第773話 サプライズ
ベルフラウ主催の『第一回 レイくんは私のモノ! 絶対渡さない!!』会議が秘密裏に行われてから数日経過した頃―――
レイは周りの皆の態度が以前と微妙に変化したことに気付き始めていた。
「なんか最近、皆の僕への扱いが前とちょっと違う気がするんだけど、気のせい?」
食事中、皆の前でとりあえず反応を見るために呟いてみる。
すると、姉さんの肩がビクンと震えた。
「さ、さぁ……お姉ちゃん、別に何もしてないわよー」
その反応は身に覚えがないと出てこない言い回しだ。
「……レベッカ、何か知らない?」
「レイ様、今は食事中でございます。お話は後にいたしましょう」
「え、冷たい……」
普段のレベッカならもっと優しく話を聞こうとしてくれるのに……。
「エミリア」
「……」プイッ
今、全力で目を逸らされた!
「皆、なんか変だよ、僕何かした……?」
流石にこうもあからさまだと僕も動揺を隠せなくなる。何だ、本当に何があったんだ?
「る、ルナ……」
僕は助けを求めるように、隣の席でオドオドしながら食事をしていたルナの手を握って泣き付く。
「さ、サクライくん。だ、駄目なの……私も、言いたいけど言えなくてぇ……」
「なんで!?」
まさかルナも僕に対して隠し事をしていたというのか? すると、急に背後から抑揚の小さい声が聞こえた。
「……レイ、察しなさい」
後ろを振り向くと、ノルンが相変わらず眠そうな表情でこちらを見ながら珈琲を飲んでいた。
「ノルン……」
「落ち込むことはないわ。私も今は話すつもりはないけど、あと数日すればすぐ分かる事……それまで楽しみにしてなさい」
ノルンはそう言って微かに笑う。すると、姉さんが慌てたように言った。
「の、ノルンちゃん、今は余計な事は……!」
「彼だって何が何だか分からないだろうし、誤解されたまま不安にさせちゃダメでしょ……ね、レイ?」
「そ、それは……」
姉さんが急にオロオロし始める。ノルンの言葉にはどこか含みがあるように感じた。
「……もしかして、皆、何か企んでる……?」
「……フフ」
僕の呟きに、ノルンはまた微かに笑った。どうやら僕の考えは間違いじゃないみたいだ。
「ねぇ、何を企んでるのさ……」
「な・い・し・ょ……♪」
悪戯っぽく笑うノルンはとても楽しそうだ。普段は感情を顔に出さない彼女がここまで楽しそうに笑うなんて珍しい事だ。正直かなり可愛いと思った。
「ルナも知ってるの?」
「う、うん……でも口止めされてるから……あ、サクライくん、そんな悲しそうな目で見つめないで……私、言っちゃう、言っちゃいそうになるからぁ~……!」
ルナが何故か今にも泣きそうな様子で僕に訴えかけてくる。
「そ、そう……ごめんね、変な事訊いて」
「うぅ……だ、大丈夫……。……で、でも私、これ以上ここに居るとボロ出しそうだから部屋に戻るね……ごちそうさまぁ~~!」
ルナは最後に両手でポンと手を叩いてから席を立って逃げていった。
「一体何が……」
僕はそう呟いてエミリアとレベッカに視線を向ける。すると、二人も即座に席を立って何処かに行ってしまった。
「……姉さん」
と、姉さんの方を振り返ると、既に姉さんの姿はなく、いつの間にか食器を片付けて台所で一仕事始めていた。
結果、食卓に残ったのは僕とノルンだけになった。
「ノル――」「言わないわよ」
僕が皆の企みについて尋ねようとした時、ノルンが僕の言葉を遮って言った。
「……ケチ」
「なんとでも言いなさい。あと数日の辛抱よ……」
「はいはい、分かったよ」
僕は諦めて席を立って部屋に戻った。
◆◆◆
そして、二日後の朝―――
「ふわぁ……朝か……」
僕はベッドから起き上がり、パジャマのボタンに手を掛ける。そして、着替えながら外の空気を取り入れるために、部屋の中の窓をガラッと開ける。
「今日も良い天気だなぁ……そうだ。今日は皆を誘って何処か外出でも……」
と、思いを巡らしながら外の風景を眺めていると……。
――ストン。
「……ん?」
今、窓の外から何か音がしたような……?
僕はそっと窓から顔出して周囲を調べてみる。すると、外側の木で出来た窓枠に何か長細い物が突き刺さっていた。
「なんだ、これ……?」
僕は興味本位でそれを抜いてみる。すると、それは矢じりの付いた木の矢だった。
「えぇ……?」
こんな朝早くから何処からこんなものが……?
まさか、勇者である僕の命を誰かが狙ってきたのだろうか……。そんな事をするのはそれこそ敵対している魔王軍くらいのものだが……。
「……あれ、これなんか小さく畳んだ紙が結ばれているような……」
矢尻に括りつけられている紙をそっと外してみる。すると、そこにはこう書かれていた。
『レイ様へ通達。これより誰とも会話せずに今すぐ王都の広場の中央の噴水から南に二十歩、その後東に三十五歩の地点に来られたし。
……なお、必ず一人で来ること。もし一人で来なければ、レイ様の大切な財布の中身が大変なことになるであろう……で、ございます』
「うわぁ……」
僕は思わずそんな声が漏れる。書かれている文章のインパクトが強すぎて、それ以外の事があまり頭に入らなかった。
念のため、自分の机に置いてあった自分の財布を手に取ってみた。
「かっる……」
手に取った瞬間、中身が空だと分かるくらい軽い。
僕は財布の中身を見て、紙に書かれていた文章の内容が事実だと悟った。
「……はぁ」
どうしよう。この文章に従うべきか、無視するべきか……。というかこれ書いたの多分レベッカだな……何か字の癖が似てるし……。
……もしかして、数日前に皆が僕によそよそしかったのはこれが理由?
「(何にしろ、財布の中身が人質に取られている以上、行かないといけないか)」
僕はそう思い手早く着替えてから、誰とも会わずにそのまま宿の外に出ていく。
そして、手紙に書いてあった『王都の広場の中央の噴水から南に二十歩、その後東に三十五歩の地点』へ向かう。
「なんでこんな無駄に細かい指示なんだ……」
幸いにも王都の地理は把握しているので迷う事はなかった。そして指示通りの場所に辿り着き、周囲を確認していると……。
「……」
露骨に怪しい黒い文様の魔法陣が地面に描かれていた。
「(移送転移魔法陣……絶対今までこんなの無かったよね……)」
どう考えてもここが目的の場所だろう。もし、レベッカが僕をここに誘導したのだとしたら、決して危ない場所には繋がっていないと思うのだけど……。
「……ええい、悩んでも仕方ない!」
僕はそう言って魔法陣の中に飛び込む。すると、僕の視界が一瞬だけ暗転したかと思うと、次の瞬間には何処か煌びやかな屋敷の中に立っていた。
「(……ここは、確か……)」
僕は周囲を見て見覚えのある風景に驚く。
ここはサイドという王都から遠く離れた街にあるカレンさんの実家のお屋敷の中だ。以前、カレンさんの夢の中にお邪魔した時も似たような光景を目にしているから間違いないだろう。
「とりあえず危険な場所じゃなさそうで安心した……でも、なんでこんな場所に……?」
周囲を見渡しながら屋敷の広い通路の中を歩いていく。すると通路の分かれ道に不自然に立て札が置かれており、『→』という矢印が描かれていた。
明らかに僕への指示の為に置かれた物だろう。
「(『→』の方向に行けって事か……)」
僕はそう考えて矢印に従って歩いて行った。すると、再び分かれ道に立て札が置かれており、そこには『↑』と書かれていた。
そうして、立て札の指示に従っていくと、会食に使われるような広間に辿り着いた。
「……ここは」
僕は広間の大きな扉を開いて中へ入っていく。中は真っ暗だった。
「……あれ、誰も居ないな……」
僕がそう戸惑っていると、突然部屋の電気が付いた。
そして―――
「「「「「「お誕生日おめでとう、レイくーーん!!!!」」」」」」
「えっ!?」
沢山の聞き覚えのある声と共に、パンパンとクラッカーの音が鳴った。そして、部屋の奥にある壁が開いて『レイくん誕生日おめでとう!!』と書かれた大きな横断幕が飛び出した。
「ふふん、驚いた?」
「レイ君、お誕生日おめでとう。約束通り、レイ君の誕生日をお祝いさせてもらうわね……♪」
そう言って現れたのは何故かドレスに着替えた姉さんとカレンさんだった。二人とも煌びやかなドレスや装飾を身に纏っているだけじゃなくて、髪も綺麗に結ってあって、普段よりも更に綺麗だった。
そして、姉さんの背後には、同じようにドレスを身に着けて身だしなみを整えたエミリア、レベッカ、ルナ、ノルン、サクラちゃんとウィンドさん。
他にもカレンさんのお付きのメイドのリーサさんに、カレンさんのご両親や自由騎士団の面々、それ以外にも魔法学校の僕の教え子たちの姿もあった。
「……」
「あ、あれ……反応がない……おーい、レイくーん、アナタの大好きなお姉ちゃんですよー……」
「ちょっと驚かし過ぎたかしら……? レイ君に勘付かれない様にちょっと嗜好を凝らしてみたのだけど……」
姉さんとカレンさんは僕がすぐに反応しなかったせいで、若干慌てた様子だった。
「……そっか、すっかり忘れた……今日は僕の誕生日だったんだ……」
僕はそう呟く。今から一月ほど前、確かにカレンさんは実家に招いて僕の誕生日会を開いていくれると言っていた。
「……あれ、でも確か、王都の方で誕生日会をするって約束じゃなかったっけ?」
僕は自分の記憶違いだろうか、と考えてから質問をする。
すると、カレンさんが「うっ……」と声を詰まらせると、ちょっと申し訳なさそうに両手を胸元でモジモジさせながら言った。
「あ、あのね……はじめはそのつもりだったんだけど、レイ君の誕生日会を開くことを王宮の騎士の皆にバレちゃって、どうせなら盛大にやろうって事に……ごめんなさい」
「お姉ちゃんもレイ君の『家族水入らずで過ごしたい』っていう要望を叶えてあげたかったんだけど、魔法学校のレイ君の生徒たちにも話が伝わって、皆すごく盛り上がっちゃって……。それで、『やっぱり誕生日会も開きたい』って子がかなり出ちゃって……結局こうなっちゃったの……」
カレンさんと姉さんは二人で揃って頭を下げる。
「あはは、なるほど……。でも嬉しいよ……ありがとう……」
確かに、自分の誕生日会に大勢の人が来てくれるのは嬉しいけれど、来賓を大勢招くとどうしても準備や後片付けが大変になる。
その点、家族だけのパーティーならそんな手間も掛からないし、僕もそっちの方が助かるのだが、話が大きくなりすぎて広い場所が必要になって、結局カレンさんの実家にお世話になる形で纏まったみたいだ。
僕が皆の苦労している様子を想像しながら笑っていると、姉さんが「コホン」と咳払いする。そして、皆を代表する様に前に出て言った。
「……改めて。レイくん、お誕生日おめでとう……! これからも皆と一緒に末永く一緒に過ごしましょうね……!!」
「……うん、姉さん。皆も、これからもよろしくね」
そして、再びクラッカーの音が周囲に響き渡り、何処かから誕生日などで使われそうな音楽が流れだした。おそらく、音声魔法による音楽の再生だろう。
その後、僕が入ってきた扉が開かれ、そこからこの屋敷のメイドさんが沢山入ってきて、沢山の料理が運ばれてくる。
「さ、レイくん! 今日は私と一緒にいっぱい楽しみましょう!」
――そうして僕はこの日、皆と夜遅くなるまでずっと誕生日パーティーを楽しんだ。
「皆、本当にありがとう!!」
そうして僕は心からの笑顔を浮かべる事が出来たのだった。
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