第498話 少女達

「……くん、……レイくん、しっかり……!!!」

「目を開けてくださいまし……レイ……さま!!」

「………、レイ……死んじゃダメです……!!」


 暗闇の中、僕の名を呼ぶ女性の声が聴こえる。うっすらと目を開けると、そこには仲間達が居て、心配そうに僕を見つめていた。


「……ここは?」

 ……どうやら、僕は意識を失っていたようだ。


「……よかった、レイくん……!!」

 姉さんは、僕が目覚めた事を知ると、大粒の涙を流しながら、僕をその豊満な胸の中に抱きしめた。


「わぷっ!?」

 僕は、彼女の胸に埋もれて息が出来なくなる。そして、窒息しそうになったところで、エミリアとレベッカが慌てて姉さんに声を掛ける。


「ちょっ、ベルフラウ、ストップ!!!」

「ベルフラウ様、折角目覚めたレイ様が再び昇天してしまわれます!!」


 二人が慌てる様子を見て、ようやく我に返ったのか、彼女はそっと僕を解放してくれた。


「ごめんなさい、レイくん……」

「……だ、大丈夫だよ、ある意味では天国だったから……。

 それより、一体何があったの? 確か、ビレッドと戦っていたはずじゃ……」


 僕の記憶では、子供の泣き声が聞こえて、部屋に入った所、ビレッドが待ち構えていてあやうく殺されそうになったのだ。そして、僕は必死の抵抗をしてて、途中で意識が……。


「あの男なら、火だるまになりながら、窓ガラスを突き破って逃げていきましたよ。私達もレイが閉じ込められている間、ルビーとかいう女と戦ってたのですが、男が何処かに逃げていく様を見てすぐに撤退していきました」


「その後、何とかわたくしが施錠を解除して部屋に入ったのですが、レイ様が酷いお怪我をされていたので、わたくし達が必死に治癒と看病をしておりました」


「……まぁ、傷の治療をしたのは殆どベルフラウですけどね」

 エミリアは苦笑しながらレベッカの言葉に補足する。


「そうなんだ……ゴメン、ありがとう。姉さんも、僕の怪我を治してくれて助かったよ」


「……レイくん、胸から血がいっぱい出てて、肺の中の空気が胸から漏れるくらいの重症だったんだよ。舌を強く噛んだのか口の中も出血してたし……呼びかけても全然反応なかったから、本当に死んじゃったかと思ってたよぉ……」


 そう言いながら、また涙ぐむ姉さんだった。

 僕は姉さんに笑顔で「もう大丈夫だよ」と声を掛ける。


 そして、僕は立ち上がる。


「それじゃあ、早く奴らを追いかけよう。

 いつまでも休んでられないし、早く子供達を助けないとね!」


 少々ふらつくが泣き言は後だ。

 僕は力強く宣言し、自身を奮い立たせる……が、

 

「うんうん、流石レイくん。

 だけど、その前に……そこのキミ、こっち来てー」

「え?」


 姉さんが突然、僕達以外の誰かの方を向いて話しかける。その方向を見ると、そこには一人の女の子が立っていた。見た目、金髪ツーテイルのクリクリとした目の可愛い女の子だ。


 見た感じ、十歳くらいの女の子だろうか?身なりの良さそうな青いワンピース姿で、両手にネコのぬいぐるみを持っていた。


「ひぃ!? ご、ごめんなさい!! リリエルは脅されただけなの!」

 その子は、何故か僕達に許しを請いながら、頭を下げていた。


「……え、誰、この子?」

 僕が首を傾げると、姉さんが答える。


「この部屋で監禁されてた女の子だよ。

 ねぇキミ、名前をレイくんに教えてあげてくれるかな?」


 姉さんは笑顔で、その金髪少女に優しく語り掛ける。


「り、リリエル・エルデ……」

 金髪少女は、震えながら僕の方を見る。


「その名前……そっか、君が……」

 僕は彼女が冒険者達に誘拐された被害者の一人だと気付いた。

 あの時、聞いた泣き声は本当だったのか。


「それで、なんでキミは僕に謝ったの?」


「そ、それは……お兄さん、リリエルを助けようとしてくれたんでしょ?

 リリエル……あの、怖い男に『大声で泣かないと殺す』……って、脅されて……。お兄さん、そのせいで酷い目に遭っちゃって……本当に、ごめんなさい!!」


 そう言うと、彼女は深く頭を下げる。


「なるほどね……僕の事は大丈夫だよ。

 でも、キミが無事でいてくれて本当に良かった……」


 僕はそう言いながら、彼女の頭を軽く撫でてあげる。

 すると、リリエルはホッとした顔をして、腰を下ろして床に座り込む。


「実はね、この子もあのビレッドって男に傷を付けられてたのよ」

「えっ!?」


 あの男、こんな幼い少女にそんなことを……!!

 許せない……!


「あ、でも私が治療したから大丈夫よ。ただ、あの男に脅された時に、首にナイフ突きつけられて、その時に怪我をしちゃったみたい……ただ、ちょっと深くて傷が残るかも」


「そ、そうだったんだ……」


 僕は改めて彼女を観察する。

 確かに、首筋に小さな切り傷の跡が残っていた。


「こんな幼い少女に一生モノの傷を付けるなんて許せませんね……」

「ええ、次に会った時こそ、決着を付けて差し上げましょう」


 レベッカとエミリアが憤慨する。


「……そうだ、リリエルちゃん。

 他にも連れて来られた子達がいなかった? 私達、今その子達を探してるの」


「え……? うん、リリエル、知ってるよ?」


「本当!? その子達はどこに居るの?」


「わ、分かった、案内するよ……。でも、もしあの怖い人達が現れたら……」


「その時は大丈夫、僕達がキミを守るよ。

 それに、次に会った時は、二度とあんな事をさせるつもりはない。

 捕まえて、陛下に裁いてもらうよ」


 僕は強い決意を込めて言った。


「……お兄さん、ありがとう」


 リリエルという少女に先導されながら、他の子供達を探す事にした。

 僕達は周囲を警戒しながら来た道を戻っていき、ようやくその部屋に辿り着く。


「ここが、リリエル達が前に閉じ込められてた部屋なんだ」


「ここに、あと二人居るんだね」


「うん、でも普段は鍵が掛かってて閉じ込められてたの」


 僕は確認の為に、ドアノブを回してみる。

 リリエルちゃんの言う通り、確かに鍵が掛かっているようだ。


「レイ様、お任せくださいまし」

「レベッカ?」


 僕はレベッカの邪魔にならないように、扉の後ろに下がる。

 そして、レベッカは限定転移で槍を取り出す。


「わ……急に武器が出てきちゃった……!」

 リリエルちゃんはレベッカの限定転移に驚いているようだ。


「リリエル、危ないので私と後ろに下がっててくださいね」

「あ、うん」


 リリエルちゃんは、エミリアと手を繋いで後ろに下がった。

 レベッカは目を閉じて精神を集中させて、扉のドアノブに向けて槍を構える。


 そして―――


「………はっ!」

 レベッカは、僅か一瞬だけ、手を動かして槍を動かす。

 すると、カチャッと音がして、扉の鍵が開いた。


「すごい、今のはどうやったの!?」

 リリエルは興奮しながら、レベッカに質問をする。


「ふふ、これは簡単な解錠術でございますよ。

 少々槍を嗜んでいれば、この程度の技量、自然と身につくものです」


「へー、すっごーい!!」

 リリエルちゃんはレベッカの超絶技巧を見て、喜んでいた。


「……いや、そんなわけないじゃないですか」

 エミリアは、ボソッと呟く。誰も彼女の呟きに気付いてないけど、僕も同感だ。槍での解錠術なんて聞いたことが無いし、そんなことが出来るのは世界でレベッカ一人だけだろう。


 だけど、子供の夢を壊してはいけないので黙っていることにした。


「それじゃあ、入ろうか」


 僕は先頭に立って部屋の中に入る。中には、二人の子供が埃だらけのシーツを被って寄り添っていた。二人は僕達の姿を見て、一瞬、身体を強張らせたが、リリエルちゃんの姿を見て安心したのか泣き出してしまう。


「リリエル!」

「うわーん、リリエルちゃーんっ!!!」


 二人の女の子はリリエルちゃんが部屋に入ってくると、

 泣きながら抱き付いて、そのまま三人で床に倒れ込んでしまう。


「怖かったよぉ~!!」

「もう大丈夫だからね! ほら、お姉さん達が来たからには、もう何も心配しなくていいんだよ?」


 姉さんが、優しく声を掛ける。しかし、二人は突然ゆるふわお姉さんに話しかけられて戸惑ったのか、片方の女の子は目に涙を溜めてリリエルちゃんの耳元で小さく言った。


「ぐずっ……えっと、リリエルちゃん……この人達、誰?」

「えっとお……」


 リリエルちゃんは、僕達の代わりに色々と説明してくれた。

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