第175話 リカルドさん怒られる

 その後、廃坑内を進んでいくが、

 正面から出てくる魔物は全てリカルドさんが倒していった。

 今のところ、出現する魔物は下位種のゴブリン、コボルトと中位種のホブゴブリンや魔法を使用するスライムなどだ。時折、蝙蝠の姿の魔物も出現するが、今のところどれもリカルドさんの敵では無さそうだ。


「ふん、大したことないな」

「はぁ……」

 リカルドさんの言葉に、後ろにいたウオッカさんがため息を付く。


「何だ、文句があるのか」


「別にぃ……。雑魚を倒して粋がってる部下になにを言おうか考えているだけさ」


「……なんだと?」

 リカルドさんとウオッカさんの間に不穏な空気が流れる。


「お二人とも、喧嘩しないで下さい」

 この中で最も幼いレベッカに制止される。


「う、うむ……」

「子供に言われちゃあ敵わねえな、分かったよ」

 レベッカの言葉で、ひとまず一触即発の雰囲気は緩和されたようだ。


 リカルドさんがウオッカさんのいう事を聞かない理由が分かった。

 ウオッカさんは内心は優しい人だけど、口に出す言葉はかなり厳しい事が多い。諫めることは多いが、基本あまり人を褒めないのだろう。だが、リカルドさんの実力もかなり高い、それもあってかそれ以上は言わない。


 一方でリカルドさんの方は完全に自信過剰になっている。

 ウオッカさんがいくら止めても聞く耳を持たず、結局一人で先に進むことになってしまうのだろう……。


「……」

 どうしたらいいのかな、これは。


「何というか、ピリピリしてますね、レイ」

「うん……」


 魔物討伐も調査も今のところ、滞りないけど……。

 このままだと、何か不味い事になりそうな予感がした。


 ◆


 その予感は早速当たった。


「あれは……」

 ウオッカさんの言葉に僕とレベッカが反応する。


「お待ちください……」

 そして、レベッカは魔物の正体を探るべく暗闇を睨みつける。レベッカが弓使いとしての優れた視力で、闇の中から大きく動く影を捉えた。


 おそらく<ゴブリンウォリアー>だ。

 魔法を無効化する斧を持ち、体格もホブゴブリンよりも更に大きい体格をしている。数多いゴブリン種の中でも<最上位種>と呼ばれる魔物だ。


 幾度も戦った経験はあるが、油断出来るような相手では無い。

 流石に今回は不味いだろうと思い、僕は<龍殺しの剣>を構えるのだが……。


「危ないから下がってろ」

「えっ……」


 リカルドさんはそう言って、僕らの前に出る。

 流石に、これは止めないとダメだ。


「リカルドさんこそ下がってください。

 流石に今までの魔物とは格が違う相手ですよ!」


「少年、助けられた時は不覚を取ったが、一騎打ちなら勝てる相手だ」


 ダメだ、勝てるかどうかでしか判断出来ていない。

 万一、他に伏兵がいたり自身の判断ミスで周りに迷惑を掛けることまで頭が回っていないようだ。


「そういう問題じゃ―――」

「――――いい加減にしろや、この頭でっかちが!!」

 僕の言葉を遮るように、ウオッカさんが大きな声で怒鳴った。


「な、何を……」


「リカルド、お前、俺達の仕事は何だ?

 魔物とタイマンでもしに来たのか、違うだろ?分かってんのか?」


「そ、それは……」

「ガキ共だってちゃんと考えてんだぞ。

 てめぇ、自分が心配されてることに気付いてねぇのか?

 それをテメエは一人で突っ走ってんじゃねえよ!」

 ウオッカさんの言葉に、リカルドさんは黙ってしまう。


「―――と、悪いな、レイ。

 こいつは下がらせておくから、悪いが俺と一緒に戦ってもらえるか?」


「え、ええ……」

 名前を呼ばれて、ウオッカさんの怒気が消え去る。

 さっきまでの怒りっぷりが嘘のようだ。


「<ゴブリンウォリアー>……

 ゴブリン種でも最強に近い魔物だったか。よっぽど実力のある冒険者ならともかく、基本的には複数体で当たるのが定石の魔物だ。

 魔法は効き辛いが、それはあくまで斧で防げる範囲の攻撃魔法に限る。ならよ、この手の魔物は接近される前に妨害魔法で動きを封じて戦うもんだぜ」


 ウオッカさんが話しながら前に出て、自身の持つ斧を構える。


「……」

 構えを見ただけでウオッカさんの強さが感じ取れる。以前出会った僕に剣を教えてくれた人に感じた<強者のオーラ>をウオッカさんからも感じる。


 おそらく、かなり上位の冒険者。

 冒険者の質が高いとされる<サクラタウン>に所属するベテラン冒険者だろう。

 それだけじゃない、魔物に対する対処法も心得ているようだ。


「エミリアといったか、可愛い嬢ちゃん」


「え!?あ、はい!」

 ウオッカさんに突然名前を呼ばれたエミリアはビックリしながら答える。


「悪いが、あの魔物に<炎球>の一発を当ててくんねえか?」

「え?でも……」


 エミリアはあの魔物と戦い慣れている。

 そのため、自分と相性が悪いことに気付いているのだろう。


「大丈夫だ、一撃放ってくれれば後は俺とレイで何とかするからよ」

 ウオッカさんの言葉に、エミリアが心配そうな顔をするが、僕は安心させるように笑いかける。


「大丈夫、エミリアもウオッカさんの指示に従ってほしい」


「……分かりました。では行きますよ」

 エミリアはそう言うと、杖を構えて詠唱を始める。


「我が敵を焼き尽くせ、<炎球・改>ファイアボール

 エミリアの杖の先端から大きな炎の弾がゴブリンウォリアーに撃ちだされる。

 しかし、ゴブリンウォーリアはそれを右手に持つ大斧を振りかぶり……


 音もなく、その火球を消し去ってしまった。

 そう、この魔物は並の魔法を斧の能力で無効化してしまう。

 しかしウオッカさんと僕はそれを織り込み済みで動いていた。


 声は、魔物のすぐ真横から聞こえた。


「おう、嬉しそうだな、お前」

 お前、とはゴブリンウォリアーの事だ。

 そしてその声に気付いたゴブリンウォリアーは慌てて振り向くと……。

 その瞬間、ウオッカさんの斧がゴブリンウォリアーの頑強な鎧をあっさりと打ち砕き、壁に強く叩きつけていた。


「ガァッ!?」

「その武器、あぶねえから先に壊しとくわ」

 そう言いながら、ウオッカさんはゴブリンウォリアーの手に握られていた斧を先に叩き壊した。

 ウオッカさんは倒れたゴブリンの腹部を強く蹴とばし、ゴブリンは苦しそうに呻くが、たまらずその場から逃げ出そうとする。


 逃げる先は決まっている。僕達仲間がいない奥に逃げるつもりだ。


「レイ、後は頼むわ」「はい」


 事前に逃げる方向を予想していた僕は、

 ゴブリンが先に回り込みゴブリンを進路上に立ち塞がる。

 事前に武器を破壊していたので、反撃も怖くない。


 そして、その喉元を剣で貫き、そのまま首を切断した。


「――ふぅ……」

「お疲れさん。やっぱお前らやっぱり実力あるな」

「いえ、ウオッカさんのアドバイスがあったからですよ」


 効かない攻撃を撃たせて油断を誘って、その間に距離を詰めて死角から攻撃。

 その後、武器を破壊し、逃走せざるおえない状況に追い込んで、回り込んで逃げ道を封鎖した。


 見事に作戦通りだった。

 シンプルだが、複雑な考えが出来ないゴブリン相手なら十分通じる。


 もう一つ言えば、ウオッカさんは最初に言った対策を使っていない。

 攻略のアドバイスをしつつも全く違う奇策を使う辺り、敵をかく乱することにも長けているのかもしれない。


「―――で、どうだ。リカルド、お前に今の戦いを思い付いたか?」


「……いや、思い付かなかった」

 ウオッカさんの問いに、リカルドさんは悔しげな表情を浮かべつつ答える。


「そうだろうよ。

 何せ、おめぇはいつも単独で突っ走って戦ってやがる。

 仲間と連携して戦う時は突撃以外の戦い方も知らねえようだしな」


「……」

 ウオッカさんの言葉に、今度は何も反論できないのか黙ってしまう。


 さっきの戦闘、もし僕らが止めなければリカルドさんは単独で戦っただろう。

 実力的にリカルドさんはゴブリンウォリアー相手にも勝てるとは思う。でも、実力が大きく離れているわけでは無い。外的なファクターで勝敗が変化する。


 さっきの、ゴブリンのように、

 ちょっとした油断と慢心で逆転されてしまう可能性がある。



「だからよぉ、もっと連携して戦う事を覚えろ。

 お前は腕は抜群だが、まだ伸びる。だが、このままだといずれ孤立する。

 そうなればお前は伸びきる前に、どこぞの戦場でくたばっちまうぞ」


「…………そうだな」

 ……ほっ、どうやらリカルドさんも納得してくれたようだ。


「……ウオッカ様の戦い、見事でございましたね」


「うん、不意を突きながらの戦いだったけど、気配を察知されないように近づいて、完璧なタイミングでの不意打ちの攻撃、そして無抵抗状態にしたうえでの武器破壊、容赦ないよ」


 単純に実力があるだけではない。相手の戦い方と性質を見抜き、

 それに応じた『最も安全で効率的な戦い方』を模索してる。


 それだけじゃない。

 ウオッカさんは僕とレベッカ以上に研ぎ澄まされた<心眼>を持っている。

 事実、僕とレベッカより必ず先に魔物の気配に反応していた。


 間違いない、この人は僕が見た冒険者の中でも相当強い部類だ。

 僕が知ってる中で、この人より明確に上なのは、少し前に会った<カレン・ルミナリア>さんだけだろう。最初に僕に剣を教えてくれたアドレ―さんすらも凌ぐ。


 さっきのゴブリンウォリアーもウオッカさんなら単独でも容易に勝てただろう。それをわざわざあんな戦い方にしたのはリカルドさんに連携を見せたかったからに他ならない。


「あぁー、久々に暴れたらスッキリしたぜ」

 ウオッカさんはそう言いながら、大きく背筋を伸ばす。


「うふふ、お疲れ様です。レイくんもお疲れさま」

「うん」

 姉さんが労ってくれる。


「おいリカルド、しょぼくれてんじゃねーよ。

 この廃坑ではお前に頭目を任せたつもりだ、先に行く指示をしな」


「……ああ、わかったよ。行くぞ」

「はい」


 リカルドさんは僕達を連れて先に進んでいった。

 先ほどの二人の間の重苦しい雰囲気は、もう随分緩和されていた。

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