第616話 ハイリスクローリターン

 ――次の日の朝。


 僕達は森へ向かう準備を整えた後に、宿で待機していた兵士の人に今から森へ向かうことを伝える。


「了解しました。兵士長を呼んできますので、皆さんは王城の裏手にある森の入り口の方へ向かってください」


「分かりました」


 僕は答えると、兵士さんは僕達に一礼してから走って向かっていく。

 彼の言葉に従って僕達は裏門から王城を抜け、街の外へ出た。そのまま道なりに進んでいくと周囲が舗装されていて道の左右は固い壁に覆われており所々に兵士が立っていた。


「……厳重だね」

「ちゃんと許可を取って良かったですね。これだけの警備だとすぐに見つかってしまいますよ」

「……確かに」

 やがて城壁が途切れて視界が開けてきて、目の前には広大な森林が広がっていた。

 この森の何処かにセレナさんと神依木が……。


「異国の方々!」

 僕達が森林に入ろうとすると、近くに居た兵士たちの声が掛かる。振り向くと以前、城の中で見た豪華な鎧に身を包んだ人物が十数人の兵士を連れてこちらに向かってきていた。


 一部の兵士は、鎧が装備出来なかったようで、上半身の鎧を取り払って、兜と下半身の鎧だけ装備している小太りの男性も居るようだが……。


「お待たせして申し訳ありません。勇者殿」

「……いえ」


 僕は、彼の言葉に少し間を置いて返事をする。


「……ルナ、分かってますね」

「う、うん」

 僕の背後でエミリアが、ルナを庇うように前に出て彼女に小さく声を掛ける。

 声を掛けられたルナは小さく頷いて一歩下がる。


「おや、どうされたのですか?」

「あ、いえ。大した理由はありません、気にしないでください」

 僕は彼に笑顔で笑い掛ける。


「(……今一つ、彼の事が信頼できない……気のせいだと良いんだけど……)」

 先日に城で彼?と対面した時から彼に違和感を感じていた。

 強い敵意を感情を向けたのが彼からまだはっきりしてないけど、僕は彼と何処かで会ったような……。


「勇者殿?」

「あ、ごめんなさい。それよりも、後ろの人達も一緒に来るんですか?」

「勿論ですとも。森の捜索となれば勇者殿達だけの数では大変でしょう。この者達は、私が厳選して選んだ精鋭たちです。調査でも魔物退治でも、この者共に何でも命じてやって下さい」


 彼はそう自慢げに胸を張る。しかし、その兵士たちの様子といえばこちらを見ておらずやる気が無さそうに見えた。その様子に不信感を覚えながらも一応礼を言う。


「……ありがとうございます」

「さあ、参りましょう。案内は任せてくだされば結構です」


 彼はそう言って、僕達を通り過ぎて先に向かっていく。

 僕達は彼らの少し後を付いて行った。


「(……何か違和感がある)」

 兵士長もだが、彼が連れてきた兵士たちもだ。昨日、城で見た兵士達の顔は見ていないけど雰囲気も装備も若干違うように思える。


 それに、何処が動きが――

 僕が疑念を振り払えずにいると、隣で歩いていたサクラちゃんが一言。


「……やっぱり、あの兵士さん達、怪しい気がする」

「……そっか」


 サクラちゃんも同じく怪しんでいた。どうやら僕だけが感じた違和感では無いようだ。


「ふむ……皆様の話を聞くかぎり、あの方がレイ様達に殺気を放ったということでございますか」


「うん……それに、彼だけじゃないと思う」


「と、仰りますと?」

 レベッカの質問に僕達は一旦足を止めて、彼らに聴こえない様に仲間の方を振り向いて小さく答える。


「……彼らの動き、ちょっとおかしいんだよ。

 僕も騎士の経験があるから分かるんだけど、兵隊を率いて動くときはもっと統率が取れてるはずなんだ。なのに、彼らはまるでバラバラみたいに見える」


「レイさんの言葉に付け加えると、動きのバラバラさは冒険者に近いですね。多数で動くんじゃなくて少人数のパーティで動くことに慣れているんだと思います。ですよね、レイさん?」


 僕の説明にサクラちゃんが補足説明を加える。


「うん。その通りだよ」

「成程……」


 僕の答えを聞いてレベッカは考え込む。


「……実はわたくし、彼ら以外も少々気になる気配を感じておりまして……」

「レベッカさん、それって……」


 ルナがやや怯えた様子で質問する。

 すると、レベッカが少し道を外れて木の影の方へつかつかと歩いていく。


「――そこの方、出て来ないとこちらから攻撃を仕掛けますよ」

「!?」


 レベッカが言葉を発したと同時に、彼女に手に槍が出現し即座に構える。


 僕達は慌ててレベッカの傍に向かう。

 すると、木の影から二人の人物が飛び出してきた。


「っ!」

 僕は仕掛けられる前に即座に剣を鞘から抜き、先手を取ろうとその人物達に駆け寄り、喉元に向けて剣を突きつける。


 しかし、飛び出してきた二人は見覚えがあった。


「ま、待ってくれ!!」

「俺達だよっ!」


 飛び出してきた男達は、僕達がフォレス大陸に到着した日に襲ってきた盗賊二人だった。


「……っと」

 僕は彼らの首元近くまで動かしていた剣を引いて、一歩下がる。

 そして、危険性は無いと判断して剣を納める。


「あ、危ねぇ……」

「危うく死ぬところだったぜ……」

 二人の盗賊たちは、その場にしゃがみ込んで息を整え始める。


「ふむ、お二人でございましたか」

「……なんだ、警戒して損しました」


 レベッカは彼らを視認するなり槍を再び虚空に消す。そして、レベッカの斜め後ろで杖を構えていたエミリアは呆れたような表情で彼らをジト目で見る。


「この人達、あの時の……」

 ルナはエミリアのマントの先を手で掴みながら恐々と呟く。


「なんであなた達がここに居るのかしら?」

 姉さんが彼らに質問をする。


「いや、俺らはある人の命令でここに待機してたんだが……」


「どうも物々しい雰囲気だな。さっき、兵隊達が森の方に向かったみてぇだし、もしかして森の中に入るつもりか?」


「そうだよ。今から森に入って数日は戻ってこないと思う」

 フォレス大陸そのものははっきり小規模の島国であるが、それでも島全体の7~8割程度は広い森で覆われている。規模の範囲で言うなら以前に入った森の10倍近くだ。仮にノルンの案内があったとしても確実に日を跨ぐことになる。


「マジか、今から言って止めねぇと!」

「だがよう、相棒。俺達が行ってどうにかなるのか……? 相手は国の兵士だぞ……?」

「それは……」


 盗賊の二人は揃って悔しそうな顔をする。

 しかし、何故二人はそこまで森に入るのを止めたがるのだろうか?


「なんで森に立ち入ろうとするのを止める必要があるの? ……さっき誰かの命令とか言ってた気がするんだけど、もしかしてそれが理由?」


「おお、それはな……」

 盗賊の一人がそう答えようとしたところで、僕達の背後から女の子の淡々とした声が遮った。


「―――それは私よ」

 僕達が声に気付いてそちらを振り向く。

 そこには昨日の白いワンピース姿のノルンと名乗る少女が立っていた。


「え、ノルンが?」

「ノルンちゃん、この人達と知り合いなの?」

 ルナが少し戸惑った様子で言った。すると、もう一人の盗賊が言った。


「嬢ちゃん、その言い方はそのお方に失礼だぜ。その人は俺達が森の中で行き倒れていたところを救ってくださった命の恩人なんだ」


「そうなの……?」

 ルナは首を傾げてノルンに訊ねる。

 ノルンはこくりと小さくうなずいて肯定した。


「ええ、この二人が国の兵士から逃げ回ってたところ、森の奥まで迷い込んでしまったの。彼らは途中で引き返そうとしたところ、出口が分からなくなって魔物に襲われていたところを助けたのよ」


 ノルンと名乗る少女は、彼らとの出会いを淡々と語る。その口調は少女とは思えないほど感情が籠っていなかったが、盗賊たちは感謝しているようだ。


「そういうこった」


「で、そこのお方は俺達にこう言ったんだ。『今、少し森に人を入らせたくないの。私に感謝の気持ちがあるなら、今は森の中に誰も入らないように見張ってて。旅人が迷い込んで入ってくるかもしれないから、あなた達は強面だから少し脅せばけん制くらいにはなるはずよ。まぁ、大して期待はしてないけど、その気があるなら手伝って』……と、寛大に仰られたんだ。これは恩を受けた身としては期待に応えにゃいかんだろ!」


 二人の盗賊は誇らしげに語った。


 ……全然期待されてないように見えたんだけど、気のせい?


「それで、ノルンに従ってたわけですか」


「初日に喧嘩を売ってきたのは、わたくし達と遠ざけるという目的だったのですね」


「意外と義理人情に厚い人達だったのかしら?」


「見た目よりは良い人なのかな?」


 エミリアの呟きに続いてレベッカと姉さんとサクラちゃんがそれぞれ感想を言う。姉さんはともかく、サクラちゃんの言葉は褒めてるのか貶してるのか微妙なラインだ。


「……でも、僕達はこれから森に入る予定だよ」

「アンタらもか。良いのですかい? ……えっと、ノルン様」


 盗賊たちは命の恩人であるノルンと名乗る少女の方に向き直って質問をする。


 ノルンと名乗る少女は言った。


「彼らは構わないわ。でも、先に向かっている国の兵士たちは邪魔ね……邪心を持ってる者がばかりだし、さてどうしてくれようかしら」


「……おい、相棒。なんかノルン様、凄い悪巧みをしているような表情をしてるぞ」


「ああ、それに殺気が漏れ出てる」


 二人はヒソヒソと相談し始める。

 ノルンと名乗る少女はため息を吐いてジト目で言った。


「……失礼ね、殺気なんて私にあるわけないでしょう。そうだ、あなた達二人でちょっと行って彼らを軽く脅してきなさいな。

 剣でも振り回して暴れてたらきっと取り押さえられて、彼らも捕縛の為に一旦フォシールを帰ることを余儀なくなれるに違いない。

 そして、貴方達が強制送還されている間に、私が彼らを目的地まで案内するわ。どう、完璧な作戦でしょ?」


 ノルンと名乗る少女はこちらを見てウィンクする。


「おぉ、成程! 流石ですぜ、ノルン様!」

「よし、そうと決まれば早速行くかっ!!」


 盗賊の二人は意気揚々と森の中へ入っていこうとするが、すぐに正気に戻る。


「って、それじゃあ俺らの人生がお先真っ暗じゃねーか!」

「勘弁してくださいよ!」


 男達はすぐに戻ってきて正論をぶつける。


「……むしろ、一度納得しかけたのが驚きだよ」

「はは、アホの極みですね」


 僕は苦笑し、エミリアは笑顔で罵倒する。


 ノルンと名乗る少女は、うーんと人間っぽく考える素振りをして言った。


「……仕方ないわね。なら、私のお願いを聞いてくれたらあなた達二人に、森の中の一部の土地を貴方達に貸してあげる。

 そこに魔法で家を建ててあげる。森の中は野生の動物や木の実やキノコが沢山あるから食べ物にも困らないし、泉もあるから飲み水にもさほど困らないわ。今みたいにフォシールから夜な夜な食べ物を盗む生活ともおさらばよ」


「ほ、本当ですか!?」

「おお、そりゃいいな」


「力も貸してあげるわ。私達が森に入って1時間くらい彼らを足止めしなさい、成功すれば約束通り報酬をあげる」


 盗賊達は嬉しそうに反応するが、僕の頭の中には疑問が浮かぶ。


「(森の中に住んでるだけじゃなくて、家を建てて、力も貸してあげる……? この子、本当に何者だ……?)」


 大人に上から目線でここまで指示している以上、見た目通りの普通の子供じゃないのは明らかだけど、それでも限度がある。セレナさん以上に、僕はこの子の正体が気になってきた。


 僕がそんな事を考えていると、ノルンと名乗る少女は目を瞑って盗賊たち二人の前に歩いていき、歌うように詠唱を始めた。

『――森の精霊たち、私の声に集いなさい。

 この下々の者達に、一時の天下無双の力をその身に――<全強化>フルブースト』「!?」


 ノルンと名乗る少女が唱え終わると、盗賊たちの体が淡く光る。

 同時に、彼らの身体の内から眠っていた力が呼び覚まされていく……。


「おお、これならいける気がするぜ!」

「俺達の実力を見せてやるよ!」


 盗賊たちはやる気に満ちた表情で、兵士達が向かった方向へ駆けて行った。


「い、今の魔法は……」

「レベッカの全強化フルブーストの魔法ですね……」

 エミリアの言葉に、レベッカは冷や汗を掻いて頷く。

「……ええ、しかも、ノルン様は<精霊魔法>を同時併用してらっしゃいました……」


 今、ノルンが使ったのは<付与強化魔法>という特殊系統魔法のものだ。

 筋力や素早さなどの能力の一つを上げるのが基本なのだが、この<全強化>という魔法はそれらの魔法を一度に掛ける最上位のものである。

 レベッカは出会った当時は使えず、今でも使用にはある程度の制約が掛かるのだが、ノルンはそれらの制約などお構いなしに二人同時に使用した。


 更に<精霊魔法>は魔法使いにとって極意のような技能である。

 本来なら、自身に内包された<マナ>という目に見えない物質を<魔力>という魔法を操るエネルギーに転化して使用するのが<魔法>の原則である。しかし、<精霊魔法>はその原則を無視して、周囲から無理矢理マナをかき集めて、自身のマナを殆ど消費しないという規格外の能力だ。


 僕達の中で<精霊魔法>が使用可能なのは、レベッカとサクラ。

 それに今は呪いで伏せているカレンさんだけだ。


「……ノルン、キミは本当に何者なんだ……?」

 僕は目の前の少女に対して、強い驚きと、尊敬の念……そして、僅かばかりの畏怖の感情が芽生えていた。


「何者か……? サクライ・レイ、貴方には私がどう見える?」

 ノルンと名乗る少女は、先程の無表情とは打って変わって妖艶な笑みを浮かべ、僕の瞳を見つめてくる。

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