第419話 謎技術

 潜水艦の中に入ると、そこには既に女の子達が椅子に座って待機していた。椅子といっても小さなソファーの形の長椅子に三人がぎゅうぎゅう詰めで座っており、エミリアのみ前の席に座っている。


 中は薄暗いものの、僅かな光でなんとか見渡すことが出来た。歩き回れる広さではなく狭い。そして、狭い空間のせいか蒸し暑く、息苦しかった。


「……あれ、僕の席なくない?」

 既に4つあった席は埋まっており、僕は現状狭い空間で立ち往生している。


「レイ様、わたくしの代わりにお座りになりますか?」

「え……あ、いや、良いよ」

 小柄なレベッカならまだしも、僕が入ると窮屈だろう。

 僕が遠慮すると、レベッカは残念そうに自分の隣のスペースを空けてくれた。


「それでは、どうぞこちらへ」

「ありがとう……」

 僕は空いたスペースに腰掛ける。


「それで、これからどうやって動くのかな」

 僕がそう呟くと、渡されたイヤリングが勝手に起動して通信魔法が発動する。


 ついさっき別れたばかりのウィンドさんの声が、船内に響く。

『起動方法ですが……操舵手のエミリアさん、説明はちゃんと聞いてましたか?』


「大丈夫ですよ、大体は理解しましたから」

 エミリアはそう返事をしながら、自分が被っていたとんがり帽子を、後ろの椅子に座っているベルフラウ姉さんに手渡す。


「では行きます……<魔力発動>スタート

 エミリアは、手元の舵を手に掛けると同時に魔法を発動させる。すると、潜水艦全体が少し明るくなり、手前のスクリーンに外の映像が表示される。


「おぉ、すごい……これ、映像魔法ですか?」

『そうです、この潜水艦は色々な魔道具の技術を集めて作ったものですから、その辺の魔道具よりもよほど高性能ですよ』


 ウィンドさんの言葉を聞きながら、僕は改めて目の前の光景を見つめる。

 今、僕達が見ているのは、海中の様子。モニターに映し出された映像を見ていると、まるで自分が海の中にいるような錯覚に陥る。


「……これが、海の景色」

 僕は、今まで生きていて海の中を泳いだ経験が無い。

 だから、異世界とはいえこれが初めて僕が見る海の中の光景だった。


「綺麗ですね……」

 隣にいるレベッカは、そう言いながら目を輝かせている。


「さて、動かしますよ……」

 エミリアは深呼吸しながら、舵を操作し始める。

 エミリアの操縦に従い潜水艦が動き始めて、少しずつ海の底へ潜っていく。

 進むにつれ、画面には魚のような生き物の姿が見えるようになる。


 そして、深海に潜っていくと雑音が消えて、明かりに照らされてるにも関わらず船内は暗くなっていく。映像魔法に映る外の光景も、さきほどまでは青々とした海の光景だったものが、徐々に暗い色に染まっていく。


「真っ暗だね」

「海の底ってこんなに暗いんですね」

 サクラちゃんの素朴な感想に、僕は頷いて言った。


「光の届かない深い場所はいつも夜みたいに暗いらしいよ」

「へぇー、じゃあお魚さんはいつもこんな暗い中で過ごしてるんですね」

「深海魚はそうかもしれないけど、普通の魚はもっと上の方で泳いでるんじゃないかな。こんなに深い場所だと、餌を取るのにも一苦労だろうなぁ」 


 ……というか、こんな暗い中でどうやって進めばいいのだろうか。


「エミリア、こんなに暗いのにどうやって目的の場所に移動するの?」

「エミリアさん、ライトを使うんですよね?」

 僕とサクラちゃんがそう質問すると、エミリアは首を縦に振って応える。


「少し待っててください」

 そう言いながら、エミリアは手元のスイッチを操作する。

 すると、外の様子が少しだけ明るくなる。しかし、それだけだと視界が悪すぎる。

 何せ映像魔法で映し出されてるのは前方のみだ。後方や自分達の足元に何があるのかすら見えない。もし障害物があったとしても把握できない。

 

「レイ様、潜水艦というのはこれほど窮屈なものなのでしょうか?」

「う、うーん……僕も良く知ってるわけじゃないから……」

 レベッカの質問に、僕は困った笑みを浮かべながら答える。


「それにしてもエミリアさん、こんなぼんやりとした明かりだけで進めるんですか?」

「いえ、問題ないです」

 エミリアは、サクラちゃんの不安そうな質問に答えながら、別の魔法を詠唱し始める。

 そして、魔法名を呟く。


<索敵>サーチ

「索敵……?」

 エミリアの使った魔法に、サクラちゃんは疑問を抱く。

 索敵の魔法は、本来は敵の位置などを割り出す魔法だ。


 しかし、姉さんは納得した様子で言った。

「……ああ、なるほどね。ソナー代わりにするんだ」


「……? レイさん、ベルフラウさんの言ってる『ソナー』って?」

 サクラちゃんに質問されて僕は答える。


「水中で音を拾う機械だよ。

 水の中で音波を出して反射してきた音を聞くことで、対象までの距離や位置を知ることが出来るんだ。これがあれば、僕達がどこにいるか分かるんだよ」


 つまり、エミリアは索敵の魔法を使うことで、

 音の代わりに魔力を反射させて潜水艦の位置を割り出すつもりなのだ。


「レイ様、その……『キカイ』というのは?」

 今度はレベッカに質問される。


「ちょっと説明が難しいんだけど……。

 僕の世界にある魔道具みたいなものと考えてくれると分かりやすいかな」


「ふむ、なるほど……」

 大雑把だけど、この世界の魔道具と機械は似ている部分が多い。

 灯りを付けるなどの基本的なものに加えて、火を起こす道具、映像を映し出す道具、離れた場所に通話できるイヤリングなど、似通ったものが多い。

 仕組みや構造は全然違うのだろうけど、似たようなものを目指して開発されているという点においては機械と魔道具はよく似ている。


 そうして、僕は彼女達の質問に答えていると、

 遅いながらも少しずつ、孤島の近くまで進んでいく。

 そして、更に近づいていくと、次第に画面には深海の中で小さく光何かが見えてくる。


「あの辺ですかね……」

 エミリアが小さく呟き、再び手元を操作して今度は船内の明かりを付ける。エミリアは乗り込む前に船員から渡された海図を目を細めて、照らし合わせながら、慎重に潜水艦を進めていく。


 そこで、再びイヤリングからウィンドさんの声が聞こえる。


『――――レイさん、進展はありましたか?』

「孤島の沈んだ場所で、光る何かを見つけました。今、エミリアがそこに向かって潜水艦を移動させてます」

『……光る何か、ですか。……もしかしたら、魔導研究所の入り口の目印かもしれませんね』

「レイ、このまま目指していいのか、ウィンドさんに聞いてください」

 エミリアの言葉に頷いて僕は質問する。


「このまま進んでも大丈夫ですか」

『……はい、ですが一応罠の可能性もあります。魔物の気配がないか警戒しながら進んでください』

「了解です」


 僕はそう返事をすると、そのままエミリアに伝える。

 それからしばらくして、僕達は目的として目指した孤島の光の場所まで進むことが出来た。どうやら、光は孤島の底に付着したコケのような植物が発しているもののようで、近づくにつれて少しずつ大きくなっていく。

 そして、その真下に、大きな穴が開いていた。


「怪しい……」

「他に入れそうな場所も無いですし、多分この中なんでしょうね」

「慎重に行きましょう」


 僕は、一応ウィンドさんに指示を仰いで許可を貰い、その穴の中に入っていく。穴の中は暗いが間隔10メートルほどの幅で孤島の中心部に向かうように道が続いている。

 しばらく進んでいると海水が途切れて、ようやく歩ける場所に出た。目の前には錆びた鉄格子があり、その先は薄暗い洞窟のような一本道が続いている。


「潜水艦で進めるのはここまでですね」

「それじゃあ出よう」

 僕達は、潜水艦のハッチを開けて外に出る。


<光球>ライトボール

 外に出ると、姉さんが気を利かせて魔法で周囲を明るく照らす。


「さて、潜水艦だけど……」

 僕達は、今乗ってきた潜水艦を見る。


「陛下は、作戦上使い捨てもやむなしとは言ってましたが、流石に捨て置くのは勿体ないですね」

「でも任務を終えてからまたここに戻ってくるのは難しいんじゃないかしら?」

「それに、酸素の供給量が不足していると仰っておりました。帰りの分は足りないのではないのでしょうか」

 僕達はあーだこーだ言いながら話し合う。

 そこで、僕は思い付いた。


「……そうだ、レベッカの<限定転移>で潜水艦を持って帰れないかな?」

 僕は隣に立っているレベッカに提案する。しかし、レベッカは困った表情で言った。


「しかし、レイ様。普段持ち歩いてる武器や防具ならいざ知らず、これほどの大きさとなると……」

「前に、ドラゴンのお肉や素材を大量に積めて送ったことあったでしょ。ああいう感じで出来ないかな?」


 あの時も、大きな骨などを大量に積めたけど数回に分けて運ぶことが出来た。

 今回はそれよりも大きいけど、もしかしたら可能かもしれない。


「……むむ、試しにやってみます」

 レベッカは、自信なさげに話しながら潜水艦に近付く。

 そして、レベッカは潜水艦に手を当てる。次の瞬間、潜水艦はその場から姿を消した。


「で、出来ました……」

「おぉ!」

「本当に出来たわね……」

「レベッカさん、凄い!」

「……いつの間にか、この大きさにも対応できるようになっていたのですね」


 レベッカは自身の成長に驚いて、胸に手を当てる。


「魔力の上昇が理由でしょうか?」

「………」

 エミリアの推測に、姉さんは何故か黙り込む。


「姉さん?」

「……何でもない、それよりも早く先に急ぎましょう」

 姉さんは誤魔化すように、目の前の鉄格子を開こうとする。しかし、


「あら? 鍵が掛かってるわね」

「本当だ……」

 よく見ると、鉄格子に南京錠が掛かっていた。

 鍵にはアルファベッドのような文字の書かれたタグが付いている。


「これ、番号を合わせるタイプの鍵だよね」

 番号が何処かに書かれていないか、僕達は周囲を見渡すがそれらしいものは見当たらない。

 適当に番号を合わせて試してみるが、何回やっても開く様子が無かった。


「仕方ありません、いっそ鍵をぶっ壊しましょう!」

「待って!」

 サクラちゃんは、南京錠を両手に持って力を込めようとするが、僕はそれを止める。


「なんで止めるんですか?」

「壊しちゃったら、僕達みたいな侵入者がいるのがバレるかもしれない。

 ここは隠密に行動したいから、出来るだけ穏便に済ませたいんだ」


「……あ、なるほど」

 サクラちゃんは手を離す。

 どうでもいいけど、素手で鍵を破壊するつもりだったんだろうか。


「ですが、レイ様。鍵を壊さずに番号を探すには少々時間が掛かり過ぎます」

「そうですね、レベッカの言う通り、時間が掛かると誰かに見つかってしまう可能性があります」

 後ろで様子を見ていたレベッカとエミリアは、心配しながら言った。


「いや、大丈夫。姉さん、空間転移を使えば、鉄格子の先に行けるんじゃないかな」

「……あ、忘れてたわ」

「えぇ……」

 僕は呆れながらも、姉さんに頼む。


「だから、ね。お願い」

「うっ……分かった。それじゃあ、皆、私の手を握って」

 僕が手を合わせて頭を下げると、姉さんは少し顔を赤らめて言った。

 そして、言われた通り、全員が姉さんの手を握ると、姉さんが空間転移を発動させる。

 次の瞬間、僕達は鉄格子の先へと移動していた。


「……よし、成功」

「ありがとう、姉さん」

 僕達は姉さんにお礼を言って、鉄格子の先の暗い一本道をコソコソと進んでいく。

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