第765話 知らなかった彼女のコト

「願いの樹が……!」

「伝説は本当だったんですね……!」


 レイとエミリアは互いの手を握り、強く願った。


『お父さんとお母さんに会いたい』……その願いを叶えるために……。


 ”願いの樹”


 レイとエミリアは知る由もないが、その樹がこの世に顕現するには一定の条件があった。


 その条件とは、全部で三つ。


 一つ目は、二人の仲睦まじい男女が”自身の能力を超えた強い想い”を抱いていた時。


 二つ目は、その二人の男女は、類稀な強い力で世界に干渉するレベルの善行を為していること。


 三つ目は、その二人の男女の存在を神が認知して許可を出した時……。


 二人の男女の交わる場所の半径二十キロ以内に”願いの樹”が出現する。



 ◆◆◆



 次元の門にて―――



「……のう、ミリクよ。お前が作り出した”願いの樹”、どうやら彼奴ら気付いたようだぞ」


「ぬぉ!? 本当かイリスティリア!! ……というか、許可出したのに、レイ達に伝えておくのすっか

り忘れておったわ」


「……お前という奴は……」


「にゃっはっはっはっ!! しかし、こちらが伝えずとも”願いの樹”を見つけ出すとは、流石、儂の勇者よ!!」


「はぁ……。まぁ、余もお主が作り出した”願いの樹”については以前から気に掛けておったから、今のタイミングで発動して幸いであったな……あと数ヶ月遅れてしまうと消えてしまう所であったぞ」


「うむ! 所で、二人はどんな夢を願ったのじゃ?」


「……ふん、主も分かっておろう」


「……そうか……レイは、両親に会いたいと願ったのじゃな……?」


「どちらも二度と両親と会うことが出来ぬ身……如何に英雄としての力を持ちようと、その精神はまだ子供……。

 特にレイに関しては別れの言葉を告げる時間も無く突然であったからな……。彼は本当は元の世界に帰りたかったのだろうが……」


「うむ……しかしそれは禁じられている事……。ならばせめて短い時間であっても、一度は再会させてやりたかったのじゃ……」


「……阿呆なお前にしては気が利いたものよな」


「お、喧嘩売っとるのか? 買うぞ」


「そういうところが阿呆と言っておるのだ。数百年神様をやっておいて全く成長しておらんの」


「神は完璧だから成長せんのだ!」


「それは見た目だけの話じゃ、ド阿呆が!!!」


 ――一方、レイ達の仲間が宿泊する宿では……。


「―――っ!!」ガシャン!


 ベルフラウは夕食の準備の最中、咄嗟に感じ取った気配に驚いて持っていた食器を床に落としてしまった。


「ベルフラウ様、お怪我はございませんか!?」


「今、凄い音がしたのだけど……」


 そこに、食器が割れる音に気付いたレベッカとノルンがベルフラウの元へ歩み寄ってくる。


「あ……だ、大丈夫……。お姉ちゃん、ちょっとうっかりしてただけだから……」

 ベルフラウは二人に笑みを浮かべ、自分が落とした食器の破片をしゃがんで拾い始める。


「(今感じた波動は……世界への干渉……誰かがこの世界に来るというの……? それか、誰かがこの世界から別の世界へ……? )」


 彼女が感じた波動はこの世界へ転生転移した時の感覚と同じだった。


「ベルフラウ様、わたくしもお手伝いいたします」


「割れた食器の破片を回収する為に袋を持ってくるわ。二人とも怪我をしないようにね」


 そう言ってレベッカとノルンは、ベルフラウの手伝いを始める。


「(……少し様子を見てみましょう。もしかすると”神様”か、その関係者かも知れないわね)」


 破片を拾い終えたベルフラウは立ち上がり虚空を見上げる。


「(……一体、何が起こってるのかしら……)」



【三人称視点:レイ、エミリア】


 レイとエミリアが”願いの樹”に願った後、二人は何処か別の空間に一時的に転移していた。


「……ここは」

「……どこでしょうか?」


 そこは、草原で周囲に何も無く、”願いの樹”は何処にも見当たらなかった。


 先程までの森林とは違う場所で周りには草原以外の何もなく、空も薄暗く天候はまるで嵐の前のような薄暗さを感じた。


「……誰も居ないようだけど」

「……いやそんな筈はないです。少し探索してみましょう」


 エミリアはレイの呟きを否定し、足を踏み出そうとするのだが……。


「……足が動かない」

「……僕もだ」


 二人の足は石になったかのように動かなかった。……しかし。


「……あ」


 エミリアが何かを見つけたのか、吐息と共に声を漏らす。


「エミリア、どうしたの?」

「レイ、見て下さい」


 エミリアが指さす方向を見る。しかし、そこには何もない。


「レイには見えないのですか、あそこに人影が……!」

「……え?」


 レイは目を凝らしてエミリアの指差す方向を凝視する。しかし、やはり人影など何処にもない。怪訝な表情を浮かべる僕。エミリアには自分には見えない何かが見えているのだろうか。


「エミリア、僕には何も見えないんだけど……」

「何故、見えないのですか、あそこに確かに人が………っ!」


 エミリアはレイに話しかけている途中で何かに気付く、そして彼女の表情が驚きと悲しみの表情に染まっていく。


 ――そこにいるのは、ミリー……?

 ――何故、お前がここに……?


「っ!」


 ……エミリアには聞こえた。少し疲れたような中年の女性と男性の声。だが、レイには声も姿も聞こえず見えない。


「……お母さん、お父さん!!」


 エミリアは困惑の声から一転して嬉しそうな声を上げ、駆け出した。


「エミリアっ!?」


 レイも彼女の後を追い駆けるようとするが、やはり足が動かない。何故、エミリアだけ姿が見えるのか、何故彼女が足が動くのかレイには分からなかった。


「エミリアっ! 待って!!」


 レイは声を振り絞って叫ぶが、エミリアは見えない二人の人影に走り寄っていく。


「お母さん! お父さぁん!!」


 エミリアは泣き叫びながら見えない影に縋りつく。エミリアはまるで幼少の子供に戻ったような声で二人に泣き付く。


「お父さん、お母さん……寂しかった……ミリー、寂しかったよぉ……!!」


 ――ミリー……ごめんね、お母さん、先に逝っちゃって……

 ――お前の事を置いて死んでしまって、済まなかった……済まなかった……エミリア……!!


 エミリアは泣きながら影に縋りつく。レイには聞こえないが、彼女の両親もエミリアとの再会に喜び、そして泣いていた。



 だがレイは何が起こっているのか認識できない。何故その姿が見えないのか、もしかしたら彼女は何か悪い存在に騙されているのではないか。


 そんな不安な感情が巻きあがり、必死に足を動かそうともがく。


「くそっ、動けよ!! ……なんで、足が動かないんだ、こんな時にッ!!」


 だが、それでも彼の足は動かない。……そこで、レイはエミリアが言っていた事をふと思い出した。


 ”自分と近しい存在であれば誰とでも再会を果たすことが出来る”


「……そうか……そういう事か……。

 僕は、エミリアの両親と会ったことがないから……」


 彼はエミリアから彼女の両親の事を亡くしたことは聞いている。しかし、当然一度も会ったことが無い。その為、この空間においてレイは彼女の両親を認識することが出来ない。


「……エミリア」


 レイは足を動かすのを止めて、両親と再会したエミリアの今の姿を呆然と見る。


 普段の冷静沈着な彼女と違って、子供のように泣き叫び、「置いて行かないで」と駄々を捏ねるエミリア。今の彼女にいつもの凛々しい雰囲気は無く、幼児退行したように取り乱して泣いている。


 レイ達と接していた時の彼女とは似ても似つかない、とレイは思った。


 以前に彼女の恩師であるハイネリア先生が言っていた事を思い出す。昔のエミリアは今と違って随分と大人しく弱気な子だったと。


「(……ごめん、エミリア。僕はキミの事をずっと勘違いしてたかもしれない)」


 初めて出会った時の彼女は、レイの視点から見れば、凛々しくて強くて優しくてあまりにも頼もしい存在に見えた。身元の分からないレイ達を保護してくれたのも、彼女が責任感の強い性格だからだと思っていた。


 でも、それはきっと間違いだ。

 彼女はいままでずっと心の中に本心を押し留めていたのだ。


「……」


 今は、せめて彼女と両親が再会できたことを喜ぼう。例えそれがほんの僅かな時間だとしても。それが気休めでしかないとしても。


 ……たとえそれが、既に死んだ両親との二度目の別れになるとしても……。それで彼女の心の傷が塞がるのならば……。

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