第761話 歳の差デート

 これまでのあらすじ。告白ラッシュからのデートのお誘いラッシュで精神的にダメージを受けるレイくんでした。


【視点:レイ】


 断腸の想いでカレンさんとのデートを断った僕は、約束通りノルンと一緒に買い物に出掛けていた。


「……はぁ」


「……さっきからため息ばっかりね……そんなにカレンとのデートに行きたかったの……?」


 僕が何度目か吐いたため息に、ノルンが少し怒ったような声色でそう言った。


「……いやまぁ……カレンさんに悪いことしちゃったなって……」


「気持ちは分かるけど……一応、今は私と『デート』って事になってるのよ。女の子の前で他の女の話を出すものじゃないわ」


「そ、そうだね……ごめん」


 ノルンの言う通りだ。これがデートかどうかってのは置いといて、ノルンに対して滅茶苦茶失礼な態度を取ってしまった。アルフォンス団長辺りに知られたらぶん殴られても文句は言えないだろう。


「(カレンさんにはまた謝るとして、今は彼女の事に集中しないと!)」


 というか僕としては買い物に誘ったつもりなのだけど、ノルンから見たらこれはデートという認識なんだね。冷静に考えると僕が彼女にプレゼントしてあげると誘ったのだから、その認識は間違ってないのかもしれない。


「商業区の一角に眼鏡の専門店があったはず……そこに行こう」


「分かったから、そのお母さんに怒られたような顔止めなさい。別に怒ってないわ」


 ノルンは僕を見て呆れた様子だった。そんな顔してた……? その後、気持ちを立て直した僕は、ノルンと一緒に目的のお店を探して建物の中へと入っていった。


「いらっしゃーせー」


 建物の中に入ると、やたら明るいスマイルを浮かべた20代前半くらいの若い女の人が迎えてくれる。女性は店の宣伝をするかのように黄色い派手めの眼鏡を付けていた。


「今日はどんな要件っすかー、てかここ初めてっすかー?」


「は、初めてです……」


「ヤケに軽いノリの店員ね……」


 ノルンの言う通り、やたらとノリの軽い店員だった。こういったお店にはこういう感じの人がいるのが普通なのだろうか?


「オタクらって、アレっすか。学生同士のデートみたいな……あ、でも片方完全に子供っすね~ウケる―!!」


「……イラッ」


 ヤバい、軽いノリの店員にノルンが苛立ち始めた。


「あの……子供向けの眼鏡を探してるんですけど……」


「は~なるほど、兄妹ってわけっすねー。チャイルド向けの眼鏡はアッチっすよー」


「あ、どうも……」


「……」


 僕が店員にそう言うと、ノルンが僕の隣に来る。そして、小声で僕に耳打ちをした。


「……何よあの人……」


「僕だって知らないよ、もう……」


 近くに来た時に眼鏡屋がある事だけ把握してたのだが、実際に入ったことは無かった。あの店員が居ると知れば、もしかしたら行くのは避けていたかもしれない。


「まぁ良いわ……さっさと適当に選んで帰りましょ……」


「うっ……」


 ノルンの機嫌を完全に損ねちゃったよ……あの店員のせいだ。

 僕はため息を吐きながらさっさと歩きだしたノルンの背中を追う。


 ノルンは眼鏡が沢山置かれているショーケースの前まで進み、そこで立ち止まる。僕は彼女の機嫌がこれ以上悪くならないように祈りながらノルンに似合いそうな眼鏡を探すのだが……。


「ねぇ、レイ。眼鏡の値段と一緒に数字が書かれているのだけど?」


「え、どれどれ……?」


 ノルンに質問されて、ノルンが見ていた眼鏡を覗きこむ。すると、確かに彼女が言ったように値札の横に小さく数字が書かれていた。


「んーと、0.7以上……あ、これ適正視力の事だね。他にもフレームの大きさとかも書いてるよ……」


「そうなの……? 眼鏡って随分と細かいのね……」


「眼鏡ってアクセサリーみたいな感じでデザインにこだわる人も結構居るからね……。んー、これはノルンにはちょっと大きすぎるかも……」


「難しいわ……というか眼鏡って視力を矯正する物じゃないの? そんなデザインに拘ってどうするの……全く、若い子の考えは分からないわ……」


「(もうその発言が完全にお婆ちゃんだよ……)」


 これ以上機嫌を損ねられても困るから口にはしない。だけど、見た目は子供でもノルンはやっぱり大人だと実感する。


「ノルンの視力を測らないといけないよね……ええと、視力の検査もここで受けられると思うんだけど……」


 僕は周囲を見渡す。さっきの店員さんに聞けば、視力の検査をしてもらえるはずだ。


「ど~しったっすかー?」


「あ、店員さん」


 すると、僕の様子に気付いたのかさっきの軽いノリの店員さんが声を掛けてきた。


「今の自分達の視力が分からないので検査してほしいんですが」


「検査? あー、検査なんかしなくても、ほら、そこの魔道具使えば一瞬でパパッと表示されますよん」


 店員さんが指さす方向を見ると、そこには水晶のような透き通った玉が置かれていた。どうやらあれがこのお店の魔道具らしい。


「じゃ、お二人さんドゾドゾ」


 軽いノリの店員に言われるがままに僕とノルンは水晶に手をかざす。すると……。


「……0.1って出たわね」


「僕は、0.8だね……んー、以前に比べて視力落ちたかも……」


 確か、元の世界で測った時は1.0を超えてたはず……もっとも、基準が違うからなんとも言えないけど……。


「店員さん、この視力の基準ってなんですか?」


「1.0あれば全く問題ないっす。0.8くらいでもほぼ問題は無いんすけど、細かい字を読んでると時々ボヤけるかもっすね~」


「……0.1はどれくらいなの?」


「あー、ダメダメっす。眼鏡なしだとフツーに生活に難アリっす」


「そ、そう……」


 どうやらこの世界の視力の適正基準は元の世界と大差ないらしい。


「とりあえず、彼女?妹?さんの方は眼鏡を買った方が良いっすよ。ショーケースに並べてある眼鏡はブカブカだと思うんでフレーム調整必須っすね」


「そう……じゃあ、彼の方は?」


 ノルンの僕の方を見て店員に問いかける。


「そっすねー、0.8ならフツーの仕事とかならそこまで悪影響は無いんすけどー。なんか、細かい物を見る仕事とかします? 例えば、流れ作業的な」


「そういうのは無いですけど……あ、受験勉強……みたいなことはしてます。ちょっと資格を取りたいので」


「なら買った方が良いっすね。度数の軽いやつなら負担も少ないッス」


 店員さんはそう言って僕に合いそうな眼鏡のカタログを取り出そうとする。


「あ、いや、僕は別に……」


 そもそも、今回はノルンの眼鏡を買いに来ただけだ。僕の方は特に買うつもりはない。なのだけど、ノルンが僕の袖を引っ張って言った。


「折角だし、一緒に買いましょうよ」


「んー、まぁ悪くないか……」


 教員資格を取るためにも、目を悪くしない方が良いからなぁ……。


「じゃあ僕も買います」


「決まりッスね。ならとりあえずカタログかケースに並んでる眼鏡を選んでくださいっす。後で度数とフレームのサイズを調整しますんで」


「分かりました」


「おっけ、ならあとはご自由にどぞー」


 店員はそう言うと、僕達の前から去って行った。そして、僕は店員さんが置いていったカタログからどれを選ぼうか悩み始める。


「……折角だし、フレームを合わせてみない?」


 ノルンがそんな事を言った。……なんか彼氏彼女っぽい感じだ。

 彼女の事だから、別に意識はしてないだろうけど……。


「うん、じゃあそうしようか」


 僕も特にコレという感じのイメージが湧かなかったので、とりあえずノルンと相談しながら二人で決めることにした。


 フレームの型を決めると、さっきの軽いノリの店員さんに声を掛けて、僕達に合ったサイズと度数のモノに取り替えてもらう。


 そして調整された物を試してみて問題が無かったので会計をしてもらい料金を支払う。


「あじゃーしたー!!!」

「……どうも」


 店員さんはヘラヘラ笑いながら見送ってくれた。僕達は若干の疲れを感じながらも店を出た。

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