第764話 エミリアとのデート
その後、僕はエミリアが待つ王宮前の広場の噴水前に向かった。広場に着くと、エミリアが噴水に腰掛けている姿を見つけた。彼女は少し難しい表情をして本を読んでいたようだ。
「エミリア」
「!!」
僕が声を掛けるとエミリアは肩をビクンと震わせて、何故か慌てて本を後ろに回して背中に隠す。僕はその行動にやや困惑しながらも更に言葉を続ける。
「ごめんねエミリア。時間に少し遅れちゃったかも……待った?」
一応ほぼ時間通りのはずだが、エミリアは時間よりも先に宿を出ていた筈だ。どれだけ待たせてしまっていたか分からない。そう思って僕は軽く頭を下げてからそう言った。
すると、エミリアは焦ったような声で言った。
「い……いえ、私も今来た所です!」
「そ、そう……」
「……」「……」
……お互い気まずい沈黙が続いてしまった。
エミリアもデートということで緊張しているのだろう。僕も彼女とこうしてデートすることが殆ど無かったので言葉が出てこない。
僕はこの状況を打破しようと、なんでもいいから話題を振ることにした。
「……さっき、エミリアが読んでた本……一体、何を読んでたの?」
「あ……これですか」
エミリアは背中に隠した本をチラリとこちらに見せる。その本は、今朝、彼女が抱えていた本と同じだった。
「今は気にしないでください。それよりも時間が勿体ないですから早く行きましょう」
「あ……うん、分かった」
僕はエミリアが頷くと彼女が立ち上がり、僕の方に向かってくる。
そして、僕の手を取って「こっちです」と言って歩き出した。
その後、僕達二人は手を繋いだ状態で街の中を巡り歩いていく。
エミリアは事前に何処に行くか決めていたらしく、「次はあそこを曲がって……」とか「あ、違います、そこの路地を曲がるんでした!」と、事細かに道案内をしてくれた。
「(エミリアは何処に行くつもりなんだろう……?)」
徐々に都心から離れていってる気がする。この辺りはあまり人通りの無い場所で僕も滅多に来ない場所なのだ。この方角には、あまり人の手が入っていない自然公園があったはずだが……。
その後、僕の予想通りエミリアは人通りの少ない進路を進んでいき、自然公園の中に入る。しかし彼女はそれでも止まらずに更に奥へ進んでいく。
そして、僕達は木に囲まれた森林の中に踏み入れるのだった。日も高いため森林の中は日に照らされて意外と明るく、風も吹いていないため思ったよりも温かい場所だった。
足元に気を付けながら僕は黙ってエミリアに付いて行く。そして、森林に入って十分くらい歩いたところでエミリアは立ち止まる。
「……着きました、ここです」
立ち止まったエミリアは、目の前を指差しながら僕にそう言った。
僕も彼女に誘導されてそちらの方を見る。
視線の先にあるのは、今まで見たことの無い青い不思議な花が桜のように満開に咲いた大樹だった。
「綺麗な花だけど……これは何の樹なの……?」
「本によると、この樹の名称は”願いの樹”……ごくごく低い確率で偶然生まれることがある、滅多に見られない珍しい樹なのですが……」
「願いの樹……?」
本というのは、さっきエミリアが読んでいた本の事だろうか?
「この樹にはちょっとした伝説がありまして……先日、王都内を散策していた時に偶然この場所を見つけたんです。……どうしても、レイのこの場所の事を知ってほしくて……」
「……そうなんだ」
僕はその”願いの樹”を見つめる。不思議と僕はその樹の不思議な魅力に引き込まれていた。
「……人も近くに居ないようですし、ここに座りましょうか」
エミリアはそう言って彼女が手に持っていた鞄の中からレジャーシートを取り出し、”願いの樹”の正面の地面に広げる。
「所謂、花見ってやつですね……レイも座ってください」
エミリアは、はにかみながらレジャーシートに座ってから被っているとんがり帽子を地面に置くと、空いた場所を手でポンと叩く。僕は頷いてエミリアの指定した場所に腰を下ろす。
「実は私、お弁当を作ってきたんです」
「え、本当?」
エミリアは鞄の中からお弁当箱を二つ取り出して、僕に一つ手渡してくれた。
「前にも言った通り、私はあんまり料理が得意じゃないので、味の方はそんなに保証できないんですが……」
「ううん、ありがとう。すごく嬉しいよ」
エミリアの手料理を食べられるなんて久しぶりだ。僕は少し高揚しながら、お弁当の包みの布を取って蓋を開ける。蓋を取ると、中身は色とりどりの料理で埋め尽くされており、お弁当定番の卵焼きやタコウインナーやミートボールやなどの定番料理。それ以外にもあまり見ない変わった料理や野菜などがぎっしり詰め込まれていた。
「凄い……これ、全部エミリアが作ったの?」
「え……ええ……これ、どうぞ」
エミリアは僕に箸だけ預けて、顔を背けて答える。だけど、背後から見ても首の回りが少し赤くなっていて照れているのが分かってしまう。
よく見ると、彼女の指にはいくつか絆創膏が巻かれていた。もしかして、お弁当を作った時に怪我をしたのだろうか……。
「(僕とデートする為にここまで……)」
……いや、よく考えたら彼女は一度も”デート”という言葉を使っていないのだが、この状況でデート以外に該当する言葉など存在しないだろう。
「(か、可愛い……)」
僕は彼女のそんな可愛さに悶えながら、お弁当に手を付ける。まずは卵焼きから食べよう。
「じゃあ……いただきます」
「は、はい」
僕は一口サイズに切った卵焼きを口の中に入れる。
そして、口の中に広がる卵の甘味と出汁の風味。おそらく、この卵はこの世界特有の鶏に似た鳥から生まれたものだろう。僕の世界ではあまり味わった事の無い味だ。だけど、美味しい。料理の技術に関しては、姉さんに一歩及ばない気がするけど、彼女が一生懸命作ってくれた事を頭の中で想像するだけでさらに美味しく感じられる。
「どう……ですか……?」
卵焼きを味わっていると、エミリアは不安そうに聞いてきた。
僕は口の中の卵焼きを飲み込んだ後、彼女に言う。
「うん!すごく美味しいよ!」
「……良かったです……」
僕が感想を言うと、エミリアはホッと胸を撫で下ろす仕草をする。緊張が解けたのか、エミリアは自分のお弁当の蓋を空けて食べ始めた。彼女のお弁当の中身をよく見ると、僕に渡してくれたお弁当と比べると不格好で焦げた料理がいくつもあった。
多分、上手く出来た方を僕に渡してくれたのだろう。
「(本当に、優しいな……エミリア……)」
そう思いながらエミリアの料理をゆっくりと味わうように噛みしめて、彼女と一緒にお弁当を食べ始めた。
◆◆◆
それから僕とエミリアは、他愛もない雑談をしながらゆっくりとエミリアの手料理を平らげた。
「美味しかったぁ……」
「はい、お粗末様です……ふふ……」
そう言いながらエミリアは僕の口元を触りながらハンカチで拭いてくる。どうやら、お弁当のご飯粒が口元についていたらしい。
「は、恥ずかしい……」
「子供じゃないんですから……慌てて食べ過ぎですよ……あむ」
「あっ」
エミリアは笑いながら僕についたご飯粒を食べて、お弁当箱を手早く片付けて鞄にしまった。代わりに、中にお茶が入った水筒を手渡してきた。
「あ、ありがと……」
「いえ……」
僕はお礼を言いながら受け取る。しかし、手渡してきたエミリアの表情を伺うと顔が真っ赤になっていた。さっき僕の口に付いてたご飯粒を食べたのが理由だろう。
物凄く自然にやったように見えたが、彼女は僕以上に照れていたらしい。エミリアも同じく水筒を取り出して中身を一気飲みする。そして、ボソッと呟いた。
「……慣れないことをしてしまった」
「(いや、聞こえてる!)」
多分、僕以上にエミリアが緊張していたように見える。付き合い始めて初めてのデートだし緊張してるのは僕もだけど、エミリアはなんで急に僕をデートに誘ってくれたんだろう……?。
「(やっぱり、カレンさんの件かな……?)」
あの日、カレンさんが僕に告白してくれて僕はエミリアにそれを正直話したんだ。結果、エミリアは次の日の朝まで怒っていたみたいだけど、それ以降は怒った素振りは無かった。もしかしたら、カレンさんに対抗して……?
「(って、やめやめ! 女の子とデート中に他の女の子の事を考えちゃダメってノルンに言われたばかりなのに……)」
僕は自分の頭を軽く叩いて自分の考えを否定する。
「……レイ、こっち向いてもらえませんか?」
「ん、どうしたの?」
僕はエミリアに呼ばれて振り向くと、エミリアが真剣な表情をして僕を伺っていた。
「エミリア?」
「レイ、一応確認しますけど今でも私の事好きですか?」
「好きだよ」
って、エミリアはいきなり何を聞いてくるんだ……?
「……そ、そうですか………即答されるとは思いませんでしたが……」
エミリアは自分の髪を指でくるくると弄り回しながら、顔をさらに真っ赤にしてそう呟く。
「だって、本当だし……」
「いや、最近カレンに告白されたり、他の女の子にもアプローチを受けていたようなので……」
「……否定はしないよ」
ここ最近、カレンさんを含め、レベッカ、ルナ、ノルンにも告白されたし。だからといってエミリアに対しての想いが消えるわけじゃない。
「勿論、カレンさんや皆の事は大事だし少なからず好意はある。それでもエミリアの事を嫌いになることは絶対に無いし、僕の気持ちは以前から変わってない」
「……そ、そこまではっきり言われると私も照れますけど……。でも良かったです。レイが私を『好き』と言ってくれて……」
エミリアはそう言って立ち上がり、目の前の”願いの樹”を見つめる。その様子に少し不自然さを感じた僕は、彼女と同じように立ち上がり同じように”願いの樹”を見つめる。
「私がここに来た時、この樹の事を軽く説明しましたよね」
「えっと……確か、『ちょっとした伝説がある』って言ってたね。それがどうかしたの……?」
「ええ、この樹……名前で見当が付くかもしれませんが……」
そこまで言ってエミリアは言葉を区切る。
「……実は、この樹の前で両想いの若い男女が告白すると、本人が望む夢を見せてくれる……という伝説があるんですよ」
「夢を……?」
それはまた何ともロマンチックな話だ……。
「例えば、私とレイが『二人だけの世界を見たい』と願えば、その通りの夢を叶えてくれるというわけです」
「……エミリアは僕とそういう夢を見たいの?」
正直、ちょっと恥ずかしいけどエミリアがそれを望むのであれば……。
「いえ、全然」
「おい」
今のフリは何だったのか。
「今のは例えば話ですよ。本当の目的は別にあります。話によると、この夢は”自分と近しい存在であれば誰とでも再会を果たすことが出来る”という噂があるんです」
「どんな人物と……と言っても、所詮夢でしょ?」
「……いえ、違います」
「え?」
エミリアは真剣な目で僕を見て、言った。
「この夢……”願いの樹”が見せる夢は、現実の世界に影響が出るんです。
つまり、この樹の願いで夢見た人物は、向こう側の世界で実際に再会することができるんです」
「……!?」
僕は彼女の言葉に言葉を失う。まさか、そんな夢のような話が……?
「……私、さっきこう言いましたよね。”自分と近しい存在であれば誰とでも再会を果たすことが出来る”……それは生きている人間やこの世界に限った話ではありません。例えば―――もう死んでしまって会えない両親や―――」
「……っ!!」
「―――遠い異世界の人間では不可能では無いのです」
「……」
エミリアのその言葉に、彼女が何を言いたいのか十分に理解出来た。
「それってつまり……死んでしまったエミリアの両親や……僕が元々住んでた世界で暮らしている、僕の両親とも再会できる……ってこと?」
僕の質問に、エミリアはコクンと静かに頷いた。
「お父さんとお母さんに……再会できる……?」
「……はい。私も、もう二度と会えないはずの死んだ両親と会うことが出来ます……」
僕の頭にはこの世界に来てからの出来事がフラッシュバックする。
最愛の父さんと母さんの笑った顔。いつも僕を支えてくれた二人の優しい顔。傷付いた僕を心配そうな目で見つめてくれていた二人の顔……。
……そんな二人と、もう一度……この世界で……会える……?
「……あくまで伝説の話ですが……」
「……っ」
僕の様子を見て、エミリアはそう前置きする。
「ですが……ここで見られる夢は僅かな時間……それに次はありません……この夢は生涯に一度だけなのです……レイ、貴方はどうしたいですか……?」
「……僕は……」
父さんと母さんに会いたい。もう一度会って話したい……だけど……。
「エミリアも……自分の死んだお母さんとお父さんに会いたいの……?」
エミリアは”願いの樹”を見上げながら、言葉を紡ぐ。
「……私は、会いたいです」
「……僕も、お父さんとお母さんに会いたい」
僕とエミリアは”願いの樹”の前で願った。
すると、目の前の”願いの樹”の青い花が光を放ち始める。
「願いの樹が……!」
「伝説は本当だったんですね……!」
僕とエミリアは互いの手を握り、強く願った。
『お父さんとお母さんに会いたい』……その願いを叶えるために。
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