第418話 親を紹介されて緊張するレイくん

 朝食を終えた後、僕らは甲板に向かった。

 まだ朝日が出たばかりだったので、甲板内は肌寒く、波は穏やかだった。


「おはようございます」

 僕達が甲板で外の光景を眺めていると、複数の足音がバタバタと聞こえてくる。

 後ろを振り向くと、まず緑の衣装で着飾った魔道士のウィンドさんが視界に入る。そして彼女の後ろには、自由騎士団の面々と、船員と思われる中年の男性たちが数人。


「あ、ししょー。おはようございます」

「おはようございます、サクラ。皆さんもおはようございます。

 レイさんはぐっすり寝ていたようですが、体調は万全ですか?」

「おはようございます。昨日は寝ちゃっててごめんなさい。体調はもう大丈夫です」


「それは良かった。自由騎士団長が心配してましたよ。

 船に乗ったことが無くて、随分怖がっていたようですが……」

「だ、大丈夫です……」

 今は、両脚をやや大股に開いて揺れに備えて、姉さんに手を握って貰ってる。


「では、早速準備に取り掛かりますね。

 自由騎士団の面々は、各員の配置について下さい」

「了解!」

 ウィンドさんの号令に、自由騎士達は返事をして行動を開始した。

 皆はテキパキとした動きで、甲板内にあった大きな木箱や樽を移動させていく。

 そして、船の奥から騎士団の面々が荷台に乗った大きな鉄の塊を鎖で引いて運んでくる。


「これ、マジで重いぞ!」

「重量何キロあるんだよ……!?」

「オーガ十匹くらいの重さらしい」

「マジかよ。俺達じゃなきゃ運べなかっただろ、絶対」

「まぁ、そういう事だから気合い入れて運ぶぞ! せーのっ!!」

「おーっ!」

 彼らはそう言って掛け声をかけると、甲板内の端までそれを慎重に移動させた。

 そして、今度は彼らの後ろに控えた、男性が前に出てきた。


 男性は見た目40歳くらいの男性だった。

 彼は煤汚れた白衣を着ており、少しやせ細って無精ひげを伸ばしていた。

 顔には眼鏡を掛けていて、船員というよりは学者のような風貌だ。


 男性は、僕達に頭を下げながら言った。

「皆さん、初めまして。娘がお世話になっております」

「……え、娘?」

 男性の言葉に、僕は思わず首を傾げる。

 すると、サクラちゃんが照れた表情で言った。


「えへへ、実は私のパパなんですよ」

「えっ!?」

 僕は思わず驚く。


「サクラの父で、『アザレア』と申します。『魔道具開発部』の一応、長をしております」

 彼は自己紹介をしながら、深々と礼をする。

 娘のサクラちゃんと比べて、かなり落ち着きのある人のようだ。


「ど、どうも、ご丁寧に。僕は、レイって言います。

 こちらこそ、サクラちゃ……サクラさんにはずっとお世話になりっぱなしで……」


「エミリアです」

「初めまして、レベッカと申します」

 続けて、エミリアとレベッカが挨拶をする。


「ベルフラウです。こちらこそ、サクラさんにはお世話になっていますわ」

 僕の横にいた姉さんが挨拶をする。

 すると、アザレアさんは姉さんを見て不思議そうな顔をした。


「あの、失礼ですが貴女様は?」

「私はレイくんの姉です」

「……ふむ、どうやら何か事情がありそうですな」

 アザレアさんは、姉さんを興味深そうに見つめる。


「……何か?」

「いえ、失礼しました。……サクラ、中々凄い人と知り合いになったね」

「えへへ」

 アザレアさんは、サクラに微笑みかけながら言った。


「さて、私は仕事に戻ります。

 準備が出来次第、潜水艦を海に降ろしますので、皆様は今の間に準備をお願いします。何か分からないことがあったら、近くの船員にお聞きください。彼らは私の部下なので……では」


「パパ、お仕事頑張ってね」

「ははは、娘に言われては張り切らないといけないな。それじゃあ行ってくるよ」

 アザレアさんは一礼すると、後ろにいた船員と共に、持ち場へと戻っていった。

 サクラちゃんは、パパに手を振っている。


「ああ、緊張した……」

 まさかここでサクラちゃんのパパと顔合わせすることになるとは。


「意外でしたね、サクラ様のお父上とは……。

 こう言ってはなんですが、快活なサクラ様と違い、物静かな方でしたので驚きました」


「如何にも研究者っぽい雰囲気でしたね」


「あはは‥…恥ずかしい」

 サクラちゃんは、照れ笑いを浮かべる。


「ところで、準備って何をすればいいんだろ」

 準備と言われても何の準備をしたら良いか分からない。

 今のところ、僕達は待つくらいしかなさそうだけど。


 エミリアは言った。

「こういう場合、まず持ち物の確認です。例の爆弾の入ったケースはちゃんと持ってますか?」

「あ、うん、ここに」

 僕は姉さんお手製の鞄の中から、魔法の弾が入ったケースを取り出す。


「今回の作戦の肝がそれですからね、無くさないようにお願いします」

「うん、分かってる」

「万一爆発したら、私達全員死ぬので気を付けてください」

「き、気を付ける」

「それと、私が調合した薬を全員に一つずつ渡しておきますね」


 エミリアは太ももに忍ばせていた細いガラス瓶を僕達に渡す。

 ガラス瓶の中身は無色透明で木栓がされていた。


「これは何?」

「煙幕です。木栓を外すと中の液体が空気と混ざり合ってスモッグを焚きます。何かあったらこれを使って切り抜けましょう」

 エミリアの説明を聞いて、サクラちゃんは目を輝かせる。


「こんなのまで調合で作れるんですか?」

「結構簡単に作れますよ、調合の基本みたいなものです」

「私にも作れますか?」

「手先が器用で知識があれば出来るとは思います」

「あの! 私、大雑把とかよく言われちゃうんですけど!」

「諦めましょう」

「即答!?」

「簡単なものならともかく、猛毒が含まれている素材などは、上手く調合しないと致命的な事になったりしますし、数グラム単位の誤差でも効果が変わったりするので、サクラさんにはちょっと厳しいと思います……」

「あうぅ……残念です……」


 サクラちゃんはちょっとガッカリした様子だった。

 その様子に姉さん達は、クスクスと笑う。


「あとは、そうね。作戦内容の再確認と、あと潜水艦の事かしら?」

「潜水艦……どうやって操縦するかとか全然説明無かったけど、どうなってるの?」


 僕の言葉に、レベッカはこう言った。

「ウィンド様のお話では、魔力で動かす装置とのことです。繊細な魔力操作を求められるので、魔法の扱いに長けたものでないと動かせないとか」

「操縦者は動かしている間、魔力を消費し続けるからMPが豊富な人じゃないと難しいかもね」


 レベッカと姉さんの解説を聞いた僕は言った。

「……となると、エミリアか姉さんかな。レベッカ、もうマナは回復してる?」

 僕がレベッカにそう質問すると、「完全ではありませんが」と答えた。


「なら、今のレベッカは厳しいか。そうだ、サクラちゃんなら……」

「なんです?」


 サクラちゃんなら行ける?

 と僕は彼女に質問しようとしたのだけど……。


「……ええと」

「??」

 僕はエミリアに向き直って言った。


「エミリア、任せていいかな?」

「まぁ、仕方ないですね。他の人は頼れそうにありませんし」

「えっ」

「あれ?」

 僕とエミリアの会話に、二人ほど反応した人が居たけどスルーしておく。


 エミリアは僕の頼みを渋々了承して、

 潜水艦のメンテを行っている船員の元へ向かっていく。


「すみません、これどうやって動かすんですか?」

 エミリアがそう質問すると、彼らはこちらに振り向いて会釈する。

 そのうちの一人が言った。


「操る舵手が決まったんですか?」

「はい、私です」

「ではこちらに、少しレクチャーさせていただきます」

「お願いします。私が教わっている間、レイ達は作戦の打ち合わせをしておいてくださいね」

 そう言って、エミリアは僕達の元から離れていった。


「あの、レイくん?

 なんで私を候補に挙げてたのにエミリアちゃんを選んだの?」

「姉さんだと魔法の扱いって部分で信用できなくて」

「うぅ……酷い……自覚はあるけど」

 落ち込む姉さんの頭を撫でて慰める。落ち込ませたのは僕だけど。


「レイさん、私に何か言い掛けませんでした?」

「いや、サクラちゃんなら行けるかなって思ったんけど……」

「わ、私も、もしかして信用されてない?」

「さっき自分で大雑把って言ってたし……」

「うぐ……」

 姉さんとサクラちゃんは置いとくとしても、

 僕とレベッカは、現状だと魔力不足ということで候補から外している。

 そうなってくるとエミリアが妥当だろう。


「ともかく、今はエミリアに任せよう。

 僕達はエミリアが言った通り、作戦を練って機敏に行動できるようにしないと……」

「そうでございますね、それでは小時間でありますが話し合いましょう」

 そうして、僕達は待機時間を活用して打ち合わせを行った。


 そして―――


「船長!! 例の島が見えてきました!!」

 船員の一人が叫ぶ。

 僕達は、船首の方に集まると、遠くに見える孤島を眺めていた。


「あそこが例の……」

「はい、間違いないかと」

 その孤島は、人すら住んでいない未開の地の小島だ。

 パッと見る感じ、樹木ばかりの森しか見当たらないが、情報によるとこの島の海底に『魔導研究所』に通じる場所があるらしい。

 もしかすると、森の中に入り口があるのかもしれないが、そこまでは未調査のようだ。


「上陸するのかな?」

「いえ、どうも陸地は魔物の巣窟らしいです。下手に上陸でもしようものなら魔物達に袋叩きにされますよ」

「となると、上陸せずに船はこのまま待機ってことかな?」

「ふむ……となると、ここからはわたくし達の出番、でしょうか」

「ま、元々その為に来ましたからね」

「がんばりましょー!」

「若い子達って元気ね……ええ、頑張りましょう」

 姉さんだけ若干テンション違ったけど、僕達は頷き合う。


「錨を下ろせー!! 例の魔道具を下ろすぞぉおおお!!」

 船長の号令と共に、船の後部にある巨大なアンカーが下ろされる。

 潜水艦はゆっくりと下降していき、船と接続された。


 その光景を見ていると、ウィンドさんがこちらにやってきた。

 ウィンドさんは言った。

「レイさん達、心の準備はよろしいですか?」

 下に降ろされた潜水艦を見下ろしながら、緑の魔道士ウィンドさんは言った。


「心の準備というならもう少し時間が欲しいんですけど……」

「大丈夫そうですね、それでは乗り込んで下さい」

 ウィンドさんはニッコリ笑って言った。僕のオーダーは一瞬で跳ね除けられる。


「……分かりましたよ」

「分かればいいのです。潜水艦の起動の準備が出来次第、これを使ってください」

 そう言いながら、僕は彼女から以前にも借りたイヤリングを渡される。


「使い方は分かりますね?」

「はい、ウィンドさんの名前を呼べばすぐに通信魔法が作動するんですよね」

 僕は耳に手渡されたイヤリングを付ける。

 これで、通信魔法を習得していなくても彼女となら連絡を取り合うことが出来る。


「ええ、今回は隠密作戦ですので、頻繁に通信出来ないと思います。敵の基地に辿り着いた時まで通信を繋げたままにしておきますが、内部に潜入してからは、緊急時以外、通信は控えてくださいね。イヤリングは三つしかないので、残りはエミリアさんとレベッカさんに渡してあります」


「了解しました。……訊きそびれてましたが、陛下は来てないんですか?」

「王都の守護の要ですから、国王陛下は遠征にはまず来ません。ここには頼りになる勇者が二人もいるんですから問題はないでしょう?」


 ウィンドさんは、僕とサクラちゃんの両方の顔を見ながら不敵な笑みを浮かべる。

 目が笑ってない。何がなんでも成功させろという圧力を感じる。


「師匠、怖いです」

「ウィンドさん、たまに黒幕っぽい表情しますよね」

「誰が何の黒幕ですか……失礼な。サクラ、魔法陣の形はしっかり記憶しましたか? 紙を見ながら描くなんて間抜けな事をやってる余裕はありませんよ」

 ウィンドさんの説教染みた言葉に、サクラちゃんは頬を膨らませながら言った。


「分かってますよ、スパルタだなぁ」

「貴女は厳しいくらいで丁度良いのです。……まったく、以前は口答えなんてしなかったのに、変な所でカレンに似ましたね」

「むぅ……」

 サクラちゃんは不満そうな顔でウィンドさんを見る。


 そんなことを言い合っていると、

「あー、私達はもう先に行ってますね」

「では、レイ様、サクラ様、お先に失礼しますね」

「レイくん達も早く来てねー」

 呆れたエミリア達は僕らをすり抜けて、

 海上で固定されている潜水艦の場所に、ロープを使って降りていく。


「……こほん」とウィンドさんは咳払いをする。


「あなた達を見送った後、この船は一旦後退して魔物に悟られないよう様子を伺います。進展があれば連絡をお願いします」

「了解です」

「では、ご武運を」

 そう言って、ウィンドさんは僕達に頭を下げる。


「……さてと、それじゃあ行こう」

「はーい、じゃあ乗り込みますよー」

 サクラちゃんはそう言いながら、ロープをするすると降りていく。

 そうして、潜水艦のハッチを開けて身体を船内に滑り込ませる。


 僕も彼女達の後を追おうとロープに手を掛けたところで、ウィンドさんが傍に寄ってくる。そして、真面目な顔をしてウィンドさんはこう言った。


「レイさん、サクラをよろしくお願いします」

「……はい、分かってます」

 ウィンドさんも何だかんだでサクラちゃんが心配なようだ。

 僕は彼女に返事をしながら、潜水艦に乗り込んだ。

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