第619話 ノルンちゃんは見てるだけ

【視点:レイ】

 僕達は突如現れた謎の集団から襲撃を受ける。黒装束に身を包んだ謎の集団は、それぞれ手に短刀やダガーなど携帯性を重視したような武器を構えながら僕達の周りを囲む。僕達は瞬時に臨戦態勢に入り、非戦闘員のルナやノルンを守るように円陣を組んで敵と睨み合う。


「こいつら一体……?」

 僕は目の前の集団の正体が分からずにそう呟く。 すると、それまで肩を落としていたロウさんが目の前の集団を目にして叫んだ。


「ゆ、勇者殿、こいつら『闇ギルド』の構成員ですっ!!」

「こいつらが……!?」


「……なるほどね」

 ノルンはそう言いながら、黒装束の集団に向けて言った。


「ようこそ、私の森へ。あなた達を歓迎した覚えはないのだけど、誰の許可を得てここに来たのかしら?」

 ノルンはまるで自分の庭を荒らす侵入者に怒りをぶつけるように鋭い視線を向ける。しかし、黒装束の男達はノルンの存在を無視して、ロウさんに視線を向ける。


 そして黒装束の一人が怪訝そうに言った。


「……おい、どういう事だ。何故、フォレス王国の兵士がここに居る?」


「ロイドの奴、もしかして裏切られたのか?」


「……っ!」


 ロイドという名前が出た瞬間、ロウさんの表情が強張った。


「ロウさん、もしかしてロイドって……」


「……はい、自分を殺そうとした……兵士長の名前です」


 ロウさんは震える声で答えてくれた。


「なるほど……これで繋がったようですね」


「ロウ様、これで貴方を殺そうとした人物が『闇ギルド』の一員である事が確実になりました」


 エミリアとレベッカは、ロウさんとって受け入れがたい事実を突きつける。

 そう告げられたロウさんは唇を噛みしめる。


「じ、自分は……どうすれば……」

「……ロウさん、戦える?」

 姉さんは、失意の底にあるロウさんに優しく声を掛ける。信じていた人物に殺されそうになって、ロウさんのショックは計り知れないだろう。もし彼が戦えないのであれば、僕達が彼も守ってあげる必要がある。



「無理にとは……」

 僕は彼を気に掛けるように言う。

 しかし、黒装束の男達は彼を嘲るように笑い出す。


「ハッ、何を言っている? フォレス王国の兵士風情が我々『闇ギルド』を相手に戦うだと?」


「日和見の王の元でぬくぬくと過ごしてきた貴様達フォレス兵士と、常に国の裏で暗躍してきた我ら『闇ギルド』では格が違うんだよ。身の程を弁えろ」


 彼らはそう言って嘲笑う。

 しかし、そんな彼らの態度に対して、彼は歯を食いしばり拳を強く握りしめる。

 そして怒りを込めて彼は叫ぶ。


「な、舐めるなぁあああああああああッ!!!」


 叫び声を上げて、黒装束たちへ向かっていく。


「ちょ、危ないっ!!」

「ロウさん!!」


 僕は慌てて彼の後を追いかけようとする。

 しかし、それを阻むかのように黒装束の男が襲い掛かる。


「おっと、行かせねぇよ」

「くっ……!」

 割り込んできた黒装束の一人が短刀で僕に仕掛けてきた。

 僕は、走るのを中断して、敵の攻撃を自分の剣で防御する。


「っつ!!」

 しかし攻撃を防いだと同時に、僕の首筋に震えが走った。その震えが殺気であることを悟り、僕はすぐに振り返る。


「ははは、遅いっ!!」

 別の黒装束の男は、死角からダガーを僕の首元を狙って突き立てようとしていた。だが、その攻撃は割って入ってきた姉さんの光弾の魔法によって弾かれる。


「――なっ!?」「ナイス、姉さん!」

 突然の不意打ちで男が怯んだ瞬間に、僕は彼の顔面を剣の柄の部分を使って殴り飛ばす。


「グヘッ……!?」

 そのまま男は吹き飛ばされて地に伏す。

 それを機に、僕達は攻撃に転じて彼らの囲みを突破しようと動き出す。


「たああああああっ!!」

 サクラちゃんは一気に突撃して黒装束の一人を瞬く間に撃破。


「遅いっ!」「<中級雷撃魔法>サンダーボルト!」

 続いて、レベッカとエミリアが連携しつつ黒装束達を攻撃する。エミリアが魔法で相手の動きを制限し、動きの止まった黒装束からレベッカは弓で一人、また一人と射貫いていく。


「っ、こいつら……!!」

 黒装束の男達は、こちらの強さに警戒し始めたのか一旦距離を取った。敵が警戒して距離を取ると、姉さんが僕を心配して隣に歩み寄ってくる。


「レイくん、平気?」

「うん、ありがとう姉さん。だけど、ロウさんが……」

 僕は敵から視線を話さずに姉さんに礼を言うと、飛び出して行ったロウさんの方に視線をズラす。ロウさんは僕達を囲む黒装束の一人を相手に奮戦していた。


「このっこのっ! フォレス兵士を舐めるなっ!!」

 ロウさんは侮辱された怒りもあるのか、気迫を込めて黒装束の男に果敢に向かっていく。しかし、ロウさんを相手取っている黒装束は彼とは正反対に冷静沈着に対処している。


「……ふん、フォレス王国の兵士と聞いていたから期待していたが、大したこと無いようだな」


「何ぃ……!」


「動きが単純すぎるぞ。これならそこらのチンピラの方が余程強い」


「き、貴様ァアッ!!」


 ロウさんの怒りの声と共に振り下ろされる剣をひらりと避けて、黒装束の男は反撃の蹴りを放つ。

「ぐうぅっ!」

 蹴られた衝撃でロウさんは地面に倒れ込む。


「(……劣勢だな、助けないと……)」

 僕は目の前の敵達を睨み付けながら、この後どう動くか思考する。


「(敵の数は12人、内11人は僕達を囲んでいて、一人は少し離れた場所でロウさんと戦っている。黒装束の敵達はそれなりに腕利きで、妙に動きが素早い……多分、戦闘が得意というより暗殺に特化ししてるように見える……)」


 僕は<心眼看破>の技能を使用して、瞬時に状況把握と戦力分析を行う。


「(そして、こっちの問題はノルンとルナを守れるかどうか……)」

 相手は人間。しかも、裏で動く様な人達だ。

 となれば、こちらが隙を見せればゲスな戦法を取ってきてもおかしくない。


 先程、派手に動いたサクラ、レベッカ、エミリアは警戒されてるだろう。僕と姉さんはさほど目立った動きはしてないけど、それでも最低限の実力は見せつけている。しかし、ルナとノルンは僕達に守られているだけで攻撃に加わっていない。


 となれば、敵は後者の二人を弱みと判断して確実に狙ってくる。

 これで、相手の狙いは看破出来た。なら、どう対応するか?


「……皆、二人の事は任せて良い?」

 僕は一歩下がって、レベッカ達に声を潜めて話す。

 僕は敢えて対象を指定せずに、視線とその一言だけでレベッカ達の反応を見る。すると、レベッカは一瞬だけ僕が何を考えているかを察したように表情を変える。


「分かりました。わたくし達は彼女の護衛に徹します」


「レイさん、手助け要ります?」

 サクラちゃんは僕にそう質問してくる。

 一瞬遠慮しようと思ったが、最初が一番危険だ。ここは彼女に甘えよう。


「ん……なら、最初だけお願い」

 僕は多くは語らずに一言だけ伝える。

 すると、サクラちゃんはそれだけで僕が何をしたいのか気付いたようだ。


「では、いっきますよーっ!! <中級爆風魔法>ブラスト

 と楽し気に言いながら、正面の敵に向かって風の攻撃魔法を放つ。


「うおっ、攻めてきたぞ!」

 黒装束はサクラちゃんの風の攻撃を左右に散って回避する。


「慌てるな、こいつらがいくら強かろうが、後ろの二人を人質に取れば―――」

「――それはさせない」


 僕は<初速>の技能を使用して、話していた黒装束の二人に急接近する。


「なっ!?」

「――ふっ!!」

 驚く敵を無視して相手の懐に入ると、剣の柄で鳩尾を突き上げた。

 更に、もう一人の黒装束の頭を左手で掴み、そのまま地面に叩きつける。


「ぐはっ!」「がっ!」

 それが切っ掛けとなったのか、残った敵が一斉に動き出す。これで敵は隊列が乱れて冷静に動けなくなってくるはず。後ろの仲間達は二人を全力で死守するため守りは盤石だ。


 何人かがあちらに攻撃を仕掛けようとしているが、問題ない。中衛にはサクラちゃんが常に戦況を見ていつでも飛び出せる準備をしている。いざ僕がピンチになれば颯爽と出てきて助けてくれるだろう。


 しかし、敵は僕を集中して狙ってくるだろう。

 だが、それは織り込み済みだし、そもそも真面目に相手にする必要もない。


 僕の背後には頼れる仲間が居るのだ。

 敵が僕に気を取られた瞬間、僕の仲間が過敏に反応してくれる。


「こいつ強いぞ……!」

「慌てるな、一斉に掛かれ。いくら勇者でも俺達に掛かれば―――」


 どうやら、僕達の素性は割れているらしい。

 兵士長の手引きであるなら、知ってて当然か……。

 なら、ここは勇者らしく言ってやろう。


「――本当に、そう思う?」

 僕は不敵に笑って見せる。その態度に、黒装束達は一瞬怯む。しかし、流石プロと言うべきか即座に冷静さを取り戻して数人が僕を囲むように動き出す。


 僕は左右に動きながら彼らの動きを見極める。


「馬鹿め、お前がどれだけ強くても俺達は闇ギルドの一員だ!」

「お前みたいなひょろいガキが、俺達『闇ギルド』相手に勝てると思うな!!」

「!!」


 男達はそう言いながら、一斉に魔法を詠唱し始める。


「「食らえ、<闇の洗礼>ダークパニッシュ!!」」

 彼らは僕の足元に黒い光を放ち、そこから闇の渦を発生させた。


「これは……!」

 闇の渦の中から僕の足を引っ張るような手足が出現し、

 同時に亡者のうめき声のようなおぞましい声が地の底から響き渡る。


「どうだ、俺達の魔法は!」

「ははは、そのまま引きずられて生き埋めになるがいい!!」


 黒装束の男達は自慢げに笑う。これで勝負が付いたと思ったのだろう。

 だが、僕は無造作に左手を前に突き出す。


<火球>ファイアボール

 僕が魔法名を口にすると、僕の左手から小さな炎の球体が出現する。

 その球体はゆっくりとした速度で向かっていく。


「馬鹿め、そんな初歩的な魔法で―――」

 弱々しい僕の魔法を見て、男達は見下すように笑った。しかし、次の瞬間、彼らの表情は青ざめる。炎の球体は突然10倍以上の大きさに膨れ上がり、轟音と共に目の前の敵を飲み込んでいく。


「ぎゃあああっ!!」

「あ、熱い!熱いっ!!!」

「だ、駄目だ、逃げろぉおおおっ!!?」


 敵の悲鳴が木霊する。

 彼らがダメージを受けて倒れていくと、僕を拘束していた魔法が解除される。


「(拘束魔法は術者を倒せば解除されるのが基本だよね)」

 怯んでいる敵を無視して一気にロウさんの元に距離を詰める。


 ロウと一人の黒装束の男の戦いは、黒装束の男に勝勢が傾いていた。


「ぐ……っ!」

 ロウは力の限り剣を振るっていたが、全て弾かれて反撃を喰らって地面に膝を崩してしまう。


「あっちが騒がしいな。さて、雑魚と遊ぶのはこの辺にして終わらせるか」

 ロウと対峙する男は余裕綽々といった様子でニヤリと笑い、腰に差していた短刀を引き抜く。


「……ッ、舐めんなぁああっ!!」

 ロウは怒りを込めて叫び、剣を振り上げる。


「無駄だよ」

 男は冷たく告げると、右手に持った短剣を振り上げる。

 そして、ロウさんの喉元に狙いを付けて一気に振り下ろした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る