第614話 この後、怒られました

 セレナさんの場所を突き止める為に、僕達は早速少女の家に向かう。宿を出た時刻は夕刻が近かったが、彼女の家に着く頃には既に暗くなっていた。


「ここがそうなんですか?」

「うん」

 サクラちゃんの質問に僕は頷く。


 元セレナさんの家は、元は空き家だったのを彼女が安値で買い取り改築を済ませたものらしい。また占いの館として使うために後から部屋数を足したためか、家の形が少々歪になっている。具体的には、入り口が二つあり片方の小さい部屋の方が後から付け足したようだ。


「じゃあ、サクラちゃん」

「はい♪」

 サクラちゃんは元気よく返事をして家の扉の前に立つ。


「(……わくわくで、ございます……)」

「(サクラはどうやって説得するんですかね……)」

「(さぁね……でも、あの子の性格を考えると、多分……)」


 後ろの三人は彼女がどう対応するのか期待している様子だ。


「こんばんはー!」

 サクラちゃんは笑顔を浮かべながら大きな声で呼びかける。


「……」

 返事が無い。しかし、サクラちゃんはそれでも気にせず笑顔で声を掛け続ける。「遊びに来たよー」とか「お話しに来たよー」とか「美味しいお菓子あるよー」等々……。


 サクラちゃんの外見が可愛い女の子だから許されているものの、人によってはもう不審者としか思えない。


「留守かな……?」

 僕の隣で不安そう様子を見ていたルナは言った。

 だが、僕はそうは思えなかった。


「……多分、まだ居ると思う」


「え、なんで分かるの?」


「最初、サクラちゃんが声を掛けた時にちょっとだけ気配が漏れた。今は、息を潜めて物音を立てないようにしている感じ……怖がってるのかな……?」


「……サクライくんって、現代人には無い変な感覚が付いてたり……?」

「……」

 その言い方だと、僕が普通の人間じゃないみたいに聞こえる。

 よりによって中学校時代の同級生に言われて少し傷付いた。


「……どうしますか? このままずっと待っていますか?」

 エミリアが心配そうに声を掛ける。


「……僕なら一旦引き返すけど……」

「いえ、このまま待ちましょう!」

 扉の前でサクラちゃんはそう叫ぶ。


「持久戦という事ですか?」

 エミリアは少し呆れた表情でサクラちゃんに質問する。


「いーえ、家の中に居る子供がこっちが楽しそうにしてる所をこっそりと覗き込む瞬間を待つんです!」


「「「「「………………」」」」」

 サクラちゃん以外の全員が黙り込んだ。


「……あ、あれぇ?」

 サクラちゃんは不思議そうに首を傾げる。


「あ、あの、サクラ様、流石にそれは……」


「大丈夫です、レベッカさん♪ その為に、わたし準備をしてきました!」

 レベッカの言葉を遮るように、サクラちゃんは自信満々に言う。


「準備、でございますか……」

「はい、とりあえず皆さんはここで静かにしていてくださいね♪」


 サクラちゃんはそう言い残すと、一人家から離れていく。


「……」

 そして、十分ほど経過すると、彼女は自分の身体と同じくらいの大きな鞄を持ってきた。


「サクラちゃん、それは?」

「秘密兵器です♪」


 サクラちゃんはウィンクしながらそう答えると、鞄の中をゴソゴソと漁り始める。そして、グルグルの布に巻かれた小さな球体を取り出す。


「サクラさん、それって一体……?」

「これ、わたしが自作した花火なんですよっ。

 結構前に遊びで作った物だから、乾燥してないと良いんだけど……」


「は、花火……私には小型の爆弾みたいに見えるんだけど……」

 ルナが恐る恐ると言った様子で訊ねる。


「えへへ、そしてこれはぁ……その花火を撃ち出すためのものです!」

 サクラちゃんは力を込めてソレを取り出す。


 ―――ドスンっと、重量感たっぷりの音を響かせて。


「「……」」

 僕達は言葉を失った。


「サクラちゃん、一応聞くけど、その大砲みたいなのはどこから……」

 その大砲は横幅2メートルほどの鉄の塊だった。鞄に入る大きさじゃないし、重量音から考えるに百キロ以上の重さがあるはずなのだけど、取り出すまで重さも感じているように思えなかった。物理法則を無視し過ぎだ。そんな重さを普通に持ち上げるサクラちゃん側にも問題はあるが。


「秘密です♪」

「……まさか、この家に撃ちこむつもりじゃ……」


「違います! この大砲……じゃなくて、花火射出装置を夜空に放てば、とってもきれいな輝きを見せてくれるんです。おあつらえ向きにもう外は夜ですし、子供ならきっと目を輝かせて家から出てくるに違いありません!」


「そ、そう……? そうかも……」

 姉さんはサクラちゃんの口車に乗せられている。


「そうです! じゃあ、点火しま~す♪」

 サクラちゃんは球体型の花火を地面に置き、導火線に魔法で火を付けて花火射出装置に装填する。しかし、時間が経っても中々発射されず、中で煙が立ち始めた。


「あ、あれぇ……?」


「サクラちゃん、もしかして弾詰まりじゃないの!?」


「サクラ様、下手をすれば中で暴発してしまうやもしれませんっ!」


 僕とレベッカが焦った声を出しながらサクラちゃんの花火射出装置へ走って行く。その間、サクラちゃんは大慌てで砲台を動かしていた。


 そして次の瞬間、僕達は見た。


「あ」「あっ……」

 サクラちゃんが動かしまくったおかげで、たまたまこっちに射出口が向いたことで僕とレベッカは早く気づいた。


 その射出口が赤く輝いて熱を帯びている事に。僕達が気付いた時には既に遅く、そこから勢いよく何かが飛び出した。


「うわっ!?」

「わぁぁぁぁぁ!!」

 僕とレベッカは咄嗟にその場から飛びのく。そして、0.1秒後に赤く燃え上がる花火の球が僕達を掠めて物凄い勢いで飛んでいく。

 だが、花火の弾が向かった先は少女の家だった。しかし、少女の家に直撃しそうな所で、撃ち出された花火の球は空に向かって一気に蛇行してぐんぐん飛び上がっていく。


 そして少し間を置いてから――――


 ドーーーーーーーーーンッ!!

 ……という爆音が響き渡り、赤い光が辺りを照らした。


「わぁ……!!」

「これが花火ですか……なるほど……」

 ルナは感動の声を上げ、エミリアは興味深そうに呟いた。サクラちゃんの作った花火は、夜空で赤いサクラの花びらを模ったような形の光を散らした。

 それから数秒間、僕達はその光景に目を奪われていた。やがて、その光はゆっくりと消えていき、再び静寂が訪れる。


「……」

「……」

「……とはいえ」

「サクラちゃん……」

「サクラ様……」


 僕達の視線は自然とサクラちゃんの方に向いていた。


「……えへっ♪」


「いや、危ないわっっっ!!!!!」

「流石に、今のはわたくしも仰天してしまいました……」


「ごめんなさいっ!」

 サクラちゃんはペコリと頭を下げる。


「ま、まぁレイくん、一応ちゃんとした花火だったみたいだし……」


「いやいや姉さん、僕とレベッカの首のすぐ真横を物凄いスピードで飛んでいったんだよ。恐ろしく早い速度だったから僕とレベッカじゃないと避けられなかったと思うし……!」


「そ、そうでございますね、流石にアレはちょっと……」


 レベッカも少し引きつった笑みを浮かべる。


「うぅ……わたしもあんなに飛ぶとは思わなかったんです……」

 サクラちゃんは申し訳なさそうに項垂れる。


「で、でもこれで家の中の子供が出てきてくれれば……!」

 サクラちゃんは期待を胸にして家の方に視線を移すが、今の所反応が無い。


「く、それなら……更にもう一発!」

 サクラちゃんは再び花火射出装置を構えようとする。


「ちょ、待ってサクラちゃんっ!」

 僕は慌ててサクラちゃんの腕を掴む。


「むぅ……離してくださいっ!」


「落ち着いてサクラちゃんっ!」


「もう一発だけ撃ってダメなら諦めますっ!」


「サクラ様、それは危険でございますっ!! もし民家に飛んで今度こそ被害が出てしまえば、わたくし達は犯罪者になってしまいますっ!!」


「う……それは……」

 レベッカの言葉でサクラちゃんは冷静さを取り戻したのか、寸前で押し留まる。

 が、そこで家の方に変化があった。


 家の方から『ガチャッ』とまるで施錠を開く音が聞こえ、僅かに扉が開いた。開いた扉の隙間から身長120センチくらいの子供と思われる子供の視線がこちらをジト目で睨み付けていた。


 そして、一言。

「――――うるさい」

 それだけ言うと、パタンっと扉を閉めた。


「……」

 僕達は無言のまま固まってしまった。

「……とりあえず謝りに行こうか……」

「……はい」

 サクラちゃんは肩を落として落ち込んだ様子を見せるが、僕達は謝罪をするために少女の家に向かった。そして、僕は扉の前で謝罪の言葉を述べながら扉を軽くノックする。すると再び扉が開いて、少女がこちらに顔を出した。


「あ、えと……お騒がせしてごめんなさい」

「ごめんなさいっ!」

 僕とサクラちゃんが頭を下げて謝罪をする。


「……」

 少女は無表情で僕達を見つめている。


「あの、本当にすみませんでした」

「も、もう二度としませんっ」

 再度、僕達二人は少女に向かって謝罪する。

 すると、少女は心底呆れたような表情をして口を開く。


「……もういいから、入って。用事があるんでしょ?」


「あ、ありがとう」

「ありがと~」

 僕とサクラちゃんはお礼を言うと少女はプイッと後ろを振り返って、家の奥へ向かっていく。僕達は少女を追うように、一礼してから少女の家に入っていった。

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