を合わせる。そして、彼女の手を取る。


「”エミリアの願いは決して間違いじゃない”」


「……!!」


「……さ、エミリア。もう、泣かないで立ち上がろう。そんなにワンワン泣いてたら”家族”である僕達も困っちゃうよ」


「……あ」


 僕はエミリアの手を握って立たせようとする。すると、彼女は僕の方を見ながら頬を赤くする。


 そして……彼女は、僕の手を両手で掴んで自分の足で立ちあがった。


「ありがとう、レイ。……皆も……色々、ご迷惑おかけしました……」


 エミリアはそう言いながら、とんがり帽子を頭から外して両手に乗せて軽く頭を下げる。その様子を見て、姉さんもカレンさんも、それに他の皆もホッとした表情になる。


「……私、吹っ切れました。両親の事は自分なりに決着を付けようと思います。皆……私、エミリア・カトレットを、改めてよろしくお願いしますっ……!」


 彼女はそう言うと、もう一度深々と頭を下げる。


「うん、改めてよろしく、エミリア」


 僕は笑顔で彼女にそう言った。そして、他の皆も……。


「……ふふ、改めてよろしくお願い致します、エミリア様」


「私はずっとエミリアちゃんの事を家族と思ってわよ……? でも、改めてよろしくね」


「まぁ、どっちかというと私はライバルって感じだけどね……家族って言ってくれるなら、それも良いわね」


「わたしが話し始めると空気読めないこと言いそうだから黙ってましたけど、ちゃんとここ居ますからね、サクラでーす! エミリアさん、よろしくお願いしまーす!」


「うぅ……エミリアちゃん……私の方こそよろしくね……っ! うぅ……うぇーん……」


「……なんで貴女まで泣いてるのよ、ルナ……。ふふ、仕方のない子達ね……エミリアも、よろしくね。今回の件、ちゃんと反省しないさいな」


 エミリアの決意を聞いて、皆はそう返事をするのだった。

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