第617話 理不尽

 一方、その頃―――


【視点:???】

「兵士長、彼らが付いてきておりません!!」

 最後尾に位置していた兵士が勇者たちが付いてきていないことに気付き、一番先頭の兵士長に大声で声を掛ける。


「……どうしやすか、旦那……じゃない、『兵士長殿』?」

 兵士長の後ろをのしのしと歩いていたデブ男は、兜の下でも分かってしまうように愉悦を帯びた表情でそんな事を言った。兵士長は、デブ男を鋭い視線で黙殺する。


「……黙ってろ。……おい、近くに居ないのなら放っておけ。どうせ『勇者ご一行様』はこの森に用があるのだろう?だったら、勝手についてくるはずだ」


 兵士長はたっぷりと皮肉を込めて部下の兵士にそう言って、先頭を歩く。


「ハッ!」

 最後尾の兵士は、大きな声で返事して再び隊列に戻る。


「(……っち、なんで俺がこんなことを……!!)」

 兵士長は兜という仮面の下で、そのように心の中で舌打ちする。彼の役割は勇者たちを森へ案内することだ。しかしそれは国王の命令であり、彼自身の目的とは違う。


「(こんな下らねぇ役割は沢山だ……。だが、もうすぐだ。奴らを全員始末すれば、次は、俺を散々こき使いやがったあの愚王だ!)」

 そう、彼は『兵士長』などという国の歯車に収まるような人間では無い。少なくとも、彼自身は自分をもっと優秀な人間だと自負している。彼だけでは無い。今回彼が集めてきた人間達の大半はどいつもこいつもドス黒いロクでない奴ばかりだ。


 真面目なのは、先程からどうでもいい情報を逐一報告しに来る最後尾の兵士くらいのものだ。もっとも、この兵士長を名乗る男は、彼を仲間だと思っていない。


 ……否、彼はフォレス王国に関わる全てを敵だと思っている。王城で豪華な玉座にふんぞり返る豚共も、それを護衛する騎士団も。フォレス王国に存在する全ての人間が彼にとっては憎むべき対象だ。


 しかし、そうではない人間もいる。今回連れてきた兵士たちは、普段から素行が悪く評判も最低で、金の為に国の兵士をやってるだけで愛国心の欠片もないクズばかりだったが、彼にとってはそういう人物の方が好ましいとさえ思っている。


 もっとも、一人を除いて……だが。

 兵士長は、馬鹿正直に任務をこなす兵士に敵意を向けた視線を向ける。


「お、旦那……じゃない、『兵士長殿』、目的地に着きやしたぜ」

 先頭の兵士が、ニヤリと笑いながらそんな事を言ってくる。


「ああ、そうだな」

 兵士長を名乗る男は興味なさげに呟く。


「(この森の奥に、神依木が……あの『勇者ご一行』よりも先に見つけ出し、これを利用すれば……!)」


 兵士長を名乗る男は、心の中でどす黒い欲望を煮えたぎらせ、口元を歪ませる。そして、自分の目的の為に邪魔になるであろう存在に思考を向ける。


「―――良し、止まれ、貴様ら!! ……どうやら、勇者ご一行様は、我らに道案内を頼んだのに勝手に何処かに行ってしまったようだな」


 兵士長を名乗る男は、皮肉めいた口調で言い放つ。

 その声に、一人を除く兵士たちは、ゲス染みた笑い声をあげる。


「「「ギャハハ!!」」」

「「「ウケるー!!」」」


 ただ一人、最後尾の兵士が困惑の声を上げる。


「へ、兵士長殿、そんな事を言わずとも……!」

 先程、馬鹿正直に報告をしてきた兵士だった。


「……何だ、貴様。俺に文句があるのか?」


「い、いえ、そういう訳では……」


「なら、黙っていろ!」


「は、はい……」


 兵士は、しょんぼりと肩を落として俯いた。


「……さぁ、自分達のやるべきことも定まらない勇者様御一行は放っておいて、俺たちは俺達の仕事を始めるとしよう」


「旦那、じゃない……『兵士長殿』、まず何を始めるんで?」


「ああ、まず俺とこいつデブ以外は森の中に入れ。

 そして、俺達に分かる目印を置いて、いくつか森の中に罠を仕掛けろ。あの能天気な勇者ご一行が間抜けにも引っかかってくれれば、それでよし。掛からなければ、奴らが罠に困惑している間に、俺達が奴らに強襲する」


「―――なっ!?」

 兵士長を名乗る男が、突然、命令無視して勇者一行の命を奪うような発言をしたことに、真面目な兵士は反論する。


「兵士長殿、何を仰っておられるのですか!

 国王は『彼らのサポートをしろ』と仰っていただけで、そのような事、一言も……!」


「お前の意見なんて聞いていないんだよ」


「一体どういうつもりですか!? フォレス国王様にそのような命令を受けておりません!!」


「―――ちっ、面倒だな、おい」


 兵士長を名乗る男は舌打ちし、先程から自分に逆らう兵士の傍に居た別の兵士に、顔だけ動かして指示をする。


 すると、その兵士は「へい」と返事をして―――


「ぐあっ……!!」

 兵士の腹を殴りつけた。


「……な、何故……?」

 殴られた兵士は、腹部を抑えながら地面に倒れ込む。


「……おいおい、俺の指示を聞かないからだ。俺は『黙ってろ』と言ったはずだぞ?」


「……ぐ、こ、これは明確な命令無視……国家反逆罪ですよ………っ!!」


「はぁ、うるせぇよ」


「がは……ッ!!!」


 倒れた兵士の顔面を蹴りつけると、兵士はそのまま気を失った。


「……これで、静かになったな」

 兵士長を名乗る男はそれをデブの兵士を睨み付けて言った。


「さて……闇ギルドには連絡を取ってあるんだろうな?」


「へへ、勿論ですぜ、旦那……じゃない、『兵士長殿』」


「ここに居る兵士を名乗る者は足元で無様に転がってるこいつだけだ。もう、取り繕う必要もあるまい」

 兵士長を名乗る男は、そう言いながら、足元で倒れていた男を強く蹴飛ばす。


「がっ――――!!」

 真面目な兵士は、彼に強く蹴飛ばされ、近くの樹に頭からぶつかり、血を流しながらそのまま動かなくなった。


「これで良し……」


「おおう、これで立派な反逆罪ですなぁ……『ロイドの旦那』」


 デブの兵士は、楽しそうに彼の名前を呼んだ。


「ほざけ。……で、首尾は?」


「へへ、意外と簡単にいきましたぜ。長い時間掛けて反乱分子を集めた甲斐がありましたなぁ……」


「ふふ……そうだな……」


「闇ギルドの部隊のいくつかは、夜の内に森の中に侵入していますぜ。後は、後続の部隊でさぁ」


「そうか……なら始めようか……」

 兵士長と名乗る男……否、フォレス王国の闇を取り纏める『闇ギルド』のリーダー。『ロイド』は高らかに宣言する。



「始めるぞ。我らが聖戦の時………そう、国盗りを!!!!」

「「「おおー!!!」」」


 兵士長を名乗る男の号令に、兵士たちは歓喜の声を上げる。


「さて……では始めよう」

「ええ、行きましょうや、旦那」

 兵士長を名乗る男は、愉悦の表情を浮かべて部下に命令を下そうとする。


 しかし、その時――


「まああああああてえええええええぇぇぇぃぃぃ!!!!!」

「おらあああああああああああああああああああ!!!!!!!!」


 ゴゴゴゴゴと、轟音と土煙を上げながらこちらに迫ってくる謎の強面の盗賊二人組がそれを遮った。


「なんだ、貴様ら!?」

 兵士長を名乗る男、ロイドは、突如現れた二人組に驚愕の声を上げる。


「ここは俺らが通さねぇよ!!!!!」

「命を助けられた恩、そして飯を食わせてもらった恩……そして……!!!」


 盗賊二人は、声を揃えて大声で言った!!! 


「「俺達の新しい住居の為に、貴様らをたおおおおおぉぉぉすぅぅぅ!!!!!!!!」」


「……なんだこいつら!!!!」

 二人の叫び声に、ロイドは思わずツッコミを入れた。


「ど、どうしやす……ロイドの旦那?」


「……所詮逸れ者だろう。おいお前ら、この国に不満は無いか?

 俺たちはこれからデカい革命を起こす。お前たちも一枚噛まないか?」


「「だが、断る!!!!!」」


「……だ、そうですよ」


「ちっ……なら、仕方ない……。殺せ」


「了解!!」

「ああ!!」


 兵士長を名乗る男は、後ろに控えている部下たちに指示を出す。

 すると、指示を受けた男たちは、武器を構えて戦闘態勢に入った。

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