第615話 森のノルン

 サクラちゃんの妙案のお陰で僕達は少女と話し合う機会を得た。

「お、お邪魔します……」


 僕達は先程の件もあって遠慮気味に少女の家に足を踏み入れる。

 中は小綺麗に整理整頓されているが、生活感があまり無くどこか寂しげな雰囲気だった。本棚があり、そこにはぎっしりと本が並べられているのだが、おそらく以前の家主のセレナさんのものだろう。


 占いの本や魔法の教本、それに歴史書などが多数揃えられている。


 少女は奥のテーブルの向かいのソファーにちょこんと座ってこちらをジト目で見つめている。

 見た目は可愛いのに無言なのですこしこちらは緊張気味だ。


「……ここがセレナが住んでた場所ですか」

 エミリアは自分の姉の元住まいという事で少し嬉しそうに家の中を歩き回る。


「座って」

 少女はこちらをジト目で見据えながら静かに言った。

 なんてことのない普通の少女の声なのだが、僕達はその言葉に何故か逆らえずに素直に床に座る。


「(見た目は普通の女の子なのに……)」

 少女の外見は大体年齢10歳程度の緑髪の小さな女の子だ。身長は120センチ程度、服は質素な白ワンピースを着ていて、一見すると普通に見える。しかしその瞳には年相応のキラキラとした輝きが無く、大人びた雰囲気を感じさせる。


 そもそも、彼女は人間なのだろうか?

 隠れ処でセレナさんの情報収集の際に、客がこういう話をしていた。


『あのガキの両親も見たことねえし、話し掛けても無視してすぐにどっかに行きやがるからな。気味悪りぃったらありゃあしねーよ』

『そいつってよ、もしかして森の妖かなんかじゃねーの?』

『妖?』

『まぁ最近ここに来た奴らには分かんねぇよな。要は、森に住み着いた精霊か何かが人の姿に化けてるっていうオタ話だよ。まぁ、そんなの誰も信じてねーがな』


 店の客たちは笑いながらそう話していた。

 確かに、彼女の雰囲気はどことなく神秘的で不思議な感じがする。


「……それで、何の用?」

 少女は僕達が椅子に座っていない事を気にした様子も無く淡々と尋ねる。


「えと、まずは自己紹介から、僕は―――」

 僕達は、なるべく手短に自分の事を少女に話す。

 自分達がここ数日前にこの国にやってきた旅人であることも端的に伝える。しかし、少女は僕達が話している間、瞬きの一つもせずに無言で僕達を見つめていた。


 そして全員の自己紹介を終えて、僕は改めて少女に質問をする。


「えと、キミの名前を聞かせてくれないかな」

「……名前……それ、要る?」


 少女は首を傾げて不思議そうな表情を浮かべた。


「え、いやまあ……一応あった方が呼びやすいし……」


「……ふぅん……分かった」

 少女はこくりと小さく首肯すると、ゆっくりと口を開いた。


「――名は、ノルン……」


「ノルン?」


「……ええ、そう。私はノルン……そう名乗るとするわ」


「……分かった。それじゃあノルン、キミに聞きたいことがあるんだけど、色々質問いいかな?」


 僕が代表して彼女に質問をする。彼女は僕の顔をじっと見つめて、無言で頷く。僕は彼女の雰囲気に少し気圧されながらも質問を始める。


「えっと……ノルンは、『セレナ』という人物に連れられてここに住んでいるので間違いない?」


 僕がそう質問すると、彼女は少し間を置いてこう答える。


「セレナ・カトレットの事ね。ええ、そうよ」


「やっぱり姉のセレナがあなたをここに連れて来ていたんですね。……今度は私が質問します。今、セレナは何処に居るんですか?」


 ノルンの回答に、今度はエミリアが質問する。

 ノルンは僕から視線をズラして、エミリアをジッと見つめる。


 そして、こう語った。


「……姉、貴女はセレナ・カトレットの妹という事かしら」

「え、えぇ……」


 エミリアは戸惑いつつも肯定する。


「質問に答えるわ。エミリア・カトレット。セレナ・カトレットは今、この大陸の森の中心部に居る。だけど彼女は今は動けない」


「それは、何故ですか?」


「私の本体を守るためよ」


「「「…………はい!?」」」


 僕達は思わず声を上げて驚く。


「ちょっと待って! あなたの本体を守るってどういうことっ!?」


 ルナはノルンの意味不明な発言に戸惑う。


「そのままの意味よ、ルナ。私という存在は力の大半を失っている。セレナ・カトレットは、今にも死にかかっている私を癒して守護する為に森に籠っているの。これで少しは理解できるかしら?」


 少女は、ルナの質問に淡々と答える。


「さ、サクライくん、私には全然意味が分からないんだけど……」


「ノルン……一体、キミは何を言ってるんだ。……まさか、本当に『妖』なんじゃ……?」


 僕は冗談半分で質問すると、彼女は首を横に振った。


「違う。私は妖ではない。そもそも、そんなものは居ないし存在しない。……さて、次はこちらの質問よ」


 ノルンはそう言って、僕達全員を顔を見渡す。

 僕達は彼女の言葉の真意が理解できずに、困惑した表情を浮かべていた。


「貴方達は、このフォレス大陸に何をしに来たの? 本当の目的は何?」


「僕達はこの大陸にある『神依木』を探しに来た」


 僕がそう答えると、ノルンと名乗った少女は、ここで初めて表情を変えた。今までは無表情のジト目で今一つ感情を感じさせない様子だったが、今は眉毛が若干釣り上がっている。


「ふぅん……神依木を探してる理由を訊かせて?」


「……大切な人、カレンさんを助けるためだよ。キミは神依木の事を何か知らない?」


「なるほど、他の人達も同じ理由かしら?」


 彼女は僕以外を見渡す。


「はい、レイ様と同じです」


「カレンさんの呪いを解くためには、神依木の力を借りないとどうしようもないの」


「先輩を助ける為に協力してくださいっ!」


「私も、姉を探しているという理由もありますが、主な理由は皆と一緒です」


「えと……私も、です」


 最後にルナは控えめにそう言った。

 ノルンはそれを聞いてしばらく黙り込む。そして、再び口を開いた。


「神依木の場所は知ってるわ」


 ――――!


 彼女のその言葉に、僕達は弾かれたように一斉に反応する。


「本当かい!?」

「ええ、私はこの森の事なら大抵は把握しているもの」


 ノルンは、自分の庭を自慢するように得意気に少し笑みを浮かべて語る。

 今までの態度と比べると幾分が見た目相応の表情だった。


 しかし、森の事なら大抵は把握しているとはどういう事なのか。セレナさんに森の中で拾われたとかそういう話では無くて、このセレナと名乗る少女は本当に森の中に住んでいたのか?


「ノルン……キミは本当に森に住んでいたのか? キミの外見は普通の女の子にしか見えないけど……それに、『私の本体』ってどういう意味なんだ?」


 僕の問い掛けに、彼女は黙ってこちらをジッと見つめる。


「ノルン、言いたくないならそれでも構わない。だけど神依木の事を知っているのなら、可能な限り教えて欲しい……神依木の場所を教えてくれないか?」


 僕は頭を下げて彼女に頼み込んだ。


「私達からもお願いします」

 そして、仲間達も僕に続いて彼女に首を垂れる。


 正直、彼女が何者なのか全く見当もつかないし、彼女を信用していいのか分からない。だが、ここまでの態度を見て彼女がただの少女で無いのは明らかだ。


 何処となく、その雰囲気はミリク様やイリスティリア様に近い印象がある。


 ……つまり、彼女は……いや、まだ分からない……。


「頭を上げなさい、サクライ・レイと仲間達……良いわ、案内してあげる」

「本当!?」


「ええ、明日の朝。森の入り口で待っているわ。目的地まで進むには時間が掛かるから日を跨ぐのは確実よ。寝泊まりの準備はしっかりしておいてね」


 そう言って、ノルンと名乗る少女は僕達の返事を聞く前に小屋から出て行ってしまった。僕達は、呆然と彼女の後ろ姿を見送った。


「行っちゃった……」

 ルナはポカンとした様子で呟く。


「しかし、とても普通の少女には思えませんでしたね」

「ええ、見た目は子供、頭脳は大人って感じね」


 姉さんは少し茶目っ気を出してそんな事を言う。

 しかし、ここは異世界。


「ベルフラウ様の言う通りでございますね……おや、どうされたのですか、ベルフラウ様?」


「な、何でもない……ここが異世界だってことを忘れてたわ」


「???」

 レベッカは姉さんの反応に困惑する。どうやら、姉さんは真顔で返事をされるのではなく突っ込み待ちだったようだ。


「……もしかして、ベルフラウさん。『名探偵○○○』の事を言いたいのかな?」


 ルナは、そんな事を言って首を傾げる。


「名前を出しちゃダメだよ、ルナ」

「え、なんで? あのアニメ面白いよね?」

「ストップ、そろそろこの話題止めよう、そうしよう。……で、ノルンが言ってたように、皆で明日の朝森に向かうよ」


 僕は無理矢理話題を変える。これ以上この話を続けると危険な気がする。


「では、皆様、帰宅しましょうか」

 レベッカはそう言って出口の方へ向かっていく。僕達も彼女に続いてノルンの家を出ていき、扉を閉めようとしたとき、まだ中にエミリアが居ることに気付いた。


 彼女は、本棚を方を見つめてジッと動かない。


 そしてこう呟いた。


「……セレナ、待っててくださいね……」

「エミリア……」


 僕がそう呼びかけると、エミリアはハッとしてこちらを振り向いた。


「あ、すみません、私も出ます」

 エミリアは慌ててこちらに走ってきて外に出ていく。


「やっぱり、姉さんに会えなくて寂しい……?」


「……そうですね。彼女が近くに居ると分かると、余計に……」


 エミリアは胸に手を当てて、目を瞑る。


「だけど、きっともうすぐ会えるよ」


「……そうですね、もしセレナに会えたら……」


「会えたら?」


 僕はそう質問すると、エミリアは表情を明るくしてこう言った。


「……とりあえず、ぶん殴ります」

「……」


 僕は思わず絶句してしまった。

 エミリアの姉への思いは、思っていたよりも過激なものだったらしい。


「な、何故!?」


「そりゃあセレナ姉さんの事は尊敬してますけど……勝手に居なくなって迷惑も掛かりましたからねぇ。ちょっとくらい殴ってもバチは当たりませんよ」


「怒られたりしないの……?」


「どうでしょうねぇ、怒るかもしれません。ですが、血の繋がった姉妹なんですから喧嘩上等じゃないですか。レイだってそうでしょう?」


「いや……僕は……」


「あ、レイは私よりもずっと温和ですもんね」


「というより、僕は元々一人っ子だからそういうのは分からなくて……」

 ベルフラウ姉さんは『姉』として接してくれているけど実の姉弟というわけじゃない。だから喧嘩するほど仲がいいという類の例えにはピンと来ないのだ。


「おーい、二人ともー。帰りましょーよ」

 僕達が立ち話をしていると先を進んでいた姉さんが大声で声を掛けてくる。


「あ、ごめん、今行くよ!」

「行きましょーか」


 エミリアは僕の手を掴んで、そのまま駆けていく。

 彼女に手を掴まれている僕も自然と走ることになった。


「さ、明日から大変ですよ! 今の間に英気を養っておきましょう」


「いいわね、エミリアちゃん。よし、それなら今から酒場に行きましょうか!」


「いや、姉さん。僕達本来なら未成年なんだけど……」


「良いの良いの、ここは異世界。異世界にはそんな法律なんて無いんだから気にしちゃダメよ!」


 姉さんはそう言って、楽しそうに笑った。

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