第九章 そして、僕に出来ること

第202話 1対5の比率

 サイドの街を離れ、僕達は本来の目的地だったサクラタウンを目指す。

 話によるとカレンさんとリゼットちゃんは元々その街が出身らしい。


 今回から同行しているのはカレンさんだけではない。

 そのカレンさんのお付きの侍女のリーサさんも一緒である。


 改めて紹介しておくと、カレンさんの髪色に少し似た青髪の女性で、後ろはポニーテールのように髪を括っている女性で、見た目は30~40歳くらいの女性だ。


 身長はカレンさんと同じくらいで、眼鏡で目元が隠されているけど年齢よりと比較しても若く見える。今より若い頃であれば、きっとカレンさんと同じくらい美人だったんだろう。


 着ている衣装は普段のメイド衣装と比べると、やや露出が多くなった感じの服だ。具体的にはスカートがやや短くなり、メイド服のエプロン飾りが省略され、動きやすそうになっている。


「皆様、改めまして、リーサと申します。

 このたびはカレンお嬢様のお世話兼馬車の御者を努めさせていただきます。

 よろしくお願いいたします」


 リーサさんはメイドっぽく一礼する。

 その所作は流石と言うべきか、とても洗練されており綺麗だ。


 しかし、その後ろには大きく膨らんだ鞄を背負っている。

 かなり重そうに見えるが、平然としている辺り、力があるのかもしれない。


「あの、リーサさん。

 旅に同行してくれるのは嬉しいんですが、屋敷を抜けて大丈夫なんですか?」


 僕は心配になって、思わず聞いてしまう。

 すると、カレンさんが苦笑いしながら答えてくれた。


「リーサはずっと昔から私のお世話してくれててね。今回はリーサの要望もあるし、私としても心強いから一緒に付いて来てもらったの」


「お嬢様の言う通りです。

 屋敷では、旦那様と奥様に『カレンを宜しく頼む』と言われております」

 そう言うと、今度は僕に向かって一礼してくれた。


「これはご丁寧に、リーサ様、宜しくお願いします」

 お返しにとばかりに、レベッカも丁寧に一礼を返す。

 この二人、年齢は一番離れてるのに言葉遣いが似てるなぁ……。


「レイが心配するのも分かりますが、

 まぁそれなら私達がリーサさんを守ってあげれば大丈夫ですよ。

 よろしくです、リーサさん」


「はい、よろしくお願いします。

 エミリア様はカレンお嬢様と仲が宜しいようなので、末永くお嬢様のお友達でいてあげてくださいね。カレンお嬢様ってば、案外友達居ないようなので……」


「えっ!? そうなんですか? へぇ……」

 エミリアがリーサさんの言葉を聞いて、にちゃあと笑いながら言った。


「リーサ、余計な事言わないで!!

 っていうか何よ、その顔!! やめなさいエミリア!!」

 カレンさんは顔を真っ赤にして抗議していた。


「リーサさん、よろしくね」

「はい、ベルフラウ様。私共々カレンお嬢様もよろしくお願いします」

 リーサさんとベルフラウ姉さんはそんな二人を横目に笑いながら挨拶をしている。


 平和だなぁ……。

 どうでもいいけど、更に男女比の格差が開いてしまった。


「それと、レイ様……ちょっと」

「え、ぼ、僕ですか?」


 リーサさんに手招きされて少し屈むと耳元で囁かれた。

「(カレンお嬢様のこと、どうかよろしくお願いいたします)」


「(え、はい、それは勿論……)」

 突然耳元で囁かれたため、驚いた。


「(……というか、リーサさん。何で小声なんですか?)」


「(それはアレですよ。レイ様にカレンお嬢様のことを色々気にいって貰おうかと……あ、そうだ。カレンお嬢様の幼少期の写真とかどうです? ここにありますよ)」


 リーサさんはどこからかアルバムのようなものを取り出してきた。

 しかし、カレンさんはリーサさんからすぐさまアルバムを奪い取った。


「ちょ、なに家から持ってきてるのよ! 返してよ!!」


「あっ……折角、レイ様に見て貰おうと思いましたのに……残念ですわ」


「余計なお世話よ!!」

 リーサさんが何をしたかったのかはよく分からなかったけど、仲が良さそうで何よりだ。


 その後、簡単な自己紹介を済ませてから、僕達は街を離れて旅を再開した。

 ここからはリーサさんが御者を務めてもらうこととなった。


 ◆



 街道を暫く進むと、草原地帯に差し掛かった。

 一応道らしい場所は出来ているのだが、街道と違って若干道が荒れていた。


「カレンさん、ここから先は街道が無いんですか?」

 僕の正面に座っていたカレンさんに質問する。


「あったんだけど、魔物の被害で修繕が間に合わなくなってるの。

 退魔石を設置してあっても効果薄いし、誰も近づかなくなってるのよね。そのせいで街同士の大来が途絶えてるみたいね」

 サイドとサクラタウンの連絡が上手く付かなかったのもそれが理由か。


「そんなに魔物が多いんです?」


「うん、しかも結構強いわよ。<ドラゴンキッズ>とか<オーガ>クラスは当たり前で、ゴブリンにしたって異様に強い上位種が集団で襲ってくるから、並の冒険者では苦労するの」


「そんなに強いんですね。

 これから行くサクラタウンはその辺りの対策は大丈夫なんですか?」


「サクラタウンは、在籍してる冒険者の質がその辺の街より全然上だけど、それでもこの先の道は苦労するんじゃないかしら。もし出て行くならベテラン級が最低三人以上パーティに居ないと通るのは難しそうね」


「そうなんですか……」

 僕は少し考える。

 カレンさんの言う通りなら僕達がこの先に進むのは難しいかもしれない。

 でも、だからってここまで来て引き返すわけには……。


 僕が頭の中で悩ませていると、察したのか右隣のレベッカがこう声を掛けてきた。


「レイ様、特に心配する必要はないかと」

「えっ?」

 僕はレベッカの顔を見ると、レベッカは優しく頷いた。

 ……あ、また心読まれてる?



 横で見ていたカレンさんが不思議そうな顔をしていたが、僕の心配事に思い当たったのか、『ああ、そういうことね~』と笑いながら言って、こう続けた。


「大丈夫よ、私も居るし。

 そもそもレイくん達の実力だと特に問題なく進めると思うわよ」


「そ、そうなんですか?」

「うん、自信持って。レイ君は何だかんだで私と模擬戦で互角に戦えてたわけだし、エミリアは魔法だと私を超えてる部分あるし、レベッカちゃんは私が勇者と誤認するくらい強いから大丈夫」


 カレンさんの言葉を聞いて、僕は少しホッとした。

 そうだよね、そんなに簡単に負けないはずだ。


「あ、あの、カレンさん? 私はどうなのかなって……」

 姉さんは自分だけ言及されず、心配になってカレンさんに質問した。


「え、ベルフラウさん?

 ………う、うん。大丈夫……だと、思うわ。多分……」

 カレンさんは一瞬言い淀んでから答えた。


「カレンさん!?」

「いや、だって仕方がないじゃない。ベルフラウさんは前衛じゃないサポートだし、一応戦士職の私だと判断付かないのよ。

 <聖女>としての能力は上位だろうし、保有してるマナの量もかなりってのは気付いてるけど、使いこなせてるかどうかは別だし戦闘力という点だけ見てしまうと……ねぇ?」

 カレンさんはまくし立てて言って、最後にエミリアに同意を求めた。


「いや、私に振らないでください」

 エミリアが苦笑しながら言った。


「まぁ、そうですよね。分かります」

 正直、僕もカレンさんの意見を否定しきれない。姉さんはサポートに関しては頼りになるけど、あんまり戦いには向いていない性格だ。


「レイくんまで納得しないでよ!!

 ―――よし、こうなったらお姉ちゃんの実力を見せてあげるわ!!」

 姉さんは馬車の中で立ち上がって言った。


「えっ?」

「つまりアレだよね、カレンさんは私の強さに疑問を持ってると。

 なら私が勇者の姉らしく強いところを見せてあげる!!」

 姉さんは弱々しい腕にぐっと両手に握りこぶしを作って、気合を入れる。


「いや、別にそこまで強くなくてもいいんだけど」


「任せなさい! お姉ちゃんが皆を守ってみせるわ!」

 そう言うと、姉さんは馬車の外に出て、御者席にいるリーサさんの横に座った。


「あ、危ないですよ。ベルフラウ様。

 この辺りは飛行系モンスターの襲撃も少なくありません。私リーサは、カレン様に同行することが多いので、最低限自分の身は守れますが……」


「大丈夫大丈夫、この勇者の姉、兼、元女神様に任せて!!」


「え、女神様?」


「うん、実はそうなの。女神としての力を失ってるんだけどね」

 姉さんはもう全く隠す気が無いようだ。


「は、はぁ……。

 それでしたら、一応ご忠告だけはさせて頂きます。

 ……あまり無茶はなさらぬようお願いします」


「うん、ありがとね」

 ということで、リーサさんに御者を代わってもらった姉さんは、

 気合いをいれて御者として馬車を走らせ始めた。多分、魔物が現れたら真っ先に戦うつもりなのだろう。……心配だ。


 リーサさんは御者席を追い出されたので、僕の隣の席に座った。

 どうでもいいけど、メンバーが増えたせいでぎゅうぎゅう詰めだ。僕の左隣にリーサさん、右隣にレベッカが居る。無理矢理詰めているため、文字通り肩身が狭い。


「というわけで、追い出されてしまいました。

 ……すみません、カレンお嬢様」


「気にしないで、リーサ。私が余計な事言ったせいだから……。

 それに、いざとなったらレイ君達もいるわけだから大丈夫だと思うわ」


「……レイ様、よろしくお願いします」


「大丈夫です、僕の姉なので何かあったら守るつもりですから」


「わたくしも、ベルフラウ様に危険が及ぶ前に飛び出して対処するつもりでいます。だから何も心配する必要はございませんよ。リーサ様」


 レベッカは顔を前に出して、

 僕の左隣にいるリーサさんに顔を向けてにっこり笑った。


「ありがとうございます。レイ様、レベッカ様……。それにしても」

 リーサさんは、周りに聞こえないよう僕の耳元に口を近づけ、手で耳元を抑えながら言った。


「(何というか、レベッカ様は年齢に釣り合わないほど頼りになりますね……。見た目は歳相応ですが、中身はとても十三歳とは思えません)」 


「(そ、そうですか?)」

 というか、リーサさんの距離が異様に近い。


「(はい、最初は担当のメイドもお客様とはいえ、歳相応の対応をさせてもらっていたのですが、あまりにも手が掛からず、達観している方なので戸惑ったと言っておりました)」


 リーサさんが話を続けると、レベッカは僕とリーサさんに微笑んでいる。

 聴こえているようなので、これ以上声を抑える必要はないだろう。


「レベッカは幼少から色々と苦労しているみたいで、

 僕なんかよりもよっぽど戦いなれていたり、頼りになりますよ」


「まぁ、それは頼もしいですわ」

 そこまで言って、リーサさんはようやく僕の耳元から距離を離した。


 そして、僕とリーサさんの言葉を聞いて、レベッカは言った。

「ふふっ、お二人のお役に立てるよう、このレベッカ、更に精進させていただきますね」


 そう言いつつ、何故かレベッカが僕の耳に口を寄せてきた。


「――レイお兄様」

「!?」

 僕は思わず飛び跳ねた。


「きゃっ!……れ、レイ様、どうしました?」

 リーサさんが小さく悲鳴を上げて、僕から若干身を引く。


「な、何でもないです」

 一瞬動揺してしまったが、何とか体裁を整える。

 突然不意打ちをしてきたレベッカを、僕は少し非難めいた顔を向けると……。


「ふふふ、あまりにもリーサ様とレイ様の距離が近かったので、嫉妬してしまいました♪」

 そう言って、更に、僕の左手をレベッカは両手で優しく掴み、胸元に当てて抱きしめてきた。

 ……ちょっ!?


「(れ、レベッカ?)」

 レベッカの小さいながらも小さいながらも膨らみかけの胸に腕を押し当てられて、ついキョドってしまう。しかし、レベッカは僕の様子を楽しそうに見守りながらも、腕を離さない。


「あらあら……ごめんなさい。私としたことが調子に乗り過ぎてレベッカ様を煽ってしまった形になりましたね。申し訳ございません、カレンお嬢様」


「いや、何で私に謝るのよ、リーサ」


「え? だって私ったらレイ様とカレン様の恋路を邪魔する形に……」


「リーサってば、余計なお世話よ……。

 さっき私の写真を見せようとしてた時から気付いてたけど、やっぱり変な誤解してるわね。レイ君と私はそういう関係でも無いわ」


「えぇ!? そうなんですか? てっきりお二人は恋人同士なのかと」


「わざとらしすぎるわよ……リーサ。

 大体、レイ君とは少し前に出会ったばかりとこないだ説明したでしょ?」


「それは知っておりますが、世の中には一目惚れという言葉もございまして」


 どうでもいいけど、僕の目の前でそういう話をしないでほしい。

 さっきから僕の左手を抱きしめるレベッカの力が強くなってきてるし、カレンさんの隣にいるエミリアの僕に向ける視線が痛い。あと、姉さんが僕達の話が気になっているのか、御者席からチラチラとこちらを見ている。


「レイ君の事は嫌いじゃないし、

 むしろ気に入ってるけど、別にそういう気は全然ないわよ。

 勘違いしないで、リーサ」


 カレンさんはリーサさんの追及をさらりと躱した。

 そして、地味に僕がカレンさんに振られてることに数秒経ってから気付いた。

 告白も何もしてないのに、無造作に振られた僕の心情……。


 気が付くと、さっきまでジト目だったエミリアが満面の笑みでこっちを見つめていた。


「……何さ」

「いいえ別に?」

「嘘だ!」

「あは♪」


 その後、しばらく揶揄われてる最中もずっとレベッカは離してくれなかった。

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