第618話 闇ギルド
【視点:サクライ・レイ】
盗賊たちが囮になっている頃―――
「……どうやら良い感じに囮になってくれてるみたいね」
ノルンと名乗る少女は、木の上に登りながら呟く。
「ねぇ、ノルン。二人を助けなくて大丈夫なの?」
僕は木の影で盗賊たちが兵士達と交戦しているのを肌で感じ取りながらノルンに問う。
「大丈夫よ、あの二人は自分が劣勢になったらすぐ逃げだすと思うから」
「しかし、わざわざ囮を作ってまで彼らの意識を削ぐ必要があるのでしょうか、ノルン様」
レベッカは木の上に登って様子を見ているノルンを見上げながら言った。
「彼らに神依木の場所を知られると困るからよ」
ノルンと名乗る少女は、淡々とした喋り方でレベッカの質問に答える。
そして彼女は何の躊躇もなくその場から飛び降りてきた。
「危ないっ!」
咄嗟に僕は飛び出してノルンの身体を受け止める。
「っ!?」
「あら、わざわざ受け止めてくれたの?」
ノルンは僕が受け止めることが意外だったようで、僕の腕の中に納まった彼女は少し驚いたような顔をしていた。
「……軽い」
受け止めた彼女の身体は想像の数倍軽くてまるで重さを感じなかった。
「まぁ、私としてはこのまま抱えられていた方が楽でいい。それより、あの二人が時間を稼いでくれている間にさっさと森の中に入りましょう」
「う、うん……じゃあ、皆行こう」
僕は仲間に声を掛ける。そして、二人の盗賊が兵士達と交戦している間に、こっそりと森の中に入る。しかし……。
「ちょっと待って!」
姉さんが慌てた様子で声を出す。何かあったのかと思い、振り向くと、姉さんは入り口の方で前屈みになって、地面に横たわっていた何かを揺すっていた。
「ベルフラウさん、どうかしたの?」
「急がないと兵さん達に気付かれちゃいますよ。一体何を―――」
ルナとサクラちゃんは不思議そうな顔で姉さんの方へ歩いていく。
「——っ!」
しかし、サクラちゃんは言いかけていた言葉を飲み込み、酷く驚いた表情をした。
「べ、ベルフラウさん、その人……!」
サクラちゃんの反応から一息遅れて、ルナは姉さんの傍に駆け寄って同じように驚きの声を上げた。
何事かと思い、僕達もそこに急いで駆け寄る。すると、そこには頭から大量に血を流して倒れている兵士の恰好をした男性の姿があった。
「姉さん……その人……」
「死んでいるのですか……?」
エミリアは、冷や汗を掻きながらも冷静の状況を見定める。
「いえ、まだ死んではいないようだけど……でも、放っておけば確実に死ぬでしょうね……」
そう言いながら、姉さんは男性の兜を外す。男性の頭部は大きく凹んでおり、かなりの力で樹の根元に叩きつけられてしまったようだ。素人の僕達でも分かるくらい、今の男性の状態は危険だ。
「姉さん、お願い!」
「うん、早く治療しないと……!」
姉さんは言いながら、彼の頭部に自身の手の平を当てて回復魔法を使用する。すると彼女の手の平は眩い癒しの光が溢れ出し、徐々に男性の傷を塞ぎ始めた。
「………っ!」
一刻の猶予もないのか、姉さんは焦った表情を男性に魔法を掛け続ける。そして、二分ほど回復魔法を掛け続けていた姉さんの動きがピタリと止まり、静かに手を下ろした。
「……」
姉さんはゆっくりと立ち上がり、振り返った。
「……ベルフラウ様、彼は?」
レベッカは神妙な表情で姉さんに問う。
しかし、姉さんは穏やかに笑い、首を縦に動かした。
「……大丈夫、意識はすぐに戻らないと思うけど生きてるわ」
「……ホッ」
レベッカは安堵のため息をつく。
「でも、放っておくと危険かもしれない。連れて行った方が良いかも」
「分かった。じゃあ僕がその人をおぶっていくよ」
僕はそう言いながら、僕の腕の中に納まっていたノルンをその場に降ろして彼の身体を背負う。
「残念。移動が楽だったんだけど……」
ノルンは残念そうに呟いた。
「……さて、では行きましょうか。私に付いてきて」
ノルンはそう言って、僕達を先導し始めた。
僕達はそれに従って森の中を歩き始める。
◆◆◆
それから一時間ほど経過した頃……。
僕達はノルンと名乗る少女に先導され、森の中を探索していた。
森の中は薄暗くて、妙に静かだ。
「……少々、妙な気配でございますね」
レベッカは、辺りを警戒しながら呟く。彼女の言う通り、周囲に生き物の気配が全く感じられない。まるで無人の廃墟を歩いているような感覚だ。
本来、森の中は静かなようで騒がしい。虫や鳥などの動物たちの鳴き声が絶え間なく響いているものだ。しかし、この森に入ってからというもの、それら一切の音が聞こえないのだ。
「ねぇ、ノルン」
僕はノルンの名を呼ぶと、彼女はこちらを振り向いた。
「この森の中、何かおかしいような……」
「それはそうでしょうね……今、この森は死にかかっているもの」
「どういうこと?」
「言葉の通りよ。今、この森はある理由で、本来あるべきマナの恩恵を受けられない状態にある。それが理由で生命力が枯渇しつつあるの……見て、あの木を」
ノルンと名乗る少女は一つの樹を指差す。
彼女が指で指し示す樹に視線を移すと、その樹は他の樹と比べて枯れているように見えた。
「あそこだけじゃないわ。周囲をしっかり見れば分かるはず」
ノルンは別の樹を指差し、僕達がそちらの方へ目を向けると、その樹も異様に枯れていた。よく見ると、十に一くらいの割合で似た様な状態だった。
「ノルンちゃん、一体森に何があったの……?」
姉さんはノルンと名乗る少女にそう質問する。
「……今から二週間ほど前に、この森全体に何者かが攻撃を仕掛けてきたの。その時に、妙な呪いを仕掛けられたみたいで、その影響でこの森全体の生態系が崩れつつあるの」
「呪い……?」
「恐らくは呪術の一種だと思うわ。それも、人間に作用するものではなくて自然そのものを吸収する呪いみたいね。どうやら何処かに流れていってるみたいだけど……」
ノルンと名乗る少女は忌々しそうに言う。
「この森全体を覆う呪いですって!? でも、そんな強力な呪い、一体誰が……」
「誰かは私には分からない。だけど、いち早く森の危機に気付いてくれた人間のお陰で今はなんとか持ち堪えている」
ノルンと名乗る少女は意味深にそう呟いた。
「……ノルン、その人物ってもしかして……セレナの事ですか?」
「!!」
「正解よ、エミリア・カトレット。今、貴女の姉は、この森を助ける為に森の中心でずっと呪いを抑え込んでいる」
「……やはりそうですか。セレナは無事なのでしょうか……?」
「今はまだ無事のはずよ……だけど―――」
ノルンは何か言い掛けるが、その時、僕の背中で眠っているはずの男性が小さく身じろぎした。
「ん……」
男性は、意識が戻ったのか小さく声を上げる。
「……ここは…………」
「良かった。目が覚めたんですね」
僕は彼にそう声を掛ける。彼はやや混乱しているようだったが、なんとか自分の力で立てそうだったので、彼を地面に降ろすと、姉さんが心配そうな表情を浮かべながら彼の元に駆け寄った。
「大丈夫? 痛いところはない?」
「はい……なんとか……それより、私はどうしてここに――――」
と、彼は言い掛けたところで、突然その場にしゃがみ込んでしまった。
「だ、大丈夫ですか!?」
僕は慌てて彼の元へ駆けつけると、彼は自身の身体を抱きしめるようにして震えていた。
「お、思い出した……! わ、私は、突然仲間達に……!」
「落ち着いて……一体、何があったの……?」
姉さんは男性の身体を揺すって、落ち着かせようとする。
「まず貴方の名前を聞かせて……」
「じ、自分の名前は、ロウと申します……勇者殿一行、お見知りおきを……」
男性は、それで少し落ち着いたのか、ぽつぽつと語り始めた。
「実は森の入り口で貴方達を待っている最中、突然兵士長が、あなた達に危害を加える様な事を口走りまして……」
「!?」
その言葉に、僕達は一瞬緊張が走る。
「自分は兵士長殿を説得しようとしたのですが、仲間の一人に突然殴られ、最後は兵士長に―――」
ロウと名乗った男性は、悔しそうに両手を強く握りしめて歯噛みをする。
「そう……ありがとう。話してくれて」
姉さんはロウと名乗る男性を労うように優しく語りかける。
「しかし……あの兵士長……そこまで性根が腐っていたとは……」
「僕もそこまでとは思ってなかった。こんなことなら彼の同行を認めるんじゃなかったよ……ごめんなさい、ロウさん」
エミリアが忌々しそうに表情を歪め、僕は彼の本性を見抜けなかったのを謝罪した。
「いいえ、勇者殿が謝る事では……! それこそ自分の方の失態です。まさか、自分の上司があんな男だとは露知らず……!」
「でも、不思議な話ですよね。なんで兵士長さんが私達の命を狙おうとしているのかな?」
サクラちゃんは彼の謝罪の言葉を聞きながらも、不思議そうに首を傾げる。
「……ふむ、ロウ様。何か心当たりはございますか?」
レベッカは、ロウさんにそう尋ねる。
「い、いえ……自分も、突然の出来事で訳が分からず……今でも混乱しておりますので……」
「なるほど……となると、理由がさっぱり分かりませんね」
エミリアは手の打ちようがないと言いたげにかぶりを振る。
「……」
僕達の先頭を歩いていたノルンは、僕達の会話は涼し気な表情で聞いていた。
「ねぇ、ノルン。この森の異変と兵士達の行動、何か関係あると思う?」
「……いいえ、おそらく関係ない。あくまで人間同士のいざこざよ。放っておきましょう」
ノルンはまるで興味無さげにそう言い放つ。
「そんな、冷たい態度を取らなくても……!
この人は、自分の仲間に訳も分からず殺されかけたんだよっ!?」
ルナがノルンにそう訴えると、彼女はルナを振り向いて言った。
「優しい子ね。でも、私からすれば、この国の身から出た錆……彼らの自業自得でしょう」
「な……! いくらなんでもそれは酷いよ……! この人だって被害者なのに……」
ルナはノルンのあまりにも冷たい言葉に強く反論する。
「……自業自得、それってどういう意味なんでしょう?」
サクラちゃんは不思議そうに呟く。
「……闇ギルドって知ってるかしら?」
「??」
ノルンがそう言うと、僕達は何のことか分からず困惑する。
「……っ!」
しかし、ロウさんだけは反応が違っていた。
「……やっぱり知っていたのね」
「……ええ、自分は……一応……」
ロウさんはノルンの言葉にたどたどしく答える。
「ノルンちゃん、その闇ギルドって何のこと?」
姉さんは彼女にそう質問する。
「……いいわ、少しだけ教えてあげる。この大陸には、大昔に二つの国家があったことを知ってる?」
ノルンは僕達を顔を見ながら静かに問う。
「ええと、確か……」
「うん……僕達がこの国に来る前の書物に書かれてたね……」
「大昔の戦争の際に、どちらの国も滅びてしまったとか、そういうお話だったと思います」
僕達は、以前に学んだ歴史の本の内容を思い出しながら言った。
「その通り。その後、彼らの生き残りは戦争の愚かさを悔いながら、手と手を取り合って新たな国を作った。その新たな国こそ今の【フォレス王国】であり、現国王のアウスト・フォレス・クーザリオンは、初代国王のフレガロス・フォレス・スレイの血筋を引いていると言われているわ」
ノルンは淡々とそう語る。
「へぇ……じゃあ、その人達の子孫が今のこの国の王様って事?」
「ええ……でも、戦争によって滅んで、新たな国を建国するまで一悶着あった。生き残った者達は皆、戦争の愚かさを知って後悔したから、最初は残った全員で協力して再興を夢見ていた……だけどそれで確執が消えたわけじゃなったの」
「確執……」
「考えてみれば分かるわ。彼らの隣で笑っている人物は、元々敵国の住人や兵士だったのよ。その中には、戦争中に自分の身内を殺した人間も居たはず。最初の方は、彼らも深く考えないようにしてたのでしょうけど……何年経ってもその違和感は拭えなかった」
「……」
「フォレス王国を建国したフレガロス・フォレス・スレイは、片方の国の英雄と言われていた人物だった。当時の戦争においても、多くの命を屠った最強の剣士として語り継がれていた。
彼は、武力だけでは無く統率力も優れており、何より民に好かれていた。その為、新国を建国した際は、元々彼の支持者の民衆たちに、彼が王となることを望んでいた。
でも、彼によって多数の命を奪われてしまったもう一つの国の住人には堪えがたい話だった。結果、戦争という悲劇によって結束していた民たちは瓦解して、その時に対抗して作られた組織こそ『闇ギルド』よ。闇ギルドは、千年経った今でもフォレス王国と対立し続けている」
「な、なんか凄い話ですね……」
サクラちゃんが驚きの声を上げる。
「今となっては
この国は一つに纏まっているようで、『フォレス王国』と『闇ギルド』という巨大組織が未だに水面下で争っているの。おそらく、今回私達を襲った兵士長もその組織の関係者よ」
「……へ、兵士長が、闇ギルドの将兵だと言うのか?」
ロウさんは、肩を震わせて驚愕の表情を浮かべている。
「味方のフリをした敵陣営の一人だったのでしょうね。さして、珍しい話じゃないわ。歴史上、敵陣営が紛れ込むことなんて今まで何度もあったもの」
「そ、そんな……!」
ロウさんは衝撃の事実に動揺しているようだ。
「……つまりノルン様、今回の件は……」
「あなた達は、国の内戦に巻き込まれてしまった形になる。……全く、言ったのに……『もし愚かにもまた人間が戦争を始めるようであれば、我はその国の民を見限ることとする。』……ってね」
ノルンは呆れたように溜息をつく。
「ノルン様……それは、一体どういう意味でしょうか?」
レベッカが不思議そうに首を傾げる。
「……そのままの意味よ。さて、こんなところで立ち話もそろそろ止めて先に進みましょう」
ノルンはそう言って、一歩前に歩き出そうとするのだが……
「……と、思ったんだけど」
ノルンは意味深に言葉を詰まらせる。しかし、次の瞬間―――
「……!!」
「……!」
僕達の周囲から、今まで感じ取れなった無数の殺気が一斉に向けられた。
「……みんな気をつけて! 囲まれてるよ!」
僕は咄嵯に剣を鞘から抜いて構えて警戒態勢を取ると、他の仲間達に呼びかける。そして次の瞬間に、黒装束に身を包んだ男達が四方八方から僕達に向かって飛び掛かってきた。
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