第766話 大好きな”家族”
【視点:レイ】
……ふと、レイは思った。
「(……僕のお父さんとお母さんは何処に……?)」
僕もエミリアと同じく両親との再会を願った。それならば、僕の両親もこの空間の何処かに居るはず。
「……探さないと……でも、足が……?」
さっきまで石のようになっていた足が普通に動くようになっていた。
――レイちゃん?
……え?
その声は僕にとって懐かしさを感じる優しいの声だった。僕はその声が聞こえた背後を振り返る。
そこには……僕の最愛の両親の姿があった。
「お母さん……お父さん……」
――レイちゃん、あなたなの……?
――ほ、本当に、レイなのか……? こんなに大きくなって……。
二人は、僕が二人と死に別れた時よりも少し容姿が変わっていた。お母さんは以前よりも痩せており、父さんは髪に白髪が僅かに混じっている。
たった二年の歳月とは思えないほど、僕の知っている二人よりも少し老けて見えた。
「お母さん、お父さん……僕だよ、桜井鈴……だよ……!!」
僕は、目の前の二人に話しかけながら、我慢できずに走り出し二人に抱き付いた。
――レイっ!
――レイちゃん!
二人は僕の名前を呼びながら、僕を抱きとめてくれた。僕は二人を強く抱きしめる。涙が溢れてくる、大好きな二人を前にして、僕は今まで言いたくても言えなかった言葉が溢れてくる。
「ごめん……あんなことで怒って家を飛び出して、僕は……!」
涙が止まらなくなり、嗚咽混じりに謝罪の言葉を呟く。それはずっと言いたかった言葉だ。僕が二人と死に別れた時に言えなかった後悔、それに本当の気持ちを……。
「あんな風に飛び出しちゃったけど、自分が悪いって分かってたんだ。学校に行けなかったのも、誰とも友達になれなかったのも、イジメられて言い返せなかったのも、全部、僕に勇気が無かったからなんだ……」
――レイちゃん……。
――……。
「でも……でもね……聞いてよ、お父さんお母さん!
僕、そっちの世界ではダメダメだったけど、こっちの世界では『勇者』とか『英雄』とか皆に言われて感謝されて……正直自分が一番困惑してるけど、それでも二人に自慢できるくらいに成長できたと思うんだ。……だから……だから……」
――立派になったんだな……お父さん、嬉しいぞ……レイ。
「……うん、僕の事、胸を張って誇れるくらいには……出来たから……だから……!!」
……だから。
「お父さん……お母さん……僕の事は心配しないで………僕の事ばかり、悲しまないで……」
僕の目から溢れる涙が、お父さんの服を濡らしていく。二人は、そんな僕を優しく抱きしめてくれた。
「……大好きだよ。二人とも……僕を生んでくれてありがとう……。僕は、この世界で立派に生きていくから……だから、安心して……」
――……私も、大好きよ。レイちゃん。あなたが生まれてくれて良かった……。
――……お父さんもだ。お前が立派になってくれて誇りに思う……。出来れば、今後成長したお前を見届けたかったが……。
その言葉に、僕は”二人の所に帰りたい”、と叫びたくなった。
でもその言葉は言ってはいけないのだ。
叶わない願いをここで叫んでしまったら、お互いずっと心残りになってしまう。
だから、僕は代わりにこう言った。
「―――そうだ、お母さん、お父さん!」
――……ん?どうした?
――なぁに、レイちゃん?
「今日、子作りしなよ!!」
――ふえっ!?
――ちょ、お前!?何言ってるんだ!?
僕の言葉を聞いた二人は、慌てた様子で僕を引き離した。
「……ゴメン、ちょっと言い方が悪かった。でも、僕は元気に巣立っていったと思って気にしないで欲しいんだ。まだお母さんたちは若いんだし仲良いんだし、二人だけだと寂しいでしょ?」
――あ、あのな……レイ。お父さん、今年で四十だぞ? それにお母さんだって体弱いし……。
――……お母さんは全然、大丈夫……よ。もし、レイちゃんのお願いっていうなら………。
――お母さん!? 子供の前でなんて事を……!
お母さんは、お父さんの袖を引っ張って顔を赤らめている。
「あはは……相変わらず、二人はラブラブなんだね……」
――い、いや……お前とこうして再会するまで、お母さんと一度もそういう雰囲気にならなかったというか……お母さん、足を踏んづけるの止めてくれ!
――お父さんの言ったことは気にしないで。お母さん、レイちゃんと再会出来て活力が湧いて若返ったから!!
「……本当に?」
――うん!嘘じゃないよ!! じゃあ、お父さん。頑張ってね、毎日。
――毎日!?お母さん、それはちょっと……。というか、お前の方はどうなんだ、レイ!?
「え、僕?」
――女神様に聞いて、お前が異世界で暮らしていることは聞いていたが……。
――レイちゃん、彼女とか出来たの?
「あ、いや……その……まぁ……うん」
――おお!やったな、レイ!!
――是非、紹介してほしかったけど、残念ねぇ……。結婚の約束とかした?
「いや、そこまでいってないから!!」
――そうなのぉ?レイちゃん、可愛いから凄くモテそうなんだけどなぁ……。
――レイは俺の息子らしく誠実でイケメンだもんな。いやぁ、俺も若い頃は色んな女性に言い寄られてさぁ……って、お母さん、無言で背中を殴らないでくれ。
――………(怒)
出た。親特有の、『自分の子供は何故かモテると思ってる』という根拠のない考え。
っていうか、お父さんはお母さんに会うまで彼女とか全然出来てなかったって、昔お母さんに聞いた
覚えがあるんだけど見栄を張ったのかな?
”願いの樹”の力で機会を得た両親との再会、家族三人の会話。
だけど、この懐かしくて楽しい時間にも限りがある。
二人の身体が徐々に透けてきた。
おそらく、タイムリミットが迫っているのだろう。
――どうやら、もう時間みたいだな……。
――もっともっと、レイちゃんと一緒に居たかった……でも、レイちゃんが立派になってお母さん嬉しかったわ……。
「……安心した?」
――うん。でも、レイちゃんのもっと成長した姿、見たかったな……。
――おいおい、お母さん。そんな事言ったらレイが困るだろう? それに、あの時みたいに神様にお願いしたら、また会えるかもしれないじゃないか。そうだろ、レイ?
「……うん、そうだね。なんせ、僕の近くには頼もしい女神様が居るんだから」
僕は満面の笑みを浮かべてお母さんを励ます。
――……ありがとう、お父さん……レイちゃん。
――それじゃあな……レイ……身体に気を付けろよ。
――愛してるわ、レイちゃん。
「……うん、僕も大好きだよ」
二人の体がどんどん薄くなっていき、やがて僕の視界から消えた。
「……お母さん、お父さん。幸せにね……」
僕が呟くと同時に、周囲の景色が一変する。先程までの暗く何もない草原から、元の世界の森林へと切り替わっていく。
「……戻ってきたのか、元の場所に……」
周囲は既に暗くなっていた。どうやら、あの空間に居る間にも時間は進んでいたらしい。正面を見ると、少し前まで青い綺麗な花を咲かせていた”願いの樹”の姿はきれいさっぱり消えていた。
願いを叶えて役目を終えた”願いの樹”は力を失い、この世界から消失したのだろう。
「……」
隣を見ると、呆然とした様子のエミリアが立っていた。
「……エミリア」
僕が彼女に呼びかけると、エミリアはこちらをゆっくり振り返る。彼女は生気が抜けたような、何もかもを諦めたような悲しげな表情を浮かべていた。
「……最後に私が『一緒に居たいと』と言ったら、『お前はここに来ちゃダメだ』と両親に言われました……死んだ自分達とこれ以上一緒に居ちゃいけないって……」
「……そっか」
「……私は、ただ両親に会いたかった……。そして、以前のように甘えたかった……でも、最後に拒絶されてしまいました……。レイ、私は間違っていたのでしょうか……」
「……」
……僕には、何も言えなかった。エミリアの悲しみに共感するだけで、彼女を救う言葉を与えることはできない。
それは、彼女自身が立ち直らないといけない事でもある。
死んでしまった両親に今でも居場所を求めている彼女は、僕達と二年間一緒に暮らしていても孤独のままだった。
そんなエミリアに僕が出来るのは、せめて彼女が自分の力で歩き出すまで寄り添う事だけだ。
「(……いや、もう一つある)」
彼女が踏み出せないなら、僕達が彼女の本当の居場所になればいい。
死んでしまった両親の事を忘れるくらい、毎日、僕達と楽しい日々を送ることが出来れば、彼女はきっと今のような孤独じゃなくなるはずだ。
僕は彼女の手を取る。
「……エミリア、行こう。僕達の居場所はここじゃない。エミリアも僕も、他に帰る場所があるはずだよ」
「……帰る場所」
「そうだよ。エミリア達の傍には僕達が居る。……僕達は、これまで色んな経験をして、冒険して、旅をして、恋愛をして、……絆を深め合って、それはもう『家族』と何も変わらないと思う」
「家族……。私は……一人じゃないのでしょうか……?」
「違う。僕達はエミリアの家族だ」
僕はそう断言する。例え、姉のセレナさんが文句を言ったとしても僕はそう言い続ける。
「エミリアは僕の事、好き?」
「好き……ですが……」
「姉さんの事は?」
「……好きです」
「レベッカの事は?」
「……大好きです」
「カレンさんの事は?」
「……色々意識してしまいますが、好きです」
「サクラちゃんは?」
「……時々呆れることもありますが、愛すべき人柄です」
「ルナの事」
「……素直でいい子です。守ってあげたくなります」
「ノルン」
「……見た目以上に頼りになります。思慮深くて、好印象です」
「……ほら、みんなエミリアにとって大切な人じゃないか。そんな大切な人達が、同じ屋根の下で一緒に暮らしてるんだよ。それはもう『家族』だよ」
「……ふふっ……そうかもしれませんね……」
笑った。何もかも諦めて絶望していたエミリアがまた笑ってくれた。なら、大丈夫。
「帰ろう、エミリア」
そう言いながら彼女の手を引く。
「……ええ、私達の家族の元へ」
エミリアも僕の手を握り返して、一緒に歩き出す。
―――そして。
「「ただいまー!!!」」
僕達二人は、僕達が暮らす宿へと帰ってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます