第203話 馬車の女神様
――三十分後、外の空気が変わった。
「き、きたっ!!」
外で馬車を動かしていた姉さんの焦った声が聞こえた。
窓から外を見ると、周囲に魔物の姿が何体かいることに気付いた。
「レイ様!」
「うん!」
僕とレベッカは真っ先に外に飛び出し、武器を構えて姉さんを守るように前に立つ。即座に飛び出した僕たちよりも僅かに遅れて、カレンさんとエミリアが馬車から飛び出してきた。
当然だが、リーサさんは非戦闘員だ。
中で待機してもらって、馬車に被害が及びそうになれば退避してもらう。
「二人とも、反応も行動を起こすのも早いわね。
やっぱりこのパーティの主力はレイ君とレベッカちゃんだったのね」
カレンさんは感心したような声で言った。
「まぁ大体合ってますけど、真の主力は私ですよ、カレン」
そして、それに肯定しつつ否定するエミリア。
「真の主力って何よ……」
「遅れてきたヒーロー的なアレです」
エミリアの言葉に、カレンさんは可哀想な物を見つめるような表情をした。
「その顔やめてください」
「はいはい……。それで、どうするの? 二手に分かれて戦う?」
カレンさんはエミリアを宥めながら、僕に質問する。
敵の数は五体で、飛んできたグリフォン二体。オーガ三体だ。
強敵と言えば強敵だし、馬車を守りながらだと面倒な相手に思える。
「姉さんとリーサさんには馬車と一緒に避難してもらうとして、
エミリアとレベッカには弓と魔法で空のグリフォンを相手にしてもらう。
その間に僕とカレンさんで地上のオーガを相手にする感じかな」
それか、グリフォン二体をエミリア一人に任せて、
僕とレベッカとカレンさんでオーガを一体ずつ当たるかだろう。
僕は頭の中で考えたことをそのまま口に出した。
「そうね。オーガ三体を私とレイ君で抑えるのは面倒だけど何とかなるでしょ」
カレンさんも同意してくれたが……。
「ええっ!? レイくん、それだとお姉ちゃんが活躍出来ないよ!」
さっき、私が戦うと息巻いていた姉さんが不満の声を上げた。
「仕方がないじゃん。姉さんがオーガと殴り合えるわけないし、空の敵に対する有効な攻撃魔法だって姉さんは持ってないでしょ?」
僕達は<雷魔法>などでグリフォンを攻撃できるけど、姉さんは出来ない。
得意の<魔法の矢>系列の魔法は地上の敵相手には有効だけど、空に撃とうすると一気に射程が短くなってしまう。
かといって、姉さん得意の<浄化>はこの状況だとあまり有効じゃない。
当然だけど、姉さんがオーガと戦うのは無理だ。
僕達より二回りも大きな体躯と怪力を持つオーガに接近されたら終わる。
「うぐっ……そ、それはそうかもしれないけど……」
姉さんは悔しげに顔を歪める。
「というわけで、姉さんとリーサさんは馬車を動かして少し離れてて!!
カレンさん、よろしくね!!」
「了解!!」
僕とカレンさんは僕が言い終わると同時に、オーガに向かって行き、エミリアとレベッカは空のグリフォン二体を相手にする。
「「グルルッ!!!」」
上空で旋回していたグリフォン達は、僕達が接近してくるのを見て急降下してきた。
「エミリア! レベッカ! 頼んだよ!」
「任せてください!
レベッカ、あのグリフォンを矢でけん制してもらえますか。
時間を稼いで貰えれば、後は私が何とかします」
「ではそのように、それでは参ります!!」
レベッカは槍を即座に弓に持ち替えて、弓矢を構える。
『闇の精霊様、お力を―――!!
――闇の力を、我が弓に宿れ――
レベッカの構える闇が、漆黒に染まっていく。
「あの魔法って……」
レベッカが初めて使用する魔法を僕が興味深そうに見ると、
カレンさんが解説してくれた。
「<付与>の魔法ね。<強化魔法>と違って、武器に属性魔法効果を付与する類の魔法よ。レイ君の<魔法剣>のそれに近い物かしら……。あと、サラッと<精霊魔法>も使ってるわね」
「へぇ~」
<魔法剣>は僕のオリジナルなので、
正確には違うけど、似たようなものなのだろう。
「レイ様、いきます!」
レベッカが放った矢は、グリフォン命中に命中し、更に闇の衝撃波によって吹き飛ばされる。どうやら通常の弓攻撃に加えて、魔法で追加攻撃するタイプの魔法のようだ。
「グギャアァアッ!!!」
グリフォンはそれでもまだ死んでいないが、
後はエミリアに任せておけばいいだろう。
「じゃあ、後は任せたよ!!」
「えっ、レイ。私が攻撃魔法でグリフォン倒すところ見ないんですか?」
エミリアは自分の活躍を見てくれないことに不満のようだ。
「いや、だって目の前にオーガいるし」
エミリアの不満を無視しながら、ひとまず正面のオーガに斬りかかる。
しかし、それをオーガに武器で弾かれ、一旦距離を取る。
オーガは鉄で出来た棍棒を振り上げて、こちらをけん制する。
以前に戦ったオーガより武器も強力だし、よく見たら体格も大きい。
このレベルの相手は普通に強敵だ。
カレンさんはスピードに緩急を付けながら二体のオーガを翻弄し、相手にしてるけど積極的に攻撃には移っていない。どうやら回避に徹して、誰かが駆けつけるのを待っているようだ。
正面から斬りかかるのは危ない。
カウンター系の剣技は、まず一撃を止めることが前提の技だ。
今回は一撃受けると腕が痺れてしまうので使えない。
となると……。
僕は、腕の痺れがほぼ消えたことを確認し、魔法を唱える。
「炎よ、剣に纏え――」
<魔法剣>を使用して自身と剣に炎魔法を付与する。
そして、そのまま距離を取ったまま剣で目の前のオーガに向かって一閃する。
剣先から一気に炎が巻き起こり、オーガの周囲が燃え盛っていく。
「ぐおおぉおっ!?」
突然の熱さに驚いたのか、オーガはその場でたじろぎながらも必死に腕を振るって、僕に攻撃してくる。当然だけど、剣で受けるような愚策はしない。
炎で動きが鈍ってるオーガは、動きを制限されているため回避しながら動く僕を捉えきれないようだ。
そこに、新たに習得した剣技で横から追撃する。
「―――たあっ!!」
まずは、下から上に攻撃する斬り上げ、オーガの太もも辺りから脇腹を裂く。
「ぐぅううっ……!!」
オーガは苦しそうな声を上げるが、その程度では止まらない。
僕は軽く地面を蹴り、ジャンプしオーガの肩付近を狙い撃つ。
「はぁ!!」
今度は、オーガの肩口に向かって今度は剣で斬り下ろす。
<牙連斬>という技名で、斬り上げ→ジャンプ→斬り下ろしの二段攻撃技だ。
対空迎撃用の技らしい。
だけど、身長差のある相手にも比較的有効な技だ。
僕の場合、魔法剣による炎の追撃も入っているため、斬り裂いたと同時に魔物に大火傷を負わせる効果もある。剣と炎の追撃により大ダメージを受けたオーガはそのまま地面に崩れ落ちる。
――ズズンッ!!
「ふぅ……なんとか倒せたかな」
周囲に目を向けると、ほぼ同時にエミリアとレベッカはグリフォンを倒しきれたようだ。
カレンさんの方はまだ一体も倒していないが……。
「レイ君、こっち手伝ってー」
「あっ、はい」
どうやら僕がこっちに駆け付けるまで、ずっと防戦していたようだ。
僕が駆けつけて、一体を受け持つと、
カレンさんは一気に攻勢に出て、スピードでオーガをかき乱す。
オーガはそれでもカレンさんに攻撃を当てようとするのだが、カレンさんが途中で不規則に動くせいで捉えきれず、そのまま、背後を取られ、カレンさんにあっという間に首を切断されてしまう。
数秒後、僕もオーガと向かい合っていたが、途中でエミリアの支援が入ったことで隙を見てオーガの懐に入り込み難なく倒すことが出来た。戦闘時間は大体一分くらいだっただろうか。これで襲ってきた魔物五体は全滅させることが出来た。
◆
「――みんなお疲れ様、怪我はない?」
馬車を避難させていた姉さんが戻ってきて、第一声で言った。
「大丈夫、何処も怪我はないよ」
「まぁ、楽勝でしたね。カレンの存在が大きいですが」
カレンさんがオーガ二体を受け持ってくれたことで、
比較的優位な展開に持ち込めることが出来た。
「というかカレンさんなら、
最初防戦してなくても二体くらいどうにかなったんじゃ?」
正直、それくらい余裕そうに思えた。
「ん~?それはどうかしらねぇ……。
でも、実際に戦ってるあなた達の仲間の強さをよく見たかったから」
なるほど。
「で、どうでした?」
エミリアがカレンさんの方に尋ねる。
「うん、想像以上よ。まず、レベッカちゃんは凄いわ。私より、弓の扱いが上手いし、難易度の高い魔法を同時併用してて器用ね」
「ありがとうございます。
カレン様こそ素晴らしい剣の冴えと身のこなしでございました」
褒められて、レベッカは少し嬉しそうだ。
「あと、エミリアも中々やるわよね。
グリフォンが雷で打たれたと同時にどっかから炎が飛んできて爆発させてたけど、あんな魔法見たことないわよ」
何その、エグイ魔法。
「
「<複合魔法>ってやつかしら、参考になるわね」
「カレンの魔法の威力を意地でも超えたかったので、色々捻くって作った魔法です」
どうやらカレンさんへの対抗心で生み出した魔法だったらしい。
「エミリアったら……」
「魔法使いが魔法戦士の魔法で威力負けするのは納得いきません」
カレンさんは自分を意識して作った魔法だと言われてちょっと嬉しそう。レベッカに対してもそうだが、エミリアはカレンにもライバル意識があるようだ。
「で、最後にレイ君だけど……」
カレンさんは僕の方をじっと見つめてくる。
「えっと……何か変なことしましたっけ?」
「いえ、そんなことはないんだけど……。
何か最近、戦いを見るたびに強くなってる気がするわ。成長期かしら?」
そんなことは……と思いながら少し、僕は考える。
「――確かに、最近は自分でも結構伸びてる感じはします。エミリアとカレンさん達から上級魔法教わって、リカルドさんから剣を教わったからかも」
他にも、ウオッカさんから教わった技や戦い方もあったりする。
ここ最近で知り合った人がみんな強くて、刺激を受ける日々が続いている。
「良いわねぇ、この調子で勇者の能力も開花させちゃいましょう」
そう言ってカレンさんは僕の頭に手を置いて撫でまわした。
「ちょっ……!?子供扱いしないでください!」
「あら、いいじゃない。可愛い弟分なんだし、こういうのも悪くないわ」
「むぅ……」
僕は頬を膨らませながらカレンさんの手を振り払う。
「あらら、反抗期かしら」
「レイ、最近子供扱いされることを嫌がってるんですよ」
「そうなの、それはそれで……可愛いわね」
「全く意味が分かりません」
エミリアとカレンさんが仲良く話している。
レベッカも二人の会話を聞いて笑っていた。
…………まぁ、別に頭を撫でられるくらいは我慢しよう。
「じゃあ、馬車に乗って戻りましょうか」
姉さんの言葉で僕達は馬車に乗り込み、先に急いだ。
……結局、姉さんの実力が未知数なまま終わってしまった。
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