第762話 彼氏の趣味に合わせるタイプ
【視点:レイ】
眼鏡屋さんを出た後――
「なんかどっと疲れたわ……」
「あのテンションが万人受けしないよね……」
「そうね……正直、もう行きたくないわ……」
ノルンはげっそりとした様子でそう呟いた。僕もあの店員とはもう関わりたくない……。
「だけど、次はノルンの部屋の家具を見に行かないとね」
「そんな事気にしなくていいのに……」
「でもあの部屋のままだと無機質過ぎるよ。ノルン、何か置きたいものとかないの?」
「……じゃあ、植物とか……見てて涼しくなりそうなものが良いわ」
「じゃあ小さな観葉植物……あとは、ベッドは元々あるからカーテンを取り替えて、ノルンのサイズに合った机とか買う?」
「そ、そこまでやらなくていいわよ……お金凄く掛かっちゃうわ」
「僕が出すから気にしなくてもいいのに……」
「年下の男の子に全部出してもらうのは気が引けるのよ……気持ちは嬉しいけど、流石に全部してもらうのは悪いわ……」
ノルンは申し訳なさそうに僕を見ながら言う。ノルン、本当に中身はしっかりした女性だ……。
「分かった……それならお花屋さんと家具屋さんに行ってみようか」
「貴方が言うなら付き合うけど……本当に無理しなくていいからね?」
ノルンはそう言いながら、小さな両手で僕の腕を掴みこちらを見上げながら上目遣いで言った。
「(……う、しっかりした女性なのに、外見が可愛い女の子だからギャップが……!)」
僕はノルンの愛らしい仕草を見てドキッとしながら、頭の中で理性がぐらつくのを感じた。思わず庇護欲が溢れ出て抱きしめたくなってしまう。
勿論、それをやると色々アウトなので理性で必死に抑える。
「……ふぅ、落ち着いた」
「……何を言ってるの?」
ノルンが不思議そうな顔で僕を見る。僕が心の中で理性と格闘していた事など分かるまい……。
「なんでもないよ、それじゃあ行こうか」
「変なの……」
僕は首を傾げるノルンと一緒に家具屋と花屋に向かうのだった。
まずはお花屋さんに向かい、お店の人に挨拶してからノルンと僕の二人で店の中を見回ってみる。
僕が元居た世界に似た花も沢山あるが、中には見たことも無い色の花など色鮮やかな植物などが置かれており飽きることが無かった。
その中で、ノルンが気に入った物は―――
「良いわね…これ……」
腰を下ろして視点を低くしながらノルンは呟いた。気になって僕も背後からノルンが何を見ているのか覗いてみる。すると……。
「……さ、サボテン……?」
「そ、そう。私の部屋には緑が少ないから、こういうのがあるだけで良いわ……」
「(い、意外過ぎる……!)」
まさかノルンがサボテンに興味を示すなんて思わなかった。いや……確かに彼女は植物が好きそうな雰囲気はあったけどさ……。
「……それと、これも良いわね。……この佇まい……私が暮らしていた森の中を彷彿とさせるわ……」
更に、別の植物にも興味が湧いたようだ。さっきのサボテンといい、ノルンが選ぶものがどうしても気になって、再び後ろから覗いてみる。すると……。
「ぼ、盆栽……だと……?」
「……もう、さっきから何なの?」
「い、いや……意外過ぎて……」
ノルンが選んだのは、もう繰り返す必要ないけど『盆栽』だ。
『盆栽』というのは木を小さな鉢に植えて形を作る。元の世界の日本でも歴史の長い物だが、この世界にも同じような物があるとは思わなかった。
しかし、盆栽というのは成長がゆったりしててかなり長い目で見ないと成長を実感できない。あまり若い人が好む植物ではないだろう。
「あ……だから、ノルンが気に入ったのか……」
しつこいようだがノルンは外見は少女だけど中身は大人。むしろそれを通り越して仙人とか神様レベルのお年寄りだ。
彼女は神依木という大樹に身を宿して長い間、森と国を見守り続けていた。その時間たるや千年という膨大な年月だ。それを考えれば、盆栽に必要な年月など彼女にとっては大した時間じゃないだろう。
「決めたわ、レイ。この盆栽とサボテンが欲しいわ」
「ノルンが良いならもう何も言う事ないよ……うん……」
「……なんか引いてない?」
引いてない。予想の斜め上過ぎて思考が追いつかなかっただけだ。
僕は店員さんに声をかけて、二つの植物を購入する旨を伝えた。料金を払った後、店員さんは選んだサボテンと盆栽を崩れないように丁寧に梱包し始める。
「ありがとうございましたー」
僕とノルンは店員さんに見送られて店を出た。
「良い物を買ったわ……」
普段、あまり笑顔を見せないノルンにしてはご機嫌だった。そんなにサボテンと盆栽が気に入ったのか……。
「次は家具屋さんだね」
僕はそうノルンに話して彼女と手を繋いで歩く。そしてしばらく歩いて今日の最後の目的地にたどり着いた。僕は彼女の手を引いてお店の中に入る。
「さて……じゃあ、何を買うかな……」
今回はノルンは遠慮気味だから彼女から要望は特にない。となると僕が彼女の部屋に似合いそうな家具を選択しないといけない。
ノルンは経済的な余裕はないが僕にお金を出してもらうのが悪いと感じているようだ。そう考えると高い物を選ぶわけにはいかないだろう。
……まぁ、高くても本人に言わなければ問題ないということで。
「んー、部屋の中にあったのは汎用的なベッドと飾り気のない椅子や古臭い本棚……正直、全部取り替えたいな……」
「いやそこまでしなくていいってば!」
家具のカタログをペラペラめくりながら呟くとノルンは慌てた様子で僕に言った。
「遠慮しないで、欲しいものがあったら言ってよ」
「無いわよ……もう……」
ノルンはちょっと呆れ気味な様子で僕を見ている。仕方ない、あんまり拘った物は止めておこう。
「じゃあ、無地のカーテンは流石に地味だし別のカーテンを買って、あと壁紙をもっと女の子らしいものに……」
「なんでそんな私の部屋を弄りたがるのよ……?」
「今の部屋がノルンらしくないんだもん。もっと可愛らしい部屋の方が絶対良いっていうか似合うよ」
「私の部屋よ……? 全く、もう好きにしなさいよ……」
ノルンはそう言いながらも口元が緩んでいた。
結局、部屋はシンプルにブラウンのカーテンと、植物の模様の描かれた壁紙を選んだ。それと、ノルンに合ったサイズの机と新しい椅子を慎重。それとタンスなどの収容具を購入。
流石にこれらを全部持ち帰るのは無理だったため、後日家具屋さんが宿に運んでくれることになった。それなり色々買ったためそこそこ値は張るように思えるが、ノルンの要望で最安値の家具を選択したので実際は大した金額が掛かっていない。
満足の行く買い物が出来た僕とノルンは会計を済ませて店を出た。
「……疲れた」
店を出るとノルンがそう呟いた。
「僕は楽しかったけど……」
「あなたは家具を選んでる時、随分と楽しそうな顔をしてたわね……自分の部屋じゃないのに……」
「ノルンに似合う部屋ってどんなのかなって考えると楽しくて……正直、自分の部屋のレイアウト考えるより全然面白かったよ」
「……貴方が気に入ったなら、もう何も言わないわ……」
ノルンはそう言いながらも決して不機嫌な様子では無かった。
「もうそろそろお昼かな」
「そうね、時間も結構経ってると思うわ……」
僕は、首に下げて服の中に隠れているペンダントを取り出して蓋を開ける。これは、以前エミリアにプレゼントしてもらった時間を把握できる魔道具だ。
「意外とまだ時間あるね……」
エミリアとの約束の時間までまだ一時間はある。今から宿に戻ってもかなり時間が余るだろう。ちょっと時間が勿体ない気がする……。
「それなら、何処か休める場所に行きましょう。小腹も空いたし……」
「いいね、なら近くの喫茶店に入ろうか」
ノルンは僕の腕を掴みながら提案をしたので、僕は頷いてノルンの提案に賛成した。そして、数件ある喫茶店からもっとも雰囲気が落ち着いて人が居ないところを選択してお店に入った。
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