第763話 ノルンの容姿は10歳前後です
「んふふ……いいわねぇ……」
「……」
喫茶店に入ってケーキと紅茶を注文してから、ノルンは購入したサボテンと盆栽を眺めてニヤニヤしていた。
普段、無表情な彼女がここまで表情を緩ませているのは珍しい。よほど気に入ったのだろう。
「よっぽど気に入ったんだね、それ」
「あら、レイにはこの子達の良さが分からない? このサボテンの他人を誰にも寄せ付けない孤高の佇まい。そしてこの盆栽は私の森で過ごした森の住人達と似通った雰囲気を感じるわ。私とこの子が出会ったのは必然だったのよ……」
ノルンがサボテンに頬ずりしながら蕩けた表情で話す。
「(サボテンに孤高を感じるのはノルンだけだと思う……)」
いや、確かに見た目のトゲトゲしさだけ見ればそういう解釈出来なくもないのだけど。
「それより、僕が買ってあげた眼鏡、掛けてくれないの?」
最初のお店で眼鏡を二人揃って購入したのは良いのだけど、ノルンはここまでの道のりで最初に試した時以外ずっと眼鏡ケースに入れたままで付けてくれていない。
盆栽やサボテンを愛でてくれるのはプレゼントした僕としても嬉しい話なのだけど、眼鏡を付けてくれないと僕としては物足りない気分なのだ。
「……ちょっと付けたけど、なんか付けるとクラッとするのよね。眼鏡って全部こんなものなの?」
「伊達眼鏡以外はレンズの中に度が入ってるからね。ノルンの場合、元の視力が低いから多少慣れるまで大変かもしれないけど、あれば便利だと思うよ」
「……どうしてそんなに付けさせたがるのよ?」
「それはもう……」
眼鏡付けてるノルンがより可愛く見えるから、という本音は置いとくとして……。
「ほら、ノルンって視力が低いせいか目を細めがちだし」
「……仕方ないわね」
ノルンはそう言いながらポーチに入れてある眼鏡ケースから購入した眼鏡を取り出す。眼鏡はフレームの目立たないタイプのものでノルンに似合うクールなデザインのモノだ。
当然、僕の買った眼鏡の彼女の眼鏡のデザインと合わせてある。ノルンはケースから眼鏡を取り出して自分の耳にかけて装着する。
「……どう?」
「……!」
僕は眼鏡を掛けたノルンに見惚れる。正直、予想以上の破壊力だった。クールな雰囲気だけど幼い容姿のノルンがちょっと大人っぽく見える。
しかも、そんな背伸びした感じのノルンがまた愛らしさを引き立てている。
「レイ……?」
「可愛い、超かわいいよ、ノルン!!」
あまりの愛らしさに僕は椅子から立ち上がり、弾んだ声を上げてしまった。
「ちょ……静かになさいな……もう……」
「あ、ごめん……」
僕は反省して席に座り直す。
「私も掛けたんだから今度はあなたの番よ」
「あー、うん」
……といっても、僕が掛けたところで特に変わるものはないと思うんだけど。そう思いながら僕のズボンに入れておいた眼鏡を取り出して装着する。
「いいじゃない。ちょっと賢そうに見えるわ」
「そう? 少しは先生っぽく見える?」
「ええ、新任の先生って感じがする。初々しいわね」
「ありがとう。ノルンにそう言ってもらえて嬉しいよ」
自分には似合ってないように思えていたが、褒めてもらえたので少し嬉しい気分になった。
「でも、あなたが魔法学校の先生になるって聞いてちょっと驚いたわ」
「あはは、騎士辞める時にも散々言われたよ」
その時の事を思い出して苦笑する。
あの時は、団長に怪訝な表情をされてたっけ。
「王宮勤めの騎士なのに先生にジョブチェンジするなんてきっと異例ね。それで、勉強の方は上手くいってるの?」
「んー、時間が空いた時に一人で勉強したり、学校まで行ってハイネリア先生の手伝いをしたりしてるんだけど時間が全然足りなくて……来年に教員試験があるらしいんだけど、今のままじゃちょっと厳しいってハイネリア先生にも言われてる」
「魔王討伐が終わらない限り、教員への夢は叶わないかもね」
「そうなんだよね、もどかしいよ……」
僕は溜息を付いて椅子の背もたれに寄りかかった。そんな僕にノルンは目を細めて笑う。
「……でも、貴方は騎士よりも教師の方が向いてるかもしれないわね。貴方の教え子に一度会ってみたいかも……」
「ありがとう、ノルン。……今度、一緒に魔法学校に見学しに行こうか……それならノルンも……」
と、僕が彼女に提案しようとしたところで、喫茶店の窓の外に見覚えのある人物達が通り過ぎていった。
「ノルン、あの子達が僕の教え子だよ」
「え?」
僕の言葉でノルンも窓の方を向く。そこには、おそらくお母さんと思われる大人の女性が三人と……その女性達と手を繋いでいる幼い女の子達の姿があった。
リリエル、メアリー、コレットの三人。彼女達は魔法学校の生徒であり、以前、僕達が解決に導いた誘拐事件の当事者でもある。
「随分と可愛らしい子達ね……それに華やかな衣装……貴族?」
「王都でもかなり有力な貴族の子達だよ」
「へぇ」
少女達三人もだが、そのお母さんたちもドレスのような格好をしている。流石は王都の貴族というところか。そのお母さんの一人はリリエルちゃんのお母さんで、以前に誕生日会に招待された時に会った事がある。相変わらず歳を感じさせない綺麗な人だった。
「あ、女の子の一人がこっちに気付いたみたいよ」
「本当?」
僕が窓から伺うと、確かに女の子の一人……あの中で最年少のメアリーちゃんがこちらに視線を向けていた。
そして、彼女は空いていた片方の手を自分の肩辺りにまで上げて、こちらに手を振って可愛らしい笑顔を向けてくれた。
「天使だ……可愛すぎる……」
「……」
僕が呟くと、ノルンが無言でテーブルの反対側から僕の足を自分の足で踏みつけた。
「あ……痛い……」
「ちょっとイラッとしたからつい……」
ノルンとそんなやり取りをしていると、窓の外の少女達はそのまま過ぎ去って何処かに行ってしまった。
「……ああ、行っちゃった……」
「……貴方、一応私とデート中だってこと忘れてるでしょ……?」
「え、でもあの子達、子供だよ……? さっきの天使……じゃなくてメアリーちゃんに至ってはまだ七歳くらいだし……」
「……」
僕の言葉にノルンがジト目を僕に向ける。僕は無言の圧力と視線に耐えられずに頭を下げる。
「……ごめんなさい」
「……まぁ私ならまだいいけど、他の女の子とのデート中に他の女の子に目を向けるのは止めときなさいよ。嫌われちゃうわ……」
「き、気を付けます……」
「うん、素直に謝れるのは貴方の良いところね……。さて、そろそろ時間じゃないかしら」
ノルンに言われて僕はペンダントを開いて中の時計を確認する。彼女の言った通り、エミリアとのデートの時間まで残り三十分を切っていた。
「ちょっとゆっくりし過ぎたかも……」
「今からなら間に合うわよ。帰りましょうか……」
そう言ってノルンと僕は席を立つ。そして、会計を済ませて店を出て、そのまま僕達の宿へと足を向けたのだった。
「お帰りなさいませ、レイ様、ノルン様」
「ただいまレベッカ」
僕達が宿に戻ると門の辺りでレベッカが待ち構えていた。
「レベッカ、どうしてこんな所に立ってたの?」
「実はエミリア様からレイ様に伝言がございまして……”王宮前の広場の噴水の前で待つ”……と」
レベッカは、エミリアの口調を真似しながら神妙な表情で言った。
「え、一緒に出るんじゃないの?」
「わたくしもそう思って質問したのでございますが……”そちらの方が雰囲気が出るから……”と……エミリア様は既に発っておられますよ」
「そっか……ありがとう、レベッカ」
僕はレベッカに礼を言って、ノルンの方に振り向く。
「それじゃあノルン、僕はエミリアの所に行くけど……あ、その前に買ってきた植物を部屋に置きに行こうか?」
「私の事は気にしないで良いわ。それよりも、彼女を待たせちゃ駄目よ……早く行ってあげなさい?」
「分かった。……じゃあ、今から行ってくる」
「レイ、今日のデート楽しかったわ。また一緒に行きましょう」
「~~っ! う、うん……!」
デートと言われてちょっと恥ずかしくなった僕は、そのまま駆け出してしまった。
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